2-6


「怪人……」


 俺は脳内で、祖父ロボから提示された答えを反芻はんすうする。


 怪人。

 悪の組織には欠かせない、異形の姿をした戦闘要員。

 標準的な戦闘員よりも戦闘力に優れ、作戦行動の主軸となることも多い存在。


 なるほど、確かに、悪の組織には怪人がいるものだ。

 ベターすぎて見落としていた。


「お前ら、入ってええぞ」


 祖父ロボに呼ばれ、研修室に入ってきたのは、それぞれ個性的な三人の男だった。


「あぁん! やっと出番なの~? もう! 待ちくたびれちゃったわよ~ん!」


 まるで女性のような口調で、だが一目で男性と分かる大柄な男が、身体をくねらせながら俺たちに近づいてきた。


 長い髪は少しでも女性らしく見せようと派手にセットされ、ケバケバしいメイクがその男の派手な顔立ちと相まって、まさしく夜の街のネオンのように、その濃い顔をピカピカと輝かせている。


 しかし、その筋骨隆々な男性美溢れる肉体と、地獄のように低いダミ声は、その人物が男だと、悲しいほどに主張していた。


「うっス! 失礼するっス!」


 続いてこの部屋に現れたのは、白いタンクトップ姿の青年だった。律儀に一礼してから、ピンと背筋を伸ばして、真っ直ぐにこちらにやってくる。


 その白いタンクトップに負けないくらい白い歯を、ピカピカと輝かせながら、実に爽やかな笑顔を浮かべていた。細身だが引き締まった身体をしており、実によく鍛えられているのが分かる。


「……フッ、フヒッ、フフッ……、あぁ、失恋の傷も言えていないのに……、もう仕事だなんて……、ふ、不幸だ……、フフフ……」


 最後に研修室に入ってきたのは、なんというか、実に暗そうな男だった。


 まるでモヤシみたいなひょろひょろとした立ち姿で、なにやら小声でブツブツ呟きながら、ノロノロとこちらへ歩いてくる。


 髪が伸び放題に伸びており、顔の半分近くがそのボサボサの黒髪で隠れてしまっているので、一体どんな顔をしてるのか分からないが、今は非常に機嫌が悪そうで、暗いというか、黒いオーラが全身から滲み出ていた。


「…………」


 なんというか、大変個性豊かというか、バラエティに富んでるというか、突然現れた非常に濃ゆいメンズに、俺は身構えてしまう。


 しかし、警戒する俺に向かって、その三人はどんどん近づいてきていた。


「おろ!」

「きゃ~ん!」


 俺が思わず、気をつけの姿勢で立ち上がってしまったために、べったりと俺にくっ付いていた千尋さんとマリーさんは振り落される格好となって、可愛らしい悲鳴を上げて、俺から剥がれ落ちる。


 いや……、ごめんなさい……、なんだか恐くて……。


「こやつは、ローズ。主にけいの下について働いとる」

「どうも~、ローズよぉん! んま~! 統斗すみとちゃんったら、もうこんなに大きくなっちゃって~! んもう! 可愛いんだから! 食べちゃいたい!」


 派手な化粧をしている巨漢の男性は、ローズさんと言うらしい。差し出されたそのゴツい手を握り返すと、ブンブンと縦に大きく振られてしまう。


 なんというか、非常に距離の詰め方が早いというか、お前は親戚のおばちゃんかレベルでグイグイと迫ってきて、正直、少し暑苦しい。


 どうやらこの人も、これまでの俺の人生を盗み見てきた人らしく、この距離感はそこからきているのかもしれない。向こうにしてみれば、俺は赤ん坊の頃から知っている顔見知りなのである。俺の方はそんなこと、全然知らないんだけど。


 しかし、ブンブンと振られ続けて、もう手が痛いです、ローズさん。



「こっちは、サブ。千尋ちひろの部下じゃ」

「うっス! 自分はサブっス! 新総統閣下にご挨拶出来て光栄っス! これから自分を、可愛がってやって欲しいっス!」


 続けて、サブと名乗った青年が、爽やかに握手を求めてきたので、俺は素直に握り返す。なんというか、実に体育会系の匂いを感じた。


 ……のはいいんだが、なんだろう? サブさんが俺の手を握ったまま離さない。


 別に力が入ってるというわけじゃないのだが、とにかく離さない。

 じっと離さない。

 じっとりと離さない。


 しかも、こちらをじっと見ている。

 正確には俺の瞳を、じっと見つめている。


 俺は、なにか得体の知れない恐怖にかられて、思わずサブさんから目を逸らす。


 サブさんは、まだ手を放してくれない。

 というか、その指を使って、やわやわと俺の手の感触を確かめている。


 怖気が走り、俺は思わず手を振り払ってしまったのだが、サブさんは笑顔を全く崩さずこちらを見ている。見続けている。正直、恐い。



「最後に、バディ。こいつはマリーのところで仕事しとる」

「…………どうも」


 バディと呼ばれた青年が、小さな声で挨拶してきた。

 前の二人と違い、手は差し出してこない。


 一応こちらから握手を求めてみるが、触れるか触れないかの微妙な接触をしただけで、手を引っ込められてしまった。


 しかし、握手はしてくれなかったのだが、なにやら強い視線を感じる。

 なんというか、目の前のバディさんの、その顔を隠してしまってる前髪の奥からヒシヒシと。というか、ビシビシと、穴が開くほど、こちらを見ている気がする。


 なんだろう……、ついさっきと同じような悪寒が、背筋を走る。


「こやつらが、我が組織における怪人たちじゃ」

「怪人って」


 いや、確かに怪しい人たちだけれども。


 なんて軽口が一瞬心をよぎったが、一応声には出さないでおいた。

 場の空気を呼んだとも言う。


 というか、それよりも……。


 なんか、少なくない?


「……あぁ、そうなんだ」


 そう思ったのだが、俺はすぐに思い直した。


 この三人はきっと、おそらく、多分、ヴァイスインペリアルが所有する怪人軍団の部隊長とか、そう言ったポジションなのだろう。それぞれが別々の最高幹部の下で働いてるっていうのも、なんかそれっぽいし。


 大体、うちは悪の組織の中でも最大規模だとかなんとか言っていたのに、怪人の数が三人だけとは考えづらい……、というか、考えられない。


「あ~ん! 怪人だからって怖がらないで~ん! 中身は可愛い乙女なのよ~!」


 考え込んでしまった俺の態度を、怪人に対する恐怖と勘違いしたローズさんが、本当に乙女チックな動きでクネクネと近づいてきた。その大きな体で、なんとも見事な動きである。


「うっス! 自分たちは、最高幹部の皆さんや総統閣下に比べれば、赤子もいいところっス! そんな恐がらなくても、大丈夫っス!」


 などと言いながら、サブさんも俺に急接近してくる。

 いや、こっちはもう、別の意味で恐いんですが。


「…………なんなら見てみる?」


 そして最後にバディさんが、俺たちと少し離れたところから、しかし、しっかりとこちらを見つめながら、小さくそう呟いた。



「そうじゃな。百聞は一見にかず、と言うしの。よしお前ら! 統斗にその力を見せてやれい!」

「うっふ~ん! それじゃ、すっごいの見せてあ・げ・る!」

「分かったっス! 俺の全部、総統に見てもらうっス!」

「……了解」


 祖父ロボの号令を受けて、なんとも濃い三人が、気合を入れて、それぞれ腰の部分に手を置いた。


 今まで、その無駄に濃いキャラに気を取られ分からなかったが、よく見れば、三人とも腰にお揃いのベルトをしていた。丁度バックル部分が、かなり大きなの液晶タブレットになっている。


 ……あのベルト、使い辛そうだなぁと思ったのは内緒だ。


「変……、態!」


 ローズさんが気合を込めて、そのベルトのバックル部分を叩くと、液晶画面にデフォルメされた蛇のマークが浮かぶ。


 次の瞬間、ローズさんの身体を真っ黒い霧のようなものが覆いつくし、その霧の中からバキッ! だの、ベキッ! だの、妙に生々しい音が聞こえてきた。


 そして霧が消え去ると、そこには、全身に鱗が生え、首が伸び、牙が生え、長い舌をチロチロとその大きく裂けた口から覗かせる、まさに蛇人間としか形容できない、まさしく怪人と呼ぶべき姿へと変貌を遂げたローズさんが、実に堂々と仁王立ちしていた。



「変態っす!」

「変態……!」


 ローズさんと同じように、ベルトのバックルを叩いたサブさんとバディさんが、ローズさんとまったく同じ方法で、その姿を変える。


 サブさんは、軽業師のように身軽に動く、サル怪人に。


 バディさんは、黒い翼を大きく広げた、コウモリ怪人に。



 そして三人揃って、なんだか珍妙なポーズを決めた。


「変・態・完・了」


 最後に三人見事にハモって、自らの変態が無事終了したことを、俺にお知らせしてくれる。


「……えぇー」


 目の前で、人間が怪人へと変身するのを至近距離で見た俺は、思わず呆気にとられる。いや、変身じゃなくて、か。


 同時に、なんで変態変態連呼してるんだろうと思ったが、それは口に出さないで置いた。俺は、空気を読める男なのだ。


 決して、下手に触れるのが怖かったからではない。


「それでは早速、例の作戦と行くかの!」

「まだ調整が終わってないから~、今すぐは無理で~す」


 俺の困惑はさておいて、祖父ロボがなにやら始めようとしていたのだが、マリーさんが机にべったり身体を預けながら、その計画とやらの延期を進言した。


「……残念」


 コウモリ男と化したバディさんが、本当に残念そうに俯く。

 姿が姿だけに、正直不気味である。


「予定では、明日以降の実施になっていますが」

「や~ん! 統斗ちゃんに良いとこ見せようと思ったのにざんねーん!」


 手帳を取り出し、冷静に今後のスケジュールを祖父ロボに確認する契さん。


 その横でヘビ男と化したローズさんが、その実にヘビらしい姿をクネクネとよじっている。姿が姿だけに、正直気持ち悪い。



「久しぶりの実戦だからって、張り切りすぎるなよなー?」

「うっス師匠! 師匠からのありがたいお言葉! 肝にめいじるっス!」


 自分の手の平と俺の手の平を合わせて遊びながら、能天気に怪人たちへと声援を送る千尋さん。


 そんな千尋さんに、これぞ弟子といった感じで敬意を示す、サル男のサブさん。

 姿が姿だけに、正直猿回しの猿にしか見えない。



「なんじゃそうか。それじゃ、準備が出来たら連絡するから、統斗、今日はもう帰ってええぞい。ついでじゃし、明日も一応、休みってことにしておくか」


 あっさりと俺に休みを言い渡す祖父ロボに、言い知れぬ不安を感じる。


 なんだか、嫌な予感がする……。


「……一体、なにする気なんだ?」

「まっ、楽しみにしとれ」


 俺は、例の悪戯小僧みたいな表情で、ニヤニヤと笑っている祖父ロボに、どうしても不安を感じずには、いられなかった。


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