4-9
「
レオリアに促され、再び模擬戦闘場の中央に戻り、向き合ってから、俺は改めて、彼女に尋ねる。
「命気っていうのは、本当は、この星に生きるもの全てが使えた力、って話は、もうしたっけ?」
「その話は、確か祖父から聞きました」
レオリアの、彼女には珍しい真剣さに、思わず敬語に戻ってしまう。
それだけの空気が、そうさせるだけのなにかが、今の彼女から、溢れていた。
「そっか。なら、本当は使えていたはずの力が、長い長い年月と、この星の環境が変わったせいで、使えなくなったってのも知ってるな?」
「はい」
確かにその話も、祖父ロボから聞いた。まぁ、話のさわりくらいだけど。
どうやら、これからレオリアが、その辺りの詳しい話をしてくれるようだ。
「大昔、いや昔って言葉じゃ足りないくらい、太古の時代には、生物は命気を使わないと、生きることすら難しかった。いや、使うっていうのも違うかな? 原始の世界では、命気のことを意識する必要すらなく、自分の身体の一部として、自然に使えてたんだ」
それはまさしく、呼吸のように、生物にとって命気とは、当たり前のものだった。
遠い遠い、原始の時代には。
「でも、この星の環境が変化して、生物がその新しい自然へと適応していくことで、命気の力を使う必要が無くなっていった。無理に命を燃やさなくても、安全に生きていけるようになったからだ。特に人間は、進化し、賢くなっていくことで、その傾向が
レオリアらしくない、随分と重々しい口調だ。俺は思わず、姿勢を正す。
彼女は、真剣な顔で、真っ直ぐに俺を見ながら、続ける。
「適応と進化によって、全ての生物は、原初の力である、命気の使い方を忘れていった。それ自体は、別に悪いことじゃない。取捨選択。必要なくなったものを、いつまでも持ってるってのは、あんまり意味がないだろ?」
レオリアは、そう言いながら肩をすくめる。
自分の扱う命気とは、本来なら必要がないものだと、自分で言いながら。
「でも、この星の生き物たちの中から、命気の力そのものが失われたってわけじゃない。あくまでも使い方を忘れたってだけ、思い出せば、また使えるようになる。もちろん、個人差はあるけどね」
人はそれぞれ、性別や、体格や、身体能力には、個人差がある。
そして命気にも同じ様に、個人差は存在する、ということだろう。
命気の本質が、それぞれ個人の内なる場所から湧き出るものということならば、それはむしろ当然のように思えた。あらゆる場所に漂っている魔素とは違う、命気とはまさに、自らが生きるために、自ら生み出すものなのだ。
「だけど、この思い出すっていうのが、厄介でさ。なにせ大昔から、生物の構造として忘れ続けてたことなんだ。滅多なことじゃ、目覚めてくれない」
レオリアが、俺を見つめる。
真剣な顔で、真剣な瞳で、俺を見つめる。
「けど、そんな不可能にも思える忘却から、無理矢理目覚める方法が、一つだけ、本当に一つだけ、ある」
そして、真剣な口調で、俺に告げる。
「それは、――死だ」
死。
それは生物に
「自分が、生物として死を迎えるかもしれないという瀬戸際、その究極の危機感が、忘れていたはずの命気の力に
想定外の死に対する、生物の抵抗。
絶対の掟に抗う、生物としての愚かしさ。
だが、それこそが、忘却の彼方に置き去ったはずの、原初の力を目覚めさせる鍵なのだと、レオリアは続ける。
「命の危機に
命気をどれほど扱えるかは、個人による。
例え命気に触れる機会があっても、それを掴めるかどうかは、あくまでその人間によるのだ。
「お芝居の、
レオリアが、俺を見つめる。その瞳はどこまでも澄んでいて、どこまでも、真っ直ぐだった。
「だから、この先に進むかどうかは、
彼女の身体から、確かな殺気と共に、とんでもない量の命気が立ち昇るのが、俺には見えた。
ハッキリと、見えた。
「オレが普段、自分の命気を集中させる箇所を、色々と変えながら戦ってるっていうのは、もう分かってるだろ?」
それは、分かっている。
実際にこれまで何度も、それを目にしてきた。
腕や拳に命気が集まれば、その威力は相手を簡単に吹き飛ばし、脚ならば、その速度は音速すら超えそうだった。
レオリアから立ち昇る命気の量は、まだまだ増え続けている。
「あれは別に、その方が効率的だとか、命気の効果を底上げするためだとか、そういうんじゃない。そういんじゃ、ないんだ」
そして、彼女は告げる。
途方もない量の命気を、その身体の奥から生み出しながら、ハッキリと。
「あれは、ただの手加減なんだよ」
その言葉が真実だと、俺は即座に理解した。理解せざるをえなかった。
すでに俺は、本当についさっきまで、これならなんとかなるかもしれない、なんて思っていたことが嘘みたいに、この目の前の女性から、破壊王獣レオリアから、恥も外聞もなく、逃げ出してしまいたいと、そう思ってしまっている。
「自分で命気の威力をコントロールすることで、相手に対して、致命的なダメージを与えないようにしてるだけなんだ」
自らの命気を抑え、ただ相手に合わせているだけだ。
そう告げたレオリアから溢れ続けている、もはや、目が眩むほどの彼女の命気が、激しく輝く。
そして彼女の姿が、破壊王獣としての、その真の命気によって、白い輝きと共に、包まれた。
「これが、――オレの本気だ」
命気の輝きが収まったその時、俺は見た。
レオリアの身体を包んでいた、その美しい獣毛が、全て眩い白へと染まった、その美しい姿を。
輝くような、白い獅子。
それこそが、破壊王獣レオリアの、真の姿だった。
「手加減は、しない。オレはオレの全力を持って、お前を殺そうとする」
その姿を見た瞬間、俺の超感覚が、確実な死を感じ取る。
目の前にいるのはまさしく、俺の死だと告げている。
相手の全身に
それが、真実だ。
確実な死を感じると同時に、俺の中の超感覚が、本能が、目の前の存在に対して、逃げるのではなく従えと、
先程までは、まだ逃げろと言っていた俺の超感覚は、今や完全に、この白い獅子に対しての降伏を勧告している。
白旗だ。
生殺与奪の権利は、彼女にある。
彼女にこそ、相応しい。
「さぁ、どうする? ここで止めるか、それとも……」
レオリアが、俺の死が、俺に選択を迫る。選択の余地を、与えてくれる。
逃げるか、死ぬかだ。
「その前に、一つ聞いてもいいですか?」
「……?」
死を目の前にして、俺はどうしても、聞いてみたいことがあった。
どうしても、聞いておかなくていけないことが、あった。
他人の気持ちは、結局、直接聞かないと、分からないからだ。
「ほら、道場で俺がゲームに勝った、その勝者の権利ってやつですよ」
「あぁ、なんだ、それか。どうせなら、おっぱい揉みたいとかにしないのか?」
あのゲームのルールは、最初から変わっていない。
勝者は敗者に、一つだけ命令できる。
「いや、一つだけ、俺の質問に、真剣に答えてくれればいいですよ」
「まっ、いいか。いいよ、なんでも答える。年齢でも、スリーサイズでも、なんでもかんでも、バカ正直に答えてやるぜー!」
まったくいつもの調子で、レオリアは俺に笑いかける。
今の俺には、その笑顔すら、死の予兆にしか感じなかったが、俺はその恐怖を無理矢理抑え込み、どうしても彼女に聞きたいことを、口にする。
「――お兄さんが殺されたと聞いて、どう思いましたか?」
「…………」
レオリアが、その眩しいばかりの笑顔を引っ込め、黙り込む。
「……どこで、それを? チッ、サブ辺りが口でも滑らせたか」
「レオリア、お願いだ。どうか本気で、俺の質問に答えてくれ」
俺の命令、いや、それはもはや、
それにレオリアは答える。答えてくれる。
真剣に、俺の顔を正面から見つめながら、彼女は、自らの心の内を教えてくれる。
「……悲しいと思った。悔しいと思った。嘘だと思った。嘘ならいいと思った。そんな現実は、受け入れたくなかった。この世の理不尽を恨んだ。兄を殺した相手を恨んだ。怒った。泣いた。叫んだ。苦しんだ。のたうち回った。絶望した」
それが、レオリアの素直な気持ち。
肉親が殺されたという事実に対する、彼女の偽らざる、本当の気持ち。
そこに嘘はない。
超感覚を使うまでもなく、彼女の瞳を見るだけで、俺には分かる。
レオリアは、俺の
「でも、それだけだ。その時、その瞬間、その一瞬、そう思っただけ。今はそれに、その事実に、心が揺れることはない」
それも真実。彼女の心の中の、絶対の真実。
そう、彼女の瞳は、告げていた。
「オレと兄は、――戦士だからだ」
戦いの場に、身を置く者の覚悟。
戦場の理不尽も、悲しみも、怒りも、全てを押し殺す、非情な覚悟。
死という終わりに対する、無慈悲なまでの、覚悟の言葉だった。
「…………」
レオリアの答えを聞いて、俺は黙り込む。
そして、自らの心に問う。
今から俺が下そうとしてる決断を、俺は後悔しないのか?
答えはもう、決まっていた。
「レオリア、俺、やるよ」
逃げるか、死ぬか。
俺の超感覚は、絶対に逃亡を選べと叫んでいるが、俺はその叫びを、人が命気を忘れる代わりに手に入れた、理性ってやつで抑え込む。
いや、理性ではないのかもしれない。
こんなに馬鹿な選択をすることが、理性的とは思えない。
逃亡を拒否し、死地に飛び込もうと決めたのは、理性ではなく、もう少し複雑な、俺の心だ。
人が手にした、人の心だ。
「……そうか」
俺の決断を聞いて、白い獅子となったレオリアが、柔らかく微笑んだ。
色々な感情が混ぜこぜになったような、不思議な笑顔だった。
だから俺は彼女に、思わず聞いてみる。
死を前にした男が、馬鹿な戯言をほざいてしまう。
「なぁ、レオリア。俺が死んだら、悲しいか?」
「あぁ、悲しいね。だけど安心しろよ。お前の腕が消し飛んだなら、オレがその腕の代わりになってやる。脚が千切れたなら、オレが脚の代わりになる」
レオリアが、いつものように、いつもと同じように、太陽のような笑顔で、真っ直ぐに、俺に告げる。
「そして、お前が死んだなら、オレも一緒に死んでやる」
それは、誓いの言葉。命を懸けた、覚悟の言葉。
愛の誓いにも似た、レオリアの覚悟を受けて。俺もそれに答える。
「あなたの覚悟に、命を懸けて答えます」
超感覚は、逃げろと叫び続けている。
恥も外聞もなく、負け犬のようにこの場から逃げ出せと、そしてもう二度と、こんな事態に関わるなと、無様に逃げて、我が身を守れと。
カイザースーツも最大限の警告と共に、撤退を指示している。
勝率はゼロだ。敗北は確実だ。確実に命を落とすだろう。
俺はなんの勝算もなく、なんの保証もなく、自らの命を賭けて、絶対に敵わない相手に、自分の意思で立ち向かう。
俺がそんな決断をした理由は、ただ一つ。
たった一つの、実に利己的な理由だ。
ここで逃げたら、もう決して、レオリアと同じ場所には立てないと思ったからだ。
ここで逃げたら、もう二度と、レオリアと並んで歩けないと思ったからだ。
なんのことはない。
俺はただ、これからも、レオリアと一緒にいたいだけなのだ。
彼女の覚悟に、俺も覚悟で答えよう。
彼女と同じ、覚悟を持ちたい。
俺は、この決断に、満足している。
「よし! じゃあ始めるか!」
最初に動いたのは、レオリアだった。
いや、おそらくレオリアだった、と思う。
俺には彼女の動きが、まるで見えなかった。
ただ、彼女が目の前から掻き消えたように感じた、というだけだ。
その瞬間、いやレオリアが消えるその直前に、俺の全身が粟立つ。
このままここにいるれば、死ぬだけだと。
俺はその感覚に従い、無様なほど大きく、少しでも死の気配の薄い方へと向かい、飛び退く。
「――っ!」
俺が一瞬前までいた空間に、致命的な一撃が放たれたのを、俺はまさしく、その空間を切り裂くような鋭い破裂音で知る。
そして次の瞬間、俺たちの遥か後方、この模擬戦闘場の壁が破壊された音を、カイザースーツのセンサーが拾った。
野球場くらいの広さがある、この模擬戦闘場の中央から放った一撃の、ただの余波が、壁にまで到達して、それを破壊したのだ。
なんて考える暇もない。
俺は超感覚が感じる死の気配と、カイザースーツの性能に全てを委ねて、再び俺が動ける最大速度で、その場から離れ、動き続ける。
俺が一瞬前までいた空間が、次々と爆ぜ、弾け、砕け、無残に破壊されていく、
レオリアの動きは、まるで見えない……、どころか、感じることすらできない。
俺の超感覚は、ただ明確な死が訪れるという気配を、なんとなく告げるだけだ。
当然、スーツのセンサーも、反応すらできない。
知覚できない致命の攻撃が、嵐のように俺を襲う。
ただただ闇雲に、ただただ運に任せて、祈るように白い獅子の攻撃を避け続ける。
僅か数秒、いや数瞬、まさに悪夢のような攻撃にその身を晒して、それでも無傷でいられたのは、ただの奇跡でしかなかった。
そして奇跡は、そう長くは続かない。
「ぐあ!」
直接、その一撃を受けたわけじゃない。
ただその余波に、右腕が巻き込まれただけだ。
それだけで、俺のカイザースーツは、無然にひしゃげた。
俺の腕ごと。
「っつう!」
俺は思わず、苦悶の声を上げてしまう。
鋭い痛みが、腕から脳へと上がってくる。
確実に、腕の骨がグシャグシャに折れている。
だが、脚を止めるわけには行かない。それは即座に、死を意味する。
俺は痛みを無理矢理、頭の中から排除すると、再び動き出そうとする。
しかし、全ては遅かった。いや、最初からこれは、すでに決まっていたことなのかもしれない。
「がはっ!」
右腕の痛みに気を取られ、一瞬、ほんの一瞬、俺の動きが止まっていた。
それで十分だった。十分すぎた。
レオリアの放った致命的な一撃が、俺の胸に、無慈悲に突き刺さるのには。
あぁ、この攻撃は、パンチだったんだな……。
俺は、自分の胸に突き刺さったままの彼女の拳を見て、ぼんやりとそれを知る。
「……かはっ」
自分が吐血したのだと、スーツの内部モニターに広がった赤い色で知る。
痛みは、もはやあるのかどうかすら、分からない。
ただ、脳はもう活動を止めたがっている。
ただ、身体はもう動くのを止めてしまっている。
ただ、心はもう全てを捨てて楽になりたがっている。
命気が目覚める暇などない。
なにも感じない。ただ目の前ある死を、受け入れて、楽になってしまいたい。
覚悟を決めた、はずだった。
俺は全力で死に抗うと、その最後の瞬間まで諦めないと、そう決めたはずだった。
だが、実際に死が迫ると、そんな気持ちもどこかへと吹っ飛んでしまう。
楽になりたい。もう嫌だ。辛い。苦しい。全てを捨ててしまいたい。
死の誘惑が、俺を包み込み、あっさりと生を手放してしまいたくなる。
俺は、ゆっくりと、その目を閉じようとしていた。
それが自分の死を意味すると、まさに死ぬほど分かっているはずなのに。
「…………」
そんな無様な俺が、死の間際に見たものは、血塗れのモニターに映る、レオリアの顔だった。
今まさに、俺を殺した、彼女の顔だった。
そこからは、なんの感情も読み取れない。
俺を殺した悲しみも、彼女の期待が裏切られたことへの落胆も、無様に死を選ぼうとする俺への嘲笑も、なにもない。
ただ、ただ真っ直ぐに、俺を見ている。
真剣な瞳で、俺を見つめている。
それは、覚悟を決めた戦士の顔だった。
「――ッ!」
彼女の覚悟が、俺の覚悟を呼び起こす。
このまま死ぬことは、許されない。
このままなにもせず、死を受け入れるなんて、許されない。
死ぬわけにはいかない。死にたくない!
俺は、歯を食いしばり、そこまで迫った死を噛み殺す。
閉じかけた目を見開き、止まりかけた脳ミソを、無理矢理再起動させる。
四肢に力を込め、その痛みで意識を覚醒させる。
最期の瞬間まで、俺は生を諦めない、死に抗うと、覚悟を決める。
そう決めた。
俺は、そう決めたんだ!
俺の心の奥に、炎が宿る。
そして、俺は確かに掴んだ。
その炎を、生に執着する、命気と言う名の、原初の炎を!
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
俺は叫ぶ、獣のように、俺の中から湧き出す、この猛りを逃げさないように。
「統斗!」
俺の咆哮を聞いたレオリアが、俺に突き刺した拳を引き抜き、俺から距離を取る。
今が
彼女の想いに、俺が応えられるかどうかの、
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
機能停止寸前のカイザースーツが、警報を鳴らす。
それと同時に、前にも見たことがある、緊急時特例最終手段の文字が、モニターに浮かぶ。
俺は、俺の本能が求めるままに、叫ぶ!
「――
俺の魂の叫びに、カイザースーツがその機能の全てを持って、再び応える。
右椀部はへしゃげ、胸には大きな穴が空き、もはやボロボロのカイザースーツが、それでも俺の命を受けて、全てを振り絞って、最後の切り札を発動したのだ。
カイザースーツが、俺の中で目覚めたばかりの、俺の命気を引きずり出す。
溢れだした命気が、俺の生命活動を急速に活性化させ、俺の傷を癒していく。
右腕の骨が繋がり、胸に空いた穴が塞がっていく。
それに合せて、スーツ自体の損傷も、俺の命気を使って、凄まじい速度で自己修復してしまう。
そして、更にカイザースーツは、その姿を変える。
俺の思考、俺のイメージ、俺の思い込みを、完璧にトレースして。
俺の眼前には、レオリアがいる。白い獅子となった、レオリアがいる。
彼女に並びたい。
彼女に負けない存在になりたい!
カイザースーツの黒い外装に、稲妻のような金色の模様が浮かぶ。
背中のマントが吹き飛び、背が盛り上がる。
フルフェイスの兜に意匠された獣の牙が、より強く、より大きく浮き出し、兜そのものを、まるで獣のように変化させ、両手足には凶悪で、強大な爪が生まれる
そのスーツの姿は、まさに獣。
その模様が示す、その獣の名は、虎だ。
黒い体に、金色の縞を持つ、黒い虎。
俺は、叫ぶ。
新しく生まれた、新たな自分の、その名を!
「シュバルカイザー・ベスティエ!」
自分の中に、カイザースーツに、命気の力が宿るのを感じる。
生まれた力は、確実に俺を新しい次元へと引き上げたことを、本能で理解する。
だけど、時間がない。今の俺には、時間がない。
目覚めたばかりの命気の力は、その殆どが、俺の身体とスーツの修復に
今の俺に残ってる命気は、そう多くはない。
「――
「――来い! 統斗!」
俺の覚悟に、レオリアが答える。答えてくれる。
だから俺も、自分の意思で、その足を踏み出せる。
「ふっ!」
「はっ!」
動いたのは、二人同時だった。
新たな力に目覚めたとはいえ、本気のレオリアの動きを、俺はまだ捉えきれない。
だが、俺の超感覚は逃走から闘争へと、その舵を切っている。
スーツの性能も、俺自身の身体能力も、飛躍的に高まっている。
先程まで闇雲に逃げることしかできなかった凄まじい攻撃に、俺は自らの意思で立ち向かい、受け流し、受け止め、反撃に転じる。
スーツの性能が上がったことで、そして俺の中に命気の炎が宿ったことで、俺はレオリアの嵐のような攻撃に、なんとか反応できるようになっていた。
直撃さえしなければ、致命的な破損はしない。
相手の攻撃も、なんとか躱し、いなすことができる。
それは素晴らしい進歩だ。進化と言ってもいい。
「――くっ!」
力量の差は、依然として絶望的だったが。
何度かレオリアと拳を交え、打ち合い、殴り合うことで、ジワジワと、だが確実に、こちらだけ消耗していく。折角直ったスーツも、再び細かい破損を繰り返し、ボロボロになっていく。
どう考えても、ジリ貧。しかも、俺には時間がない。
俺は、この手に生えた巨大な爪ごと、自らの拳を握りしめる。
覚悟を決めろ。
自ら足を止め、死地に止まり、直撃を覚悟して、レオリアの一撃を迎え撃つ。
これが……、最後だ。
俺は、超感覚を極限まで研ぎ澄まし、刹那で迫るその拳に、知覚できないはずのその一撃に、自らの拳を合わせる。
「うおおおおおおおおおおお!」
「だあああああああああああ!」
俺の拳が、レオリアの拳の下からその腕を滑るようになぞり、そのまま彼女の顔にぶつかる。
彼女の拳が、俺の拳を上から抑え込み、そのまま俺の顔にぶつかる。
俺の拳は、彼女を捉え、彼女の拳は、俺を捉えた。
「へへ…」
ニヤリ、とレオリアが笑う。恐らく俺も、笑っているのだろう。
そして俺は、その場に倒れ込む。
レオリアは、そのまま立ち続ける。
手応えで分かっていた。
俺の一撃は、確かに彼女に届いたが、致命傷には、程遠い。
勝者は、レオリアだ。
白い獅子が、黒い虎を見事に打ち倒した。
「よくやったね、――統斗」
レオリアが、まるで木漏れ日のような優しい笑顔を、俺に見せてくれる。
それだけで、俺の覚悟は報われた。
見事に敗北した俺は、初めて彼女に一撃を入れた満足感を抱えながら、その意識を手放した。
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