6-2


「新婚旅行かー! オレは海外行きたいかな、海外! コロッセオとか見たい!」

「いや、俺と千尋ちひろさんの話じゃないですからね? 俺の両親の話ですからね?」


 インペリアルジャパン本社内、本社警備部という名の道場内にて、俺は千尋さんと一緒にストレッチしながら、他愛ない世間話をしていた。


 リムジン内での濃厚な時間を終えた後、けいさんと別れた俺は現在、千尋さんと一緒に準備運動をしているところだ。


 本日の午前中は、千尋さんとマンツーマンで、過酷な命気プラーナの特訓を受けることになっていた。


「けど、いいなー。旅行かー、最近は旅行なんて、全然行ってないなー」

「千尋さんは、旅行とかよく行くんですか?」


 千尋さんは相変わらずのジャージ姿だったが、夏用なのだろうか? 前よりも更に生地が薄いものに変わっている。ついでに、前開きのジャージのファスナーを全開に開けているので、実に涼しそうだ。


 おかげで、オレンジ色のスポーツブラが丸見えだけど。


 だが、俺は今更、スポーツブラが見えた程度で、動揺はしないのだ。

 そのくらいは、もう慣れたのだ。

 本当なのだ。


「子供の時は、よく行ったかな。両親に連れられて、山とか海とかさ」

「へー、それは楽しそうですね」


 家族旅行の経験がない俺からしてみると、かなり羨ましい話のように思える。

 そういう思い出って、大人になってからも大切な気がするなぁ。


「海外にも行ったことあるんだぜ! 向こうのジャングルとかサバンナって、強い獲物が多いから、狩りもやりがいがあってさ!」

「……千尋さん、それ旅行じゃなくて、狩猟じゃないですか?」


 千尋さんは俺に後ろから抱きつくと、俺の身体の筋を伸ばすのを手伝ってくれる。

 彼女の引き締まった肉体の感触が、心地いい。

 柔らかすぎず、硬すぎない、魅惑の感触である。


「いやー、楽しかったなぁ! 倒した獲物は、その場で解体して、色々工夫して、調理したりしてさ」

「おいおい……」


 解体って。

 工夫して調理って。

 一体なにを狩って、なにをしてるんだ。


「獲物を仕留めた証に、戦利品を集めるのも楽しくてさー! あの時の牙は……」

「あっ、すいません。もう大丈夫です」


 俺は、ストレッチが終わったように装いながら、千尋さんの話を打ち切る。


 なんだろう。

 危なく法に触れる話を聞いてしまいそうな気がした。

 ワシントン条約とか、それ系の。


 まぁ、気のせいだろうけど!


「おっ、もういいのか? じゃあ、今度は、オレの方頼むな!」

「はいはい」


 俺から離れて、背中を向けた千尋さんの、その鍛え抜かれた見事な身体に、俺はゆっくりと手を伸ばした。


「あんっ」

「……なんで、色っぽい声出すんですか」


 俺の手が触れた瞬間、千尋さんが可愛らしい嬌声きょうせいを上げる。


統斗すみとに触られると、気持ちいいんだよ。よし! もっと触ってくれ!」

「あっ! ちょっと!」


 千尋さんは俺の手を取ると、自らの腹筋に押し付けた。

 手の平に、彼女の美しく割れた腹筋の感触が伝わる。鋼のような硬さと、ゴムのような弾力を兼ね備えた、それはまさに、至高の感触だ。


「ほら! もっと強く揉んでくれ!」

「こ、こうですか?」

「もっとだ! もっと強く! あっ、そこ! そこ気持ちいい!」


 俺は、千尋さんに望まれるがままに、彼女のその芸術の域にまで鍛えられた、しなやかな肉体を、ひらすら揉み倒した。

 

「よーし! 今日はこのまま、寝技の特訓だ!」

「わっ! ちょっと! どこ触ってるんですか!」


 なにやら興奮したらしい千尋さんが、身をひるがえし、俺に躍りかかる。


 俺は為す術もなく、彼女に組み伏せられてしまった。

 

「えい! この、動くなって! 気持ち良くしてやるから!」

「いや、特訓じゃないんですか、これ!」


 俺と千尋さんは道場の畳の上で、まるで一つの生き物のように絡まり合う。

 互いの身体を密着させ、擦り合わせ、押し付け合い、触り合う。


 千尋さん曰く、寝技の特訓は、お互いが汗だくになるまで、続けられた。




「新婚旅行~? だったら~、宇宙に行きたいから~、統斗ちゃん連れてって~」

「そんな近所のコンビニに行きたいみたいに言われても、俺じゃ無理ですよ? 大気圏の壁は厚いんですからね?」


 ここは、インペリアルジャパン本社内の開発主任室。

 そこでマリーさんと向かい合ってお茶を飲みながら、俺は世話話に興じている。


 千尋さんとの特訓が終わった後、互いの汗まみれになってしまった俺たちは、昼食の前に、道場に併設されているシャワールームで、互いの汗を洗い流した。


 先にシャワーから出てきた俺は、一人で食堂に向かう途中でマリーさんに捕まり、少し二人きりでお喋りでもしようということになったのだ。


「え~、宇宙行きたい~! 宇宙に行って~、暗黒物質ダークマターとか見つけた~い!」

「宇宙に行ったからって、観測できるものなんですか、それ」


 マリーさんはいつもと同じ、眼鏡に白衣姿だ。


 普段下ろしている髪を、ゴムでまとめてアップにしているので、大分印象は違うけれど。細いうなじが、実にセクシーだ。


「でも~、今は別にいいかな~。統斗ちゃんと~、こうしてる方が楽しいし~」

「……ちょっと、くすぐったいんですが」


 マリーさんが自らの美脚を見せつけるように、椅子に座りながら組み替えると、その脚をこちらに向けて伸ばし、俺の腹を、その足の指で撫でる。


 あくまで服の上からの、非常に軽い刺激だったが、視覚的な危うさもあり、なんだかむず痒くなってしまう。


「それで~、午後の実験なんだけど~。カイザースーツに疑次元スペース発生装置を組み込むために~……」

「えっ? これ続けたまま、その説明始めるんですか?」


 俺の腹を撫でていた足が、そのままゆっくりと下がり、敏感な太ももの内側を撫で回したり、また戻ったり、もう少しデリケートな部分を彷徨さまよったりしていた。


「うふふ~ 説明はいいから、もっとして欲しいの~?」

「いや、説明するなら、この足の方を止めて欲しいんですけど」


 俺は、俺の下腹部を撫で回している脚を抑えようと手を伸ばすのだが、マリーさんの巧みな足さばきの前に、捉えることができない。


 踊るように、見せつけるように揺らめく、長く、細く、白い脚が、艶めかしい。


「や~ん! 統斗ちゃんのえっち~」

「酷い言われようだ……」


 俺はマリーさんの足を捕まえることを諦め、椅子から立ち上がろうとした。

 これならもう、撫で続けることはできまい。

 そう思った、その時だった。


「まだダ~メ!」

「おっと? マ、マリーさん?」


 マリーさんがその美しい足を伸ばして、俺の腹に優しく押し付け、俺が立ち上がるのを阻止してしまう。


「素直じゃない統斗ちゃんには~、お仕置きで~す!」


 なんて言いながら、マリーさんが着ている白衣を脱ごうとしている。


 だが、俺は慌てない。もう落ち着いたものだ。


 これまで何度も、同じような流れを経験してきた俺は、今や百戦錬磨と言ってもいいだろう。経験を積んだ俺の脳ミソは、今度の展開の正確な予測が可能だ。


 マリーさんのノーブラ姿に、純情な俺はビックリドッキリ! 

 なんてことを考えてるんだろうが、今更ノーブラくらいで……。


「ブハッ!」


 予想外の事態に、俺はビックリして、噴き出してしまった。


「ふふっ、いつもとは~、ちょっと趣向を変えてみました~」


 白衣を脱ぎ捨てたマリーさんが、妖艶に笑い、眼鏡の奥の瞳が挑発的に輝く。


 白衣の下は、確かにノーブラだった。

 だが、その頂点は見えない。なぜならギリギリで隠されているからだ。


 ハートの形をした、ピンクのニップレスによって。


「丸出しより~、隠された方が興奮するんじゃないの~?」


 確かに、効果は絶大だった。

 大事な部分は見えていないというのに、これまでより扇情的に見えてしまう。


 これがエロスの深淵か。時として人は、見えることより見えないことに興奮してしまうのだ。俺は、まるで金縛りにあったように動けなくなってしまう。


「うふふ~、統斗ちゃん可愛い~!」


 マリーさんが俺から足を離し、こちらにその肢体を見せつけるように立ち上がる。


「ゴハッ!」


 俺は更なる予想外の出来事に、ドッキリして、再び噴き出してしまう

 

 まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべて、マリーさんが俺に、堂々と正面から、その全てを露わにする。


 その小振りだが、形の良い両胸の先端には、ハート型のニップレスが輝いている。そこから視線を下げれば、その殆どは、眩しいほどの肌色だ。


 そう、マリーさんは今、ホットパンツを履いていない。


 だからといって、なにも身につけていない、というわけではない。ちゃんと大事な場所は、隠している。


 小さな小さな、ピンクの前張りによって。


「マ、マリーさん! それは、それは一体!」

「ふふっ、最近暑くなってきたし~、それに~、ちょ~っとセクシーでしょ~?」


 マリーさんが自分の指で、自らの腰のラインを撫でるようになぞる。


 普段は例えホットパンツといえども隠されている、その魅惑のラインが見えているという現実と、それでも大事な部分は見えないという現実が、俺の中でぶつかり、まるで惑星誕生のような衝撃が起こった。


 まずい。すごいえっちだ。


 最小限の面積のみで、大切な部分を隠しただけで、そのスレンダーなスタイルを惜しげもなく晒すマリーさんは、これまでになく蠱惑こわく的で、魅力的だった。

 

 その小さな胸も、くびれたウエストも、スラリと伸びた長く細い足も、彼女の全てが、全力で俺を誘惑している。


「どうやら~、効果はバツグンみたいね~」

「ぐうう!」


 挑発的にこちらへと近づくマリーさんに、俺はぐうの音も出ない。

 いや、出てるけども。


「それじゃ~、もうちょっとだけイイコト、しちゃう?」

「ぐぬう!」


 マリーさんが俺の手を、指を取り、自らの胸に張り付けている、ハートのニップレスへと導く。


 俺の爪が、その端に、カリカリと引っかかる。


「統斗ちゃんなら~、ワタシのこと~、なんでも好きにして~、いいのよ~?」


 マリーさんが、俺を誘うように、俺の指を撫でる。


「ぐぬぬぬぬ!」


 俺は、精一杯の理性と自制心をかき集め、膨れ上がる自らの欲望と、壮絶に戦い続けるのだった……。


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