1ー7

 

 模擬戦。


 模擬戦闘。


 実戦になぞらえて行う戦闘。また、その訓練。


「これからあの三人が、戦うというのはどういうことか、お前に教えてくれるからの、よく見ておくんじゃぞ、統斗すみと

「いやいやいや、なに言ってるんだよ。模擬戦って、戦うって、そんなこと」


 そんなこと、俺には想像もできなかった。


 ドームの中央では、つい先ほど出会った三人の美女が、それぞれが三角形の頂点に位置する形で、互いに向き合っている。


 けいさんはビジネススーツ姿で、凜と。

 千尋ちひろさんはペラペラのジャージ姿で、飄々ひょうひょうと。

 マリーさんは白衣姿で、フラフラと。


 どう見ても、これから戦闘行為を行うような空気は、微塵も感じられなかった。

 少なくとも、なにも知らない俺には。


「お前こそ、なに言っとるんじゃ。なんじゃ。もしかして忘れとるのか?」


 忘れる? 俺が一体、なにを忘れていると言うのだろうか?


「あやつらこそ、我が組織ヴァイスインペリアルの最強戦力、最高幹部じゃぞ」


 ……そういえば、昨日そんなこと言ってた気がする。

 なにも知らないのではなく、なにも覚えてないだけでした。




「それじゃ、始めてええぞ」


 祖父ロボの、どこか気の抜けた掛け声と共に、ドーム内の雰囲気が一変した。

 空気が一瞬で重くなった……、とでも言うのだろうか?


 重苦しい空気の中、最初に動いたのは、契さんだった。


契約けいやく解放かいほう!」


 そう叫ぶと同時に、両手を重ねて前に突き出す。


 すると契さんの背後に、見たこともない流麗りゅうれいな文字と、複雑な紋様もんようがびっしりと描かれた、巨大な魔方陣が現れた。


 わぁ、綺麗……。

 ってちょっと待て、待ってくれ! なんだよ、あれ!


 驚く俺を置き去りにしながら、信じられない現象は、まだ続く。


 契さんの背後に出現した魔方陣は、そのまま前へと進み、彼女を透過して行く。

 そして、それと同時に、契さんの姿が、変わる。


 透き通るような白さの肌は、海のような青に染まり、ビジネススーツは光に粒になって消え、刺激的で露出度の高い、女王様のような真っ黒いボンテージルックへと形を変えた。


 頭部には大きな、ヤギのような角が生え、閉じていた目を開くと、瞳は金色に染まっている。


 前方に移動した魔法陣が消えると同時に、続いて契さんの頭上に別の魔方陣が現れ、今度は上から下へと向かって、契さんを包んでいく。


 妖しいボンテージには、宝石やプレートなど様々な装飾が施され、戦闘服らしい姿に変わり、その右手には、凶悪な形状をした長い鞭が握られていた。


「悪魔元帥デモニカ!」


 契さん……、いや、悪魔元帥デモニカは、妖艶な仕草でその鞭を一つ、盛大に打ち鳴らした。


「へっへー! それじゃ、行くぜ!」


 次に動いたのは、千尋さんだった。


原初げんしょ解放かいほう!」


 叫ぶと同時に、その全身に力を込める。

 瞬間、千尋さんの全身から、まさに、力そのものとでも言うべき、光り輝くナニかが溢れ出したのが、確かに見えた。


 そう、千尋さんから立ち上る力の波動が、なぜか俺の眼にも、はっきりと見える。


 というか、あれだ。オーラだろ、あれ。闘気と書いてオーラと呼ぶ系の、身体の芯から、こう……、ブワァー! っと噴き出す系の、あれだ、あれ。


 やべぇ、カッコいい! 

 超すげぇぜ!


 予想外の事態で完全に混乱してしまった俺だが、千尋さんの身に起こっている変化は、まだ続いている。


 全身から立ち上る闘気が高まると同時に、千尋さんの着ていた安っぽいジャージが、もう耐えられませんとばかりに消し飛んだ。一瞬、下着のみになったかと思った次の瞬間、闘気が千尋さんの身体を包み込み、その肢体を美しい獣の毛が覆う。


 その風貌は、どこか百獣の王を連想させた。


 それだけではない、獣の毛皮に覆われてはいるが、その下で、ただでさえ鍛え抜かれていた千尋さんの身体が、更に肥大化していくのが分かる。元々かなり背の高い千尋さんだが、印象としては更に一回りも、二回りも大きくなった気がした。


 そのまま千尋さんからあふれ出す闘気は、肩や胸、そしてその四肢で凝縮し、まるで堅牢な防具のように、固着した。まさに闘う戦士の装備、とでも言うべき姿だ。


 そして千尋さんの瞳が、まさに肉食獣のような、獰猛どうもうな色に染まる。


「破壊王獣レオリア!」


 人の姿をした獣と化した千尋さん……、いや、破壊王獣レオリアが、まさに獣のように、獅子のように、気高く吼えた。


「それじゃ~、ワタシも~」


 最後に動いたのはマリーさんだった。


英知えいち解放かいほう~!」


 マリーさんらしく、のんびりと声を上げると同時に、両手をパタパタと振る。


 次の瞬間、空間が裂けた。


 ……へ?


 そう、空間が裂けた。他に言いようもなかった。


 マリーさんの周囲に、幾つもの裂け目が見える。

 まさに裂け目だ。黒い裂け目が、中空に浮いている。


 よく見ると、マリーさんがなにやら手のひらサイズの機械を握りしめているのが、確認できた。


 もしかしてあの機械が、この現象の原因なのだろうか……? 

 俺が回らない頭で考えてる間にも、どんどんと事態は進行していく。


 続いてその空間の裂け目から、幾つもの機械のパーツが、次々と溢れ出てきた。大きさも形も様々だが、その一つ一つが自律し、蠢き、集い、マリーさんの背後で、巨大な銀色の塊となった。


 そのままその機械の塊は前進して、マリーさんの身体を飲み込む。


 マリーさんを前面にめ込むように組み込むと、機械から触手のようなコードが伸び、マリーさんの身体をしっかりと固定した。


 イメージとしては、マリーさんは船の船首に取り付けられた女神像といった感じだろうか? グロテスクにも見える巨大なメカに組み込まれたマリーさんは、不思議な美しさを醸し出している。


 最後にマリーさんを取り込んだ機械の塊が、多数の足のようなパーツで自立して、マリーさんごとその巨体を持ち上げた。


「無限博士~、ジーニア~!」


 最後にマリーさん……、いや、無限博士ジーニアの気の抜けた声が響くと同時に、彼女の背後で機械の山から、大量の蒸気が噴き出した。




「…………」


 目の前で起きた、超常的な現象を前に、俺は完全に言葉を失っていた。

 しかし、声も出ない理由は、それだけではない。


 俺は、はっきり言って喧嘩もしたこともない素人だが、これから目の前で一体なにが起こるのか、本能的に分かった。分かってしまった。


 最初に動いたのは、悪魔元帥デモニカへとその姿を変貌させた、契さんだった。


「シッ!」


 短く息を吐くと共に、右手の鞭を横なぎに振るう。その僅か一瞬、振るわれた鞭の根本で、小さな魔法陣が展開したのを、俺は確かに見た。


 次の瞬間、鞭は青く輝くと同時に、明らかにこれまでより長大に伸びて、かなり離れた距離にいた破壊王獣と化した千尋さん、そして無限博士と名乗ったマリーさんに襲い掛かる。


 鞭は凄まじい速度で、まずは千尋さんに向かっていく。


「よっと」


 しかし俺にはかすんで見える鞭の先を、千尋さんは最小限の動きで、余裕を持って避ける。

 かわされた鞭は、そのままマリーさんへと向かうが……。


「バ~リ~ア~」


 気付けばいつの間にか、マリーさんの周囲を薄赤い膜のようなものが覆っている。


 契さんの鞭は、凄まじい速度でそのバリアとやらにぶち当たると、硬質な音と共に弾かれた。次の瞬間、マリーさんのバリアは、切り裂かれるように消えてしまう。


 折角繰り出された鞭による攻撃だが、千尋さんには躱され、マリーさんには防がれてしまった。


 だがしかし、どうやら契さんは、それすら全て、折り込み済みだったようだ。


 右手の鞭を振るうと同時に、空いている契さんの左手とその背後に、幾つもの大小様々な魔方陣が展開されたのを、俺は見ていた。


 千尋さんが鞭を躱し、次の動作に移れるまでの、僅かな瞬間。

 マリーさんのバリアが消えた、その刹那。

 

 まさにその、瞬きするより短い瞬間を狙って、魔方陣から幾つもの光弾が飛び出し、二人を襲う。


「ぬわっと!」

「あらら~」


 千尋さんは咄嗟に両手で顔を庇うも、数発まともに被弾し、そのまま弾丸の勢いに流されるように後方に吹っ飛んでいく。


 マリーさんは背後の機械が多脚を動かし、慌てて攻撃を避けようとするが、その巨体では完全に避けることはできず、マリーさん本人に光弾が当たらないように、契さんに背を向けるのが精一杯のようだった。


 契さんの展開した魔方陣からは、延々と光の球が射出され続けている。


 切れ目なく、流れるように撃ち出される弾丸は、その青い光と相まって、まさに豪雨のように千尋さんとマリーさんを襲う。契さんの攻撃を受けている二人の周辺、その光りが着弾した地面が、深く抉られてることからも、その小さな光の弾丸一つ一つに、凄まじい威力が込められているのが分かる。


「って、大丈夫なのかよ、あれ!」


 つまり、とんでもない威力を持った弾丸を、千尋さんとマリーはその場で浴び続けているのと変わらない……、ということだ。ガトリング砲をその場で受け続けていると言ってもいい。


「なに言っとる。まだまだ、これからじゃろうが」


 しかし、本気で二人の身を案じる俺に、祖父は軽い口調で返す。


 そしてその言葉は、まさに正しかった。



「どりゃっ!」


 気合一閃。弾丸の嵐から、千尋さんが強引に抜け出した。


 滝のように押し寄せる弾丸の圧力で、流石に動けないかと思いきや、自らの身体能力にモノを言わせて、凄まじい速度で強引に飛び出したのだ。


 そう、速い。速すぎる。


 光の弾が弾かれたことで、千尋さんがそこから抜け出したことだけは分かったが、そう思った次の瞬間には、千尋さんはこの野球場より広いドームの中央から、一瞬で壁際まで移動してしまった。


 人間の動きではない。

 人間の認識できる動きではない。


 契さんも魔方陣を操り、なんとか再び千尋さんを捉えようとするが、契さんが恐らく思考で操っている魔方陣の動きよりも、千尋さんの肉体的な移動速度の方が、圧倒的に速い。


 というよりも、速すぎる。


 ドームの端から端へと一瞬で到達し、そのあまりの速度に千尋さんが走り抜けた地面が抉れ、壁際で動きを切り返せば、衝撃波でドームの壁が破損してしまっている。


 その動きを点で捉えるのは不可能と判断したらしい契さんが、即座に千尋さんへと向けていた魔方陣の布陣を変え、更に幾つかの魔方陣を追加で出した。マリーさんへの魔方陣による攻撃は、そのまま続行している。


 そして今度は面で捉えようと、大量の光弾を広範囲に向けて、一斉に撃ち出した。

 連射性能を下げた代わりに範囲を広げた……、といった感じだろうか。


「遅い遅い!」


 しかし、まさしく雨のように降り注ぐ光弾も、千尋さんを捉えきれない。

 弾丸落ちる微妙な速度の差を見切り、避け、躱し、進む。


 決して小さくはないその身体で、降り注ぐ光弾の雨あられに触れることなく、見事なステップで契さんへと接近していく。


 しかし、ここで俺は千尋さんの行動に、少し疑問を持った。


 なんで、わざわざ全部避けるんだ?


 千尋さんは最初に数発、モロに弾丸を喰らい、その後も光弾を受け続けていた。そしてそこから無理矢理抜け出しすことにも成功している。


 つまり、あの光弾は、千尋さんに致命的なダメージを与えることはできなかったということになる。あんなに丁寧に避けなくても、一直線に契さんに向かえばいいと思うのだが……。


 「……あれ? なんだ?」


 そして、俺は見た。

 人の眼に捉えられないような動きをしてるはずの千尋さんを、確かに見た。

 千尋さんの、その獣毛に包まれた足が光ってるのを、しっかりとこの目で。


 なんて、俺が少しばかり思考を巡らせている間にも、状況は急速に動いてた。


 光弾の雨は、多少の足止めにはなったが、それはつまり、結局は足止めでしかないということだ。千尋さんが遂に、その強靭な足で飛び掛かれば、一息で契さんに届く距離まで迫る。


「チッ!」


 契さんは小さく舌打ちをすると、全ての攻撃を止め、展開していた魔方陣を幾重にも重ねて、千尋さんの方へと向けた。


 千尋さんは、契さんへ向かい、地面を全力で蹴り出し、飛び、同時に右腕を引き絞る。その瞬間、彼女の足で輝いていたなにかが、その右腕へと移動したのが、確かに見えた。


「どっせーい!」


 そしてそのまま、拳を前に突き出して、千尋さんは凄まじい勢いで、前方へ突き進む。契さんに到達するまで、まだかなりの距離が残っていたが、右手を突き出した格好のまま、恐ろしいスピードで突進して行く。


 そしてそのまま、契さんの展開した魔方陣の束と、千尋さんの輝く拳が、正面から激突した。


「……!」


 次の瞬間、千尋さんの拳が凄まじい勢いで、契さんの展開した分厚い魔方陣の束を、次々と突き破って行く。


 だが、契さんは冷静に自ら後方に飛ぶと、最後の魔方陣にぶつかった相手の勢いを利用して、更に千尋さんから距離を取ることに成功した。


 どうやら最初から、最後の魔方陣による防御が本命で、その前に配置したものは全て、千尋さんの勢いを削ぐことこそが目的だったようだ。


「へっへー、やるな!」

「……」


 楽しそうに笑いながら視線を送る千尋さんを、契さんは黙って睨む。

 数瞬、二人の視線が絡み合う。


 そう、二人の、だ。

 つまり、残った一人から完全に目を離したということになる。


 次の瞬間、二人の足元から突然、機械のケーブルのようなものが飛び出し、契さんと千尋さんを素早く拘束してしまった。それと同時に、二人の身体に電気のようなものが流されたのが、見てるだけの俺にも分かった。


 というか、なんか目に見えて、光ってるんですが!


「くううううううう!」

「あばばばばばばばば!」


 悲鳴を押し殺す契さんと、盛大に叫ぶ千尋さん。


「ワタシのこと忘れるなんて~、油断しすぎじゃないの~?」


 そんな二人に、のそりと起き上った機械の塊から、マリーさんが不敵に告げる。


 契さんが千尋さんの攻撃を防ぐために、全ての魔法陣を防御に回したため、マリーさんへの攻撃も同時に止んでしまっていたのだ。


「それそれそ~れ~!」


 よく見れば、その機械からケーブルが伸び、地面へと突き刺さっている。

 おそらくあれが地下を突き進み、二人の足元まで伸びているのだろう。


 契さんの攻撃を受け続けていた機械の塊は、かなりのダメージを受けているのが見て分かる。一見してボロボロになっている部分も、多々あった。

 しかし、その壊れた部分は、目に見えるスピードでどんどんと元に戻っていく。壊れた部分を周囲の機械が、凄まじい勢いで自己修復しているのだ。


「油断、しだ、ぜ!」


 千尋さんの腕に集まっていた光が移動し、全身に万遍なく行き渡ると同時に、千尋さんは突然の感電に耐えられるようになったようで、叫ぶのをやめて、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。


 どうやらあの光に、千尋さんが発揮している、凄まじく人間離れした身体能力の秘密があるようだ。


「…………!」


 契さんは、目を閉じ、なにやら集中しているように見える。

 身体中を流れる電撃を無視しての集中なんて、俺には想像もできない。


「ふっ!」


 千尋さんが気合を込めて。全身に力を入れたのが、見て分かった。

 次の瞬間、彼女に電気を流していたケーブルは、あっさりと千切れ飛ぶ。


「はっ!」


 契さんが目を見開くと共に、身体中に不可思議な紋様が浮かぶ。

 同時に青い光が走り、その身を拘束していたケーブルは吹き飛んだ。


「まだまだ行くわよ~!」


 だが、マリーさんは攻撃の手を緩めない。彼女と繋がっている巨大な機械の山の中から、ケーブルの先に取り付けられた大きな銃口のようなパーツが、何本もニュルニュルと蠢き出したかと思えば、そこから一斉に。レーザーが発射された。


 そう、レーザー。

 まさしく光線である。


 ニョロニョロと蛇のように動き回るレーザー砲は、辺り構わず不規則な動きで、契さんと千尋さんの周囲を焼き払っている。しかも多脚を活かした不規則な動きも交えて、自身への接近を防ぐと同時に、射線を読まれないようにしている。


 ……もうこれくらいなら、なんだか普通に思えてしまう自分が嫌だ。


「……ッ!」


 契さんは再び魔方陣を展開し、地面を焼き切り、ドームの壁を溶かすほどのレーザー攻撃を、完璧に防いで見せた。


「よっ! とっ! はっ!」


 千尋さんは再び闘気を足に込め、光の速度なはずレーザーを、見事に全て躱してしまっている。


「一体、どうなってるんだよ……」


 完全に脳ミソの許容範囲を超えた現実を前にして、俺の口から驚きがこぼれ出る。


 人知の及ばぬ戦闘は、呆然とする俺の目の前で、まだまだ続くのだった。


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