2-9


「…………」

『おっ! どうやら終わったようじゃな!』


 正義の味方が、全員知り合いの女の子だったり。

 昨日知り合ったばかりとはいえ、知ってる人が目の前で爆散したり。


 色々と……、本当に色々と、頭の中で整理がつかず、愕然としていた俺の耳に、祖父ロボからの呑気な通信が、虚ろに響く。


『それじゃ、お前もこっちに来とくれ』

「えっ?」


 祖父の声に反応する暇もなく、カイザースーツに組み込まれたワープ機能を遠隔操作され、俺は、地下本部のワープルームへと強制的に転送させられてしまった。


「わ、わっと!」


 とりあえず、安全な場所にやって来れたようなので、俺は慌ててカイザースーツを解除する。下手に装着したままでいると、また祖父ロボに、好きなように操られないとも限らない。


「ご無事で何よりです。総統」

「お疲れ―!」

「お帰りなさ~い」


 俺が部屋の中央にあるワープゲートから出ていくと、そこには最高幹部の三人が待っていた。


 みんな、変身はしていない。普段の姿である。まったく変わった様子はない。


「よう戻ったの統斗すみと! どうじゃった、目の前で見る、カチンコの戦闘は!」


 そしてその三人と共に、いつもと変わらぬ調子の祖父ロボが、やっぱり呑気に俺を出迎えた。


「――なんだったんだよ! さっきのあれは!」


 そのあまりにも普段通りの様子に、俺の中に溜まっていたモヤモヤというか、イライラが、思わず溢れ出てしまった。


「なにって。怪人の性能テストじゃが」


 しかし、詰め寄る俺になんら臆することもなく、祖父ロボは、まるでなんでもないことのように答えた。


 それが更に、俺の中のよく分からない感情を爆発させてしまう。


「テストって……! 人が死んだんだぞ!」


 そう、そうなのだ。昨日出会ったばかりだとはいえ、知ってる人間が目の前でこの世からいなくなってしまったことは、やはり俺の中では、相当のショックだった。


 しかも、特にそれがなんでもないことのように振る舞う祖父ロボには、どうしても苛立ちを感じずにはいられない。


 あの三人とは、俺なんかより余程付き合いも長かっただろうに……。

 よく分からない人たちだったが、そんなに悪い人でもなさそうだったのに……。


「いやん! あたしたち死んでないわよん!」

「うっス! 恥ずかしながら負けてしまいましたっス! 無念っス!」

「……あぁ、どうして僕がこんな目に……、不幸だ、不幸だぁ、フフフフフ」


 よくは知らないけど、なんとなく惜しい人を亡くした……! 

 多少感傷的になって、涙でも流そうかな? と思ってた俺に、突然声をかける三人の男たち。


「……えっ?」


 驚いてその声をした方に目を向けると、多少ボロボロになったり、コゲたりしているが、命に別状は無さそうな、先程見事に爆死したはずの、怪人三人組がいた。


 あっ、みんな人間の姿に戻ってる。


「ってか、生きてるー!」

「そうよん! 生きてるわよん! んもう! 総統ってば、心配してくれちゃって優しいんだから!」


 ふんわりアフロになっているローズさんが、その筋肉山盛りの身体でクネクネと感激を表現してくるが、正直今の俺は、それどころではない。


 軽くパニック状態だった。


「いや、爆発したじゃん!」

「あれは、ただの目くらましじゃよ。派手に爆発してみせた瞬間に、本体をこちらに強制ワープで帰還させただけじゃ」

「ワ、ワープ……」


 祖父ロボの説明に、なるほど、その強制ワープを体験したばかりの俺は、納得せざるをえなかった。


 確かに、逃げ出す方法があるのなら、使わない手は無い。

 死んだら御終いの使い捨てなんて、それこそ、なんの意味があるのだろうか。


 生き残ってこその戦士である。なんて冷静で、的確な戦法なんだ!

 ……いかん、まだ混乱しているようだ。


「どうじゃ?  我が組織の怪人共は?」

「まぁ、無事でよかったとは思うけど……」


 いや、本当に生きてて良かったとは思っているいけども、同時になにか釈然しゃくぜんとしないものも感じるのも事実だったりした。


「けど、こんな調子で、他の怪人に示しとかつくのか? なんだか士気が下がりそうなくらい、あっさり負けちゃったけども」

「他の怪人? そんなもんおらんぞ? うちの怪人は、この三人だけじゃ」

「……はぁ?」


 今、なんだかサラっと、とんでもないことを言われた気がする。


「いやいや、待ってくれよ。うちって一応、悪の組織の中でも最大勢力なんだろ? その組織に、怪人が三人しかいないって……」

「怪人は、リスクが高いからのう。今はあんまり数を増やしたくないんじゃ」


 リスクが高いから、数が少ないんだー。なるほどなー。


「いやいやいやいや、待ってくれよ。そんなことってあるのか? 一応うちは、全国でもトップクラスの悪の組織なんでしょ?」


 なんなの? じゃあその怪人三人組が、三人でも大丈夫なくらい強いとかなの? 

 それにしては……。


「正義の味方に普通にコテンパンに負けたけど、それで本当に大丈夫なの?」

「マジカルセイヴァーのこと言っとるなら、あやつらあれでも、正義の味方チームの中では、結構強い方なんじゃがのう」


 祖父ロボはのんびりと相手のことを褒めているが、俺個人としては割と、というか結構、この組織本当に大丈夫なのか? みたいな考えが、大きくなってきていた。


「怪人は~、戦闘員に比べれば~かなり強いんだけど~、超常者と戦うとなると~、まだまだ~、全然足りてないのよね~」

「精進が足りないぜ!」


 俺の疑心を悟ってか、マリーさんがフォローを入れてくれる。

 その横では、千尋ちひろさんが格好良く、右手を上に突きあげてポーズを決めていた。


 その超格好良いポーズに、一体どんな意味があるのか、俺にはさっぱり分からなかったが。ちくしょう、それでも格好良いな……。


「だから~、少しでも強い状態で~、可能な限り安心安全、確実に怪人になれるように~、正義の味方を使って~、トライアル&エラーを繰り返してるのよ~」

「通常、怪人となるために一度改造手術を受けてしまうと、二度とそれ以外の改造手術を受けられなくなります。また、その改造で手に入れた力を、再強化するというのも非常に難しくなります」


 マリーさんの説明に、けいさんが補足をしてくれる。この二人なら安心である。

 千尋さんは興味ないのか、その場で軽くシャドーを始めた。可愛い。


「改造するにしても本人の適正とかあるし~、一回やっちゃうと~、もう次はないから~、どうせならその一回で~、最大限の効果を発揮する改造をした方がいいの~」

「ですので、人的資源的な問題を考えるなら、怪人が超常者相手でも勝てるレベルになるまで技術を高めてから、改造手術を受けさせた方がよいと判断して、それまでマジカルセイヴァーを相手に、性能実験テストを繰り返しているわけです」


 つまり、正義の味方を倒せるくらい強い怪人を、確実に量産できるようにするために、色々と試行錯誤してるらしい、のだが……。


「繰り返してるって、いや、それおかしくないか? だって、改造手術って一度受けたら、もうおしまいなんだろ? それじゃ、この三人だけじゃ、そんなことできないんじゃ?」


 手段と目的が、なんだか矛盾しているような気がするのだが……。


「あぁ、一度だけっていうのは、安全面を考慮した場合ってことじゃからな」

「おい」


 祖父ロボの口から告げられたのは、割と狂気の実験だった。


「こいつら、他の奴らよりちょっぴり頑丈じゃからな。多少は無理が効くわけじゃ」


 そして、割と根性論だった。


「大丈夫よ~、一応、使い潰さないように~、色々と気をつけてはいるから~」

「……酷い扱いだ。フフフフフフ……!」


 マリーさん、それ特にフォローになってないです。

 そして、なんで酷い扱いされて、嬉しそうなんですか、バディさん。

 その笑い方、不気味なんですけど。


「これも鍛錬だからな! 根性だ根性!」

「うっス! 自分、この仕事に命賭けてるっス!」


 千尋さん、改造手術は鍛錬じゃないと思います。

 そして、なんでそんな爽やかに命賭けてるんですか、サブさん。

 表情変わらないから、怖いんですけど。


「大丈夫です。ローズは頑丈ですから」

「んもう! 契ちゃんったらクールなんだからん!」


 契さん、頑丈だから大丈夫って問題じゃないと思います。

 そして、なんで普通に大丈夫そうなんですか、ローズさん。

 髪の毛はアフロになってるし、身体のあちこちは、焦げてますけど。



「しかし、今そんなことしてるって、本当に大丈夫なのかよ、うちの組織……」

「それは安心せい。怪人では、まだまだあやつらに勝てんが、うちの最高幹部なら、一人でマジカルセイヴァー全員相手にしても、かなり余裕で勝てるからの」


 酷いパワーバランスを聞いた気がする。


「あいつら、確かにちょっとは歯ごたえあるんだけど、まだ本気出して相手するってレベルじゃないんだよなぁ。もっと命を賭けた、ギリギリの勝負がしたいぜー!」


 退屈そうに伸びをしてみせる千尋さんだったが、そのせいで薄いジャージが胸に張りつき、その柔らかな膨らみをかなり強調させてしまい、絶妙にエロいと思ったのは秘密だ。


 というか、そんなに圧倒的なのか、うちの最高幹部の美女たち。

 超常者同士の間にも、力の強弱があるとは聞いてたけど。


「あぁ……」


 そう言えばこの前、こちらの最高幹部三人が揃っていた時、マジカルセイヴァーたちが、かなり警戒していたのを思い出した。


 どうやら、祖父ロボの言うことも、あながちウソではないようだ。


「……へぇー、そうなんですか」


 疑問が完全に解消されたから、というわけではないが、俺はとりあえず話題を切って、ワープルーム内に設置されている巨大なモニターに目を移してみる。


 そこには、先程まで戦闘が行われていた公園の様子が、克明こくめいに映し出されているのだが……。


「うわ、本当に全部直ってる……」


 怪人三人が倒され、戦闘が終了したことで、疑次元スペースは解除されたのか、公園は破壊される前の姿にすっかり戻っていた。模擬戦闘場の時も見たけど、マジで凄いな、疑次元スペース……。


「あの公園、やっぱり、あれだけ人がいたんだな……」


 そう、ヘビ男だったローズさんが持っていた、あの不気味な色の玉が破壊されたからか、公園内には人の姿も戻っている。どうやら誰も怪我をした様子もなく、全員その場で寝ているようだった。


 あっちの……、確か、強制セーフティスフィアと言っていた技術も凄まじい。

 俺はヴァイスインペリアルの、その技術力の高さに、改めて戦慄するのだった。


「……マジカルセイヴァー、か」


 そして今、そのモニターの画面には、公園で寝ている人たちの安否を確かめている、正義の味方を名乗る五人組の姿が映し出されていた。


 そう、今の俺には、もう魔法少女のコスプレをした知り合い五人にしか見えない、女の子五人組。


 悪の組織と敵対する正義の味方、マジカルセイヴァー、その姿が……。


「で、どうじゃった? マジカルセイヴァーは?」

「ど……、どうだったって、な、なにが?」


 祖父ロボの突然すぎる質問に、露骨に動揺してしまう。


 俺の脳裏には当然、つい先ほど知ってしまったマジカルセイヴァーの正体が、チラつく……、というか、頭から離れない。


 クソ! 正体が見えたか? なんて聞かれたらどうする?


 一応、正義の味方の正体を知ることは、今はそれほど重要ではないと言われた。

 だが、知らなくていいことでもない、とも言われている。


 自分から言い出すべきか、聞かれるまでは取りあえず黙っているべきか、聞かれても知らないフリをするべきか。俺の脳内は、フル回転だった。


「だから、奴らの戦いっぷりじゃよ。この前は、マジカルセイヴァーとは直接戦わなかったからの、お前に、当面の相手の実力を直に見てもらうと、今回、わざわざ現場にまで出てもらったんじゃからな」

「あっ、あぁ! そう! そういう意味ね! なるほどね! うんそうだよねあれだよねなんというかそれだよね……、凄い強かったなーって感じ? みたいな? ハハハハハ!」


 どうやら祖父ロボが聞きたかったのは、全然別のことだったようで、俺は慌てて調子を合わせる。


 それと同時に脳内では、正義の味方の正体を、祖父ロボに教えた場合のことを考えてみる。


 流石に、正義の味方になにもしない、ってことはないよなぁ……、一応俺たちは、悪の組織なわけだし……。


 更に同時に、俺が悪の組織の総統で、正義の味方の敵であると、桜田さくらだたちに知られた場合の反応とかも、考えてみたりした。


 怒るかなぁ……。

 悲しむかなぁ……。

 どうしたって、喜ぶってことはないよなぁ……。


「そうかそうか! だが、あまり怖気づく必要はないぞ! お前にもそのうち、あの五人を同時に相手しても余裕ってくらいには、強くなってもらうからの!」

「おう! 任せてくれよじいちゃん! 期待に応えてみせるぜ! ハハハ!」


 取りあえず、俺はマジカルセイヴァーの正体を、悪の組織のみんなには、黙っておくことにした。


 正義の味方を、悪の総統が直々にかばってるいるようなものだが、何分こちらは新米の身の上なので、どうかご容赦願いたい。


「ガハハハハ! さぁ、統斗! これから忙しくなるそい!」

「よーし! これから俺も頑張るぞー!」


 こうして、多くの人に、多くのことを隠しながら、俺の悪の総統としての生活は、波乱万丈の幕開けとなったのだった。


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