2-5


 翌日。

 学校が終わると俺は、再びインペリアルジャパン本社ビルへおもむいていた。


 桜田さくらだが昨日に続いて、俺なんかを一緒に帰ろうと誘ってくれたのに、また断ることになってしまったのが、心苦しい。今度、なにか埋め合わせをしよう。


 とりあえず俺は今、本社ビル内にある研修室にいる。


 室内には、講師よろしくホワイトボードの前に陣取った祖父ロボと、その横で助手らしく控えているけいさん。そしてそんな二人から講義を受けるべく、大人しく二人の前で席についている俺。


 そしてそんな俺の両脇には、研修室の机どころか、椅子までぴったりくっつけて、べったりと俺に寄り添う、千尋ちひろさんとマリーさん。


 ……いやいや、なんで?


「仕事が一段落して、暇になったからだぜー!」

「仕事に行き詰って~、暇になったからよ~」


 だそうだ。


 というか、仕事が終わった千尋さんはいいとして、行き詰っているらしいマリーさんは、暇と言っていいのか……?


「それでは! 今日の講義をはじめるぞい!」

「おー!」

「わ~い!」

「二人とも、うるさいですよ。少し静かにしてください」


 祖父ロボの開始宣言に無邪気な歓声を上げる二人を、契さんが注意する。


 ……なんだろう、全員俺より年上のはずなんだけど、この小学校感。


「それで、昨日はどこまで話したんじゃったかのう」

「うりうりー!」

「へいへ~い!」

「……今は正義の味方をどうにかするより、悪の組織同士の抗争の方をなんとかする方が先決、みたいな話までなら聞いたよ」


 千尋さんとマリーさんが、本当に小学生みたいに俺にちょっかいを出してくるが、それに動じることなく冷静に答える……、のはポーズだけで、実は内心ドキドキだったりする。だって、なんか近いし、なんかいい匂いしてるし。


 千尋さんからは、お日様みたいな、マリーさんからは、柔らかい石鹸みたいな匂いがする。


「おぉ、そうじゃったな。それでは今日は、悪の組織業界の情勢でも、お前に説明してやるかの」

「業界って…」


 そう聞くと、なんというか、えらく俗っぽく聞こえるな、悪の組織。


「現在、国内における悪の組織の最大勢力は、日本最古の悪の組織である、八咫竜やたりゅう、最近外資系に手を出して急成長を遂げた、ワールドイーター、そして私たち、ヴァイスインペリアルの三つになります」


 祖父ロボの後に続いて、契さんが丁寧に説明をしてくれる。


 なんというか、契さんのかもし出している雰囲気と、シュっとしたスーツ姿が相まって、なんだかイケナイ女教師って感じで、俺はやっぱり、ドキドキしてしまう。


 ……なんだかさっきから、ドキドキしっぱなしである。


「この三組織が、頭一つ抜けたところで均衡きんこうを保ち、それを追従するように、中堅や新興の組織なんかが乱立しとるわけじゃな」

「先日倒したブラウンバイソンなどは、新興の小規模組織ということになりますね」

「いやー、あいつらショボかったなー」

「怪人体が、あのレベルじゃねぇ~」


 俺のほっぺたを突きながら、千尋さんが不満を漏らし、俺の耳に息など吹きかけながら、マリーさんがあの牛たちをバカにしたように笑う。


 というか千尋さんとマリーさん、さっきから、凄く近いんですけど。

 なんだかとっても柔らかいモノが、両側から俺に当たってるんですけど。


「最大勢力の三組織は、まさに三竦さんすくみの関係じゃな。下手に疲弊すると、他の二つの組織に喰われかねんがために、互いに下手に手は出せん状況というやつじゃ。この緊張状態が同時に、正義の味方へ手を出せん要因にもなっておる」


 さて、と一息置いてから、祖父ロボが俺に尋ねてきた。


「こんな状況を打破するためには、ワシらはこれから、なにをすればいいと思う?」


 それはシンプルだが、なかなか難しい問題だった。


「なにって……、そりゃ、戦力の増強とかじゃないのか?」


 戦力が拮抗して起きている膠着状態を、打破する方法と言われても、俺にはそれくらいしか思いつかない。 


 絡め手や謀略を巡らすという手もあるだろうけど、悪の組織の数が多すぎる上に、正義の味方との微妙なパワーバランスまで考慮し……、となると俺にはさっぱりと思いつかないだけなのだが。


「その通り! まぁ地味で地道な答えじゃが、その答え自体は間違っておらんぞ! では、戦力の増強そのものは、一体どうやってすると思う?」


 祖父ロボに言われて、俺はまた少し考えてみるが、集中力の何割かは、両隣からセクハラしてくる美女二人にかれていると、言わざるをえない。


 本当に、なにしに来たんだ、千尋さんとマリーさん……。


「戦力増強の方法かぁ……、他の組織を倒して、吸収しちゃうとか?」


 いや、いかんいかん。俺は気持ちを引き締め直して、なんとか答えを絞り出す。

 祖父ロボはどうでもいいが、契さんにまで呆れられるような事態だけは避けたい。


「確かに、それが一番手っ取り早いの。だが、相手も規模の大小こそあれど、悪の組織じゃ。単純に叩き潰してから従えと言っても、簡単に、はい分かりました、というわけにはいかん。同盟を結ぶにしても、寝首をかこうと裏切る可能性の方が高いじゃろうな。完全に安全な信頼関係を結ぶ……、となると、手間とコストが膨大になってしまう。リスクも高いしな」


 なるほど。自ら悪の組織なんて名乗って活動してるようなのが、そう簡単に一つにはなれないか。そもそも、そんなことができるなら、苦労はしないって話だ。


「それじゃあ……、単純に戦闘員を鍛えるとか」


 組織の構成員で、一番人数が多い戦闘員の能力を底上げすることは、地味ながら確実な戦力アップになることだろう。


「それはオレの担当だな! でもな、統斗すみと! 筋肉は一日にしてならずだぜー!」


 俺の耳たぶを、やわやわと弄り回しながら、千尋さんが笑顔で答える。


 まぁ、そうか、戦闘員が自分を鍛えるというのは、それこそ当たり前のことだろうから、今更改めて、誰かに言われるようなことでもないか。


 俺なんかに言われなくても、戦闘員の皆さんは、とっくに自分のベストを尽くし、鍛えていることだろう。


「じゃあ、強い武器を作るとか」


 俺は、もっとシンプルな答えを口にした。

 戦闘員に強い武器持たせたら、強くなるんじゃね? 

 という、子供みたいな思い付きである。


「それは~、もうやってるのよね~。それで~、行き詰ってるのよね~」


 どうやら図らずも、マリーさんが仕事をサボってる理由を見つけてしまったようだ。マリーさんがこちらに密着しながら、俺の胸板に、のの字を書いて拗ねている。


「マリーさんが、えっと……、ジーニアになった時に使ってる、あの、大きなアレを量産するとかは?」

「広域多目的戦略ユニット、クレイジーブレイン君は~、ワタシ以外の人間が使用すると~、脳細胞が一瞬で焼き切れて~、死んじゃうのよね~」


 アレ、そんなヤバいモノだっだったんだ……。

 そして、クレイジーブレイン君って言うんだ、アレ。


「クレイジーブレイン君は、マイクロマシンの集合体での。使う時はその全てを、自分の脳で直接制御する必要があるんじゃ。もちろん、クレイジーブレイン君を作る過程で生まれた技術を使った兵装は、すでに配備しておるが、ここから劇的に強化するとなると、難しいの」


 祖父ロボは、さらっとマイクロマシンだとか言ったが、あの物置よりも大きなクレイジーブレイン君が、そんな極小サイスの機械の集合体で、それを全部個別に操るとか、もう聞いただけで、俺の脳細胞は消滅しそうだった。


「それなら……、俺のカイザースーツみたいなのを量産するとかは?」


 素人の俺が身に着けただけでも、あの牛怪人相手に勝利できたあのスーツを、戦闘員全員が着れば、なんとも無敵の軍隊の誕生に思えた。


「お前はあれ作るのに、組織がどれだけリソースつぎ込んだか、知らんからのう…」


 祖父ロボが、珍しく遠い目をしている。


「あのスーツを作るために、かなり無理な資金繰りもしましたね…」


 契さんは、その凜とした立ち姿には似合わない、とっても悲しい空気を出してしまっている。


「あぁー……、物資集めるのに結構無茶したり、色々苦労もあったなー」


 千尋さんは、本当に疲れたといった表情で、こちらに抱き付いてくる。柔らかい。


「世界で数キロしか見つかってない超希少金属とか~、コスト度外視のハードとソフトとか~、それの維持費とか考えると~、量産は、ちょっと無理よね~」


 マリーさんも、物憂げな瞳でこちらにしなだれかかってくる。良い匂いがする。


 どうやら、俺の使っている総統専用スーツは、この国有数である巨大複合企業の懐事情から見ても、とんでもない手間と金をかけて作られた代物らしい。


 というか、そこまで言われると、むしろもう、着るのが恐いんですが……。


「それに、あのスーツはな、おぬしの超常ちょうじょうしゃとしての能力をフルに発揮するために作られた、お前専用の設計になっとるからの」


 自分に与えられた力に、主に金銭的な意味で、戦慄していた俺だが、聞きなれない単語が、頭に引っかかってきた。


「超常者?」

「その名の通り、常識の枠を超えた、超常的な力を持つ者のことです。私の魔素エーテルを操る魔術や、千尋の命気プラーナを使った獣身じゅうしん闘法とうほう、マリーの超演算能力と、それを行使する無限脳インフィニティブレインなど、その能力の種類は多岐に渡りますが、そのどれもが、能力を持たない者を相手にする場合には、絶大なアドバンテージとなります」


 常識の枠を超えた……、なんて言われても、これまでの俺なら素直に信じることはできなかっただろうけど、今の俺なら、すんなりと受け入れることができる。


 これまで散々、その常識が砕け散るような体験をしたおかげだろうか? 

 あんまり嬉しくない。


 しかし、なるほど。契さんや千尋さんは、確かに超常的な力を持ってると思っていたけど、マリーさんもなのか。まぁ、あのクレイジーブレイン君の説明を聞いたら、納得だけど。


「もちろん、その超常的な能力自体にも強弱はあるがな。基本的には、超常者を相手にするのなら、自らも超常者でないと、話にならん感じじゃ。ちなみに、正義の味方共の戦闘チームは、基本的に超常者で構成されとるから、そこら辺は面倒と言えば面倒じゃな。一般戦闘員では、まず歯が立たん」


 祖父ロボは、戦闘員では歯が立たないなんて言い切ってしまったが、先日その戦闘員たちが、まるで暴風雨のように暴れまわる様子を目撃した俺としては、なかなか信じられない戦力評価である。


「それじゃあ、その超常者ってのを、仲間に増やせばいいんじゃ?」


 まるで脳ミソから直接漏れ出してしまったような思い付きだが、そんなに超常者が強いのなら、数さえ増えれば、戦力アップは確実に思える。 


「それは難しいの。超常者の数そのものが少ないというのもあるが、力を持った超常者は、もう大抵なにがしかの組織に所属しておったり、自分で組織を立ち上げたりしておる。それこそ悪の組織か、正義の味方に、という感じでな」


 どうやら、超常者は強力な反面、その絶対数が少ない、貴重な存在のようだ。


 まぁ、そんな簡単に超常者を揃えられるなら、とっくにそうしてるだろうし、少ないパイを取り合うではないけれど、かなり貴重で、かつ戦力的に重要な存在になるのなら、その確保が難しいのも、当然と言えば当然か。


「お前みたいに、生まれた時から組織へ入ることを運命づける、みたいな方法もあるにはあるが、それは時間がかかるしのう……」


 サラっと人権を無視した発言をするなよ、じじい。


「それじゃ、結局、どうすればいいんだ? これまでの話から考えるに、地道に戦闘訓練と兵器開発を頑張るしかない、って感じか?」


 色々考えてみたものの、今の俺では、どうにも要領を得ないというか、上手い結論を導き出すことができない。

 悪の組織のことなんて、これまで考えたこともない俺では、仕方ないのかもしれないが、悔しいと言えば悔しいような気もするから、不思議だ。


 そしてそんな俺に、悪の総統の先輩である祖父ロボが、悪戯小僧のような表情で、一つの答えを教えてくれる。


「人間の常識を凌駕する力を持った超常者と、どれだけ鍛え、武装しても、あくまで人間の範疇を出られん戦闘員では、どうしてもそこには、大きな差が生まれる。しかし、超常者の増員は、かなり難しい。そこで、超常者と戦闘員の差を埋めつつ、自分たちで能動的に用意でき、かつ戦闘員の一つ上の戦力となるものが……」


 祖父ロボはそこでニヤリと笑うと、ドヤ顔で言い放った。


「怪人、というわけじゃな」


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