1ー10


「さぁ、統斗すみと! ここが今日の戦場じゃ!」


 そしてあっさりと、本当にあっさりと、俺はその戦場とやらへと到着した。

 到着してしまった。


 ワープで。


 そう、ワープ、ワープである。


 地下本部には、まるで巨大な門のようなオブジェが鎮座している広間があり、そこからあっさりと、俺たちはワープした。


 いや実際は、あっさりなんてとんでもない、なにやら色々な条件や制約があるようなのだが、俺の印象としては、あっさりだ。いい加減脳ミソが限界だったので、防衛本能としてあっさりと処理したかったのかもしれない。俺のメンタルも、随分と限界が近そうだった。


 それはともかく、そういうわけで、もう、そういうことにして欲しい。とにもかくにも、俺たちは現在、地下施設から外へと出てきてしまっている。俺が悪の組織見学を始めてから、もう随分経ったようで、すでに日は落ちて、代わりに三日月が夜空を照らしていた。


 辺りはすっかり夜の帳に包まれて、しかもろくな街灯も無いような状況だが、俺のコントロールを完全に離れてるとはいえ、カイザースーツはその機能を見事に発揮していた。宵闇の中でも、まるで昼間のように、くっきりと周囲を見渡すことができている。


 そこは一言で言ってしまえば、採掘場だった。いや、本当は採石場なのかもしれないが、そういう知識のない俺には、その判断は難しい。複数の重機が置いてあるのは確認したので、何処かの工事現場だというのは、まず間違いないだろう。


 切り立った崖の頂上で、俺と祖父ロボ、そして再び人外の姿へと変身し、戦闘態勢となった三人の最高幹部たちが、崖下を見下ろす。


「ここは本来、我々が受注するはずだった仕事を、汚い手を使ってかすめ取った、新興の悪の組織が仕切っている工事現場です」


 けいさん……、いや、悪魔元帥デモニカが、その悪魔のような姿には似合わない、丁寧な口調で、状況の説明を初めてくれた。


「汚い手?」

「仕事を自分たちの方に回さないと、社員やその家族に、危害を加えると脅迫したようじゃな。まったく、セコい奴らじゃのう」


 祖父ロボが、やれやれと肩をすくている、のだと思う……、多分。

 なにしろその腕は、俺の目から見れば、完全にただの金属製ホースにしか見えないので、よく分からないが。


「社員や家族に危害をって……、いいのかよ、それ」

「悪の組織とは、一般社会のルールの外にいる存在じゃなからな、良いも悪いもないわい。そんな姑息な手段には、美学がないがな」

「確かに! つまんない奴らだぜ!」


 一般人を脅迫するような奴らを、祖父ロボは鼻で笑い飛ばし、千尋ちひろさん……、いや、破壊王獣レオリアは、歯牙にもかけず、その獣のような瞳を細める。


「なによりムカつくのは~、そんなしょうもない方法で~、私たちの仕事を横取りしたってことよね~」


 少し離れた場所で、確かワープ先の座標を固定するために必要だと、先程説明された機械……、そう、アンカーと呼ばれていた装置を回収していたマリーさん、いや、無限博士ジーニアが、不満げに呟く。


「まぁ、調子に乗った新参者には、お灸を据えてやることも必要ってことじゃ!」


 祖父ロボが、ニヤリと笑うと共に、その腕を振り上げた。

 そしてまさに、支配者の風格で命令を下す。


「ヴァイスインペリアルの戦士たちよ! 我らに仇なす愚か者共に、悪の鉄槌を下してやれい!」

「ジーク! ヴァイス!」


 祖父ロボの号令に応えるように、突然この崖の下の工事現場に、およそ百人ほどの全身タイツ戦闘員が集う。こう……、周囲からワラワラと湧き出す感じで。


 一体今まで、どこに隠れていたんだろうか……。


「あの人たちも、ワープして来たんですか?」

「いえ、彼らは会社での仕事が終わった後に、車や自転車などを使用して、ここに集まっただけです」


 悪魔元帥が、無知な俺に対して、丁寧に業務の説明をしてくれる。


 そうか……、もうこんな時間だし、仕事終わったんだ。

 というか、自分の足でやってくるんだ、戦闘員って……。


「そうですか……、やっぱり残業代とか出るんですかね?」

「一応、特別手当は出ますが」


 会社であんなにも一生懸命、バリバリと働いた後に、全身タイツで戦闘員として活動しなければはならないという社会の厳しさに、俺はなんだか憂鬱になるのだった。


「さぁ、始めるぞい!」


 祖父ロボの号令と共に、戦闘員たちが一斉に動き出す。

 俺と祖父ロボを残して、最高幹部の皆さんも崖上から飛び降りる。


 そして、破壊が始まった。


 数多の戦闘員たちが、縦横無尽に駆け回り、手当たり次第に物を壊す。工事現場のプレハブを、現場に組み上げられた足場を、そして重機を、まるで嵐のように破壊する。更にその惨状に最高幹部たちも加わり、そこはまさに地獄絵図、あらゆるものがぜ、えぐられ、消し飛び、周囲の地形ごと変わりそうな勢いだ。


 まさに、大暴れである。


「って、ちょっと待てよ!」

「なんじゃい」


 俺の叫びに反応したのは、隣でこの大破壊を、大変満足そうに眺めていた祖父ロボだった。そして、それと同時に、崖下で起きていた全ての破壊活動も止まる。


「いいのかよ、こんなことして!」

「だから、良いも悪いもないと言ったじゃろうが」


 祖父ロボは、まったく落ち着いたものだが、俺の方は突如目の前で始まった、破壊的な現実を目の当たりにしたせいで、精神的にかなりヤラれていた。


「いやでも……、ほら! これじゃ、その仕事を横取りした奴らじゃなくて、脅されてただけの会社の方にも迷惑が……」

「馬鹿なコソ泥共を追い出したら、元々の取引相手じゃったワシらが、ちゃんと責任持って仕事を受けるから、安心せい。それもちゃんと、向こうに黒字が出るように、格安でな」


 祖父ロボが再び、ニヤリと笑ってみせる。

 だが、俺としては色々とまだ、心の整理がつかない。


「そもそも追い出すって、ここにそんな奴らいないし、こんなことしても……」

「おっ、もう来たようじゃな。ちょいと突いたら、ノコノコ釣られおったわい」


 祖父ロボに言われて、崖下を改めて確認すると、確かに、この工事現場の入口辺りに、何者かの影が現れたのを、カイザースーツのセンセーがしっかりと捉えていた。


「おうおうおうおうおう~! お前ら! ここが偉大なる悪の組織、ブラウンバイソンのシマだと知っての狼藉ろうぜきか~? あ~ん?」


 祖父ロボ曰く、ノコノコとやってきた男が、いきなり怒鳴り始める。


 その男は背の低い、なんだか小さな男だった。

 護衛だろうか? その両脇にかなり大柄の男を二人も侍らせていることも、その男の小ささを、余計に強調してしまっている。


 その全身を、一目で分かる高級品で固めているのは分かるが、全体的になんとも趣味が悪い。原色が目に痛く、装飾品もギラギラと下品に輝きすぎていた。


「おぬしらこそ、ワシらがどこの組織か、知らんのか」

「はぁ? 知らんのう~? エッチなコスプレサービスなんて、頼んだ覚えがないんじゃがのう? ガハハハハ!」


 祖父ロボの呆れたような声にはお構いなしで、その男はうちの最高幹部の美女三人を、好色そうな目で眺めると、下品に笑った。


 なんというか、非常に残念な匂いが、プンプンしてくる。


「貴様らのことなんぞ知らんが、これだけ好き放題やってくれたことの落とし前は、きっちりつけて貰わんとのう~? お前ら! この田浦たうらが許す! 奴らをたっぷりと可愛がってやれ! 特に、あのスケベな女共は念入りにな! ガハハ!」


 田浦と名乗った、小さくて残念で下品な男が声を張り上げると同時に、男の周囲にうちの組織とは別の色の、全身タイツを着た戦闘員が集まる。


 その色は、茶色。数は大体、十人程度。


「……少なくない?」


 思わず呟いてしまう俺であった。


 こちらは最高幹部の三人に加え、戦闘員だけでも約百人、それに対して、向こうは田浦とその護衛が二人、それに加えて戦闘員が十人程度。あの田浦とかいうスケベなおっさんが、こちらの最高幹部三人をただのコスプレ美女だと思ってたとしても、その戦力差は、単純に十倍近い。


 しかし、どう考えても完全に向こうが不利だと思うのだが、田浦はなぜか、余裕の表情だった。


「さぁ、お前ら! やってやらんかい!」


 そして、田浦が開戦を叫ぶと同時に、変化は突然起きた。


「モオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!」


 田浦の脇に付き従っていた護衛の二人が吠えると同時に、その姿が変貌していく。肉体が内側から筋肉で盛り上がり、その頭には角が生え、身体中を茶色の体毛が覆っていく。まさに変身だ。変態かもしれないが。


 そして、その変化が終わると、そこに立っていたのは……。


「牛男…?」


 そう、それはまるで牛男とでも呼ぶべき存在だった。完全に牛の顔をした、筋骨隆々の男二人が、そこには立っている。


 これが、田浦が自信満々だった理由だろうか?


「おっ、怪人体もちゃんとおったか。よかったよかった。あまりもにショボい連中じゃったから、むしろ心配してしまったわい」

「……怪人?」


 祖父ロボから聞こえてきた単語が、俺に子供の時に見ていたヒーロー番組を思い出させる。なるほど確かに、言われてみればあの牛男たちは、見れば見るほど正義の味方のかたき役、悪の怪人だった。


「ほれ統斗。丁度良い練習相手じゃぞ」

「……へ?」


 俺が崖下の様子に気を取られているうちに、祖父ロボがなんだかよく分からないことを言った気がしたが、俺はよく聞いていなかった。


 それがいけなかった。


 次の瞬間、俺の身体は祖父ロボのコントロールにより、崖から飛び降りた。


「……えっ? ……えっ!」


 悲鳴を上げる暇もなかった。


 俺の身体……、というかカイザースーツは、あっという間に崖の上から落下し、そのまま牛型怪人の目の前で、見事な着地を決めてみせる。


『よし、しっかり頑張れよ、統斗!』

「……えっ?」


 俺が崖下に落ちたことで、祖父ロボとは大分距離が空いたはずなのだが、相変わらず耳元でその声が聞こえて、俺は少しだけパニックになる。ただ通信機能を使っただけだと思い至るだけの余裕は、今の俺にはなかったからだ。


『それじゃ、自動操縦モードを解除するからの』

「……えっ?」


 そして、カイザースーツのモニターから、自動操縦モードの表示が消えた。


「……えっ?」


 思わず、崖の上の祖父ロボの方を見てしまう俺だったが、それは失敗だった。


 モニターに素早く警告の表示が走り、カイザースーツ内に警報が鳴った、まさに、その時……。


「ウモオオオオオオオオオォォォォォ!」


 俺は、目の前の牛怪人に、思い切り殴り飛ばされていた。


 そして、そのまま俺は、弾丸のような速度で平行に吹っ飛び、先程飛び降りたばかりの崖の横肌に、凄まじい勢いで激突する。崖の壁はぶつかった俺を中心に、かなり大きな円形にヘコんでしまった。


 まったく、恐ろしいほどの威力のパンチだった。

 

 なんて、こうして俺が冷静に、自分になにが起きたのか判断できたのは、完全にカイザースーツのおかげだった。これだけの威力で殴られても、スーツの中の俺には、傷一つない。


 それどころか、カイザースーツ自体もまったく無事のようだ。身体を動かして見るが、どこにも違和感はないし、モニターに表示された計器類にも、異常はない。

 

 むしろ殴られて無事なことより、久しぶりに自分の意思で動けたことの方に感動してしまった。


『殴り合う時は、ちゃんと腰を入れて踏ん張らんといかんぞ』


 祖父ロボが、再び通信機能を使って、俺にアドバイスを送ってきた。


 正直、このまま寝ていようかとも思ったのだが、どうやら祖父ロボに監視されている以上、そうもいかないようだった。また自動操縦モードで好き勝手されるのは、勘弁してもらいたい。


 俺は仕方なく、自分の意思で立ち上がる。


「馬鹿な! ブラウンブルの一撃を受けて、無傷だと!」


 あんなに余裕ぶっていた田浦が、なにやら驚いている。


 どうやらあの牛怪人は、ブラウンブルと言う名前らしい。なんだか栄養ドリンクみたいな名前だな。


『戦闘の基本は接近戦じゃ! ほれほれ、まずは近づかんか!』

「はいはい……」


 祖父ロボに促されるままに、俺はそのブラウンブルとやらに近づいて行く。

 これじゃ、自動操縦されてるのと、あんまり変わらない気がしてきた。


「モオオオオオオオ!」


 そして、無防備に接近してきた俺に向かって、怪人ブラウンブルがまさに牛のように叫びながら、猛然と殴り掛かってきた。どうやら、あのパンチが俺に効かなかったことを怒っているらしい。


 俺はとりあえず、先程の祖父ロボに言われたとおり、その場で腰を入れて踏ん張り、今度は吹き飛ばさなれないようにしようと、意識を集中した。


 再び、あの凄まじい威力の拳が迫ってくる。


 一瞬、避けようかと思ったが、すぐさま諦めた。喧嘩ド素人の俺に、そんな生半可なことができるほど、生易しい攻撃ではない。


 俺は大人しく、その場でガード固める。


「ンンン! モオオオオオ!」


 そして次の瞬間、俺は再び顔面に、牛怪人の猛烈なパンチを、モロに食らってしまう。これではガードを固めた意味が無い。完全にクリーンヒットだ。

 しかし同時に、俺にはダメージも無い。祖父ロボのアドバイスのおかげか、今度は吹き飛ばされるようなことも無かった。


 俺はその場に踏み止まることに成功した。俺の集中にスーツが反応して、上手く衝撃を逃がしてくれたのもあるのだろう。俺の足元の地面が、大きく割れた。


「モウ! モウ! モウ! モウ! モウ!」


 今度は、俺が吹き飛びもしなかったことに激昂したらしい牛怪人は、そのまま猛烈な連打を繰り出し続ける。そして俺は、その全てをまともに喰らい続ける。


『ほれほれ、ガードするなら、相手の攻撃からは目を逸らすな。ちゃんと相手の次の動きを予想してから動くんじゃぞ』


 祖父ロボが呑気にアドバイスしてくるが、正直、俺にはまともに、それを聞いてる余裕は無かった。一応、ガードは崩さないようにしているが、俺はサンドバックよろしく殴られまくる。


 何度でも言うが、俺は喧嘩すら、一度もしたことはないのだ。


 確かに、スーツのおかげでダメージこそ無いが、こうして暴力の渦に巻き込まれているという現実そのものが、俺のただでさえボロボロの精神に、更なる負荷として圧し掛かっていた。


 なんだろう? イライラするなぁ……。


『殴られてばかりじゃ、案山子かかしと同じじゃろうが。男なら殴り返して見せんか』


 あぁ……、この祖父ロボの能天気で、無責任なアドバイスも、俺のイライラを加速させる……。



 一体誰のせいで、こんな目にあってるんだよ! なんで俺がこんな怪物に殴られまくられなきゃいけないんだよ! 大体なんだこの牛! 牛のくせに、なに調子乗って殴ってきてるんだよ! モウモウモウモウうるさいんだよ! この牛怪人が! というか怪なんだから、人の言葉で喋れよ!



 重ねて言うが、俺は今まで、喧嘩をしたことが無い。

 当然、人を殴ったことすら無い。

 人どころか、壁すら殴ったことの無い、人畜無害な人間だ。


 自分以外のなにかに暴力を振るうという行為そのものに、なんだか嫌悪感を感じるというか、そんな行為に及ぶこと自体を躊躇する、典型的な小市民であると、自分では思っている。


 ……思っているのだが、なんというか、もう、色々と、限界だった。

 主に、心が。


「鬱陶しいんじゃ、このクソ牛があああああああああああああああああ!」


 俺は生まれて初めて、思い切り拳を振り抜いた。


 別に相手の行動からタイミングを計ったわけではない。

 本当に、ただただ感情のままに振るった拳は、偶然それと同時に繰り出されていたブラウンブルの巨大な拳と、まともに正面衝突する。


 そしてそのまま、牛怪人をその拳ごとぶっ飛ばした。


「ウモオオォォォォォウウウ!」

「ぐへええええええええええええええ!」


 これまで溜め込んできた様々な鬱憤うっぷんと共に、思い切り繰り出された俺の拳は、ブラウンブルの巨体を、先程の俺自身がそうされたようにぶっ飛ばし、後ろで高見の見物を決め込んでいた田浦を巻き込んで、クラッシュさせた。


 俺の怒りに反応したのだろうか? カイザースーツパワー、恐るべしである。


「……っていうか、死んでたりしないよな?」

『あの程度じゃ、まぁ死にはせんから安心せい』


 色々なものを吐き出し、少しだけスッキリして、幾らか冷静になった俺は、祖父ロボに言われ、ようやく周囲を見渡す。


 確かに、牛怪人も田浦も、目は回しているようだが、命に別状はないようだった。カイザースーツのセンサーでも確認したが、どうやら気絶しただけで、しつかり息もあるようだ。


 一安心した俺が、更に周りに目をやれば、田浦が連れてきた茶色いタイツの戦闘員は全員、地面に倒れ伏して伸びている。


 そして、もう一人いた牛型の怪人は、うちの戦闘員十名ほどに囲まれて、ボコボコの袋にされていた。うわ、うちの戦闘員、強い。


 どうやらこの戦闘は、すでにあっさり勝負がついてしまったようだった。

 本当に、なんであんなに余裕ぶっていたんだ……。残念すぎるぞ、田浦。


「まぁ、取りあえずこれで……」


 終わりか。

 そう口に出そうとした、まさにその時……。


「そこまでよ!」


 すでに戦闘も終結し、静寂が訪れようとしていた採掘場に、若い女性の声が響き渡り、それと同時に、この採掘場そのものが、突然現れた謎の光源によって、上空から照らし出される。


「なんだ?」


 思わず空を見上げた俺は、そこに巨大な飛行船のようなものが浮かんでいるのを、確かに見た。


 そしてその瞬間、その飛行船らしきものから、五つの影が飛び降りる。


 ……結構な高度にあるんだけど、あの飛行船。


『来おったな!』


 祖父ロボが叫んだ瞬間、俺のスーツは、再び自動操縦モードにされてしまった。


 俺は素直に従い、もはや抵抗すらしない。

 もう大分心が折れてるな……、と自分でも思う。


 俺の身体は祖父ロボの命令通り、一息で大ジャンプを決めると、先程飛び降りたばかりの崖上に舞い戻る。なぜか空中で三回転半ひねりを加えたのは、祖父ロボの趣味だろうか。


 ふと気が付くと、最高幹部の三人も崖上に戻り、俺の後に控えていた。


 色々と疲れてしまった俺は、ぼんやりと崖下の様子を伺う。

 そこには、俺とは入れ替わるような形で、飛行船から飛び降りた五人の影が、見事に着地していた。


「この世に愛がある限り!」


 そしてその五人の中央、ピンクのふりふり衣装を着た少女が、なりやらポーズを決めてみせた。


「勇気の炎は途絶えない!」


 続いて、同じようなシルエットだが、今度は赤い衣装を着た少女が続く。


「澄み渡る水の静けさに!」


 更に、青い衣装の少女が。


「慈愛の緑が芽吹くとき!」


 更に更に、緑の衣装の少女が。


「正義の光が悪を討つ!」


 最後に、黄色の衣装の少女がポーズを決めた。


国家こっか守護庁しゅごちょう地域ちいき防衛ぼうえい部隊ぶたい! マジカルセイヴァーここに参上!」


 次の瞬間、彼女たちの周囲が盛大に爆発したかと思うと、妙にカラフルな色の煙が上がった。


 爆発に合わせて、全員で声を上げて叫ぶと同時に、見事にポーズを決める謎の少女軍団……。正直、かなり恐い。ガリガリと精神が削られていくのが分かる。


「ようやく現れたな! マジカルセイヴァー!」


 どうやら、俺が恐怖を感じた存在は、祖父ロボたちにとっては、もうとっくに既知きちの相手のようだった。


「戦闘反応を追って来てみれば……! ヴァイスインペリアル! 今度はなにを企んでいるの!」


 ピンクの少女が、崖上の俺たちに向け、正面から堂々とこちらを詰問する。

 どうやら、向こうも俺たちのことを知っているらしい。


「しかも……、くっ! 幹部が三人も揃ってるなんて!」


 そして、俺の後ろにいる最高幹部の姿を見て、ピンクの少女を筆頭に、警戒の色を強めるマジカルセイヴァーの皆さん。


 もうすでに、何度かやり合ったことがあるのだろうか? こちらの戦力の強大さが分かっているようで、空から降ってきた少女たちは、迂闊に動こうとしない。戦闘より現状維持を選ぶ辺り、戦力的には、こちらの方がかなり有利そうだった。


 俺がチラリと背後を確認すると、当の最高幹部三人組は、如何にも悪の女幹部ですといった風格で、それぞれそれっぽいポーズを見事に決めている。わーい! なんだか格好良いぞー!


「……なぁ、じいちゃん」

「なんじゃ」


 また色々限界が訪れそうだった俺は、崖下の少女たちと睨み合う祖父ロボに、小声で尋ねてみる。


「あれナニ?」

「正義の味方じゃよ」

「……そうですか」


 ニヤリと笑う祖父ロボを見て、俺はなにも言えなくなった。


 そっかー。悪の組織がいるんだから、正義の味方くらい、当然いますよねー。

 それもそっかー。


 俺の精神も、本当にもう、限界だった。


「さぁ統斗! いよいよ、本日のクライマックスじゃぞ!」


 祖父ロボが不穏なことを言い出すと当時に、自動操縦モードでカイザースーツを操り、俺になんだか偉そうなポーズを取らせる。


 そして、崖下の少女たちへと向けて、大音声だいおんじょうを張り上げた。


「よく聞け、小娘共! ここにおわす御方こそ、我らがヴァイスインペリアルの新たなる総統閣下であらせられるぞ!」


 ……はい?


「ちょっ、待っ!」


 俺の焦りを完全に無視して、祖父ロボは続ける。続けてしまう。


 なんだろう、凄い嫌な予感がする……。


「本来なら、この場でおぬしらを叩き潰してやってもいいんじゃが、今日はめでたき日じゃ! おぬしらには、新たなる世界の恐怖を、グズで間抜けなおぬしらの上司に報告する栄誉をくれてやろう! 見逃してやるから、精々恐れるがよいぞ!」

「……くっ!」


 祖父ロボから侮蔑混じりの嘲笑を受けてもなお、正義の味方の皆さんは、動くことができない。どうやら、彼我戦力差は、本当にかなりのものらしい。


「さぁ! 総統! この愚か者共に、そのご威光を!」

「……はい?」


 なにを意味の分からないことを言ってるんだ、このジジイは。


 俺がそう思った瞬間、祖父ロボがスーツ内の俺にだけ聞こえるように、通信機能を使用してきた。


『さぁ、統斗! 悪の総統としての初仕事じゃぞ! ビジっと。痺れるくらい格好良く決めてやれい!』


 だから、なにをだよ!

 と、思い切り声を上げたかったが、場の空気が、雰囲気が、それを許さなかった。


 空気が重い。

 同時に、背後から何やらキラキラした空気も感じる。



 空気が重い原因は、崖下の正義の味方、マジカルセイヴァーだ。相変わらずこちらを睨んでいるが、俺の後ろにいる最高幹部の三人を警戒して、手を出せずにいる。


 キラキラとした空気は、その俺の背後に控えている、その最高幹部たちからのものだ。完全に期待した目を、こちらに向けているだろうことが、見ずとも分かる。


 敵意と好意、憂慮と期待、相反した感情の入り交じった、複雑すぎるその場の空気に、俺の心が、精神が、ミシミシと軋みながら、悲鳴を上げる。


 俺はもう、押し黙るしかなかった。



 そして、不気味な沈黙が訪れる。



「…………」


 祖父ロボも、最高幹部三人も、そして崖下の戦闘員たちも、誰もなにも言わない。

 それどころか、物音一つ立てない。

 新たな総統の独り舞台を、今や遅しと、期待しながら待っている。


 恐らく、俺がなにか言うまで、そのままだろう。



「…………」


 マジカルセイヴァーも、なにも言わない。こちら睨み、周囲を警戒している。

 この状況では、このまま戦っても勝負にならないと判断しているのだろう。

 実に冷静な判断力だ。

 上空に浮かんでいる飛行船も、動きを止めて沈黙を守ったままだ。

 なにか状況が変わるまで、彼女たちもそのまま、動きそうにない。



「…………」


 先程倒したブラウンバイソンたちも、なにも言わない。

 こちらは全員気絶しているので、当然だけど。

 もうこいつらでいいから、この地獄のような空気を、なんとか変えて欲しかった。



「…………………」


 期待に満ちた沈黙が苦しい。

 やめてくれ。これ以上、俺を追いつめないでくれ。


「…………………」


 敵意に満ちた沈黙が苦しい。

 やめてくれ。そんな眼で、俺を見ないでくれ。


「…………………」


 無責任な沈黙が苦しい。

 というか、正直ムカつく。腹立たしい。なに気持ちよさそうに寝てるんだ、コラ。



 すでにボロボロになった俺の精神が、最後の悲鳴を上げてるのが分かる。


 意味の分からない焦燥だとか、不安だとか、怒りだとかが、チカチカと心の中で瞬き、俺の視界がうるうると歪む。完璧なカイザースーツのモニターには、当然なんの不備もない。


 無限の、あるいは刹那の沈黙に、最初に耐えられなくなったのは、どうやら遂に限界を迎えてしまった、俺の心だった。


 あぁ……、心がポッキリ折れたのが、手に取るように分かる……。


 ごめんなさい。お父さんお母さん。貴方たちの息子は、ダメな息子です。


 俺はゆっくりと、ゆっくりと深呼吸する。


  しかし、決めてさえしまえば、折れてしまった心が、軽くなるのを感じてしまうのも、また事実だった。こういうのを、 やけくそと言うのかもしれない。


 次に、これから言うことを高速で考える。脳ミソもまともに動いてるとは思えないので、なにを口走ってしまうのか分からない。ここはどうしても、慎重になる必要があった。


 ゆっくりと、だがはっきりと、俺は口を開こうとしている。

 開こうとして、しまっている。

 俺は、遂に、取り返しのつかない宣言を、自らしようと、して、しまっている。


「――我が名はシュバルカイザー! 悪の組織、ヴァイスインペリアルの新たなる総統である!」

「ジーク! ヴァイス!」


 俺の宣言と共に、背後の女幹部たちから、崖下の戦闘員たちから、それはもう盛大な歓声が上がる。



 ごめんなさい、お父さんお母さん。


 貴方たちの息子は、自ら日の当たる道から転げ落ちる、心の弱い、どうしようもなく弱い、ダメな息子でした。


 そして俺は、心の中の両親に、最後にこう、報告するのだった。



 お父さん、お母さん、貴方たちの息子は……。


 悪の総統、はじめました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る