4-8
俺が、
季節は、もうすっかり梅雨になっていた。
「よし! それじゃー、始めるか!」
「押忍!」
俺は本社の警備部にて、何度目かになる
これまでの戦績は、連戦連敗。
相変わらず俺は、千尋さんに触れることすら、できていない。
だが、少しづつだけど、なんとかなりそうな感覚を、俺は掴み始めていた。
「……」
「……」
千尋さんと二人きり、本社警備部という名の道場の中央で、俺たちは、正面から向き合い、対峙する。
俺は集中して、超感覚を研ぎ澄ませ、その感覚に身を委ねる。
このゲームには
千尋さんとは、基礎体力が違う。
やはり、勝利を狙うなら、短期決戦!
「ふっ!」
「よっ!」
俺の低空タックルを、千尋さんはあっさりと躱す。だが、それは当然想定内だ。
「てや!」
相手が躱した瞬間を見切り、俺は両足で急ブレーキとかけて、無理矢理突進を止めると、低空姿勢を保って、その手を彼女の脚へと伸ばす。
「ほいっと!」
千尋さんは、それを左に避ける!
俺は、自分の超感覚に忠実に従い、突き出した手を引っこめ、彼女の動きに合わせて、しゃがみ込んで下段に蹴りを放つ。
「よっと!」
それを千尋さんは、軽く飛んで完璧に躱すことは、すでに、俺の超感覚が教えてくれている。
「これなら!」
最初から躱されることを想定していた蹴りを素早く出し終えると、俺はそのまま踏ん張り、ジャンプした瞬間の千尋さんに合わせて、右腕を伸ばして飛び掛かる。
「およっ?」
千尋さんが、少しだけ驚いた声を上げ、空中で身体を捻って、俺の手を避けようとする。だが、俺の超感覚は、彼女のその動きも、教えてくれていた。
俺は、千尋さんが空中で姿勢を変えたその先に、あらかじめ左腕を突き出しておいたのだ。
思い切り伸ばした俺の中指が、彼女の柔らかくも弾力がある胸に、触れた。
「…………」
一瞬の攻防が終わり、道場に静寂が訪れた。
空中から見事に着地した千尋さんが、少し驚いたような顔で、こちらを見ている。
「……やったああああああ!」
俺は、思い切り勝どきの声を上げると、そのまま思わず、ガッツボーズまで決めてしまった。
別に、千尋さんの胸に触れたのが嬉しかったのではない。
遂に、遂に、千尋さんにゲームで勝てたことが、とんでもなく嬉しかったからだ。
いや、もちろん千尋さんのおっぱいは、最高だけども。
「いやー、油断した……、ってわけでもないんだけどなー」
千尋さんも、どこか嬉しそうに、こちらに近づいてきた。
「千尋さん! 俺、やりましたよ! 遂にできました! これも全部、千尋さんのおかげです!」
感極まった俺は、喜び勇んで彼女に駆け寄る。
俺が超感覚に従うことで、ここまで動けるようになったのは、
いやー! 身体が自由に動くってのは、気持ちいいもんだなぁ!
俺は、これまで感じたことのない高揚感で、まったく馬鹿みたいに、テンションが上がっていた。
「いやいや、これも全部、
「千尋さん……」
千尋さんが、優しく微笑みながら、俺を称賛してくれる。
それだけで、これまでの俺の苦労は、全て報われたと言えるだろう。
「でも、そうだな。これなら次の特訓に移れるな」
「次の特訓?」
珍しく、本当に珍しく真剣な表情で、千尋さんは、なにかを決めたようだった。
「よし! 場所を移すぞ、統斗!」
「押忍!」
しかしテンションの上がった俺は、それに気づくことなく、千尋さんに連れられるままに、意気揚々と、次の特訓へ向かうのだった。
俺たちが道場から向かったのは、地下本部にある模擬戦闘場だった。
まぁ、これはある程度、予想が付いたことだが。
「ここに来たってことは、もう統斗にも、なにするか分かってるだろ?」
「……はい」
すでに疑次元スペースも発動して、模擬戦闘場は、その機能を発揮している。
ここで今からなにをするか、なんて、誰が考えたって明白だ。
俺は、模擬戦闘場の中央で、先程と同じように、千尋さんと向かい合う。
「それじゃ行くぜ!
千尋さんが声高らかに叫んだ瞬間、彼女の身体の奥底から、輝くように
溢れ出た命気が、まるで千尋さんの全身を獣毛のように包み込み、彼女のその精悍な顔すらも、獣の顔に変える。命気は更に、彼女の全身を一回りも二回りも大きし、最後に、千尋さんの四肢で防具のように固着した。
「
千尋さん……、いや、レオリアが、まさに百獣の王の風格で、吼えた。
「
それに応えるように、俺もまた。叫ぶ。
右手が輝き、その刹那、俺の身体は、俺専用のカイザースーツに包まれ、俺は悪の総統シュバルカイザーとなった。
模擬戦闘場に少しづつ、戦いの空気が流れ始める。
「それじゃ始める前に、ちょっとだけ説明するかな。こういうのは、イマイチ苦手なんだけど……」
レオリアが、まさしく獣のように大きく尖った爪で、自分の頬を掻きながら、たどたどしく、だが真剣に、無知な俺に教えてくれる。
「こういう風に、自分の中で高めた命気を身に
獣と人の、中間のような姿になったレオリアが、自らの身体を指差しながら、説明を続ける。
「変わる獣の姿は、ぶっちゃけなんでもいいんだ。自分が一番強いと思っているものを心に思えば、命気はその姿を選ぶ。まぁ、言っちゃえば、思い込みだな。自分は、その一番強い生き物なんだと思い込むことで、自分の中の命気を、自分が思う限界以上まで、引っ張り上げるんだ」
つまり、自ら人間としての姿を捨てて、獣になることで、同時に人間としての限界を超える……、みたいな感じだろうか。
「それじゃ、レオリアはライオンが一番強いと思ってるから、そういう姿になるってことか?」
一応、今の俺はシュバルカイザーなので、できるだけ上司らしく、レオリアに尋ねることにする。……なかなか慣れないけど。
「そうそう、そんな感じ。この姿は、オレがそう思うから、こうなってるだけで、例えば、象が最強だと思ってれば、象らしく、ワニならワニらしくなるし、なんならカバだってキリンだって、なんだっていい。大事なのは、自分が本当に、その獣を強いと思ってるかどうか、ってことなんだ」
つまりは、思い込み。
自分が一番強いのだ、という思い込み。
ただの、思い込み。
だが、その思い込みというやつが、こと命気を扱うということならば、決して馬鹿にはできない。
命気というのは、自分の精神の内側、生物としての根幹ともいえる、原初の部分から湧き出るものであって、その強さは、その大きさは、本人のテンションや精神状態によって、大きく変わる。
つまり、自分の存在そのものを作り変えるほどの思い込みが可能なら、命気はそれこそ、本人が望む限り、本人が望むままに、本人が望む以上の力を発揮できる、というわけだ。
「とは言っても、それもこれも全部、命気が使えてこそだし、例え使えても、どこまで命気を自在に扱えるかは、それはもう、努力がどうとかは関係無しに、単純に、そいつがどれだけの才能を持ってるのかって話になる」
そう告げるレオリアの空気が、変わる。
俺の超感覚が、最大限の警報を鳴らす。
だが、一目散に逃げろ! とまでは、告げてこない。
つい先程、レオリアとのゲームにようやく勝てたことが、俺のテンションを上げていて、今回もなんとかなるかもしれないと、そう、思い込んでいるのかもしれない。
「なるほど」
俺は、レオリアの空気に答えるように、自分も構える。
俺の思考に反応して、カイザースーツも戦闘態勢に入った。
「ってわけで! とりあえず、少し試すぜ!」
「分かった! 来い!」
獣と化したレオリアが、人間の時とは比較にならないスピードで、俺に迫る。
しかし、俺の超感覚が、そしてその超感覚をサポートしてくれるカイザースーツが、その生身なら反応すらできないだろう速さの突進を、俺に対応できるレベルのスピードに感じさせてくれる。
「でや!」
「くっ!」
それでもギリギリ、なんとかギリギリで、レオリアの拳を避ける。
俺の超感覚は、この先の展開を、嫌になるくらいの絶望感と共に、教えてくれた。
「よっ!」
突き出した拳を、そのまま俺が避けた方に向けて、無理矢理横に薙ぐレオリア。
頼りになりすぎる俺のスーツが、それだけは絶対に、絶対にまともに喰らうなと、悲鳴を上げている。
俺は、カイザースーツの性能を最大限活かして、多少無理な姿勢だったが、そのまま足で、思い切り地面を蹴り飛ばすと、レオリアから距離を取るために、全力で後方に飛び去る。
そして超感覚が叫ぶままに、空中で姿勢を変え、無理矢理強引に着地すると、その場で体勢を極限まで、低く保つ。
「とう!」
そんな俺の直上を、全てを切り裂くレオリアの飛び蹴りが、新幹線のように通過していく。
背筋が。凍った。
命気の込められた蹴りを放ったレオリアは、凄まじい勢いのまま、模擬戦闘場の壁に激突する。
その瞬間、響いた轟音が、不運な壁が、大きく破損したことを知らせてきた。
ここだ!
俺は再び、今度は万全の体勢で、壁に激突したレオリアに向かって、カイザースーツの性能に任せて、弾丸のように飛び掛かる。
「どうだ!」
「よっと」
あれだけ激しく壁にぶつかったというのに、当然のように無傷でその場に立っているレオリアが、俺の体当たりをあっさりと躱す。
だが、それは分かっていた。
俺は、自分が先程のレオリアのように壁に激突する直前、カイザースーツの姿勢制御機能を最大限に発揮し、細かい空気の噴射で減速すると、壁にピタリと張り付くように着地する。いや、この場合は直壁か。
そしてそのまま、踏みしめた壁を押し出すように、すぐそこにいるレオリアに向けて、飛び出す。
「ほいな!」
しかしレオリアは、それさえも軽々と躱してみせる。
ここまで、ここまでは、俺の超感覚でも感じ取れた展開だ。
ここで!
「行くぞ!」
俺は、地面に向けて頭から突っ込む形になっていたが、そのまま地面に両手を突き、腕を
これが、俺の超感覚が出した、レオリアに一撃与えるための最適解だった。
「うわっと!」
のだが、俺の渾身の蹴りも、レオリアはあっさりと受け止めてしまった。
まずい。これは非常にまずい!
俺はレオリアに足を掴まれる前に、多少強引にだが、地面に転がると、起き上り
今度は、攻撃のためではない。自分の身を守るためだ。
「だりゃ!」
体勢が崩れた俺に向かって、レオリアは一瞬で距離を詰めると、その握りしめた右拳を真っ直ぐ打ち込んでくる。その拳には、目で見て分かるレベルで、命気が込められていた。
超感覚が、逃げろと叫ぶ。
カイザースーツが発する警報は、鳴りっぱなしだ。
だが俺は、自らその破滅的な拳に向かい、突っ込んで行く。
「おっ?」
打ち出される寸前の拳に、俺は自分から衝突する。
レオリアの拳が、完全に突き出されるその前に、両腕を使って最大限の防御を固めると同時に、その身を浮かして、その拳に、自分の体重を乗せる。
「うわああああああああああああああああ!」
そして、その拳が放たれる勢いに乗って、俺は思い切り、後ろに吹っ飛ばされた。
威力が最大限に発揮されるインパクトの瞬間より、かなり前にその拳に乗ったというのに、スーツの両腕のパーツは、危険領域のダメージを受けてしまっている。
そしてそのまま俺は、地獄の攻防を繰り広げた壁際から、その対角線上にある壁にまで、真っ直ぐに吹っ飛ばされ、思い切り激突した。
「くそ! 追撃が!」
レオリアの拳の威力と、壁にぶっかった反動を抑えきれず、俺は一瞬地面に倒れ伏してしまったが、すぐさま起き上る。
深刻なダメージを受けたのは、スーツの両腕部だけであり、それも自己修復が可能なレベルだ。
まだ、やれる!
……そう思ったのだが、戦闘は突然、そこで終わった。
レオリアが、攻撃を止めたのだ。
「合格だ」
吹っ飛んだ俺に追従していたレオリアが、俺の眼前で呟いた。
そのまま追撃を放っていれば、まず間違いなく、俺の敗北は決まっていただろう。
勝負は、彼女の圧勝だ。
結局俺には、レオリアに一撃入れることすら、できなかった。
だが、レオリアはそれでも、俺が合格したと言う。
「本当なら、最期のパンチで終わりだと、オレの超感覚は感じてたんだけど」
「……それは、このスーツのおかげだよ」
俺が、まがりなりにもレオリアの猛攻に耐えきることができたのは、この素晴らしい性能を誇る、カイザースーツのおかげだ。
レオリアが命気を纏ったように、俺はこのスーツを使うことで、その助けを受けることで、なんとか彼女の動きについていけた、というだけの話にすぎない。
「それは違うよ、総統。オレが合格って言ったのは、総統の超感覚の話だ」
「超感覚……」
超感覚。
命気を扱うのに必要不可欠な、命気を扱う者なら、誰しもが持っている感覚。
「総統の超感覚は、オレの動きにしっかりと対応できた。オレの超感覚は、そんな総統を倒しきれなかった。それはつまり、もう総統の超感覚は、オレとだって十分戦えるってことさ」
レオリアが、その事実に満足したような、喜ぶような、悲しむような、不安なような、全てを受け入れたような、不思議な表情を、俺に向けた。
そして、彼女にしては珍しい、本当に珍しい、真剣な声色で、俺に告げた。
「だから、これから必要なのは、――命気への目覚めだ」
そう、俺にとって本当の試練は、これから始まるのだ……。
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