1ー9


「そーそー! 統斗すみとの小っちゃい時なんて、もうすっごい可愛かったよなぁ!」


 千尋ちひろさんが俺の右腕に絡まりながら、そちらの方こそ可愛らしい笑顔を浮かべる。


「今は~、ワタシ好みの~、ステキな男の子に~、成長してくれたけどね~」


 マリーさんは俺の左腕を抱きしめながら、嬉しそうに頬を緩める。


「千尋、マリー、統斗様が困っています。離れてください」


 けいさんはなにやら恐ろしい空気を出しながら、俺たちの後ろをピッタリとついてきている。


 というか、契さん近い。超近い。後頭部に契さんの吐息を感じる。その上俺の背中には、なんだか危険な柔らかさが、しっかりと当たってる気がする。


 美女三人に囲まれて、非常に嬉しいのだけれども、正直とても歩き辛い。




 模擬戦はもうすでに終わっていた。結果は、まぁ引き分けでいいだろう。

 祖父ロボによる


「もうええぞ」


 というあっさりとした水引みずひきの言葉一つで、あれだけ激しかった戦闘はあっさりと幕を下ろした。

 さすがは組織の最高幹部、目上の者に対する忠誠心は完璧なようだ。


 そういえば、祖父ロボの役職というかポジションは、一体どういうことになっているのだろうか?


 本人は元総統だとかほざいているが、あのかなり個性の強そうな三人は、どう見てもポンコツロボなこの自称祖父を、今も敬っているようなので、とりあえず偉いは偉いと思うのだが。


 まぁ、それはそれとして、模擬戦が終わり、俺たちは次の目的地へ向かうため、準備を整えた。


 契さんは、魔術でまた元のビジネススーツ姿に戻った。

 マリーさんの背後の機械の塊は、再び開いた空間の裂け目に戻っていった。

 獣の姿から戻った千尋さんは完全に下着姿だったので、控室に置いてあったという新しいジャージに着替えてしまっている。ちょっと残念だったのは、内緒だ。


 そして最後に、盛大に破壊されたはずの模擬戦闘場も、全て元に戻ってしまった。


 そう、俺がなによりも驚いたのは、あれだけ激しい戦闘が繰り広げられ、ズタズタになったはずのドーム内部が、模擬戦終了後に祖父ロボがコンソールを弄り、例の疑次元ぎじげんスペースとやらを解除した瞬間、全て元に戻ってしまったことだ。


 祖父ロボ曰く、範囲を限定した一定容量の空間に対し、別の人工的な空間を上塗りし、二つの空間が重なった状態にすることで、その範囲内で起きた空間への物理的な干渉を、上塗りした人工的な空間ごと破棄することで、元々の空間に対する物理的な破損を無効化する技術。


 らしいのだが、俺にはなにを言ってるのだか、さっぱり分からなかった。


 詳しいことはマリーさんに聞けと言われたので、疑次元スペースは魔素や命気のような超常現象ではなく、あくまで科学的な技術と言うことになるのだろう。多分。


 あまり深く考えてしまうと、また脳ミソが悲鳴を上げそうだったので、俺は様々な疑問を盛大に棚上げし、今は祖父ロボに先導してもらい、次の目的地へ向かうことにした、というわけだった。




「それで、次はどこに向かってるんだ?」


 美女三人に囲まれて、内心かなり緊張してる俺だが、別にこれくらい、なんともありませんよ? みたいな感じを装って、俺は祖父に尋ねる。


 さっきまであんな戦闘してたはずなのに、彼女たちからは、とても良い香りがしていた。しかも、柔らかい。その、色々と……。


「なに、お前にちょっとしたプレゼントでもと思ってな」

「あ~! じゃあ~、あそこに行くのね~」


 祖父ロボがこちらを振り返り、ニヤッと笑って見せると同時に、マリーさんがなぜか嬉しそうに、その身体を更にこちらへと押し付けてくる。


 マリーさんの、他の二人に比べれば大分ボリューム不足だが、非常に張りのある二つの膨らみが、俺の左腕をぷにぷにと刺激する。


「プレゼント? 一体なにかな?」


 正直、鼻血が出そうなくらい興奮してしまってる俺だが、外面そとづらだけでも冷静に答えてみせる。


 いや、まぁ、顔とかはもう。真っ赤になってると思うけど。

 それでも、ちょっとでも格好つけたいと思ってしまう、悲しい男心だった。


 俺、かっこ悪い。


「まっ、楽しみにしとれ」


 そんな恥ずかしい俺の顔を見て、祖父ロボは再び意味深に笑ってみせると、キャタピラをキュラキュラと鳴らしながら、俺たちを導くのだった。




「着いたぞい」


 美女三人と一塊になりながら、しばらく歩いたところで、祖父ロボがなにやら厳重に警備されている大きな扉の前で停止した。


 守衛らしき戦闘員が、こちらに向かって見事な敬礼を決める。

 俺にへばり付いている三人と祖父ロボも、それを受けて敬礼を返した。


 この組織の最高幹部たちは、俺にべったりくっ付いたままなのだが、その戦闘員はこちらの様子に、動揺した様子をまったく見せない。


 まさにプロフェッショナル、といった感じだ。全身タイツだけど。


「兵装開発室……?」


 その重厚で、如何にも堅牢な扉の上には、確かにそう書かれていた。


 なにやら物騒な……、と俺が思うより早く、守衛の戦闘員が素早く扉のロックを解除した。分厚い扉が、重い音を立てながら、ゆっくりとスライドして開いて行く。


「うわぁ……」


 俺はおっかなびつくり、おずおずと祖父ロボの後に続いて、開かれてしまった扉の中へと入ったのだが、まぁそこは、この部屋の名前から、大体想像できる通りの場所であった。


 結構な広さがある、なんだか薄暗い部屋なのだが、本当にあるわあるわ。もう見ただけで分かる、キナ臭い物体のオンパレードだ。


 刃物っぽいものだの、鈍器っぽいものだの、小さい銃っぽいものだの、大きい銃っぽいものだの、果てには戦車っぽいものだの、ミサイルっぽいものだの、なんかよく分からないけどバイオでハザードっぽいマークが入ってる兵器っぽいものだの、もう山のようにひしめいている。


 あくまで全部、それっぽいものなんだけどね! 

 武器やら兵器のプロフェッショナルでもない俺には、素人判断しかできないし!


 まぁ、現実を認めたくないとも言う。


 ……なんだかこれまでで一番、悪の組織っぽいな、と思ってしまった。


「本当なら、これらの装備品一つ一つを詳しい説明してやりたいところじゃが、今は我慢しとくれよ。今日の本命は、こっちじゃからな!」

「後でた~っぷり、ワタシが説明してあげるからね~。今は~、こっちこっち~」


 何処かテンションの高い祖父ロボと、遂に俺の左腕から離れたかと思ったら、そのまま俺の手を引っ張る嬉しそうなマリーさんに促され、この大量の武器がひしめく部屋の中央へと向かう。


 そこにあったのは……。


「鎧?」


 そう、それが俺の第一印象だった。


 この物騒な部屋の中央に鎮座して、ピンスポットまで浴びながら俺たちを……、いや、俺を待っていたのは、漆黒の鎧だ。


 全身に着込むタイプで、戦国時代の甲冑のようであり、西洋の鎧のようでもあるような……、なんとも不思議な造形をしている。


 あくまでも動きやすさを重視しているのだろうか、それほどの重装備という程ではないが、要所要所はしっかりと金属で守られていた。ベースの色は黒で統一され、その上から全体的に、金色の装飾が施されている。


 最も目を引いたのは、頭部だ。完全に顔を隠してしまうフルフェイスの兜になっている。その兜から二本、まるで悪魔のような角が、頭の両脇から正面に向けて取り付けられている、口元には獣の牙が意匠として彫り込まれており、目元はなんというか、非常にサイバーというか、最先端のゴーグルのようになっていた。


「どうじゃ! これがお前専用のカイザースーツ! その名も! 絶対ぜったい防衛ぼうえい機構きこうけん殲滅せんめつ活動かつどう支援型しえんがた強化きょうかパワードスーツ、カイザーリュストゥングじゃ!」


 長いよ。

 長すぎるよ。


 というかなに? カイザーリ、リシュ……、なに?


 名称が長すぎて、俺の脳内で上手いこと情報が整理できない。

 カイザースーツってとこだけ分かったけど。


「さぁさぁ、統斗! このカイザーリュストゥングの頭部に右手を置くんじゃ」

「早く早く~!」

「おっ! 遂にこいつの出番か!」

「……楽しみです」


 本当なら、この鎧だかスーツだかの名称に何か言ってやりたい所だったが、今までべったりとくっ付いていた美女三人が俺の身体から離れ、少し離れた場所から、期待のめられた目で、こちらを見ている。


 そして俺が、その鎧に触るのを、今か今かと待っているのだ。


 子供のように、キラキラ光る瞳が眩しい。


「……こうでいいのか?」


 その瞳に負けて……、というわけではないが、俺は素直に言われた通り、漆黒の兜に手を置く。


 その瞬間、スーツが一瞬輝いた。

 そして次の瞬間、スーツが消えた。


「えっ?」


 そう消えた。煙のように、まるで最初からそこには何も無かったかのように、瞬きするほどの間に、消え失せた。


 思わずマヌケな声を出してしまった俺だが、至極冷静に、周囲を見渡す。


 そんな俺を、祖父ロボも、契さんも、千尋さんも、マリーさんも、良い笑顔で見ているだけだった。


「いや、なんだよこれ! なんで触っただけで、鎧がいきなり消えるんだよ! どう考えても、おかしいだろ!」


 すみません。全然冷静じゃありませんでした。


「よしよし。成功したようじゃな」

「成功ってなに! 失敗するかもしれないようなことだったのかよ!」


 こちらの動揺などまるで意に介さず、満足げに頷く祖父ロボに向かって、思わず怒鳴り声を上げてしまったが、つい先ほど、失敗したら廃人になってたりしてたかもしれない実験を、幼少期に繰り広げられていたと知ってしまった俺の慟哭どうこくも、どうか理解して頂きたい。


 人体実験、ダメ、絶対。


「認証は~、上手くいったみたいね~」

「認証とは、なんですか!」


 マリーさんから聞こえてきた、不穏なワードに思わず食いつく。


「取りあえず~、右手の手の平を見てみて~」


 言われるままに、じっと手の平を見る。


 そこには、なんというか、エンブレムのようなものが発光していた。

 こう、ピカピカと。


「なんじゃこりゃー!」


 俺が驚愕すると同時に、エンブレムの明滅は止まり、消えた。

 今はもう、なにも見えない。もうすっかりいつもの手の平に戻っている。


「それは組織のエンブレムじゃよ。どうじゃ、格好いいじゃろう?」

「そういう問題じゃねーよ!」


 いや、まぁ、確かに、ちょっと良いな、とか思っちゃったけども!


「あの鎧は~、統斗ちゃんのためだけにオーダーメイドされた~、総統専用の強化スーツなのね~」


 完全に混乱している俺に、どうやらマリーさんが詳しい説明をしてくれるようだ。


 俺は耳を澄ませて、集中する。

 情報は大事だ。知ることで、人は安心するのだ。


 知ることで絶望することもある、ということを、つい先ほど実感したばかりだということからは、とりあえず目を逸らそう。


「さっき統斗ちゃんが触った時に~、生体認証が完了したの~。今は~、この開発室から整備保管庫に移動しただけだから~、安心して~」


 移動しただけ、と言われても、本当に一瞬で、言葉の通り目の前から掻き消えたのですが......、と言おうとして、俺は止めた。


 俺は先ほど、マリーさんが空間を切り裂いて、どこからか大量の機械を呼び出したのを見ている。つまり、まぁ、あれと似たような技術を使って、あの鎧だかスーツだかは、空間を移動したということなんだろう……。


 俺は、そうして無理やり、自分で自分を納得させる。

 そろそろ色んな意味で、限界が近そうだった……。


「それでは統斗! 次は右手を前に突き出し、叫ぶんじゃ! 王統おうとう解放かいほう、と!」

「ほらほら~、お願い~!」

「よっ! 待ってました!」

「……期待してます」


 正直、まだまだ聞きたいことは、それこそ山のようにあるのだが、再び全員から期待を込められた視線を向けられた俺は、なにも言えなくなってしまう。


 こういう時に、場の空気を無視して我を通せないのは、俺が精神的に疲弊しきっているせいだ、と思いたい。


 あぁ、場の空気に流されることの、なんと楽ちんなことか。

 ……心が弱っているのかもしれない。


 俺はゆっくりと、言われた通りに、叫ぶ。


「……王統おうとう解放かいほう!」


 その結果は、すぐに表れた。まさに一瞬だった。


 右手が、正確には右手の手の平が再び輝いたと思った瞬間、俺の身体は先程消えたはずの、カイザースーツだかなんだかに包まれる。


 まさに、瞬きするほどの一瞬で、俺は全身に金属製らしき鎧を着込んだことになるのだが、それによる衝撃などは、特になにも感じなかった。俺の今のポーズに、このスーツの方が優しく合わせてくれたようで、実に親切設計だ。


 装備したパーツとパーツの間を、まるで周囲から光の粒子が集まるかのように生成された、黒い布のようなものが覆い隠し、俺の身体で外に露出している部分が、完全になくなってしまう。


 最後に、背中からマントのような大きな布が出てきて、どうやら、この一連の工程は終了したようだった。


「うむうむ! 見事な変身じゃったぞ! 統斗!」

「きゃ~! 統斗ちゃん素敵~!」

「決まってるぜ! 統斗!」

「……非常にお似合いですよ、統斗様」


 まるで初めて自転車に一人で乗れた子供を褒めるような賞賛の嵐に、なんというか非常にむず痒いものを感じる。俺としては、言われた通りにしただけなので、そんなに持ち上げられても、むしろ居心地が悪くなるだけだった。


「どうじゃ? そのスーツの着心地は」


 祖父ロボに言われ、俺は自分の身体に纏ったスーツをチェックする。


 まず感じたのは、非常に軽いということだった。


 学校が終わってから、そのままここにやってきたので、俺は制服を着たままだったのだが、その上から直接、このカイザースーツを着込んでいるというのに、まるで違和感がない。


 初めてこのスーツを見た時の印象から、確かに動きやすい作りになっていそうだとは思っていたが、それでも、金属らしいパーツも多々あるというのに、この軽さは単純に驚きだった。恐らく、俺には想像もつかないような技術が使われているのだろうが、まさしく羽のような軽さだ。


 次に気が付いたのは、視野が非常に広いということだった。


 そのあまりの軽さで忘れていたが、今の俺は、頭部全体を覆うように、フルフェイスヘルメットのような兜を被っている。だがしかし、その視界は、その兜を被る前とまったく同じ……、いやむしろ、よりクリアになった印象すらある。

 

 この兜の形状から考えるに、おそらく、兜の内面全てがモニターのようになっていて、俺が見ているのは、多分この兜の前面に装着されていたゴーグルを通した、カメラかなにかの映像を、そのモニターにリアルタイムで映し出した景色、ということになるのだろう。


 そして、俺がその視界の鮮明さを確認しようと、意識を集中した、その時だった。


「うわぁ!」


 思わず驚いて、情けない声を上げてしまったが、それも仕方がないことだと思う。いきなり自分の視界の中に、デジタルな計器類だの、メーターだのが、大量に浮かんできたら誰でも驚くだろう。


 うわっ、スゲェ。

 目の前の契さんたちに、まるでロックオンしてるみたいな表示まで出てる。

 なんだか、一気にサイバーパンクな気分だった。


「それは~、スーツの全身に組み込まれたセンサーが~、スーツの今の状態や~、周囲の状況なんかを~、表示してるのね~。統斗ちゃんの脳波の動きを感知して~、作動するようになってるの~」


 マリーさんの説明を聞きたいとは思うのだが、まったく耳に入ってこない。


 俺は、そのデジタルで表示された情報の海に、ただただ溺れていた。

 正直、脳の処理が追いつかない。


「もっと意識を集中してみるんじゃ、統斗」


 俺の困惑を感じとったのか、祖父ロボが俺に助言をくれる。俺は言われた通りに、周囲の表示に対して、意識を集めた。


 すると……。


「あれ?」


 一瞬前まで、まるでチンプンカンプンだったデジタルなデータが、それらが一体どういうもので、どう処理して、どう扱えばいいのか、感覚的に分かった。


 なんというか、脳ミソの芯から理解してるとは言えないのだが、少なくとも感覚で掴んでいる、という、曖昧な感じだが。


「そのスーツには、色々と最新鋭の技術をぶち込んどるからの。それらを素早く、かつ完璧に使えるように、千尋に協力して貰ったんじゃ」

「へっへー! お役に立てて光栄ってやつだな!」


 デジタルなモニター越しでも、千尋さんの笑顔は魅力的だった。なんだか見惚れてしまった俺に対して、祖父ロボの説明は続いている。


「そのカイザースーツには、命気の仕組みを疑似的に再現したシステムが組み込まれておる。命気に目覚めたおぬしと同期することで、超感覚的な部分でリンクして、お前がまだ脳で理解できていないことでも、感覚的に理解できるようになっておる」


 完全にオカルトに片足をツッコんだトンデモ科学の説明だったが、実感として、まさに感覚で理解してしまった俺には、もうなにも、言うことはなかった。


 正直、これから大量のマニュアルを手渡されて、全部覚えてもらうぞい! なんて言われるよりは、余程気が楽だった。


 ……俺も大分、今の状況に毒されてしまったと思う。


「そのスーツは対物理から対魔術まで、あらゆる耐性がふんだんに盛り込まれておる。物理面はマリーが、魔術面は契が、それぞれ頑張ってくれたぞい」

「頑張ったわよ~」

「……頑張りました」


 えっへんと胸を張るマリーさんと、控えめながらも誇らしげな契さんが、なんとも可愛らしい。二人の方が年上なんだけども、可愛いと、そう思った。


 確かに着ている本人の直感で、このスーツがその軽さに見合わない、とんでもない耐久性を持ち合わせているのは、十分以上に理解できた。なんというか、着ているだけで安心感すら感じる。


「当然! お前の身体能力をあらゆる面で強化する効果もある! 更に! あの社長に化けとるマリオ君と同じく、それを着とるお前を見た人間の、お前に対する認識を改変する効果もある! だからお前の正体は、まずバレないと思ってええぞ! これで存分に暴れられるの!」


 俺は意識して集中力を深め、カイザースーツのモニターに様々な情報を提示すると共に、直感でそれを理解していく。


 おぉ、これは便利だ。本当に感覚だけで、全部理解できる。


 なんというか、脳がむず痒くなるような感じもするが、まず感覚で理解してから、脳にゆっくりと情報が浸透し続けるような感覚は、なかなかに新鮮だった。


 ……って、ちょっと待て。


 新しい感覚に夢中になって、ちゃんと聞いてなかったが、祖父ロボは今、なんて言ったんだ?


 身体能力も強化される? スーツのスペックを表示して確認した。

 正体が絶対にバレないから? スーツのスペックを表示して確認した。


 存分に? 存分になんだって?


「さぁ! それではさっそく、実践と行くかの!」

「……へ?」


 そして次の瞬間、俺は全く動けなくなった。


「……へ?」


 もう一度、しかし今度は別の意味で、俺は思わず、マヌケな声を出してしまった。


 身体が動かない。


 一瞬前まで羽根のように軽く、着ていることすら忘れそうだったスーツは突然、まるで俺を空間に縫いとめるために用意された拘束具のようになり、本当にまったく、これっぽっちも、動かない。


 それまで感じていた安心感が、あっという間に引いていく。


 代わりに不安と焦燥感ってやつが、大挙して押し寄せてきた。まるで突然、コンクリートの壁の中にでも放り込まれてしまったようだ。


 身体中から、一斉に嫌な汗が出てきたのは自覚しているが、俺は極力落ち着くように、自分で自分に言い聞かせる。


 落ち着け。

 モニターは、まだ生きてる。

 落ち着け。


 俺は、可能な限り精神を集中して、まだクリアな画質を保っているモニターに、今なにが起きてるのか表示させようとする。


 落ち着け。大丈夫だ。落ち着け。


 そして、そう時間も掛からず、あっさりと、今の俺がどうなってしまっているのか判明した。


 モニターにはハッキリと、こう記されていた。


 自動操縦モード。


 なるほどー、自動操縦モードかー、それで俺が動かせないのかー。


「自動操縦って、なんだ!」


 全力で祖父ロボたちの方に振り向きたかったのだが、やはり俺の身体は動かない。

 本当に、微塵も、欠片も、米粒ほども動かない。


「統斗よ……、お前は将来、この組織を背負って立つ悪の総統とはいえ、今はまだ未熟。特に戦闘においては、喧嘩すらしたことのない、ズブの素人じゃ」


 祖父ロボが、なんだか凄い良い笑顔で、説明を始めてくれやがった。


 いや、まぁそれはその通りなんだけども。

 確かに俺は、喧嘩なんてしたこともないけども。


 俺は祖父ロボの説明を聞き流しながらも、なんとかこのスーツのコントロールを自分に戻せないか試みてみるが、そもそも、まったく反応してくれない。


「総統とは、組織の最奥にドンと構え、最後の最後、敵対者と雌雄を決しようとするまさにその時、ようやく現れる。というイメージもあるかもしれんがな、うちの組織は現場第一主義じゃ。総統だからと椅子でふんぞり返ってるだけで良し、なんてわけにはいかんぞい。経験不足のお前には、ガンガン現場に出てもらうからの! 習うより慣れろじゃ!」


 いや、そんなこと知らないから。

 それに俺、まだ悪の総統やりますなんて、言ってないから。


 そう言ってやりたかったが、今はそんなことに意識を割いている余裕はない。

 早く、早くこのスーツのコントロールを取り戻すために、集中するんだ! 俺!


「そもそも総統には力が必要! それこそ組織の誰よりも強くなければ、その権威を示し続けることなど不可能! 家族意識の馴れ合いだけでやっていけるほど、悪の組織は甘くないぞ!」


 いや、だから知らんて。


 なやら熱くなってる祖父ロボを無視して、俺は意識を集中させる。


 動け! 動け! 動け! 動け! 動いてよ! いや、マジで動けって! 動けよチクショウ!


 いかん、混乱してる。落ち着け俺。


「だが統斗! お前には実戦経験が足りん! 幾らそのスーツが完璧だと言っても、それを駆るお前が素人のままでは、命を懸けた本物の戦場では話にならん! そこで、その自動操縦モードというわけじゃ!」

「どういうわけだよ!」


 しまった。集中が途切れた。


「お前は大事な大事な、新たなる悪の総統じゃからな! 生死を分ける戦場で、万が一のことがあっては困る! そこで、そのスーツのコントロールをこのワシが行うことで、現場で起こり得る、未熟なお前では対処不可能な事態は、このワシ自らカバーする! という寸法じゃ」

「それなら、まだ実戦に出さなきゃいいだけじゃないか! 訓練するとかさ!」


 いや、俺としてはそもそも、そんな悪の総統としての実戦だの、命を懸けた戦場だのと、物騒なことはやりたくないのだけけれども。本当に、これっぽっちも、やりたくないんですけど!


「安心せい統斗! ワシだってこう見えても元悪の総統! 戦闘行為はお手の物! 若い頃はそりゃもう、ブイブイ言わせとったもんじゃ!」


 こう見えても何も、今はただのポンコツロボにしか見えない祖父ロボの、どこに安心をすればいいと言うのだろうか?


「ワシのサポートとリモートコントロール、更にそのスーツの性能が合わされば、なにが起きても、まず安全と思ってよいぞ!」


 などと言いながら、祖父ロボからなにやらピコピコとレトロな音がしたと思った次の瞬間、俺の身体は、俺の意思とは無関係に、勝手に動き出した。


 なにやら武術の動きらしく、突きや蹴りをを高速で繰り出し、最後にその場で二回転の宙返りを見事に決めてしまう。


 もちろん、俺自身がそう動こうとしたのではない。祖父ロボによりコントロールされたスーツの動きに、強制的に引きずられただけだ。


 それでも、こんなに無理に動かされたというのに、俺の身体そのものには、殆ど負担がかかっていない辺り、スーツの安全性とやらは、まさに完璧なんだろうが。


「もっとも、ワシのサポートはあくまで最小限にするがの。最初に楽を覚えても、成長は鈍るだけじゃからな」

「最小限にすると言うなら、今すぐに、そのサポートとやらを、一刻も早く解除してくれませんか?」


 俺の懇願を無視し、スーツのコントロールを握ったまま。祖父ロボは叫ぶ。


「それじゃさっそく、大暴れと行くかの!」

「準備はすでに整っております」

「ひゃっほー! 久しぶりに暴れるぜー!」

「この三人が揃って出るなんて~、すっごい久しぶり~」


 祖父の号令に、最高幹部の三人が。それぞれ答える。

 その眼はすでに、戦士のそれだった。


「いや、ちょっと、待って!」


 なんとかスーツを脱ごうとするのだが、やはりなんの反応も示してくれない。俺の意思に関係なく、カイザースーツは、俺をどこか不吉な場所へと運んで行く。


「あぁ、ワシがコントロール握ってる間は、そのスーツ、絶対にお前の意思では脱げんからの」


 俺の心を見抜いたように、祖父ロボは、残酷にそう告げる。

 それはもう、言うなれば、死の宣告だった。


 気が付けば俺は……、いや正確には、祖父ロボに操られたカイザースーツは、最高幹部の三人と祖父ロボを背後に従え、まさに総統と称えられるであろう。威風堂々たる佇まいで、先頭を歩いている。


 スーツの中身である俺は、もう家に帰りたくて帰りたくて仕方なく、ひたすら小さくなるしか、ないのだが。


「それでは、悪の組織ヴァイスインペリアル! 出陣じゃ!」


 こうして、俺の心を完全に置いてきぼりにして、俺たちは祖父ロボ曰く、生死を分ける戦場へと、いさみ、向かうのだった。


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