5-3
「ようこそ~、改造人間処置室へ~」
狂気の部屋は、意外と清潔に保たれていた。
先程までいた強化改造室に比べれば雲泥の差、というか別世界である。
部屋の中心に大きな手術台が置いてある点を除けば、それ以外はまさしく、学校の保健室といった印象だ。なぜか身長計や体重計、視力検査表まである。
こっちの部屋が手前にあった方が。いいんじゃないだろうか……。
「それじゃ~、ちゃっちゃっと終わらせちゃいましょうか~」
「げべら」
部屋の中央に鎮座している手術台の前に立ったマリーさんが、軽く手を叩くと、俺の後ろにいた機械の縄が、より激しくのたうち回り、スピードを上げると、そのまま拘束していたバディさんを、手術台に放り投げる。身体を派手に打ち付けたバディさんが、変な声を上げた。
「ふふふ……、ふふふふふ……、僕の美しい顔や身体が、ボロボロだよ……」
手術台の上に、まるで調理前の魚のように投げ出されたバディさんは、自分の顔や身体を愛おしそうに撫で回しながら、静かに涙を流してる。
なんだろう、可哀想と思う前に、なんだか気持ち悪い。
「バディは~、極度のナルシストなのよ~」
そんな俺の微妙な顔を察知したマリーさんが、簡潔に答えを教えてくれる。
だけど、まぁ、なるほど。
そういう性癖は、個人個人で色々とあるものだし、それで他人に迷惑をかけたり、無理に押し付けたりしないなら、そこら辺はまさに、個人の自由だろう。
そんなに気持ち悪がってしまうのは、失礼なのかもしれない。
「あぁ……! 僕の美しい顔が! 美しぎる身体が! こんなにも無残に! ボロボロに傷ついて! あぁ! なんて不幸なんだ! ふふふふふふふふ!」
「しかも~、極度のマゾヒストなのよ~」
バディさんは、最高に気持ち良さそうに自分で自分を抱きしめならが、くねくねと派手に身体をよじらせている。
正直、気持ち悪い。
しかしバディさん、ナルシストのマゾヒストって、随分とまた、
「最愛の自分が、最低な目に会って、ドン底まで墜ちていくようなこの感覚! あぁああ……! 最高だ……! 最低で最高だ……!」
前言撤回。本人は随分と楽しそうだった。
「毎度毎度酷い目に会うのが楽しくて~、怪人やってるみたいだから~、本当に気持ち悪いわよね~」
マリーさんが笑いながら酷いこと言っているが、俺には、それを否定する意見は特に無かった。
「それじゃ、ちゃっちゃと済ませちゃお~」
「むごご……!」
マリーさんが腕を軽く振ると、さっきまでバディさんを拘束していた機械の縄が、再び、バディさんを締め上げる。ちゃんと喋れないように、猿ぐつわのように口も塞いでいる。その瞬間バディさんの顔に、恍惚の表情が浮かんだのを見てしまったことを、俺は軽く後悔した。
「よいしょ~」
そして次の瞬間、手術台の上に設置されていた、大きく丸い照明が、バディさんをプレスするように落下した。
「へっ?」
更にその落ちてきた照明の中から、なんというか、動物の肉をひき肉にしてるような音が聞こえる気がしたが、多分、気のせいだと思いたい。
「むごごごおおおおおおおお!」
なにやら、バディさんの悲鳴のようなものが聞こえる気がするが、気のせいだと思いたい。
その上、落下した照明と手術台の隙間から、なにか赤い液体のようなもの滲み出てきている気がするが、気のせいだと思いたい。
「ふんふんふ~ん」
悪夢のような状況の中心で、マリーさんは、また鼻歌なんて歌っている。
そのリズムに合わせるように、プレスされた手術台から、なにかドリルが回るような音とか、なにかを溶接するような音とか、なにかを強制的に溶かすような音が響いている気がするが、全ては気のせいだろう。
「そうだ~。
「えっ、あっ、はい。お願いします」
完全に怯えてしまっている俺に向かって、マリーさんが、天使のような笑顔で浮かべながら、悪魔の所業を解説してくれる。
「これは~、改造人間を~、一度フラットな状態に戻してるところなの~」
「……フラット?」
「デフォルトでもいいわよ~?」
つまり、この目の前の凄惨な光景は、敗北した怪人を、初期状態に戻す作業ってことなのか……。
「そうしないと~、再改造できないのよね~。負けた怪人にそのまま改造を繰り返しても~、全然安定しないし~、下手すると~、怪人が暴走したり~、爆発したり~、崩壊したりするし~。まぁ~、完全に元に戻すのは不可能だから~、被験者の遺伝子には~、これまでの改造の痕跡が刻まれちゃうんだけど~、一応~、直接的な害はないから~、安心なのよ~?」
マリーさんはそう告げると、またもや天使のように、微笑んだ。
「全然、まったく、安心には聞こえないし、見えないんですが……」
地獄のような悲鳴が、聞こえ続けてる。
俺は、目の前の手術台で起きている惨劇から、目が離させない。
「次の改造をするには~、少し時間を置かないといけないから~、それはちょっとね~。あんまり無理すると不具合出ちゃうから~、仕方ないんだけど~」
どうやら、怪人を酷使して使い潰すようなことは、しないようだ。
いやぁ、実に安心だなぁ。
「この改造人間製造技術は~、最終的に~、安心安全、誰でも気軽に適用できる~、ベーシックな技術の確立を目指してるから~、無理しても~、あんまり意味がないのよね~。実験の目的が目的だから~、それでいいんだけど~」
どうやら、少なくともこの実験に対して、強引に進められないことには、特に不満も無いようで、マリーさんはのんびりとしたものだ。
そういえば、怪人があれだけ無残にマジカルセイヴァーに負けても、マリーさんはあんまり気にした様子もなかったな。
「そういえば、どうして、まだ敵わないって分かってるのに、それでも怪人を、マジカルセイヴァーと戦わせるんですか?」
「可能な限り実戦のデータが欲しい、っていうのはあるけど~。正直ワタシたち最高幹部じゃ、実力差がありすぎて~、怪人の練習相手はできないのよね~。手加減しても~、あんまり意味ないし~。複数の戦闘員を相手に、っていう方法もあるけど~、あくまでも~、格上相手に勝てるようになるための技術を目指してるから~」
なるほど。つまりマジカルセイヴァーより強い最高幹部の面々では、目指すハードルが高すぎて、模擬戦闘さえ、満足にできないのか。
あくまでも、正義の味方に怪人が勝てるようになるのが目的だし、だから一応、怪人の安全を確保した上で、勝算が薄くても、戦いを続けてるってことか。
それは、いざとなれば、最高幹部が直々に出張ればいい、という保険があるというのも、大きいのかもしれない。
「終了~」
マリーさんの終了宣言と共に、改造人間を初期化させるためのプレス機が、再び持ち上がる。
「ふ……、ふふふ、ふふ……」
どことなく嬉しそうである。恐い。
目立った傷が増えたようには見えないが、腰のベルトに付いているタブレット型のバックルには、デフォルメされた人間のマークが浮かんでいた。
「は~い。それじゃ、邪魔だから出て行ってね~」
マリーさんがニコニコとそう告げると、バディさんを拘束している機械の縄が、先程と同じように、激しくのたうち回りながら、バディさんを部屋の外までドタバタと運んで行ってしまった。
「ふふふふふふ……! やったあああ! 僕は不幸だぁあああああああ!」
酷い。
と一瞬思ったが、バディさんは嬉しそうなので、俺はなにも言わないことにした。
あんまり関わり合いになりたくなかった、とも言う。
「それじゃ~、始めましょうか~」
俺と二人きりになった瞬間、マリーさんの眼鏡が、不気味に輝いた気がする。
「……始めるって、なにをですか?」
先ほどまで開発部主任室で繰り広げられていた、恥ずかしすぎる痴態を思い出し、思わず身構えてしまった俺に、笑顔のマリーさんは、意外なことを言い出した。
「身体測定よ~」
「……えっ?」
本当に身体測定をした。
身長を測って、体重を計測して、視力を検査して、胸囲や座高などを調べたり、筋力や跳躍力を計ったり、本当に普通の、ただの身体測定を行ったのだ。
身体測定のための道具は、全てこの改造人間処置室に揃っていた。
本当に保健室みたいな部屋だな、と俺は中央の、血塗れの手術台から目を逸らしながら、そう思った。
「それじゃ、最後にちょっと血を採っておしまいね~」
「血液検査もするんですか?」
「うん~」
身体測定というよりは、健康診断みたいだな。
そう思いつつ、俺は素直にマリーさんの注射を受ける。
どうやら手馴れているようで、まったく痛くなかった。
「ご協力、感謝致します~」
「いえいえ、お安い御用です」
可愛らしく敬礼してくれたマリーさんに、俺も注射の痕を脱脂綿で抑えながら、見様見真似で、敬礼を返してみる。
思ったより穏やかな時間が流れて、俺は、すっかりリラックスしてしまっていた。
もちろん中央の手術台の方は、見ないようにしているが。
「それにしても、なんで身体測定なんですか?」
「んふふ~、それは~、今は~、ひみつ~!」
マリーさんは、悪戯っぽい表情で、パチリと俺にウインクしてみせる。
やばい。可愛い。
「なんだろう? 気になるなぁ」
「うふふ~、楽しみにしてて~。それじゃ、お茶でも飲みましょうか~」
どうやら、俺にはまだ秘密にしておきたいらしく、マリーさんが、話を変えるために、この部屋に備え付けられている棚から、紅茶のセットを取り出した。
本物の保健室に置いてあるような金属製の机の上には、電気ポットが置いてあり、どうやら既に、お湯も沸いているようだ。
「それじゃ、ごちそうになろうかな」
「ここの紅茶は~、絶品なんだからね~」
まぁ、マリーさんが秘密にしておきたいなら、無理に聞く必要もないなと思った俺は、マリーさんのお誘いを受けて、優雅にティータイムを楽しむことにした。
彼女の入れた紅茶のポットからは、もう良い匂いが漂い始めている。
俺とマリーさんは、ゆっくりと紅茶を楽しみながら、他愛のない話に花を咲かせ、笑い合う。
その穏やかな時間は、気付けば俺が家に帰らなければならない時間になるまで、実にのんびりと続いたのだった……。
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