1ー8


「すげぇ……」


 俺は三人の美女がドームの中で繰り広げている、常軌じょうきいっした戦闘行為を、安全なコントロールルームで眺めながら、ただただ感嘆の声を上げるしかなかった。


「どうじゃ統斗すみと。お前にはこの戦い、一体どう見える」


「どうって……、そりゃ、驚いたというか、こうして実際に目にしても、まだこれが現実だって信じられないというか……、けいさんは悪魔みたいになって、魔方陣みたいなの出してるし、千尋ちひろさんは獣になって、軽く人間を超えたみたいな動きしてるし、マリーさんはマリーさんで、オーバーテクノロジーにしか思えないメカを、自由自在に操ってるしで、もう、俺には、なにがなにやら……」


 目の前で繰り広げられる、現実離れした光景に、俺はただ、馬鹿みたいな感想を垂れ流すくらいしかできない。


 しかし、なぜか祖父ロボは、そんな俺を見て、満足そうに頷いていた。


「うむうむ、どうやらお前も、立派に成長したようじゃの」

「……えっ? 一体、俺のなにが成長したって言うんだよ?」


 成長もなにも、俺は今の展開に、正直全然、まったくついていけないんだけども。


「お前、デモニカの使っとる魔方陣、見えとるんじゃろ?」

「いや、そりゃ見えるだろう」


 モニターを見れば今も、契さんは魔方陣を大量に展開しながら、激しい戦闘を繰り広げている。


 空中に突然出現する魔方陣は、キラキラと瞬き、その光景は美しくすらあった。


「ワシには、見えん」

「はぁ? なんだよ、老眼か? あんなにはっきり見えるだろうが」


 なんて言ってから気付いた。そもそも、この俺の祖父を自称しているやからはロボットなのだから、老眼なんてありえないということに。


「老眼じゃないわ! それと、ワシがロボだから見えないってわけでもないぞ! あの魔方陣は、ワシだけじゃなく、あそこでデモニカと戦っとるレオリアにも、そしてジーニアにも見えとらん!」

「見えてないって、それじゃどうやって。あんな戦闘してるんだよ?」

「魔方陣が引き起こした事象、例えば、あの光の弾丸なんかは、誰でも見ることができるんじゃ。だが、その大本である魔方陣自体は、まったく見えん!」


 祖父ロボはどこか得意そうに、なにも知らない俺に対して講釈を垂れているが、俺にはイマイチ、それを信じることができない。


「いやでも、さっき千尋さんは、幾重にも展開された魔方陣に向かって、拳をちゃんと前に突き出してから、ぶつかって行ったんだけど……」

「それは、レオリアの野生の勘ってヤツじゃな。なんだか嫌な感じがするから、とりあえず腕を前に出しておこう、って感じじゃろう。その打撃で相手を倒すのが目的なら、対象にインパクトする瞬間に腕を振り抜くじゃろうし、そもそも見えとるなら、別の角度から攻めればいいわけじゃし」


 祖父ロボの分かるような分からないような説明をいくら聞いても、俺の脳内にデカデカを存在する疑問符は消えなかった。


 だけど……。


「……なるほど」


 そう、俺には言うしかなかった。

 

 俺はまだ、契さんや千尋さん、そしてマリーさんのことを、なにも知らない。


 結局は。俺より彼女たちと付き合いの長い、この自称祖父のポンコツロボの言葉には、頷くしかないのだ。


 でも、魔方陣が見えない? あんなにハッキリと見えてるのに?


「デモニカの使っとる魔術というやつは、この世界に存在しとる魔素エーテルと呼ばれる不可視、不可侵の物質……、普通の人間では触れるどころか、知覚することすら不可能な元素を操る術じゃ」

「魔術……?」


 そういえば、契さんが自分は魔術を使うと言っていたということを、俺は脳ミソの奥から無理矢理引っ張りだす。驚きの連続すぎて、俺のシナプスもすっかり委縮してしまっていたようだ。


「そう、魔素を操る術、で魔術じゃな。そして、この魔素というやつは、ごく少数の選ばれた者しか捉えることができん。しかし、自在に操れる者にとっては、魔素に対する才能や技術、ノウハウの程度にもよるが、究極的にはどんな事象すら起こせる、奇跡の力じゃ」


 奇跡って、それはいくらなんでも大袈裟なんじゃ? 


 なんて言えないだけの、現実離れした現象をリアルタイムで目撃している以上、俺はなにも言えなかった。代わりに、別の気になったことを尋ねてみることにする。


「選ばれたって、どういう……」

「生まれながらにその素質が備わった者……、と言うしかないかの。天文学的な確率で、突然変異的に魔素を知覚できるように生まれた者か、または、その子孫くらいしか、魔素を操るどころか、感じるこさえできん」

 

 つまり、俺があの魔方陣を見ることができるのは、その魔素とやらを感じることができる、とんでもなく珍しい才能があるから、ということらしい。

 

 ……らしいのだが、どうして俺にそんなものが? という疑問は尽きない。


「いやしかし、あれじゃな。お前が赤子の頃からやっとった英才教育が、こうして無駄にならなかったようで、一安心じゃわい」

「ちゃっと待てジジイ」


 なんだかさらっと聞こえてきたが、決して聞き逃してはならない情報が、ポロっと出てきた気がするのですが……。


「なんじゃ?」

「なんじゃ? じゃねーよ! 英才教育ってなんだ英才教育って! いきなり言ってることが矛盾してるじゃねーか! その魔素の才能とやらは、生まれ持つものじゃないのかよ! 」

「まぁ、普通はそうじゃな」

「普通はって! 普通はってなんだよ!」


 つまり、俺はなにか、普通ではないことをされている、ってことなのか……。


「前にも言ったと思うが、ワシの家に雰囲気十分な彫像とか、調度品とか山ほどあったじゃろ? あれはデモニカの実家から提供された魔術道具マジックアイテムで、精神が固着する前の幼児に使用し続けることで、対象に多量の魔素を注ぎ込み、後天的に魔素の才能を与えるという画期的な……」

「なんだよ、その呪いの儀式!」

「まぁ、今まで誰もやったことなかったから、成功するかどうかは、誰にも分からなかったんじゃが」

「ただの人体実験じゃねーか!」

「いやー! しかし、上手くいってよかったわい!」


 ガハハ! と豪快に笑う祖父ロボに対して、俺はドン引きである。ドン引きというか、どん底って感じだが。もしその英才教育とやらに失敗したら、俺は一体どうなってしまっていたのかは、あまり深く考えないようにしよう……。


「おっとそれから、レオリアの身体から出とるやつの方も見えるじゃろ?」

「……あぁ、見えるよ。なんだよ、あれも普通の人間には見えないとか言うのかよ」


 なんというか、俺の人間としての尊厳が、割とグラグラと揺らいでしまった気がして、思わず気のない返事をしてしまった。


 ……なんだろう、まだなにか、あるのだろうか?


「いや、それはワシにも見えるよ。というか、あれはみんなに見えるもんじゃ」

「あっ、そうですか……」


 ちょっとだけホッとした自分がいるのが、むしろなんだか悲しかったりする。


「あれはな、レオリアの一族が命気プラーナと呼んどるもんじゃ」

「命気……?」

「そう、生きとし生けるモノすべてが、原初の時代からその身に宿してきた、まさしく命の力じゃ」


 原初の時代からとは、また壮大な話だが、頭がオーバーヒート気味の俺には、もう深く問いただすだけの気力がなかった。


「本来なら、人間も含めたあらゆる生物が使えた力なんじゃがな。長い長いこの星の歴史の中で、徐々に薄れていってしもうてな。今ではレオリアの一族のように、延々とその力を伝承、研磨し続けてきた僅かな者たちを残して、誰も自在には扱えん」

「……自在に?」

「レオリアの一族は、命気をその身の上からまとうことができるんじゃよ。レオリアの今の姿も、本当に獣と化したわけではないぞ。命気を高め、自分が一番強いと思うモノをイメージし、命気を使い、それに近づくことで、自らを強化しとるんじゃ」


 俺は千尋さんの身体から溢れ出た光が集まり、彼女の身体を覆ったことで、その姿を獣のように変えたことを思い出す。あれが命気を操る、ということなのだろうか?


「その……、命気ってのは、魔素とは違うものなのか?」

「違うの。魔素がこの世界そのもの、即ち自らの外にあるモノなのに対し、命気は自らの内、まさに命の根源とでも言うべき個所から湧き出るモノじゃ。どちらも超常的なモノではあるが、明確に別れておる。まったくの別物じゃ」


 魔素と命気は、違うモノ……。


「つまり魔素と違って、命気は元々人間にも使えていたものだから、それが使えなくなった今でも、人間は命気をちゃんと見ることができるってことか?」

「まぁ、そういうことじゃな」


 なるほど。つまりあれは見えても不思議じゃないんだ。

 よかったよかった。


「まぁ、ワシが言いたいのは、そこじゃないんじゃがな」

「……えっ?」


 なに、その不吉すぎる前フリ……。


「おぬし、あのレオリアが見えるんじゃろ」

「いやだから、それは見えても、おかしくないって」

「命気の方じゃないぞい。命気を使って、今まさに人外の動きをしとるレオリアのことを、じゃよ」

「……へっ?」


 祖父ロボに言われて、俺は気付く。


 そう、今の千尋さん、破壊王獣レオリアは、恐ろしい速度で動いている。人間には認識できない動きだと、俺自身が思ったはずだし、事実、それは間違いではない。

 

 モニターを見れば、相変わらず千尋さんが、人間の眼では捉えられない動きで、凄まじい戦闘を繰り広げているのが見える。


 そう、見える。


 人の眼では認識できない動きをしているはずの、彼女の姿が。

 人の眼を持つはずの俺には、見えている。


 それは、矛盾だった。


 もちろん、その人外の動きをハッキリと、完璧に捉えているわけではない。


 なんとなく動きの軌道が見えて、なんとなくなにをしているのか、なんとなくなにをするのか、ぼんやりと分かると言った程度の、なんとも曖昧なものだ。


 だがしかし、俺の眼は確かに、その動きを見ているのだった。


「うむうむ。こっちの方も上手くいったようじゃな。これは最早、それこそ奇跡と呼んでもよいな!」

「やっぱりかよ! 俺の身体にこれ以上、一体なにをしたんだよ!」


 俺の魂の叫びに、祖父ロボは特に気にした風もなく、のほほんと答えやがる。


「命気というのは、言わば命の根源……、原初の力じゃからな。自我の安定する前の無垢な赤子の時から、その魂に原初の記憶を刻むために、様々な生贄で様々な儀式を執り行ってきたわけじゃ。具体的には、ワシの家に動物の大量のはく製とか、色々とあったじゃろ? あれで」

「あれでて! 儀式て! 生贄って!」


 祖父ロボから飛び出た、かなり生々しい言葉に、俺は正直、パニック状態だった。頭の中では、子供の時に、その大量のはく製を、祖父と共に笑いながら眺めたりしていた思い出が、グルグルと回っている。

 

 そうかー、あれ全部、俺のための生贄だったのかー……。

 なんか吐きそう。


「命気とは原初の力。それを引き出すには、魂を原初に近づけるしかない。そしてその結果、魂は研ぎ澄まされ、野生の勘や直感などと言われる感覚的なもの、第六感、いや、むしろその先! 第七感とでも言うべき、超感覚が目覚めるのじゃ!」

「なんだか、女神のために戦わなくちゃいけない気がしてきたよ……」


 俺は、小宇宙を感じたことはないんだが。


「その研ぎ澄まされた原初の感覚によって、人類では認識不可能なはずの動きも、直感的に捉えることができる、というわけなんじゃ! そうでないと、自らが人類の動きを超えて動けても、それを制御することができんじゃろ?」

「いや、俺あんな風になんて、動けないし」


 運動が苦手だ、とは言わないが、あんな人間離れした動きなんて、微塵もできる気はしない。


「そもそも、そんな超感覚が、俺にはあるなんて、思ったことないし」


 友達と遊んだり、体育の授業だったりで、スポーツをする機会自体は、今まで山ほどあったが、自分が特に反射神経やら勘やらに優れてると思ったことは、実はまったくなかったりする。むしろ、普通に遊べるってだけで、得意だと胸を張れるほどのスポーツも、特に思いつかないくらいだ。


「そりゃそうじゃろ。日常的に有用な力なら、別に衰退なんてせず、まだまだ人類にもバリバリに残っとるわい。普通に生きていく上では必要なくなったから、ジワジワと消えていったわけじゃしな」


 祖父ロボが朗々と説明を続けてくれるが、俺は話についていくので精一杯だった。俺の脳ミソも、もうそろそろ限界が近いのかもしれない。


「今までは、特にその必要がなかったから、魂に原初の力を宿したおぬしでも、その超感覚を発揮する機会が無かっただけじゃろう」


 つまり、今までは人類の感覚を超える事態に遭遇しなかったので、人類の感覚を超えた感覚を発揮する必要もなかった……、ということだろうか。


「まぁ、自らに超感覚が備わっとると自覚した今なら、訓練さえすれば、日常生活でそれを活かすことも、遠からず可能になるじゃろうが」

「いや、別に、そういうことができるようになりたい、ってわけじゃないんだけど」


 魔素の件といい、命気の件といい、なんだか今までの自分というもの全てが、ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚だった。


 美しい過去の思い出と共に。


「うんうん。どうやら、自らの知られざる成長に、感動しとるようじゃな」

「いや、それはないけども」


 どちらかと言えば、打ちひしがれているわけだけども。


「じゃが、そういうことなら、ジーニアにもたっぷりと感謝した方がええぞい」

「ジーニア……、マリーさんに?」


 モニターを見ると、異形とも言える機械の塊に組み込まれたマリーさんが、人外の域に達している二人相手に、互角以上に戦っているのが見えた。


「魔素の素養と命気の素質、この二つを同時に、しかも赤子相手に後天的に習得させるなんぞ、ワシらにとっても初めてのことじゃったからな。精神にどんな破綻が生まれたり、魂にどんな異変が起こるかも、まったく分からなかったわけじゃし」

「なにサラっと恐ろしいこと言ってるんだ、このジジイ」


 どんだけ見切り発車だったんだよ、おい。


「まぁ落ち着け。ワシだって、勝算なく可愛い孫にそんなことしたわけじゃないぞ」


 俺の殺意の籠った目に耐えかねて……、というわけではないだろうが、祖父ロボは釈明を続けた。


「ジーニアは当時……、十二歳くらいじゃったかな。それでもすでに、我が組織で天才開発者としての名を欲しいままにしておった……」

「おい、ちょっと待て」

「そんなジーニアが、お前のためだけに開発したのが、様々な潜在能力開発キットなんじゃ!」

「いやだから、ちょっと待てって」

「魔素にしても命気にしても、どちらも超常的でこそあるが、それでも人間が扱えるものだということには変わりない。必要なのは、それらを全て受け入れるだけの許容量じゃった」


 当時小学六年生、または中学一年生の女の子に、自分の命運が握られていたという事実に、どうしても一言言いたかった俺を無視して、祖父ロボは続ける。


「つまりは、人間の潜在能力をいかに開花させるのか、という問題じゃな。器が大きくなれば、単純に注げる水の量も増えるだろうという、まぁシンプルな理屈じゃが」


 概念的な人間の許容量の話を、物理的な花瓶の話みたいに言われても困るのだが。


「というわけで、赤子の頃からおぬしには、様々な覚醒キットを使用し続けていたのじゃが」

「なんか、覚醒キットとか言われると、違法性がグンと増したな……」


 まぁ、元々人権無視の幼児虐待という、違法そのものだったとは思うんだが。


「おぬし、ワシの家にある色んな玩具で遊ぶの、好きじゃったじゃろ? あれらが、その覚醒キットじゃ」

「まぁ、それはもう正直、さっきまでの流れから、そうじゃないかなと思ったはいたけれども……」


 俺の楽しい幼少期の思い出は、もうすでにボロボロだった。


 というか、むしろホラーな思い出になってしまった。

 色々失敗してたら、今頃どうなってたんだ、俺の人生……。


「まぁつまり、今のおぬしが肉体的にも、精神的にも、健やかに成長しつつも、魔素や命気という人を超えた力を、見事に二つ同時に手にすることができたのも、ひとえにジーニアのサポートのお蔭というわけじゃな。正確にはサポートメカじゃが」

「そうですか。それはそれは、ありがとうございます……」


 俺はもう、ぼんやりと虚ろな目で、未だに激しい戦闘の続くモニターを眺めるしかない。……ただの現実逃避なわけだが。


 戦闘は、苛烈を極めてると言っていいだろう。

 正直、もう今の俺では、なにが起こってるのか、理解すらできないレベルだ。


 しかし、そんな人知を超えた戦いの場に相応しくない、下世話な会話が、ぼんやりとしてる俺の耳には聞こえてきた。


「あっれ~? デモニカちゃん、なんだか怒ってる~?」

「確かに! なんかいつもより攻撃が乱れてる気がするぜ! なんていうか、ひたすら感情任せ?」

「うるさいですよ、二人とも!」

「やっぱり~、ワタシたちが~、統斗ちゃんとイチャイチャしたのが~、気に入らなかったりするの~?」

「なんだー? やきもちかー? やきもちなのかー?」

「――っ!」


 その瞬間、ギシリと音を立てて、契さんがその動きを止めた。


「統斗ちゃんのほっぺた~、と~っても、柔らかかったわよ~? また今度、沢山キスしちゃおうかな~?」

「えへへー! オレもまた統斗を抱きしめて、スリスリするぜー!」

「……殺します」


 契さんから、なにやら恐ろしい殺気が立ち上り、人外の者たちによる戦闘は、更に激しさを増していく……。


「モテモテじゃのう統斗」

「………」


 俺には、なにも言えなかった。


 確かに、まぁ言ってはなんだが、俺はあの美女三人から好意を向けられているのではないかと、実は内心思っていたりはした。というか、ドキドキしていた。


 いや、完全に感じ悪い発言だというのは分かっているが、少しだけ待って欲しい。


 確かに、彼女たちの俺への距離感がなんか凄い近いのは分かってはいた。

 分かってはいたのだが、それが好意であるとは、俺には断定できない。


 だって俺、彼女とかできたことないし。


 そんな今まで女性とお付き合いしたこともない俺には、確信を持って、相手の女性から好意も持たれていると断言することは、到底できなかった。不可能だと言ってもいい。いやマジで。


 表面上優しくても、内心では全く別の感情を持っているのかもしれないと疑ってしまう。そんな微妙な男心と言うものを、どうか分かって頂きたい。


 童貞力とは、言わないで欲しい。


 というか。


「なんで俺、昨日会ったばかりの女性に、モテてるの?」


 そう、俺が彼女たちと出会ったのは、つい昨日のことである。好意を向けられるにしても、どう考えても早すぎるだろうというのが、俺がこの状況に困惑している原因の一つだ。


 全員が俺に一目惚れしたんだね! と考えるほど、幸せな男でもない俺である。


「まぁ、お前がそう思うのも無理はないかもしれんな。お前とあやつらが、こうして直接会うのは、昨日が初めてじゃったし」

「……直接?」


 なんだか、不穏な空気が漂ってきた気がする。


「お前が生まれた時から、その成長を我が組織では逐一監視……、もとい、見守ってきたからの」

「俺のプライバシーは、どこ行ったんだよ!」


 というか、俺の人権はどこに?


「いや~、今ではみんなお前のことを、本当の家族のように思っておるぞい! なんせ、お前がおむつの頃から、組織の人間全員で成長を見守ってきたからの! お前が初恋破れて泣いてた時なんぞ、皆でおぬしと共に涙したものじゃわい!」

「俺が今泣きそうなんですがね! やめろよ! なんだよ、その公開処刑!」


 俺の初恋が儚く無残に散った話を知ってるのは、じいちゃんだけのはずなんですが……、それも全部、じいちゃんだと思ったからこそ話したんですが……。


「特に最高幹部の三人は、お前の成長のために、ひと肌もふた肌も脱いどったからの! 思い入れも一入ひとしおみたいじゃな」


 そうですか……。


 なんだかひどく疲れてしまった俺は、またぼんやりと、人知を超えた痴話喧嘩を繰り広げている、俺はまったく知らないが、向こうは俺のことをずっと前から知っていたらしい、年上美人三人を眺めるのだった。


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