1-3


「……悪の組織?」


 もう一度、俺のまぬけな声がむなしく響く。


「そう、悪の組織じゃ! 世界を手にし! 世界を思うがままにする! それこそが我らが野望! そのために、我らは立ち上がった!」


 目の前の自称祖父を名乗るポンコツロボット……、いやもう祖父ロボでいいか。


 祖父ロボは、そのへんちくりんなシルエットのボディで、一々いちいち大げさなポーズなぞ決めている。異様にテンションが高い。正直、恐い。


「見よ! 我ら悪の組織ヴァイスインペリアル! その頼もしき精鋭たちの姿を!」


 祖父が一層声高こわだかに叫んだその瞬間、暗闇に包まれていたこの空間に、光がともる。



 そこには、ざっと見て千人は超えるであろう、全身タイツを着込んだ人々が、広大な空間にゾッとするほど整然と、ひしめいていた。



「ジーク! ヴァイス!」


 その千を超える全身タイツ集団が、一斉に大音声だいおんじょうを張り上げたかと思えば、一糸乱れぬ動きで、見事に敬礼を決める。


 ……やだ、こわい。


 周囲が明るくなったことで分かったが、俺が拘束されている椅子は、その集団から見るとかなり高い位置に、それこそ玉座のように、鎮座ちんざしていた。


 そのため、この何処だか分からないが、異様に広い空間の奥の方まで、全身タイツがみっしり詰まってるのが、よく見える。


 全身タイツ集団は、顔まで全てすっぽりと隠した、まさしくザ・全身タイツ姿なので、個々の顔までは、判別することができない。


 しかし、その黒地に白い線で模様が描かれたタイツから浮かぶボディラインから、男性だけでなく、かなりの数の女性も、その集団に居るのだけは分かった。


 なんだ、この変態集団。

 俺の脳ミソは、ショート寸前だった。


「それでは、我らが最高幹部を紹介しよう!」

「かんぶ?」


 幹部。

 幹部かー。そうだなー。悪の組織だもんなー、幹部だっているよねー。

 俺の脳ミソは、ダウン寸前だった。



「悪魔元帥デモニカ!」

「はっ!」


 祖父ロボの声に合わせて、俺が拘束されている玉座へと、それこそ王様に謁見するように、その最高幹部と呼ばれた人物が、優雅に階段を上ってくる。


 玉座がかなり高い位置にあるため、変態集団の最前列の様子は、死角になって見えていなかった。


 俺は、気を引き締めなおす。


 どんな奇天烈きてれつな奴が出てくるのか、分からない。これ以上の脳へのダメージは、深刻な障害をもたらす可能性がある。


 俺は心の予防線を、限界まで引き上げ、精神的な防御を固める。


悪魔あくま元帥げんすいデモニカ、ここに」


 りんとした、そして透き通るような涼やかな声が、俺に届く。


 俺の眼前に現れたのは、美しい女性だった。


「……え?」


 俺より年上だろう。


 成熟し、非常にメリハリのあるボディを強調するような、扇情的なボンテージファッションにその身を包んだ、長髪の女性だ。


 しかし、そんな普段の純情な俺なら直視できないような、エロス満開な格好よりも目を引いたのは、その女性の肌だった。


 青い。


 まるで海を思わせる、美しい、透き通るようなマリンブルーの肌。一目で人外を思わせる、異界の美しさが、そこにはあった。


 一瞬ボディペイントかと思ったが、そんな疑いを吹き飛ばす、確かな説得力が、現実感が、そこにはある。


 彼女の金色の瞳が、なにかを懐かしむような、なにかを求めるような、不思議な感情を乗せて、俺を射抜いた。その整った美貌を正面から向けられて、俺の身体は、思わず固まってしまう。


 心の予防線はあっけなく、その美しさの前に崩れ去った。



破壊はかい王獣おうじゅうレオリア!」

「あいよっ!」


 続いて祖父の声に答え、階下から凄まじい勢いで、なにかが飛び上がる。


 突然黒い影が下からジャンプしてきたかと思ったら、なんとそのまま、玉座のかなり上方まで飛び上がってしまった。


 その影は、そのまま空中でクルクルと高速で回転した後、俺の目の前で、見事な着地を決めて見せる。


「破壊王獣レオリア! ここに参上!」


 元気な、弾むような声が、俺に届く。


 俺の眼前に現れたのは、やはり美しい女性だった。


「……え?」


 快活かいかつな印象のため若く見えるが、やはり俺より年上だろう。


 鍛え抜かれた素晴らしい筋肉を全身に纏い、見る者に、まるで完璧な彫刻を見ているような、鮮烈な美を印象付ける。


 だが、その身体は筋肉に凝り固まっただけの肉塊にくかいではなく、女性らしい柔らかさと見事なプロポーションも同居していた。


 しかし。なにより目を引いたのは、その身体を覆うライオンのような毛皮だ。


 全身を美しく覆うその毛皮は、確かに彼女のその美しい肢体から、直に生えているように見える。


 太陽のような笑顔をこちらに向ける彼女の、まるで猛獣のような瞳に、自らが生贄の羊になったかのような錯覚が、俺を襲う。


 生物としての、絶対的な強さに裏付けされた圧倒的な存在感に、畏怖すら感じる。



無限むげん博士はかせジーニア!」

「はぁ~い」


 そして更に、なんとも間延びした、しかしなんとも甘ったる声が、俺に届く。


 なにやら機械的な駆動音が聞こえたと思うと、階下からまるで、動く小山といった風情の、巨大な多脚メカの前面に埋め込まれた女性が、ゆっくりと上ってきた。


「無限博士ジーニアで~す。よろしく~」


 俺の眼前に現れたのは、またしても美しい女性だった。


「……え?」


 前の二人に比べると、かなりスレンダーな体型だが、そのアンニュイな表情から、ふわりと大人の色気を感じさせる。


 やはり、俺よりも年上だろう。


 白衣の下に、申し訳程度のタイトな服しか着ていないのだろうか? パッと見た感じでは、白衣以外なにも着ていないように見えてしまう。


 胸もお尻も、かなり厚みが足りないが、白衣からスラリと伸びたその美しい脚は、ドキリとするような色気で輝いて見える。


 その全身から発せられる、気だるげな空気が、どこか退廃的な、怪しい魅力を醸し出していた。


 しかし、全体の印象としては、彼女自身よりも、どうしてもそんな彼女が埋め込まれている機械の山の方に、目が行ってしまう。


 彼女は、その美しい肢体を、その巨大な機械の内部にまでめ込んでいた。


 銀色の山に埋まった肌色、というのが、視覚的な印象だ。


 眠たげな表情をしているが、メガネの奥の瞳からは溢れ出る知性を感じさせる。

 恐らく彼女が、あの祖父ロボを作った張本人であろうと、俺は直感した。



「そしてワシが! 悪の大総統! いやさ元大総統! ゲルカイザーである!」


 そして最後に祖父ロボが、そのポンコツボディを盛大に動かして、ド派手な決めポーズを決めた。


「そして! おぬしこそ! 次代の大総統! 悪の組織を継ぐ者! ネオゲルカイザーなのじゃ!」



 そして俺に向けて、なんだかよく分からないことを言い出した。


「…………はぁ?」


 なにやらトンデモないことを言われた気がするが、すでに脳の許容量を軽くオーバーしていた俺は、気の抜けた返事を返すことしかできない。


 現実逃避とも言う。


「幼少の頃より、ワシ直々に鍛え上げたその才! 存分に発揮してもらうぞ! 予定よりはちと早いが、なぁに、我々が全力でサポートするで、問題ないわ!」


 いえ、大問題だと思います。


 って、ちょっと待て。待ってくれ。待ってください。


「幼少から鍛え続けたってナニ?」


 じいちゃんにそんなトンチキなことをされた覚えは、微塵もないが……。


「うむうむ。幸いにしてお前は、ワシによく懐いてくれたからの。ワシらが用意した将来の悪の大総統育成キットを使って、お前の才能を秘密裏に伸ばし続けるのも、実に容易じゃったわい!」

「ちょっと待てジジイ」


 おっといけない。思わず乱暴な言葉づかいになってしまった。落ち着け俺。

 これは、なにかの間違いさ。間違いだと言ってくれ。言え。


「なんだその、将来の悪の大総統育成キットって!」

「ワシのうちに、お前が見てもよくわからん置物とか玩具とか、なんか動物のはく製とか、色々あったじゃろ? あれ」

「あっさりと答えるなよ! なんだよそれ! 俺は、なにも知らないぞ!」


 のほほんとした口調で、当たり前みたいな顔している祖父ロボのせいで、俺の脳ミソが最大限のアラートを鳴らしている。まずい、色んな意味で、まずい。


「いやだから、ワシの家にあった様々な玩具は、ジーニアが開発した潜在能力を覚醒させるための学習装置じゃし、海外の調度品みたいなものは、デモニカの家から提供された魔素エーテルへの適応を高めるための魔法道具マジックアイテムじゃし、獣のはく製は、おぬしに眠る原初の力を目覚めさせるために、レオリアが狩ってきた生贄の数々なんじゃよ」

「意味が分らないんですが?」


 潜在能力の覚醒ってなんだ?

 魔素ってなんだ?

 原初の力ってなんだ?


「あぁ……、俺の思い出が……」


 優しい祖父の家で、楽しく遊んだ思い出が……。

 何度も何度も過ごしてきた、四季折々の美しい思い出が、ガラガラと……。


「あぁ、それからお前、ワシの家の庭で遊ぶのとか好きじゃったじゃろ? あれも肉体の成長を促進するための、基礎訓練じゃったから」

「……あっ、そう」


 思い出が、なにか俺の中の大切な部分と一緒に、ガラガラと崩れ去ってしまった。


 どうしよう、割と死にたい。


「ふ~む。なにやら随分と疲弊ひへいしとるようじゃの」

「精神的な意味で言うなら、まったくその通りです……」

「うむうむ、今まで知らなかったことを知ると言うのは、言うはやすいが、その実、なかなかに大変なことじゃからな! お前のためを思ってしたこととは言え、全てを秘密にされていたのは、確かに辛かったことじゃろう!」


 いえ、辛いのは秘密にされてたことじゃなく、なんかこう……、どうしようもない真実を知らされたことです。


「そうじゃな……、ではこうしよう! 今度はお前の方から、ワシらに質問するがよかろう! 今ならおぬしの問うたことに、なんでも答えてやるぞ!」


 記憶の中の祖父の表情そのままに、なんだかいい笑顔でこちらに向き合ってくる祖父ロボに、確かに言いたいことは、山ほどあった。



 お前、本当にじいちゃんかよ! 

 ただのポンコツロボにしか見えないだろうが! とか。


 悪の組織ってなんだよ! どんなコスプレ集団だよ! 

 どんな活動して組織運営が成り立ってるんだよ! とか。


 総統ってなんだ? 自分のことを悪の大総統なんて言っちゃうって、あんた一体これまでの人生でなにしてたんだよ! とか。


 最高幹部が全員際どい格好の美女ってなに? 趣味? 趣味なの? 変態なの?

 亡くなった婆ちゃんが泣いてるぞ! とか。


 子供の時から、俺を悪の組織のために育成してましたってなんだよ! 

 子供の頃の俺が泣いてるんだよ! 思い出を返せよ! 返せよぅ! とか。


 しかし、度重なる常識外の展開の連続に、最早もはや精神的な死を迎えたと言っても過言ではない俺に、言える言葉は、一つだけだった。



「明日も学校あるんで、もう帰らせてください……」



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