5-1


 俺が命素プラーナの習得に成功してから数日後、俺は悪の組織ヴァイスインペリアル最高幹部の一人、無限むげん博士はかせジーニアこと、複合企業インペリアルジャパン本社開発部主任、才円さいえんマリーさんに、呼び出されていた。


 本日の学校も終わって、今は放課後、俺はいつものように、けいさんと共に黒いリムジンに乗って、このイペルアルジャパン本社ビルへと、すでに到着している。


「開発部は……、こっちでいいんだよな?」




 あれから、千尋ちひろさんののおかげで、俺の身体は、もうすっかり完治していた。


 というか、命気を習得したことにより、正直、今までよりも断然、調子が良い。

 調子が良いというよりは、世界が変わったと言ってもいいかもしれない。


 俺が命気を使えるようになったことで、千尋さんの特訓もより本格化したが、今までが嘘のように、自分の身体を自在に動かせるため、それに伴って、超感覚の方もスムーズに働いてくれている。


 平行して、契さんによる魔術の講義も受けているために、俺は日々、自分が成長しているのを実感していた。生活に張りがあるというか、本当に、毎日が楽しい。



「失礼しまーす……」

「どうぞ~」


 部屋の主からに許可を受け、俺は厳重にロックされた、物々しい扉を開く。


 ここはインペリアルジャパン本社ビルにある、本社開発部である。

 契さんとは、秘書室の前で別れ、俺は今、一人でここへとやって来ていた。


 事前に、この部屋に入るためのパスコードや、認証キー等を渡されていたのだが、まるでスパイ映画のような解除方法の連続に、俺はすっかり、緊張しっぱなしだ。


 そして、俺はそんな開発部の中でも、最も厳重に守られた主任室の扉を開き、ようやく本日の目的地へと、足を踏み入れる。


「好きなとこに、座っていいから~」

「あっ、はい」


 マリーさんは、トレードマークであろ大き目の白衣をダラリと着込んで、自分のデスクの前で、俺にはよく分からない複雑な計器やモニターに囲まれながら、ワーキングチェアに、ぐったりとその身体を預けている。


 トレードマークの眼鏡までずり下がっていて、実際、かなりしんどそうだ。


 しかし、座れと言われても、一体どこに座ればいいのか……。


 前に訪れた時も思ったのだが、この部屋は、機械で溢れすぎている。乱雑に、無秩序に、大小さまざまなメカの山がひしめき、足の踏み場にも困るほどだ。


 俺は、床に転がっていた椅子らしきものを掘り出し、なんとか、それに座ってみることにした。


「えっと、お久しぶりですね。マリーさん」

「そうね~。お久しぶりね~。契ちゃんや千尋ちゃんとは、ず~っとイチャイチャ、チュッチュッしてたくせに~、ワタシとは~、随分お久しぶりね~」


 マリーさんがこちらを軽く睨みながら、なんとも機嫌悪そうにうめいてみせた。


 マリーさんと、こうしてちゃんと会ったのは……、あの怪人三人組を紹介された件以来だろうか?


 あれからマリーさんは、どうやら本当に仕事に行き詰ってしまったらしく、昼夜もなくこの本社開発部に缶詰めになっていたらしい。

 まぁ、この開発部から直通で、地下にあるヴァイスインペリアルの本部にも行けるので、正確に言うなら、地上と地下の往復生活、みたいな感じだろうか。


 マリーさん自身が忙しく、そして俺も魔術と命素の習得に忙しかったために、なかなかタイミングが合わず、直接会って話をする機会が、まったく作れなかったのだ。


「いや、その、なんだか、すいません……」


 別に俺がマリーさんを避けていたとか、そういうわけではないのだが、思わず条件反射的に謝ってしまった。年上の女性を相手に、強気に出るというのは、俺にはまだまだ、ハードルが高いのだ。


「まぁ~、別にいいんだけどね~。会った回数や時間が~、愛の総量を決めるわけじゃないし~」


マリーさんが、そう言いながらもどこか拗ねたような様子で、眼鏡をかけ直すと、部屋の中央に置かれたモニターの画面が、一瞬で切り替わった。


「……俺のスーツ?」

「そうよ~、正式名称は~、絶対ぜったい防衛ぼうえい機構きこうけん殲滅せんめつ活動かつどう支援型しえんがた強化きょうかパワードスーツ、カイザーリュストゥング、ね~。ちょっと~、名称が長すぎたかもね~」


 突然モニターに映し出されたのは、俺がいつも使っているカイザースーツだった。その様子を確認するのは、本気を出したレオリアと殴り合って以来だったが、なんだか素人目に見えても、かなりボロボロに見える。


「……自己修復していない?」

「正確には~、自己修復の速度が~、遅くなってるのよね~」


 マリーさんが、心底疲れたとばかりに、重苦しいため息を吐いた。


統斗すみとちゃんのカイザースーツは特別で~、メンテナンスフリーとまでは言えないけど~、ある程度の損傷は~、自分で直せちゃうんだけどね~。流石にあそこまで破損しちゃうとね~」

「……すいません」


 おそらく、というか、まず確実に、俺のカイザースーツは、このマリーさんが作り出した物で、そのメンテナンスも彼女が行っているだろうということは、容易に想像できた。


 製作者にしてみれば、自分の作品をここまでボロボロにされるのは、あまりいい気分とは言えないだろう。しかも、実戦ではなく、あくまでも模擬戦闘でというなら、尚更か。


「緊急時特例最終手段を使用して~、リミッターが解除された状態で~、結構深刻なダメージ受けちゃったから~、損傷の深度が深いのよね~」


 どうやら無知な俺に、マリーさんがカイザースーツについて、色々と説明をしてくれるようだ。

 それは、実にありがたい……、というか、本当ならもっと早く、この説明は受けておくべきだったのではないかと、今更ながら思ったりもした。


 俺は、今まで自分が命を預けていた、俺専用のスーツのことを、殆どなにも知らなかったのだから。


「前にもちょっとだけ話したけど~、カイザースーツに使ってる超希少金属、オリハルコンは~、化学反応のみならず、まだ科学では上手く扱えない、魔素や命気みたいな不可思議ふかしぎ現象の触媒になる上に~、その現象の触媒として使用し続けてると~、その不可思議現象の特性まで取り込んじゃう、万能金属なのね~」


 どうやら、あの凄まじい性能をしているカイザースーツの根幹を支えているのは、とんでもないオーパーツの類らしい。


「その特性があるから~、科学的なアプローチが困難な魔術や~、生物にしか発生しないはずの命気の特性を~、カイザースーツに機械的な機能として組み込むことも可能なのよ~」


 どうやら、このスーツを直感的に操作できるのも、魔術の行使をサポートしてくれるのも、命気に対応してるのも、全てはその、オリハルコンとかいう、とんでもない物質のおかげのようだ。


 凄いな、オリハルコン。

 ありがとう、オリハルコン。

 格好いいぞ、オリハルコン


「オリハルコンは~、なんでも大昔に存在した~、錬金術師が作り出したらしいんだけど~、今じゃそれを再現するすべは残ってないのよね~。いま現存してるのは~、地球上でも数キロだけだから~、替えを用意するのも~、難しいし~」


 マリーさんが、そう言って気だるげな吐息を漏らした。


 どうやら俺のカイザースーツは、壊れたなら、さっさと新しい材料を使って修理すればいい、というわけには、いかないようだ。


 ……というか、地球に数キロしか存在ないって、一体どれだけの価値があるんだ、オリハルコン。


「あっ、それなら、俺がカイザースーツを着ながら、命気を使って、スーツを自己修復させる、っていうのはどうですか? この前も、それで一気に直りましたし」


 俺はこの前、レオリアと戦い、シュバルカイザー・ベスティエとなった時、かなりボロボロだったカイザースーツが一瞬で修復された……、どころか、より強く生まれ変わったことを思い出していた。


 あれを使えば……。


「う~ん、それはちょっと~、無理なのよね~」

「無理?」


 しかし俺の愚策は、スーツの開発者であるマリーさんにより、あっさりと却下されてしまう。


「そもそも~、今回カイザースーツの自己修復が遅れてるのは~、命気の過剰投与が原因なの~」

「か、過剰投与?」


 なんだか身に覚えはないが、その物騒な響きに、俺はちょっとだけ怯んでしまう。


「カイザースーツの機能は~、魔素と命気がバランス良く保たれた上で~、システム的にそれをバックアップすることで~、最大限のパフォーマンスを発揮できるようになってるから~、そのバランスが崩れると~、こんな感じで~、全体的な性能が落ちちゃうのよ~」


 なるほど、俺が無理矢理カイザースーツを直そうと、ありったけの命気を注ぎ込んだことが、逆にマイナスの結果を招く要因になったということか。


 なるほどなー。


 つまり、今まさに、このスーツの直りが遅いのは、まさしく俺のせいである、ということだった。


「なんかすみません……、本当に、色々」

「あっ、別に統斗ちゃんは気にしなくていいのよ~。カイザースーツなら~、後で契ちゃんと千尋ちゃんに~、調整を手伝ってもらえば~、すぐに修復するし~」


 マリーさんが優しく微笑みながら、責任を感じて、小さくなっていた俺を気遣ってくれる。


 だが、その表情はやはり、どこかアンニュイだった。


「問題は~、カイザースーツの責任者である~、ワタシの方なのよね~……」


 ボロボロのカイザースーツを眺めながら、マリーさんが再び、深く、重い、ため息を吐き出す。


 俺は、彼女が仕事に行き詰っているという話を、どうしても意識してしまう。


「まっ、そういうわけで~。見ての通りスーツが直るには~、まだもうちょっとだけ時間かかりそうだから~、しばらくは一応~、スーツを使うなら~、ワタシの許可を取ってからにしてね~?」

「あっ、はい。分かりました」


 マリーさんの物憂げな表情は、非常に気になったが、しかし俺はそれに触れることができず、ただマヌケに頷くしかない。


 別に機械が苦手だから、なんて言うつもりはないが、流石にマリーさんがたずさわっているような、俺には想像もつかない領域の仕事の悩みは……。


 限定的だが、空間内の破壊を無かったことにする、疑次元ぎじげんスペースとか。

 安全な閉鎖空間内に、周辺の一般人を無理矢理閉じ込め、隔離してしまう、強制セーフティスフィアとか。

 そのまんまオーバーテクノロジーすぎる、ワープとか。


 そして俺のカイザースーツだとか。


 その、凄まじすぎる謎の超科学力を、実際に体験してる身としては、流石に技術的な問題に対して、軽々しく口は出せない、と思ってしまう。


 できるだけマリーさんの力になりたい、とは思うんだけど……。


「あ~、長々と説明してたら~、なんか暑くなっちゃった~」


 人知れず悩む俺の目の前で、突然マリーさんは、いつも来ている白衣を脱いだ。

 脱いでしまった。


「んがっ!」

「うん~?」


 驚きのあまり、思わず変な叫びを上げてしまった俺を、マリーさんが眼鏡の奥から、不思議そうに見つめてる。


 その可愛らしい胸を、丸出しにしながら。


「ちょっ、ちょっとマリーさん! その格好は!」

「ワタシは~、いつもこの格好だけど~?」


 完全に上半身裸になってしまったマリーさんは、その控えめな胸を隠すこともなく、むしろ俺に見せつけるように、大きく伸びをしてみせた。


 普段のマリーさんは、まるで白衣以外、なにも着てないみたいに見えたから、一体どんなタイトな服着てるんだろうかと、気になってはいたが、まさかノーブラだったなんて……。


 しかも、下の方も非常に小さいホットパンツを履いているだけで、マリーさんのセクシーな美脚が剥き出しになっている。


 殆ど裸同然の姿をしながら、恥じらう様子もなく、堂々としているのも、凄い。

 なんというか、美しさすら感じる。


 マリーさんの胸は、契さんや千尋さんと比べると、かなりボリューム不足だが、それが逆にマリーさん自身の、全体的にスレンダーな魅力を引き立てている。


 小さいが、形の良い胸から、その細く長い、カモシカのような美脚へと向かうラインが、全体的な調和を生み出していて、思わず見とれてしまう。


「ん~? ……んっふふふふ~。統斗ちゃんは~、ワタシの身体が~、気になるのかしら~」


 身に着けているものは、もはや眼鏡とホットパンツだけという、刺激的すぎる格好になったマリーさんが、悪戯っぽい顔で笑いながら、その長い指で、自らの胸のラインを、触れるか触れないかの微妙なタッチで、なぞってみせる。


 そして、その爪先はゆっくりと、その胸の頂きへと向かい、その敏感な蕾を……。

 

 って、ちょっと待て!


「あっ、あの! 俺、用事、思い出したんで! か、帰、り……ます?」


 マリーさんの扇情的すぎる行動を目の当りにした俺は、今まで座っていた椅子から、慌てて立ち上がろうとした。


 そう、立ち上がろうとしたのだか……。


 立ち上がれなかった。


 というか、なにやら椅子の方から、なにやら手錠のようなものが幾つも出てきて、なにやら俺の四肢を、拘束している。

 

 というか、立ち上げれないんですけど?


「というか、なんだよ、これ!」

「んふふふ~、統斗ちゃんも運がないわね~。その試作品に座っちゃうなんて~」


 慌ててマリーさんの方に顔を向けると、彼女はニヤニヤと笑いながら、こちらを見ていた。どうやら俺の座ってるは、マリーさんの発明品の一つらしい。


 というか、立ち上がれないどころか、動けないんですけど?


「ハードな強化きょうか施術せじゅつで~、被験体が暴れないようにするための~、拘束機具の試作機なんだけど~、まだここにあったのね~。ちょっとびっくり~」

「いや、ちゃんと部屋片付けましょうよ、マリーさん……」


 なんて、言ってる場合じゃない。


 強化施術だの被験体だの拘束機具だのといった、物騒かつ不気味な単語の数々は気になったが、正直それどころではない。


 俺は今、完全に動けないのだから。


 椅子にガッツリ腰を降ろした状態のまま、全く動けない。

 両手足だけだと思っていた拘束は、いつの間にか腰や胴体、首にまで及んでいる。


 そうだ! 命気を使おう! 命気の力で、無理矢理脱出しよう!


 そう思った、まさにその時だった。


「それじゃ~、ちょっとだけ~、お楽しみタ~イム」


 ほぼ全裸のマリーさんが、今まで座っていた椅子からスラリと立ち上がり、そのしなやかな肢体を見せつけるように、明らかにこちらの視線を意識した動きで、ゆっくりと、俺に向かってくる。


 俺は、その艶めかしい姿に、完全に目を奪われてしまう。


 まずい。全然集中できない。


 命気初心者の俺はまだ、かなり集中しないと、命気の力を行使できないのだ。

 これはまずい。まずいんだけど、目が離せない!


「ふふっ、捕まえた~!」


 小さすぎるホットパンツだけを身に着けて、こちらを挑発するような仕草で、バッチリ正面から近づいて来たマリーさんが、まったく動けない俺の肩に、しっとりとその手を置いた。


「それじゃ~、失礼しま~す」


 そして、その長い脚を妖艶に、かつエロティックに、俺の眼前で必要以上に高く上げる。そして、そのまま俺の両太ももを大胆にまたぎ、その細い腰を下ろした。


 濡れた瞳で、俺をじっと見つめながら、マリーさんは俺の膝の上に座ってしまう。


 近い。色々と近すぎる! 


 俺のすぐ目の前には、マリーさんの少し眠たげにも見える、愛らしい顔と、それに負けないくらい愛らしい胸が迫っている。そして太ももの上に感じる、柔らかい女性の感触が、その熱が、俺の集中力を、ガリガリと削ってしまう。


「マッ、マリーさん! 一体、なにを!」

「もちろん~、い、い、こ、と~」


 その理知的な顔を、にんまりと崩したマリーさんが、俺にぴったりとその身体をすり寄せて、俺の耳元をくすぐるように、そっと囁いた。


「それとも統斗ちゃんは~、ワタシとはこういうことするの嫌なの~? 契ちゃんとは~、毎回リムジンの中でチュッチュッして~、千尋ちゃんとは~、特訓中にイチャイチャしてるのに~?」

「うっ…」


 それを言われてしまうと、弱い。

 いや、弱いというか、酷いな、俺。


「って、誰にそんなこと聞いたんですか……?」

「契ちゃんと千尋ちゃんが~、ワタシに直接~、すっごく嬉しそうに~、話してくれましたけど~?」


 一体、ナニ話してるんですか、二人とも……。

 というか、三人集まって、一体どんな話してるんですか、最高幹部の皆さん……。

 色んな意味で、赤裸々せきららすぎる……。


「ワタシだけ仲間外れとか~、寂しいんだからね~!」


 マリーさんが俺の耳元から口を離すと、眼鏡の奥から、ちょっと怒った風な瞳で、可愛く睨む。


「だ、か、ら! ワタシも統斗ちゃんと~、気持ち良いことしちゃうんだから~!」


 そして、マリーさんは正面から、真っ直ぐ、真っ直ぐ、その顔を、俺に近づける。


 俺は、動けなかった。


「ん~、ちゅっ、ちゅっ、んっ……、ちゅっ」


 彼女の少し厚めの、柔らかい唇が、俺の唇へと押し当てられる。

 人の温もりが込められた暖かい感触を、彼女と分け合う。


 マリーさんは、俺の唇の感触をじっくりと堪能すると、今度は少し口を開き、より深く俺と繋がるために、その舌を、俺の中へと差し出してきた。


「んあっ、ぺろ、……じゅむ、じゅる、れろれろ、あふっ、れらっ……」 


 濃厚に舌を絡め合い、お互いの口内をむさぼる。


 息が苦しくなれば、繋がっている舌は、そのまま離さず、密着した唇を少しだけ離すことで、喘ぐように空気を補給する。


 まるで酸欠にでもなってしまったかのように、頭がボーっとする。

 足りない空気を求めるように、俺たちは再び、互いの口内を貪り合う。


 濃密な時間がたっぷりと、ねっとりと、淫らな水音と共に流れ続ける……。


「ちゅぱ、ん、あん……」


 マリーさんが、自分の唇と俺の唇を繋いだ、キラキラと輝くお互いの口内分泌物が垂れ落ちていくのを、なんとも名残惜しそうに、そのとろけた瞳で見つめる。


「んふふ~、脳細胞がチカチカしてる~……、シナプスが瞬く度に世界が輝いて~、まるで別世界にいるみたい~……」


 マリーさんが、妖しい微笑みを浮かべながら、その火照った身体を、グイグイと俺に押し付ける。


「こんなに良いこと~、契ちゃんと千尋ちゃんは~、ずっと前からしてたなんて~、なんか、ずるいな~」


 そして今度は、俺の頬を、ぺろぺろと舐め始めた。

 完全にマリーさんのペースに飲み込まれてしまった俺は、情けない話だが、もう、されるがままである。


「ねぇ~、統徒ちゃ~ん? ワタシが一番最後なんだから~、まだ契ちゃんにも千尋ちゃんにもしてないことを~、一番最初に~、ワタシとしない~?」


 淫靡いんびな空気をまとったマリーさんが、自らの唇を舐めながら、俺の制服のボタンを外していく……。


 その時だった。


 ジカンデス! ジカンデス! ジカンデス! ジカンデス! ジカンデス!


 どこからか、けたたましい電子音が鳴り、この桃色の空気が充満してしまった主任室に、機械的に響き渡る。


「あ~、ざんね~ん。お仕事の時間か~」


 俺の制服のボタンを半分ほど外していたマリーさんが、本当に残念そうにつぶやくと、その音はピタリと鳴り止んだ。なにかを操作した様子はない。どうやら音声認識で止めたようだ。


「それじゃ~、特等席で、一緒に観よっか~」


 マリーさんはニコリと笑って、器用にも、こちらを向いていた身体を座ったまま反転させると、大胆に脚を広げた格好のまま、俺に身体を預けるように、その細い背中を後ろへと倒す。


「それじゃ~、レッツ、ウォッチング~!」


 そして、完全に俺にもたれかかると、どこか気の抜けた、甘い声を出した。


 次の瞬間、先程までカイザースーツの様子が映っていたモニターに、また別の映像が流れ始める。

 

 マリーさんから漂う、なんとも甘い香りを嗅ぎながら、俺たち二人だけの時間は、まだ続く……。


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