6-5


「それじゃ、時間も迫っとるから、そろそろ行こうかの」

「はい。駅までは、リムジンを用意しております」


 キャタピラをキュラキュラと動かしながら進む祖父ロボの後ろを、ワンピース姿のけいさんが、まさしく秘書らしく、付き添っている。


「おー! それじゃ、駅弁買おうぜ! 駅弁!」

「列車なんて久しぶりね~。楽しみ~」


 呆然とした俺を、強引に引っ張るように、千尋ちひろさんとマリーさんは、俺の手をそれぞれ掴む。


「えっ、あっ、はい?」


 状況が呑み込めない俺は、されるがままに、その場の空気に流されるのだった。




 そして俺たちは、俺が何時も乗っている、今日もここに来るために乗って来た、黒塗りのリムジンに乗り込む。


 広い車内は、五人で並んで座っても、まだ余裕があった。


 ちなみに、キャタピラの祖父ロボは、千尋さんに持ち上げてもらうことで、搭乗に成功している。


「おー! ここが、統斗すみとと契がいつもチュッチュッしてる車の中かー! オレは初めて入ったぜー!」

「ちょっと千尋さん!」


 リムジンが発進した途端、千尋さんが興味深そうに車内を見渡しながら、とんでもないことを言い出す。


「千尋、そういう下品な話は控えて下さい。統斗様が困っています」

「な~に~? そんなに下品なことを~、ここでしちゃってるの~?」


 自分のことでもあるのに、非常に冷静な契さんを、ニヤニヤと笑いながら、マリーさんが突っつく。


 というか、契さんはむしろ、どこか誇らしげですらあった。


「おっ、なんじゃ? 統斗のファーストチッスの話か? 聞きたいのう~」

「おい! なに言ってんだよ、じいちゃん!」


 祖父ロボまでも、イヤらしい顔を浮かべて、俺に詳細を話せと迫る。

 というか、なんだこの状況。


 車内は一気に騒がしくなる。


「だが、随分大胆じゃのう、初めてをこんな場所でとは」

「初めてって言っちゃうと、もっと色々想像できちゃうわよね~」


 なんて言いながら、俺の隣に座ったマリーさんが、俺の胸に指をあてる。


「でも、いいよなー。オレも、もっと統斗とチュッチュしたいぜー!」

「あなたは訓練と言いながら、統斗様にセクハラしてるじゃないですか」

「えへへ」


 契さんにセクハラと言われて、なぜ照れたように笑うんですか千尋さん……。


 車内は、もう大騒ぎだった。


 というか、話の種にされている俺としては、まるで針のむしろだ。

 随分と、むず痒いむしろだったが。


「そ、そう言えば、これからどうするんだよ? 列車に乗るとか言ってたけど」

「うん? 言葉のままじゃぞ? これからこのリムジンで駅へと向かって、列車に乗って、目的地へ向かう。ちゃんと個室は取ってあるから、安心せい」

「……目的地って、慰安旅行の目的地ってことで、いいんだよな?」

「当たり前じゃろうが」


 よかった。どうやら慰安旅行は続行中らしい。俺は、とりあえず安心した。


 これから修行に行くぞい! 

 とか突然言われるんじゃないかと、内心怯えていたのは、秘密である。


「それなら、なんで俺たちは、観光バスに乗らないで、わざわざ列車なんだ?」

「そんなの、決まっとるじゃろうが」


 俺の当然の疑問に、祖父が、なんでもないことのように、答えてくれた。


「お前が、家族旅行の一つもしたことないと言うからじゃよ」


 俺は……、なにも言えなかった。


「観光バスもいいけど~、旅行と言ったら、まずは列車よね~。揺れる列車に、流れる風景、これぞ旅情よね~」

「列車に乗りながら、家族みんなで駅弁を食べるってのも、乙なもんだからな!」

「統斗様には、慰安旅行というよりは、家族旅行を楽しんでいただこうと、このような趣向にしてみたのですが……、ご迷惑でしたか?」


 俺はやっぱり、なにも言えない。

 なかなか、言葉が出てこない、


「いえ、その……、嬉しい、です」


 それだけ言うのが、精一杯だった。

 みんなの笑顔が、妙に眩しい。


「っと、そ、そう言えば、このリムジンの運転手さんは、どうするんですか? 俺たちが列車に乗ったら、そのまま、この車で目的地に?」


 なんだか恥ずかしくなってしまって、俺は話題を変えようと、気になっていたことを口に出す。


 一応、社員総出の慰安旅行なのだから、俺たちを運ぶために、運転手さんは旅行に行けない、なんてことになったら、心苦しいと思っていたのだ。


「運転手? なに言っとるじゃ。この車に運転手なんておらんぞ?」

「えっ? いや、でも……」


 祖父ロボに予想外のことを言われて、俺は思わず、運転席の方を見てしまうが、後部座席と運転席の間は、黒いパーテーションで完全に区切られ、向こうの様子は、こちらからは、まったく見えない。


 おかげで、後部座席の方は、完璧な個室のようになっており、俺もこれまで、割と大胆なことをしてしまったりしたわけなんだが。

 

「運転手がいないって、本当に?」

「本当です」


 俺の疑問に答えてくれたのは、契さんだった。


「このリムジンは、マリーが制作した人工知能によって、自動運転されています」

「自動運転って、一体なんのために?」

「それ以外にも、このリムジンには様々な機能を搭載しております。見た目は普通のリムジンですが、この車は、我が組織が保有する、あらゆる最新技術の粋を集めた、戦闘車両なのです」

「ど、どうして、そんな物騒なものを……」


 ヴァイスインペリアルの最新技術を詰め込んだって……、それはもう車というより戦略兵器なんじゃ?


「この車は最初から、統斗様をお乗せすることを考えて作られておりますので、統斗様をお守りするために。あらゆる事態を想定して製造されました。自動運転を採用したのは、運転手が裏切ったり、洗脳されたり、敵の構成員と知らぬ間に入れ替わったりするの防ぐためです」

「……なるほど」


 そう言われると、俺には返す言葉もない。

 むしろ、感謝するべきなのかもしれない。

 いやぁ、俺のためにありがたいなぁ。

 

「なんじゃお前、もうずっと、この車に乗っとるのに、気づかなかったのか」

「うっ……」


 言われてみれば確かに、俺はこれまで何度も、このリムジンのお世話になっていたのに、一度も運転手の姿を見たことがなかった……、というか、それを不自然だとは思わなかった。


 よく考えれば、幾ら黒塗りのリムジンだと言っても、窓が全て……、フロントガラスすらも、中が見えないほど濃い、真っ黒なスモークがかかってるのは、不自然だ。


 というか、法律的に完全にアウトだ。


「リムジンを見た人間の認識に干渉して、不自然さを感じさせない魔術をかけておりますので、そのためかと」


 注意力が足りない俺を、契さんがフォローしてくれる。

 優しいなぁ、契さん……。


「統斗ちゃん、このリムジンに乗る度に~、契ちゃんとえっちなことしてたから~、そっちに夢中で、気付かなかっただけなんじゃないの~?」

「そうなのかー、統斗? 統斗はえっちなんだな、このこのー!」


 マリーさん、身も蓋もないこと言わないでください。

 そして千尋さん、俺に抱き付くのはやめてください。


 車内が、再び騒がしくなる。


 騒ぐ俺たちを乗せて、運転手のいないリムジンは、法定速度をしっかりと守って、目的地の駅へと向かうのだった。




「うわ、やっぱり夏休みだと、駅前は凄い混んでるな」


 リムジンから駅前に降りた俺は、その人の多さに、思わず声を漏らしてしまう。 


 流石は休日の駅前。辺り一面、まるで人の海である。

 どこを見ても人、人、人の人だらけだ。


「列車の時間までは、まだ少しありますので、飲み物でも買って行きましょうか」


 契さんが、麦わら帽子を押さえながら車を降りる。


「だったら駅弁買おうぜ! 駅弁! お腹空いたし!」


 千尋さんが、お腹をさすりながら車を降りる。


「千尋ちゃん、そう言いながらいつも買いすぎるんだから、気をつけてよ~?」


 マリーさんが、その美脚を晒しながら、優雅に車を降りる。


「しかし暑いのう、思わずオーバーヒートしちまいそうじゃわい」


 そして祖父ロボが、キャタピラをガタつかせながら、車から強引に降りてきた。


「って、ちょっと待て」

「なんじゃい」


 俺の制止に、祖父ロボが機械音を鳴らしながら振り向いた。


「いや、流石にこんな堂々と人前に出るのは、まずいだろ!」


 俺は、当たり前みたいに駅前に降り立った、見た目完全にレトロなポンコツロボットを、慌てて周囲から隠そうと、悪戦苦闘する。


 気のせいか、周囲の注目を思い切り集めてしまっている気がするぞ!


 あぁ……、そして、祖父ロボを隠そうにも、俺たち全員を降ろしたリムジンは、すでにそのまま、本社へと戻ってしまった。これも自動運転の悲しさか。


「大丈夫ですよ、統斗様。統吉郎とうきちろう様は今、私の魔術で、一般の人たちには普通の人間として見えていますか」

「ちゃんとそのくらいの対策くらいはしとるから、そんなに慌てるでないわ」


 どうやら、今の祖父ロボには、現在インペリアルジャパンの社長ということになっている、文字通り祖父ロボの傀儡人形、完全かんぜん人間にんげん擬態ぎたいにんぎょうのマリオ君と同じように、無機物を人間に見せるたぐいの魔術が使われるいるらしい


「……あの魔術って、対象が人間っぽくなくても大丈夫なんですか?」


 マリオ君は、ただの人形だが、見た目は完璧に人間として作られている。


 それに比べて、祖父ロボは完璧にロボだ。

 子供の落書きみたいな、レトロなロボットである。


 そもそも下半身なんて、キャタピラだし。


「マリオ君に使用している魔術に比べると、かなり複雑な魔術を使用しています。その分、持続時間が短いために、定期的に私が魔術をかけ直す必要がありますが、効果の程は、安心してください」


 つまり、魔術の持続時間を延ばすため、魔術の構成をよりシンプルにするために、マリオ君の姿は、限りなく人間に近づけられている、ということだろうか。


「なるほど……、つまり、今まさに、この駅前にいる大量の人たちから視線を集めている気がするのは、全部俺の気のせいということか……」

「それは~、統斗ちゃんがいきなり叫んだりするからだと思うわ~」


 冷静にそんなこと、言わないでくださいマリーさん。


 というか、周囲の視線を集めているのは、マリーさんたちが人目を引いてるというのも、あると思うんですよ?


 みんな美人で、刺激的な格好してるから。


「なー! そんなのいいから、早く弁当買いに行こうぜー! 弁当ー!」


 千尋さんがぐずってしまったので、俺たちはとり合えずその場から離れて、駅構内の売店へと向かうことになった。


「そうじゃのう、ワシは幕の内弁当がええかのう」

「じいちゃん、飯とか食えるのか?」

「ちゃんと食事とかできないと、魂が機械のボディの方に引っ張られて、変質してしまう可能性があるからのう。可能な限り、人間と同じことができるように、このスペシャルボディは造られているんじゃよ」

「……いや、だったら、そもそも、そんなロボ丸出しのボディじゃなくて、マリオ君みたいな、人間らしい姿にすればよかったんじゃ?」

「なに言っとるんじゃ。このボディの方が、格好良いじゃろうが」

「……そうですか」


 祖父の謎のこだわりに首を傾げつつ、俺たちは売店で楽しく買い物を済ませると、待望の列車へと乗り込んだ。




 乗り込んだ列車の個室は、それほど広いものではなかった。


 身動きもとれないほど、というわけではないが、それぞれが身体を好きに伸ばし、自由に動かすくらいの広さはない。


「ちょっと~、千尋ちゃ~ん! もうちょっと奥に詰めてよ~!」

「弁当持ってるんだから、ちょっと待て! 契! 飲み物こっちにちょうだい!」

「はい、どうぞ。統吉郎様、大丈夫ですか?」

「キャタピラで座席を傷つけんように、気をつけんといかんのう」


 俺たちはワイワイと騒ぎながら、この小さな個室に腰を落ち着ける。


「それじゃ、早速駅弁タイムだぜー!」

「まだお昼まで、結構あるわよ~?」

「大丈夫大丈夫! このために朝飯抜いて、朝飯用と昼食用に、ちゃんと三つ駅弁買ったから!」


 個室の小さなテーブルの上に、いきなり駅弁を広げだした千尋さんに、マリーさんが呆れたようにため息を吐く。


「数が合ってませんよ、千尋」

「昼は二つ食べるんだよ! 統斗とおかずの取り換えっことかするし!」


 冷静な契さんに、千尋さんは動じない。


「とりあえず、お茶をくれんか」

「これでいいのか?」


 俺が手渡したペットボトルのお茶を、祖父ロボは、そのCみたいな形をした手で、器用に開ける。そして胴体部の一部、丁度胸の辺りがスライドして開き、そこにお茶を流し込んだ。


「ふー。美味い美味い」

「そこから食事取るんだ……」


 なんというか、これで本当に、人間らしく魂を保てるのか、心配な光景だった。


「統斗様も、なにかお飲みになりますか?」

「それじゃ、そのスポーツドリンクください」


 契さんに言われて、俺は買っておいた缶ジュース受け取る。

 そして一息に、半分近く飲んでしまった。


 どうやら、自分で思っているよりも、喉が渇いていたようだ。

 実は、緊張してるのかもしれない

 

「それじゃ~、ワタシも飲む~!」

「あっ!」


 マリーさんが、俺の飲みかけのジュースを奪い取ると、そのままゴクゴクと飲みだしてしまう。


「ずるいぞ、マリー! オレも飲む!」

「次は私ですよ。……いえ、一度統斗様が飲み直してから、もう一度、私です」

「ちょっと契さん?」


 それを見た千尋さんが、マリーさんから更に缶ジュースを奪い取る。

 しかし契さん、一体なに言ってるんですか、契さん。


「お前ら、もう少し静かにせんか」

「じゃあワタシは~、統斗ちゃんの口から直接飲む~!」

「こら、マリー! 狭いんだから暴れるなって! 弁当が落ちる!」

「まったく、仕方ありませんね。統斗様のお飲物は、私が全て口移しします。統斗様がちゃんと飲み終えるまで、決して離れませんから、ご安心下さい」

「だぁ! いっぺんに群がらないでください!」


 祖父ロボの注意もなんのその、契さんも千尋さんもマリーさんも、大騒ぎだ。


 そんなことをしていると、列車が警笛を鳴らし、目的地へと出発する。


 小さな狭い個室で、互いの身体が触れるくらいの距離感で、みんなで笑い、みんなで騒ぎ、みんなで盛り上がる。


 列車は走る。海へと向けて。

 これからもっと、楽しい場所へ。


 俺は、この狭くて騒がしい列車の個室で、生まれて初めての家族旅行を、心ゆくまで満喫するのだった。



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