5-2


「そこまでよ!」

「カチカチカチカチ! 来たな、マジカルセイヴァー!」


 新たにモニターに映ったのは、どこかの採掘場のような場所で、今まさに戦いを始めようとしているマジカルセイヴァーと、サソリ怪人の姿だった。ヴァイスインペリアル所属の戦闘員も何十人かいるのが見える。


「あのサソリ怪人は~、バディね~」


 上半身は裸、下半身は小さすぎるホットパンツのみという、ほぼ全裸という格好のマリーさんが、俺の太ももの上で、綺麗な背中をこちらに預けながら、のんびりと説明してくれる。


 ……この状況について、あまり深く考えないようにしながら、俺はモニターに意識を集中することにする。じゃないと、色々と危険なことになりそうだった。


 考えるな……! 感じるな……! 意識を逸らせ……、俺!


 ……そうかー、あのサソリ怪人、バディさんなのかー……。


 あのカチカチカチって、サソリの鳴き声のつもりなのかな……、一応、その両手のハサミを打ち鳴らしてるので、その音のつもりなのかもしれないけど。


 前回のコウモリ怪人だった時といい、バディさんも、色々大変だなぁ……。


「これは~、今起きてる生の映像よ~、生放送よ~」


 俺にその肢体を、主に下半身を、積極的に擦りつけながら、ハラスメントな格好をしたマリーさんが、解説を続ける。

 

 なるほど、これから今まさに、正義の味方と悪の組織の戦いが始まるってことか。


「行くよ! みんな!」


 ピンクの号令で、マジカルセイヴァーのみんなが一斉に動き出す。


「カチカチカチ! こちらも行くカチー!」


 巨大なハサミを打ち鳴らしながら、サソリ怪人バディさんと戦闘員たちが、それを迎え撃つ。


 ……のだが。




「マジカル! グランバズーカ!」

「カチカチー! やられたカチー!」


 正義と悪の勝負は、一瞬でついてしまった。


 マジカルセイヴァー全員で繰り出される、必殺の一撃をまともに受け、サソリ怪人バディさんがあっさりと爆散してしまう。戦闘員たちもすでに、全員やられて、撤退してしまっている。


 これにてマジカルセイヴァーの大勝利、いやはや、完勝だった。


 一応、数の優位があったので、戦闘員たちが頑張って、倒せないまでもマジカルセイヴァーの行動を邪魔しようとしたのだが、レッドとブルーの見事な連携の前に、あっさりと、そしてあっという間に蹴散らされてしまった。残念ながら、時間稼ぎにすら、なっていなかった。


 残り一人になってしまえば、後はもう、お決まりの結末だった。


 怪人が正義の味方に勝てるようになるまでには、どうやら、まだまだ時間がかかりそうだ。


「あらら~、負けちゃった~。まぁ、データは取れたし~、別にいいんだけど~」


 本当にまったく、全然、この敗北は気にしていない、といった感じのマリーさんだったが、少しだけ不思議そうな声で、俺に尋ねてきた。


「なんだか~、レッドちゃんとブルーちゃんの連携が~、格段に向上してるみたいだけど~、なにかあったのかしらね~」


 ぎくり。


「さっ、さぁ?」


 とりあえず、俺はすっとぼけてみる。


 レッドとブルー、というか赤峰と水月さんは、お互いがお互いの良さを活かし、その力を何倍にも高め合う、惚れ惚れするような連携プレーを披露していた。


 なんだか、なにか吹っ切れた、といった感じで、実にのびのびとしている。


 まぁ、そうなったのが俺のせい、とも言い切れないので、すっとぼけた態度も、嘘じゃないと言えば、嘘じゃないと思う。俺の知らないところで、なにか別の切欠きっかけが、あったのかもしれないしな。うんうん。


「まぁ~、目標が強くなってくれるのは~、別に良いんだけどね~、でも、どうしてそうなったのかは~、気になるところよね~」


 どこか楽し気な声のマリーさんが、大きく伸びをするように俺に密着して、後ろに逸らした頭を俺の耳元に添えて、そっと囁く。


「ね~? 統斗すみとちゃ~ん?」

「そ、そうですね……」


 マリーさんから発せられる、意味深な雰囲気を感じながらも、俺は適当にとぼけるしかない。


 なんだろう……、もしかして、何か感づいているのだろうか、マリーさん……。


 俺は、マリーさんの小さいけど形が良く、ぷっくりと膨らんで、張りのありそうなその胸を、彼女の背中越しにジッと眺めながら、ゴクリと生唾を飲み込むのだった。




「さ~てと~、それじゃ、行こっか~」


 気怠けだるそうなマリーさんが俺から離れると、眼鏡をかけ直し、再び白衣を着込んだ。

 それと同時に、俺の拘束も解かれる。これ幸いと、俺は慌てて立ち上がった。


「い、行くって、どこへですか?」

「敗者にも~、出迎えくらいは必要でしょう~」


 どうやら、地下のワープルームへ向かうようだ。


 この主任室の隅に設置されている地下本部への直結エレベーターが、マリーさんの声に応えて起動したのが見えた。


「えっと、じゃあ、俺はこれで……」

「今日は~、これから魔術の講義も~、命気の訓練もないんでしょ~? ちょっとはワタシに付き合ってくれても~、いいじゃない~」


 逃げ出そうとする俺を捕獲するように、拗ねたような声を出しながら、マリーさんは俺の腕に絡まるように、その身を寄せる。


 彼女の柔らかな感触と、そのあまりにも良い香りに、俺は、残念なくらい完璧に、固まってしまった。


「さぁ、こっちこっち~」

 

 そしてマリーさんに引きづられて、流れるようにエレベーターに乗ってしまうと、そのまま地下にあるワープルームへと向かってしまう。


 まぁ、マリーさんが言う通り、この後の予定は、特に決まっていないわけだし、別にいいか……。


 なんて思ってしまう自分は、やっぱり意思が弱いのだろうか……。




「うわぁ……」


 即座に到着したワープルームは、さながら野戦病院のような有様だった。


 かなり広いこの部屋のあちこちに、つい先ほどマジカルセイヴァーに敗れ、強制帰還した戦闘員たちが転がり、看護師のような恰好をした別の戦闘員たちから、治療を受けている。


 戦闘員は、例え看護師姿でも、そのマスクは外さないので、正直、かなりシュールな光景だった。


 まぁ、見た感じ死人どころか、重傷者すらいないようなので、むしろ軽傷で済んでいるからこそ、この場で、そのまま治療を受けているだけのようだった。


 俺たちがワープルームに入ると、戦闘員が全員敬礼をしてくれるので、それはいいから治療に専念してくれと、一応、総統らしく言っておく。


「あっ……、総統に、マリー様じゃないですか……」


 そんなワープルームの中央に、少し焦げたバディさんが、寝転がっていた。


「ふふふ……、無様に負けた様子を、総統に見られちゃうなんて、僕は不幸だ……、ふふふふ……」

「はいは~い。お楽しみは後にしてね~。今は先に~、データ取っちゃうから~」


 寝転んだまま笑い出したバディさんに向けて、マリーさんが少し手を振ると、その周辺の空間が少し裂け、そこから縄のような細長い機械がニュルっと出てきたかと思えば、バディさんをグルグル巻きにしてしまった。


「それじゃ、行くわよ~」


 そしてマリーさんは、そのまま別の場所に向かおうとしてしまう。


 この簀巻きになったバディさんは、一体どうするんだろう……。


 という俺の疑問に答えるように、バディさんに巻き付いてる機械の縄が、自らズリズリと這いずりながら、マリーさんの後をついて行く。


 ……なるほど。こうするんだ……。


「痛っ! あっ、締め付けが……! じ、地面に擦れて、痛い、痛いよ……。ふふふふふふ……」


 無慈悲な機械の縄は、かなり無茶な動きをしているので、それに強制的に運ばれているバディさんにも、色々と不備が出ているようだが、ズタボロになりながら地面を引きずられている当人は、なんだか不気味に笑っている。


 正直、恐い。


「統斗ちゃ~ん。行くよ~」

「あっ、はーい」


 俺は素直に、従順に、お気に召すままに、のんびり、ふらふらと歩いているマリーさんの後ろをついて行くことにした。


 悲鳴なんだか嬌声きょうせいなんだか、よく分からない叫びを上げているバディさんを引きずりながら、俺はマリーさんに連れられて、次の目的地へと向かった。




「はい、到着~!」

「あぁ……、やっぱり、ここなんですね……」


 続いて俺たちがやって来たのは、強化改造室と呼ばれている……、まぁ、その名前が示す通りの部屋である。


 詳しい説明は、したくない。いや、俺があまりよく知らないだけなんだけど、知ろうともしなかったというか、知りたくもなかった、みたいな話なんだけど。


 とりあえずこの部屋は、地下本部における、マリーさんの根城のような場所だ、ということだけ分かっていれば、十分だろう。


「ふんふ~ん」


 なんだか上機嫌なマリーさんは、軽快に鼻歌なんて歌いながら、その恐怖の部屋に入っていく。なんだろう……、前に来た時より、壁に広がる血の痕とか。増えてる気がする……。


 俺はマリーさんに続いて、おっかなびっくり警戒しながら、その悪夢の部屋へと足を踏み入れた。


 そんな俺の後ろを、ボロボロになったのバディさん……、を簀巻きにし、運搬している機械の縄が、ズリズリと続く。


「うわぁ……」


 まるで、恐怖が溢れてしまったように声を上げてしまったのは、当然俺である。


 この部屋の中には、俺にはよく分からないが、拷問に使うようにしか見えない機材だったり、謎の標本だったり、不気味な薬瓶が、そこら中にゴロゴロ転がっている。


 ここは一応、医務室でもあるはずなのだが、非常に乱雑というか、とんでもなく不気味というか、整理整頓と衛生管理がしっかりしているこの地下本部の中で、特に異質な場所なのだ。


 相変わらず、お化け屋敷みたいなところだなぁ…。


「こっちよ~、こっち~」


 内心かなりビビってる俺に構わず、マリーさんは平気な顔で、この部屋の最奥に存在する、厳重に閉じられた扉を、ギギギっと錆びたような音と共に開くと、その中へと入って行ってしまう。


 マリーさんが通った扉の上に掲げられた、その部屋の名前は……。

 

 改造かいぞう人間にんげん処置室しょちしつ


「あぁ……、やっぱり、ここなんですね……」


 先程とまったく同じ台詞を、確かな絶望と共に、もはや後戻りできない不気味な室内で虚しく吐き出しながら、俺はこの恐怖の部屋の、もっとも奥に隠された、狂気の部屋に突入するのだった……。


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