2-4


 悪の組織と正義の味方の関係について、祖父ロボから簡単なレクチャーを受けた後、今後の予定などを通達されて、本日はもう終了、ということになった。


「お前もまだ疲れとるみたいじゃし、まっ、少しづつじゃな」


 という祖父ロボの寛大なお言葉によって、俺は遂に、遂に! 悪の組織から解放されたのだ! ……まぁ、今日はもう帰っていいと言われただけなんだけど。


 流石にあの目立つリムジンで、直接家の前まで送ってもらうわけにもいかず、俺は家の近所の公園近くで降ろしてもらう。まだ日は落ち切っておらず、見事な夕日が辺りをオレンジ色に染めていた。


 リムジンが再び会社に戻るのを見送った後、俺は自分の家へ帰るために、のんびりと歩き出す。




「あれ?」


 美しい夕焼けの中、のんびりと帰路を歩いていると、途中で知り合いを見かけてしまった。知人を見つけて、そのままスルーするというのも決まりが悪いので、俺は声をかけることにする。


赤峰あかみね! 水月みつきさん! 二人とも、今帰り?」


 俺の能天気な挨拶で、二人の少女がこちらに振り向いた。



「あれ、十文字じゅうもんじじゃん? あんたこそ、今帰り?」


 彼女は赤峰あかみね火凜かりん

 爽やかなショートカットの髪型がよく似合っている、快活な少女だ。


 運動が得意で、結構男勝り性格をしており、その立ち振る舞いからも、男子よりも女子の方に人気があるタイプかもしれない。確かバレンタインデーの時などには、赤峰も女の子なのに、女子から大量のチョコを貰っていたりもしていた。


 赤峰も桜田と一緒で、俺とは高校一年生の時からの付き合いなのだが、ずっと同じクラスということもあり、桜田とは特に仲が良く、よく一緒に遊んでいるようだ。俺が赤峰とよく話すようになったのも、桜田がいたからと言って過言ではない。


 二年生になっても俺たちは同じクラスだったので、俺としては気安く話しかけることができる、数少ない相手ということで、赤峰とはいつも、くだらない話ばかりしている。


 女の子だが、気兼ねなく付き合える、言うなれば悪友と言った感じだろうか。



「……どうも十文字さん」


 こちらは水月みつきあおい

 艶やかなロングヘアとシャープな印象の眼鏡がよく似合う、真面目そうな少女だ。


 まさに絵に描いたような委員長、といった雰囲気だが、実際に俺たちのクラスで委員長をしているのだから、その第一印象は、決して間違いではないと言える。


 水月さんとは二年生になってから同じクラスになったので、実は俺自身はまだ彼女と知り合ったばかりなのだが、桜田や赤峰とは一年生の頃から仲が良かったらしく、二年生になってからは、教室内ではいつも、この三人で一緒にいることが多い。


 水月さんのことは桜田と赤峰から紹介されたのだが、正直まだ打ち解けたとは言い辛く、彼女と俺の間には、微妙な距離感があると言わざるをえない。


 俺としては、これからなんとか仲良くなりたいところだが、まだまだどうやって距離を詰めていけばいいのか分からない……、といった感じの微妙な関係だ。



「俺は……、えっと、ちょっと野暮用でさ、街の方に出てたんだよ」


 嘘は言ってない。インペリアルジャパン本社ビルはオフイス街にあるし、近くには繁華街もあるので、に行っていたのは、本当である。


「そっちこそ、こんな時間までどうしたんだよ? もうすぐ日も沈んじまうぞ」

「あたしは、さっき空手の稽古終わったとこだよ、っと!」


 彼女たちの横に並んで歩く俺に向かって、赤峰は軽く笑ってみせると、素早く数回、軽快な正拳突きを繰り出した。


「あぁ、そう言えば、そんな話も聞いたことがあった気が、しないでもないな」

「なんだよ~、忘れるなんてひどいじゃん! うりうり~」


 赤峰が楽しそうにふざけながら、こちらを軽く小突いてくる、

 空手を修めてる赤峰は、それこそ男顔負けの強さで、少なくとも、俺ではまったく歯が立たない。


 俺が本当にそのことを忘れていたわけではないし、それは赤峰の方も分かっているので、こうして軽く二の腕辺りを叩く程度で許してもらっているわけだが、実はこれでも、結構痛かったりする。


「ははっ、悪かったって。それじゃ、水月さんはどうして?」

「私は、図書館で少し調べものがありまして、帰り道で偶然、火凜と会ったんです」

「折角だし、もう遅くなるから一緒に帰ろうってね!」


 なるほど。確かにここら辺は治安がいいが、流石に暗い夜道を一人で帰るのは、危ないからな。


 悪の組織の本部が近くにあるのに、治安がいいっていうのも、なんだかおかし気もするが。


「でも、なーんだ。十文字、あんた今日、用事あったんだ。それじゃ、桃花もがっかりしたろうな~」


 ニシシッ! と笑いながら、赤峰がイヤらしい目で、こちらを見ている。

 どうやら、また始まってしまったようだ……。


「今日は統斗すみとくんと一緒に帰るんだ! って、結構気合入れてたし、ひょっとしたら甘酸っぱい展開になっちゃったりしてたかもしれないのに! 十文字、あんた勿体ないことしたかもよ~」

「お前な、だからそういの、全然ナイから。あんまりそういうこと言うと、桜田にも迷惑だぞ?」


 赤峰は、一体なにを勘違いしているのか、どうやら桜田が俺に構うのは、彼女が俺に好意を抱いてるからだと思ってるらしい。桜田にしてみれば、落ち込んでる俺を励まそうとしてくれているだけなのだろうから、まったく迷惑な話だろう。


 俺としても、赤峰はクラスのみんなの前でも、平気でこういうことを言ってしまうので、正直困ってしまっている。そのせいで俺は、桜田ファンの男子から睨まれてしまっているのだ。おかげで二年生になってから俺は、微妙にクラスの男子の間で浮いてしまっている。


 ぼっちではない、と思いたい。

 ……いや、マジで。


「そうですね。そういう、風紀を乱すような発言は、私も少しは控えた方がいいと思いますよ? 火凜」

「え~! 葵は十文字の味方なの? もう! あたしは悲しいぞ!」


 クラスの委員長らしく、その軽口をたしなめる水月さんに、赤峰がおふざけで抱き付いた。うんうん、仲良きことは、美しきかな。


「よっし、それじゃ、そろそろ帰ろうぜ」


 辺りを見渡せば、もう本格的に日も暮れそうになってきた。

 俺は、わーきゃーとじゃれ合ってる二人をうながす。


「およ? なに、十文字、送ってってくれるの?」

「お前はともかく、水月さんのことは心配だしな。もう大分暗くなってきたし」

「あっ、いえ、私は別に……」

「あたしはともかくってなんだー!」


 つつしみ深く遠慮する水月さんと、プンスカ怒る赤峰。

 なかなかのコントラストである。


「俺は、自分より強い女の心配はしないようにしてるんだよ。ふっ……、俺は身の丈をわきまえた男なのさ」

「それ、格好つけてるけど、実は全然格好良くないからな、十文字」


 バレたか。

 冷たい目をした赤峰の視線が、痛い。


「まぁ、夜道が心配だってのは、本当だからさ。二人とも送っていくよ」

「でも、それでは十文字さんは、遠回りになってしまって、ご迷惑なんじゃ…」

「いいっていいって。俺が勝手に、そうしたいだけなんだから、気にしないでくれ。これでも男の子なんで、ちょっとは頼ってくださいな」


 なんだか恐縮した様子の水月さんに向かって、俺は少しおどけて頭を下げる。

 こちらから申し出たことなのに、あんまり相手に気を使わせるのも、悪いだろう。


「しょうがないなぁ。それじゃ頼ってやるかー!」

「……すいません。それではお言葉に甘えさせて頂きます」


 こうして、能天気に笑う赤峰と、丁寧にお礼を言ってくれた水月さんと合流した俺は、いつのように、普通に世話話なんてしながら、普通に家へと帰るのだった。




「ただいま~」


 あれから、二人をちゃんと家へと送って、俺が自分の家へと帰ってきた時には、もう完全に日は落ちて、辺りは真っ暗になっていた。


「おかえりー」


 エプロンで手を拭きながら出迎えてくれたのは、俺の母親。

 十文字安奈あんな。普通の専業主婦である。


「お父さん、もう帰ってきてるから、ご飯にしちゃうけど、お風呂は後でいい?」

「分かった。じゃあカバン、部屋に置いてくる」


 俺は、いつもとなにも変わらない母に、普通に返事をして、普通に二階に上がり、普通に自分の部屋へと向かうため、普通に玄関から家に上がる。


 リビングのテーブルの上には、もう夕飯が並んでおり、椅子には帰宅した父が新聞を広げ、ビールを飲みながら座っている。


 俺の父であり、あの祖父の息子、十文字隼斗はやと

 普通に公務員をしている、普通の父親だ。


「ただいま、父さん」

「おう、お帰り」


 父はそれだけ言うと、また新聞を読みふける。寡黙な人なのだ。


 そんな父を横目に、俺は普通に階段を上り、普通に自分の部屋へと辿り付いた。


「……ふぅ~」


 そしてそこでようやく、一息ついた。


 どうだろうか? 俺は普通の、いつも通りの俺だっただろうか? 

 両親に、なにか気付かれはしなかっただろうか?


 ここ数日で、両親には秘密にしなくてはならないことが、増えすぎた。


 祖父のことも

 悪の組織のことも

 悪の組織の総統になってしまったことも


 両親に言うことはできない。


 俺は、これからいつまで、この重たい荷物を背負って家族と接すればいいのか不安に思いながら、それでも普通の、いつも通りの俺に戻って、家族の待つリビングへと向かうのだった。


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