3-4
桜田と楽しいランチを食べた後、俺は普通に午後の授業を受ける。
普通に
そして普通に、俺は再び悪の組織の本部へとやってきていた。
「さてと……」
昨日の今日だが、本日の魔術講義が行われる場所は、地上にあるインペリアルジャパン本社ビル中にある研修室ではない。
俺は今、悪の組織ヴァイスインペリアル地下本部の模擬戦闘場にいる。
どうやら今日は、かなり実践的な訓練のようだ。
俺はすでにカイザースーツを装着し、
『どうじゃ、
スーツ内のモニターに、祖父ロボの顔が浮かんだと思った瞬間、俺への通信が開始された。
「まぁ、ぼちぼちって感じかな」
昨日の凄まじい講義のおかげで、魔方陣という概念を、かなり自分の中に取り込めた感覚はあるが、実際にそれを扱うとなると、どうしていいのかは、まださっぱりと分からない。
まぁ、そこら辺を、これから実践的に教えてもらうのだろうけど。
「そういえば……」
契さんがここに来るまでには、まだ時間があるようだった。
俺は、この丁度いいの待ち時間を使って、気になっていたことを祖父ロボに尋ねてみることにする。
「なぁ、じいちゃん」
『なんじゃい』
「最近噂になってる、幼稚園バス襲撃の話ってさ……」
『うちじゃないぞい』
そんな高速で否定されると、なんか、逆に怪しいのだが……。
というか、うちじゃない……、ってことは、うち以外の、どこか別の悪の組織が、実際に幼稚園バスを襲撃してるのは、本当ってことか。
『そもそも、うちが今そんなことして、一体どんなメリットがあるというんじゃ』
……メリット。
悪の組織が幼稚園バスを襲うメリット……、か。
「そういや、なんで悪の組織は、幼稚園バスなんて襲うんだ?」
それは素朴な疑問だったが、同時に率直な気持ちでもあった。
世界征服を狙っているような悪の組織が、わざわざ幼稚園の送迎バスを狙うというのは、なんだかアンバランスというか、作戦の規模として、滑稽なくらい相応しくないように思える。
『まぁ、あえて理由を挙げるなら、人心の混乱じゃろうな。子供を狙うとか印象最悪じゃから、効果も大きいじゃろうし。もしくは、無理してでも手に入れたいくらい、非常に才能がある子供がおるとか。後者の方は、わざわざそんな人目につくような方法を取る理由は、あまりないがの』
祖父ロボは、たいして面白くない、といった口調で続ける。どうやら、この元悪の総統は、こういう卑劣な作戦は、イマイチお気に召さないようだ。
『とは言え、今の状況では、どちらもメリットより、デメリットの方が大きいがな。人心の混乱なんて狙えば、国家守護庁に睨まれて、今後の活動が無駄に面倒になるだけじゃし、組織の規模によっては、あっさり潰されるじゃろう。才能ある構成員が欲しいにしても、幼稚園生から……、となると、時間がかかりすぎるしのう』
俺が赤ん坊の頃から、俺を悪の総統に仕立て上げようとしていた祖父に、そんなことを言われても、後半はあまり納得できなかったが、まぁ、普通はそうだろう。
悪の組織と正義の味方が、微妙なパワーバランスを保って膠着してる現状で、特に打開策もないのに、自分から正義の味方に睨まれるような行動をとる理由は、あまりないように思える。
才能ある者を集めるにしても、確かに、わざわざ幼稚園バスなんて襲わなくても、もっと効率のよい方法が、幾らでもありそうなものだ。
「じゃあ、なんで今、そのどこかの誰かは、幼稚園バスの襲撃なんてしてるんだ?」
理由もないのにそんなこをするなんて、本物の変質者か、破滅主義者だろうか。
だとしたら、色々と面倒なことになりそうだけど……。
『妨害工作じゃよ』
「……妨害工作?」
祖父ロボから突然飛び出した予想外の回答に、俺の脳内で、盛大に疑問符が踊る。
一体、幼稚園バスを襲撃することが、なにに対する妨害になるというのだろうか?
『まぁ、妨害工作というよりは、嫌がらせじゃな。わざと別の誰かの名前を
つまり、わざと政府から睨まれるような、早急に対処しなければならないと正義の味方に思わせるような事件を、別の組織の名前を使って行うことで、正義の味方と、その名前を勝手に使われた悪の組織をぶつけ合わせ、互いに疲弊させよう……、とでもいうのだろうか。
随分と面倒くさいというか、せせこましい作戦に聞こえてしまうのは、俺が、まだよく悪の組織というものを、知らないからだろうか?
『現に、今回の犯人は、ワシらの名を騙っとるようじゃし』
「マジかよ……」
つまり、少なくとも正義の味方陣営の人たちは、今回の幼稚園バス襲撃事件の犯人は、俺たちだと思ってるのか。それはまた、はた迷惑な話だ。非常に遺憾である。
『一応、マジカルセイヴァーの活躍で、まだ怪我人なんかの具体的な被害者は出てないがの。その犯人共、わざわざマジカルセイヴァーの到着を待って、名乗ってから逃げ出すという、しょうもないことを繰り返しとるわい』
……なんというか、妨害工作というよりは、子供のいたずらみたいな
『だから、近々そのしょうもない幼稚園バス襲撃犯を潰すことにしたからな。その時は、お前にも頑張ってもらうから、気合入れとけよ』
「……分かったよ」
祖父ロボからの出撃要請に、俺は素直に頷いた。
幼稚園バスを襲うなんて、そんな卑劣なことをする奴らが許せない……、というのも、もちろんあったが、それに加えてマジカルセイヴァー、いや桜田たちに、俺たちがそんな卑劣なことをしていると思われているというのが、俺にはなぜか、とても我慢できなかったからだ。
「お待たせしました。申し訳ありません。私事で少し、遅れてしまいました」
祖父ロボとの通信が、丁度終わった頃合いに、すでに悪魔元帥デモニカに変身した契さんが、模擬戦闘場へとやって来た。
「きょ、今日もよろしくお願いします。契さん」
昨日、契さんの刺激的な姿を散々見てしまった俺だが、悪魔元帥としての姿は、それとはまた違った色気というか、不思議な妖艶さを感じさせる。
初めて見た時から思ってたけど、悪魔元帥の時の格好って、殆ど下着だよなぁ。
ボンテージファッションとでも言うのだろうか?
非常に面積の小さい、黒いエナメル質の光沢を放った衣装と、変身した契さんのその青い肌との、なんとも言えないコントラストが、人外の美しさを
その美しさに、俺は思わず目を逸らしてしまった。
「デモニカです」
「えっ?」
「この姿の時の私のことは、デモニカとお呼びください」
なんだかドキドキしてしまって、相手を直視出来ずにいた俺を、契さんが控えめに注意する。
そうか、確かに正体を隠す目的で、悪魔元帥デモニカと名乗ってるのに、俺が本名で呼んでしまったら、色々台無しだ。
「あっ、はい、デモニカさん」
「デモニカ、です」
「えっ?」
しかし、ちゃんと変身後の名前で呼んだにも関わらず、契さん、いや、デモニカさんは、俺に先程と同じように注意をする。
「デモニカ、と呼び捨てにしてください。統斗様は私の主人です。普段の学生と会社員という姿の時は、致し方ありませんが、今のように、悪の組織の総統とその部下という立場で活動する時は、できれば敬語なども使われないように、お願いできますでしょうか」
……確かに、上司が部下に対して、いつまでも敬語を使っていたら、組織としての対面に関わるのかもしれない。しかも、一応、悪の組織のトップである俺は、そういうことには、
幸いにも、普段は敬語でなくてもいいと言ってくれているので、少なくとも、このカイザースーツを着てる時……、俺が悪の総統シュバルカイザーとして活動している時は、言葉遣いに気をつけた方が、いいのかもしれない。
「わ、分かったよ。デモニカ」
「はい」
先程とは別の意味で、慣れない口調にどもってしまった俺だが、デモニカさん、いや、デモニカは、どこか満足そうに頷いてくれた。
「それでは、本日の講義を始めますね」
「……頼むよ、デモニカ」
どこか嬉しそうなデモニカに安心しながら、俺はなんとか、敬語にならないように気を付ける。
……この口調に慣れるのは、なかなか難しいかもしれない。
「本来なら、なんの媒介も使わず、自らの意思だけで魔方陣を展開するには、果てのない精神修行と、その末の悟りとも言える目覚めが必要になります」
魔術を使う、というのはどうやら、魔素を感知する才能があるというだけで使えるような、生易しいものではないようだ。
いや、魔方陣の説明を受けた時から、そう思ってはいたのだが。
「ですが、そのカイザースーツは、あらかじめ総統が魔方陣を使って魔術を使用することを想定して、作られています」
と、デモニカの説明を聞いていると同時に、カイザースーツ内部のモニターに、魔術を使用する際に使われるであろうプログラムが、羅列される。
デモニカの説明を受けて……、というよりは、説明を聞いて、そのことを知りたいと思った俺の脳波を読み取って、頼りになるこのスーツが、自動で関連項目を表示してくれたようだ。
相変わらず、凄まじい性能のスーツである。
「私の持つあらゆる魔術知識を総動員して、総統の魔術行使をサポートする術式を、ジーニアの協力で、機能として組み込んであります」
モニターに、魔方陣展開サポートの文字が浮かぶ。
「総統が心の中で、魔術を使おうと思えば、そのスーツが総統の精神に反応して、自動で魔方陣を展開する手助けをしてくれます」
超感覚を使って、それがどういうプログラムなのか理解した俺は、その凄まじさを目の当たりにして、純粋に驚嘆する。
凄い凄いとは思っていたが、こんな宇宙の深淵に触れるようなプログラムを、なんの問題もなく、機能として組み込んでいるこのスーツに、改めて驚きを禁じ得ない。
「展開する魔方陣は、私と同じでなくて構いません。超感覚により、魔方陣という術式の本質を、精神に直接捉えた総統ならば、自分が望む効果を発揮する魔法陣を、自分の意思と感覚で、既存の理論に縛られない、総統オリジナルの魔方陣として組み上げることが、可能なはずです」
つまり、細かいことは考えず、俺の望むままに感覚を走らせればいい、ということだろう。この魔方陣展開サポートプログラムを読み取れば、それが正解なのだと、直感的に理解できた。
「まずは、光る玉を自分の手の平の上に出すように、イメージしてみてください」
「……了解」
デモニカに言われて、俺は右手を前に突き出し、開いた手の平を上に向けて、意識を集中する。
魔方陣という、魔素を操作するための情報を、概念として精神の奥底に
その俺の心の動きを察知したカイザースーツが、まさに呼吸するかのように、自然と俺の意識に合わせて、プログラムを走らせた。
心の内から、俺の意思を、魔素を介して現実に反映させるための、俺だけの魔方陣が描く。そして、それを、そのまま頭で考えるのではなく、感覚そのものとして、浮かび上がらせる。
俺の手の平の上に、小さな魔法陣が、展開された。
「――っ!」
そして、その俺が展開した魔方陣の上に、小さな、だが確かに輝いている、光りの球が、浮かび上がる。
「で、できた……!」
「お見事です。その感覚を忘れないようにしてくださいね」
……いや、本当にできてしまった。
魔素を操るという人生初の、そして
「それでは、次のステップに進みましょう」
「よーし! 頑張るぞ!」
常識外の未知なる体験に、そして、それを習得する感動に、もうすっかりやる気になってしまった俺は、その後もデモニカによる講義を、嬉々として受け続けるのだった……。
「ふんふんふ~ん」
初めての実戦的な魔術訓練が終わった後、カイザースーツを脱いだ俺は、模擬戦闘室に備え付けられていたシャワーを浴びて、スッキリした後、鼻歌など歌いながら、地下本部の廊下を歩いていた。
始めての魔術という、実に神秘的な体験をした俺は、大分テンションが上がってしまっていた。
いや、マジで凄いって、魔術、本当に。
俺は、先程の訓練で、俺が出した光球や、破壊力のある光の弾丸、炎の壁や氷の矢を思い出して、思わずニヤニヤしてしまう。
まるで、自分が特別な力を持つ、正義のヒーローにでもなった気分だった。
いや、俺は悪の組織の方なんだけど。
「総統、少しよろしいですか?」
そんな、ちょっと気持ち悪い笑みを浮かべている俺に、まだ変身を解いてないデモニカが、背後から話かけてきた。
「デモニカ、どうしたんだ?」
俺は、なんとか顔を引き締めてから振り返る。
流石に、このだらしない顔は、見せられない。
「よろしければ、私の私室に、来ていただけますか?」
「私室?」
私室……、というと、今から彼女の家に行くとか、そういう話だろうか?
そう一瞬思ったが、どうやら、そこまで艶っぽい話ではないようだ。
「最高幹部は、この地下本部に、プライベートルームを与えられているんです。私の部屋には、様々な
つまり、補習みたいなものだろうか?
魔術という特別な力に、すっかりハマってしまった俺には、非常に魅力的なお誘いだった。
「でも、いいのか? その、俺なんかが、部屋に入っても」
「構いません。総統ですから」
なんというか、その答えは微妙に答えになっていないと思うのだが、デモニカは真剣な顔で、即答してしまった。
まぁ、本人がいいと言ってるなら、いいのかな……。
「じゃあ、まぁ、お言葉に甘えて」
魔術に対する知識欲もあり、俺はデモニカの誘いを受けることにする。正直、今の俺なら、そこら辺の怪しい勧誘で買わされる壺にだって興味を持ってしまうかもしれない。それくらい、テンションが上がってしまっている。
「では、ご案内いたします」
デモニカは、なんだか妙に真剣な顔をしたまま、重々しく頷くと、俺を自分の部屋に招き入れるために、前に立って歩き出した……。
少し歩くと、同じ様な扉が、三つならんだ区画にたどり着いた。
最高幹部に与えられたプライベートルームということらしいので、おそらく、デモニカの部屋の他は、あの二人の部屋なのだろう。
「ここです」
三つ並んだ扉の内、真ん中の扉の前に立つと、デモニカが妙にクラシックな、大きい鍵を使って、ゆっくりとその扉を開いた。
悪の組織にしては、なんだかレトロな方法で施錠されていると思ったが、あの鍵はあの鍵で、普通の鍵ではないのだろう。この組織の技術力を思えば、それくらいの想像はついた。
「どうぞ、お入りください」
デモニカが、開いた扉の前に立ち、俺に先に室内に入るようにと、そっと促したので、俺はなにも疑うことなく、素直にそれに従う。
「へー、けっこう広いんだね」
入った部屋は、言葉の通り、かなり広い。
ちゃんと玄関まであるので、俺は靴を脱いで、その部屋へと上がる。
悪の組織の幹部の部屋というので、もっとおどろおどろしい様子を想像していたのだが、なんともデモニカらしい、シンプルにまとめられているが、非常に上品な、大人の女性らしい部屋になっている。
地下施設なので窓はないが、その閉塞感を感じさせない、実に落ち着ける造りだ。
「……そうですね」
俺の後ろで、デモニカが、妙に重い声で、そう呟く。
そして、ガチャリ……、と、なんだか妙に重い音を立てて、デモニカは自らの部屋の鍵を、ゆっくりと、しっかりと、じっくりと、じっとりと……、かけた。
こうして、俺とデモニカは、彼女の部屋で二人きりになったのだった。
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