2-8


「あっ! 来たわね~ん! こっちよ、こっち~!」

「総統! 来てくれて嬉しいっス!」

「……待ってた」


 凄惨な破壊の中心から、普通に俺を呼ぶ怪人三人に、正直ドン引きである。

 というか、全員異形の怪人の姿なので、普通に恐い。


 だが、俺は勇気を振り絞って、その怪人三人組に近づいて行く。

 行かねばならない。


「いやいや、なにしてんだよ!」

「ナニって……、いや~ん! 統斗すみとちゃんってば、エッチなんだからん!」


 ヘビ男になったローズさんが、全身をクネクネとよじらせながらもだえている。


 いや、そういうのいいから。


「うっス! 俺たちは現在、作戦遂行中でありまっス!」


 サル男になったサブさんが、律儀に敬礼などしながら報告してくれる。


 作戦ってなんのだよ!


「……性能テスト中……」


 コウモリ男になったバディさんが、空から降りてきて、暗く呟く。


 性能ってなんのだよ!


 色々と心に浮かんだことはあったが、それよりもなによりも、俺には、まず確認しておきたいことがあった。


「いやいやいやいや! 公園にいた人とかは、どうしたんだよ!」


 そう、俺の心を嫌な感じにザワザワさせているのは、そこだった。


 現在、この公園は完膚なきまでに破壊されてしまっているが、一応、誰かが倒れいるような様子はない。


 というか、誰もいない。

 公園どころか、周囲からは、全く人の気配がしなかった。


 なんというか、非常に不気味である。


「あら、それなら大丈夫よ~ん」


 俺の心配をよそに、ヘビ男ローズさんは呑気な口調で笑うと、その大きなヘビの口から、なんか妙に大きな……、ドッジボールくらいの大きさの、不気味な色の玉を吐き出した。


 うわ、気持ち悪い! 

 と思ったが、俺は口には出さない。


 いや、出せなかった。


 その不気味な玉の中で、無数の人間が、まるで寝ているように浮かんでいるのが見えたからだ。


「ここら辺の一般市民は、この別空間に避難してもらってるのよん」

「ジーニア様の発明した、強制セーフティスフィアっス! 周囲の一般人を一時的に、用意しておいた閉鎖空間に送り込めるっス!」

「……閉じ込められたら意識を失って、出てきたらなにも覚えてない親切設計」


 なに、その便利すぎる道具。


 なんて今までの俺なら考えていただろうけど、すでにこの悪の組織ヴァイスインペリアルの、度を越したオーバーテクノロジーに慣れつつある俺は、下手に騒がないことにする。


……いや、説明を聞いた限りでは、一応一般市民の皆さんが無事そうなので、きっと大丈夫なのだろうと、思いたかっただけなのかもしれないけど。


「いやでも、これはちょっと……」


 しかし、それでもやはり、日常を連想させる公園が、生々しく破壊された様子には、思わず嫌悪感の方が先に出てしまった。


「大丈夫よん! ちゃんと疑次元スペースも張ってるから、後で全部元通りよ!」

「……そもそもここ、うちの敷地」


 疑次元スペースとは確か、限定された空間の上に、別の疑似空間を被せて、その空間内がどれだけ破壊されても、疑似空間を破棄することで、元の空間の方は無傷に戻る……、みたいなトンデモ装置だったはずである。


 なるほどー、それなら安心だね! いやー安心安心!

 俺は、俺自身を、無理やり納得させた。


 それにバディさんの言う通り、この辺りは、ヴァイスインペリアルの支配する土地のはずである。特に本部も近いこの辺り一帯は、かなり重要な支配地域と言っていいだろう。


「……それなら、なんで公園なんて壊してるんだ?」


 そう、この場所がすでにヴァイスインペリルの支配下にあるなら、尚更この理不尽な破壊活動の意味が分からない。


 周辺住民の安全を確保した上に、自分たちの領地で、特に特別でもない公園を、わざわざ破壊することに、一体なんの意味があると言うのだろうか?


「撒き餌よ、撒き餌! 今回の目的は性能テストなんだから、ちゃ~んと審査員の皆さんをお呼びしないとねぇん!」

「うっス! 自分、ワクワクしてきたっす!」

「……そろそろ来る」


 妙にテンション上がってるヘビ男とサル男に向かって、コウモリ男が、そのコウモリ故の能力なのか、なにか察知したようで、警告する。


「あら! じゃあ準備しないとね!」


 その警告を受けたローズさんは、真剣な顔になると……、まぁ、ヘビ顔なので正確に表情は分からないのだけれども、取りあえず真剣な調子で、俺に告げた。


「統斗ちゃん、スーツ着てた方がいいわよ! これからここは戦場になるから!」


 戦場って。


 突然出てきた物騒な単語に、呆気に取られてしまったが、ローズさんの真剣な口調に圧されて、ついでに、周囲にはもう誰もいないらしいが、万が一、怪人三人と平和にお話してるところなんて見られたらというリスクを考慮して、俺は素直に右手を掲げて、叫んだ。


王統おうとう解放かいほう!」


 俺の叫びに呼応して、一瞬で俺の身体をカイザースーツが包み込む。

 そしてそれと同時に、カイザースーツの内部で、祖父ロボの声が響いた。


『おっ、統斗! どうやら現場に間に合ったみたいじゃな!』

「じいちゃん! これは一体、なんなんだよ!」

「ええからええから! お前は適当な場所に隠れとれ! 今日の主役はその三人じゃからな! 総統のお前が前に出ても、色々めんどうなことになるだけじゃぞ!」


 祖父ロボはやはり、俺の話は聞かず、一方的に指示だけ送ってくる。


「アタシたちの戦い! ちゃんと見守っててねん!」

「うっス! 自分たちの雄姿! 新総統にお見せするっス!」

「……頑張る」


 ……まぁ、戦場になるというなら、正直、荒事あらごとに巻き込まれたくない俺は、素直にその場を離れることにする。背中に怪人三人組のやる気溢れる宣言を聞きながら、俺は破壊された公園の中で、適当なガレキの陰に隠れることにした。


 そして俺が隠れようと思った瞬間、どうやらカイザースーツが俺のサポートを自動で始めてくれたらしく、ステルスだのミュートだのといった表示がモニター上に次々表示される。


 本当に優秀なスーツだ。俺は心から安心して、思い切りコソコソと影の中に隠れるのだった。


 ……なんだ、この情けない悪の総統。


「……はぁ、まぁいいか」


 自分が何をしているんだか、よく分からなくなって、思わず溜息が漏れてしまったが、どうやら今後の身の振り方を考えている時間も無さそうだった。


 そう、俺が隠れ終えた、まさにその時、遂にその時が訪れたのだ。


「そこまでよ!」


 このボロボロに破壊された公園に、凛とした少女の声が響く。


 マジカルセイヴァーが来たのだ、と俺はようやく思い至る。つまりこの破壊活動は、彼女たちを呼ぶための作戦だったということか。


 そして、今度はキチンと彼女たちの顔を確認してみようと、俺は集中してマジカルセイヴァーの登場を待つ。例え顔を見ても、相手の正体は判らないとはいえ、正義の味方とやらが、一体どんなビジュアルをしているのか、単純に興味もあった。



「……え?」


 そして今度は、ハッキリと見た。

 見てしまった。

 マジカルセイヴァーの、その顔を。


 近くのビルから飛び下りて、公園に降り立った彼女たちを、その顔を。


「この世に愛がある限り!」


 ピンクのコスチュームの、可憐な少女がポーズを決める。

 というか桜田さくらだ桃花ももかだった。


「勇気の炎は途絶えない!」


 赤いコスチュームの、快活な少女がポーズを決める。

 というか赤峰あかみね火凜かりんだった。


「澄み渡る水の静けさに!」


 青いコスチュームの、真面目そうな少女がポーズを決める。

 というか水月みつきあおいだった。


「慈愛の緑が芽吹くとき!」


 緑のコスチュームの、大人びた少女がポーズを決める。

 というか緑山みどりやま樹里じゅり先輩だった。


「正義の光が悪を討つ!」


 最期に黄色のコスチュームの、子供っぽい少女がポーズを決めた。

 というか黄村きむらひかりだった。



 次の瞬間。彼女たちの周囲が爆発したかと思うと、カラフルな煙が上がる。



国家こっか守護庁しゅごちょう地域ちいき防衛ぼうえい戦隊せんたい!マジカルセイヴァーここに参上!」



 というか、全員俺の知り合いだった。



「ええええええええぇぇぇぇえええぇぇえええぇぇぇぇ!」


 思わず、自分が隠れていることも忘れて大声を上げてしまったが、俺の優秀なカイザースーツは、見事に俺の大声をスーツの外へと漏らさないようにカットしてくれたようだ。


 少なくとも、向かい合って臨戦態勢の怪人三人組と桜田たち……、いやマジカルセイヴァーには、気付かれなかった。


 驚きのあまり、完全に魂が抜けてしまった俺を取り残して、事態はどんどんと進行して行く。


「ヴァイスインペリアル! あなたたちの悪事もここまでよ!」

「シャーッシャッシャ! マジカルセイヴァー! 今日こそお前たちを倒してみせるシャー!」


 怪人三人組にビシッと指を差して、まさしく正義の味方らしい桜田、いや、マジカルピンクに向かって、先程まで普通に喋っていたはずのヘビ男ローズさんが、まさしく怪人らしく宣戦布告した。



 そして次の瞬間、呆然とする俺の目の前で、俺の知り合いによる、悪と正義の戦闘が始まった。



 最初に動いたのは、マジカルセイヴァーだった。人数的に有利な彼女たちが、三人いる怪人を分断するように、別々に攻撃を仕掛ける。


 ヘビ男ローズさんとは、桜田ことマジカルピンクが一対一で。


 サル男になっているサブさんには、赤峰ことマジカルレッドと、水月さんことマジカルブルーの二人ががりで。


 コウモリ男のバディさんには、緑山先輩ことマジカルグリーンと、黄村ことマジカルイエローが、それぞれ担当するようだ。


「シャシャシャー!」


 マジカルセイヴァーの先制攻撃に圧されて、怪人三人組は、それぞれ距離が離れてしまった。あれでは連携を取ることはできないだろう。ローズさん以外は、数的不利を背負う形となった。


 こうして三か所で同時に戦闘が行われることになったが、どうやら一番激しい戦闘は、サル男サブさん対レッドブルー組のようだ。


「ウキッ!」

「シッ!」


 サル男サブさんとレッドが、互いの拳を武器に、至近距離で殴り合う。


 サブさんはサルの身軽さを活かして、トリッキーな動きでレッドに襲い掛かるのだが、レッドは空手をベースにしたよ思われる落ち着いた動きで、その攻撃をかわし、いなし、カウンターを的確に打ち込んでいく。


「ウキー!」


 このままではまずいと感じたのか、サブさんはレッドから距離を取りたがり、離れようとするだが、それは二人の戦闘から少し離れた距離で、冷静に状況を伺っていたブルーが許さない。


「マジカル! ウォーターアロー!」


 レッドから距離を取ろうとするサブさんの動きを狙いすまして、ブルーが輝く水の矢を放つ。

 

 サブさんはその矢を躱そうとするのだが、その無理な動きが、更にレッドとの殴り合いの状況を悪化させる。


 近接戦闘では分が悪く、距離を取ろうとすれば、射程外から射撃を受ける。戦況はジリジリと、だが確実に、マジカルセイヴァーの有利に傾いていった。


「ウキキ!」


 終わりは、突然訪れた。


 レッドの攻撃を、身をよじって躱そうとしたサブさんの隙を、ブルーは見逃さなかった。遂に、マジカルアローとやらがサブさんに直撃する。


 そして、そこで生まれた更に決定的な隙を、今度はレッドが、確実にとらえる。


「マジカル! フレイムフィスト!!」


 レッドによる、炎を纏った見事な正拳突きが、サル男サブさんのボディを無慈悲に打ちぬく。


「ウッキッキーーーーー! っスーーーーー!」


 そして、必殺の一撃をその身に受けたサブさんが、思いっきり後ろに吹っ飛んだかと思うと、断末魔の叫びを上げながら、派手に爆発した。


「えっ?」


 爆発の後には、もうなにも残っていない。

 サブさんは爆発して、消えてしまった。


「えっ?」


 俺の困惑には構わず、戦闘は更に続いている。

 次に動きがあったのは、コウモリ男バディさん対グリーンイエロー組だった。


「マジカル! グリーンシールド!」

「……ジッジッ! ……ジッジッジィジッ!」


 コウモリらしく、飛んで状況を変えようとするバディさんだったが、グリーンの声と共に現れた緑色のバリアに弾かれて、地面に落ちてしまう。


 というか、あれはコウモリの鳴き声なのだろうか……。


「隙ありー!」


 地面でモゾモゾともがいてるバディさんに向けて、イエローが、容赦ないストンピングを仕掛ける。


 コウモリ男バディさんは、必死に転がりなんとか避けたが、羽が邪魔になって動きが鈍い。その隙を逃さず、イエローが連続で、蹴飛ばすようにキックを繰り出す。


「この! この! この!」


 えげつねぇ……。


「……ジッジッジィイイイイイ!」


 ゴロゴロと転がりながら、コウモリ男バディさんが、イエローに向かってなにかを叫ぶ。コウモリだし、おそらく超音波による攻撃だろうか?


「無駄よ!」


 しかし、グリーンが超音波を出そうとしたバディさんに手を向けると、今まさに攻撃を放とうとしたコウモリの身体の周囲を、緑のバリアが包み込んでしまう。


 どうやら超音波攻撃は、辺りに広がる前に、そのバリアによって防がれてしまったらしい。グリーンもイエローも、特にダメージを受けた様子は無かった。


 コウモリ男バディさんは、なんとか体制を立て直しはしたが、相変わらず状況は不利である。


「おまたせ! 一気に決めよう!」

「行きます!」


 そして更に絶望的なことに、サル男を倒し終えたレッドとブルーが、グリーンとイエローに合流してしまった。


「先輩! よーし! 一気に決めちゃうよ!」


 やってきた二人を見て、嬉しそうな顔をしたイエローが叫んだ。


「マジカル! サンフラッシュ!」


 その瞬間、コウモリ男の周辺で、光そのものが爆発したような閃光が走った。


「……ジジ、ジィイイイイ……!」


 コウモリ男だから元々目が見えず、目つぶしなら効かないかとも思ったのだが、どうやらその光は、視覚に作用するのではなく、直接相手の神経をスタンさせる類の攻撃だったらしい。


 バディさんはその場でジタバタともがくので精一杯になり、動きを止めてしまう。


「マジカル! ウォーターアロー!」

「マジカル! フレイムフィスト!」


 その隙を逃さず、レッドとブルーが見事な連携で、コウモリ男バディさんに致命傷を与える。


「……ジッジッ……、ジジィィィィィイイイイイイイ!」


 そしてコウモリ男バディさんも、サブさんと同じように断末魔の叫びを上げつつ、やはりサブさんと同じように、見事なまでに爆発した。


「……えっ?」


 爆発の後には、やはりなにも残っていない。バディさんの姿は、跡形もなかった。


「……えっ?」


 唖然とした俺は置いておいて、戦闘は最終局面に入る。


 最後はヘビ男ローズさんと、マジカルセイヴァーのリーダー、ピンクの戦いだ。


「はぁはぁはぁ……! やるシャーわね!」

「もう終わりです!」


 だがその最後の戦いは、他の二組の戦闘を見ている内に、すでに終盤に差し掛かっていた。完全にタイマンの勝負だったはずなのだが、どう見ても、ヘビ男ローズさんの方がピンチで、もうすでに虫の息、といった感じだった。


 単純に実力が違うというか、ピンクの方には、まだまだ余裕がありそうだ。


「ピンク! こっちは終わったよ!」


 一対一ですらまったく勝てそうになかったのに、更に怪人二人を倒し終えた他の四人が、ピンクに合流してしまう。


 絶望……、というか、もう詰みである。


「みんな! それじゃあ、トドメよ!」


 ピンクの号令で、レッド、ブルー、グリーン、イエローの四人が、ピンクの周囲に集まった。


 そして、それぞれ突き出した手を重ね合わせる。


「マジカル! グランバズーカ!」


 正義の味方が見事に息の合った雄叫びを上げるのと同時に、その重ね合った手の平から溢れ出た、凄まじい虹色のエネルギーの奔流が、ヘビ男ローズさんを、あっさりと包み込む。


「シャアアアア! ヴァイスインペリアルに栄光あれええええ! シャー!」

 

 その輝く光の大砲の直撃を受けて、ヘビ男ローズさんは、見事な断末魔の雄叫びを上げながら、これまでで一番大きく、爆発した。


「…………えっ?」


 大爆発の後には、やはりなにも残っていない。

 ローズさんもサブさんやバディさん同様、この場から完全に消滅してしまった。


「状況終了! マジカルセイヴァー任務完了!」

「えぇー……」


 悪の怪人を見事に倒し、見事な決めポーズで勝ち名乗りを上げる正義の味方、マジカルセイヴァーの雄姿を呆然と眺めながら、俺は困惑するしかないのであった。



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