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 祖父が亡くなった。



 突然,、こんな個人的な話で申し訳ないが、少しだけ付き合って頂きたい。


 俺の名前は十文字じゅうもんじ統斗すみと。ただの高校二年生だ。




 早くに妻を亡くした祖父は、豪邸と言っても差しつかえない、大きな日本家屋に、たった一人で住んでいた。なにやら昔は大変な仕事をしていたらしいのだが、俺はそのことについては、よく知らない。


 一人息子である俺の父親とは折り合いが悪く、同居はしていなかった。


 一緒に暮らしてこそいなかったが、家が近所だったこともあり、俺は赤ん坊の時から、両親が忙しい時などは、よく祖父の家に預けられていた。


 そのせいか、俺にとって祖父の家は、大変居心地が良く、物心ついてからも、自分からよく祖父の家には、遊びに行ったものだ。


 綺麗に整えられた大きな庭は、子供にとって格好の遊び場だったし、大きな和室が無数にあると錯覚してしまうほどの広い家も、俺にとって最高の遊園地だった。


 祖父は、どうやら相当の好事家だったらしく、自分の家に珍しい品を色々と集めていたのも、また俺を楽しませてくれた。


 純和風の邸宅に似合わない、不思議な洋風の民芸品や調度品。

 本物の虎の敷物や、鹿の頭などといった動物のはく製。

 最新の電化製品や玩具まで、無秩序かつ大量に。


 祖父と共にそれらで遊ぶのが、子供の俺には、なによりの楽しみだった。


 祖父は、いかにも頑固ジジイといった風貌で、実際その通りだったが、孫の俺には甘く、それこそ毎日毎日、日が暮れるまで祖父と遊んだことは、俺にとって、幼少期の楽しい思い出の大部分を占めている。


 御多分にれず、俺にも訪れた反抗期の時などは、よく祖父の世話になり、家に泊めてもらって、夜遅くまで色々な話をしたり、祖父の集めていた不思議な海外のゲームで、夜が明けるまで遊んだりしたものだった。


 両親が共働きで忙しかったということもあるが、俺の楽しかった思い出の大半は、祖父とのものだ。認めてしまうのは、なんだか恥ずかしいけれど、俺は相当の、それも筋金入りの、おじいちゃん子なのだと思う。



 そんな祖父が、突然亡くなった。


 

 死因は、心不全。

 自宅近くの路上で倒れているのを、近所の人に偶然発見された。


 俺はそれを、家で呑気のんきに夕飯を食べている時に知った。



 一言で言ってしまえば、ショックだった。



 世界が突然、グルグルと渦を巻き、脳ミソの芯が冷え、腹の奥に黒いヘドロが絡みつき、思考が鈍り、耳が遠のき、視界が歪んだ。


 記憶が混濁こんだくし、過去の楽しい思い出が、チラチラと脳内で舞い散る。



 葬儀が始まった。



 意識が白濁とし、目の前の景色から現実感が薄れる。



 棺が出棺され、火葬場へと向かう。



 時間の感覚すら曖昧になり、一秒が一時間のようにも、一時間が一秒のようにも感じる。涙すら流れない。自分がまるで人間ではなくなってしまったような、気味の悪い吐き気が、腹の底にズンズンと溜まっていくのが分かった。



 火葬が終わり、小さな骨壺に詰められた遺骨を、先祖代々の墓へと収める。



 人はいつか死ぬ。なんてことは知っていた。

 そう、俺はそれを知っていただけで、まるで分かっていなかった。


 少なくとも、自分の知ってる人間が死んでしまうなんてことは考えもせず、永遠にこのまま、楽しい時間が続くのだと、本気で信じ切っていた。



 人は死ぬ。

 そして死んでしまった人間とは、もう二度と会えない。

 そんな単純なことを、俺はまるで、まるでなにも、分かってはいなかった。



 祖父が亡くなってから、もう一か月が経とうとしている。


 

 慕っていた祖父の死は、俺に大きなショックを与えた。


 こうして学校帰りに一人で、祖父の入った墓の前に立ってしまうくらいの感傷を。



 夕焼けの中で、祖父の墓前に立てば、過去の思い出ばかり振り返ってしまう。


 だから仕方ないのだ。


 背後から迫る不穏な影に、俺が気付かなくても。


「じいちゃん……」


 だから仕方ないのだ。


 すぐそこにまで迫った影が、高く、高く振り上げた腕に、俺が気付かなくても。


「……ぶべら!」


 だから仕方ないのだ。


 背後から突然振り下ろされた、その一撃に、俺が思いっきりぶっ飛ばされて、ご先祖様が眠る墓に、遠慮もクソもなく、顔面から思いっきり激突しても。


 俺の意識は、そこで途切れた。




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