13-16


 それはまさに、一瞬だった。


「――ぐうっ!」


 瓦礫の中で、ただ棒立ちしていただけのマモンの姿が、突然、まるで掻き消えるように揺らいだ次の瞬間、こちらとの距離を刹那で縮め、放たれた悪魔の一撃を、俺は片腕で受けるのが、精一杯だった。


 それが飛び蹴りだったと確認する暇もなく、マモンは俺の右腕を足場にして、こちらに絡みつくように、今度は反対の足で蹴りを放つ……、のは分かっている!


「調子に、乗るな!」

「ふむ?」


 自らの超感覚を信じて、俺は左手で相手の蹴りをさばき、自由になった右腕を使って、相手の胴体に向けて、思い切り拳を突き入れる。


 魔素エーテルによる障壁に防がれることも、命気プラーナによる防御を受けることもなく、俺の拳は、まともに、完璧に、確実に、相手の真芯を捉えた……、はずなのだが……。


「どうやら、防御面は及第点のようだな」

「くっ!」


 鈍い衝撃音と共に、普通なら致命傷にだってなり得るはずの一撃が、完全に直撃したにも関わらず、マモンは悲鳴を上げるどころか、眉一つ動かさい。


 そのまま素早く、突き出された俺の腕を取って、無造作に間接を捻じ曲げようと仕掛けてきた。


「この!」

「おっと、なかなか難しいな」


 悪魔の手を強引に振り払い、その勢いを使って放った俺の上段蹴りは、見事にマモンの頭部を弾き飛ばしたのだが、こちらも目立った効果が無い。


 大きく後退したマモンは、平然とした態度で、仕切り直しとばかりに、再びこちらに向かって、飛び掛かってくる。


「もう少し、大胆に動くべきかな?」

「この! 舐めるな……!」


 魔素や命気をまったく使おうともせず、ただ自らの改造された肉体の性能を確かめるように、強引とも思える攻撃を行う悪魔に対して、俺は冷静に、迎撃を行う。


 大振りで放たれた悪魔の拳を、タイミングを合わせて避け、カウンターとして、ありったけの命気を込めた拳を、全力で叩きこむ。


 しかし、効果なし。マモンは殴られたことなど意にも介さず、無理矢理に距離を詰めてくると、そのまま鋭い回し蹴りを放とうとしている。


「――っ!」


 蹴りを放つために、俺の方に向けて、悪魔が背を向ける。


 その一瞬の隙をついて、無防備なタイミングでさらされた敵の背中に向けて、俺は、あらかじめ展開していた魔方陣に新たな構成を加え、最大威力の魔弾を放つ。


 だが、これも効果なし。魔弾は正確に、相手の背中を直撃したが、悪魔の着ている高級スーツに穴を空ける程度の効果しか、上げられなかった。


「チッ!」


 俺の攻撃など完全に無視して、マモンはそのまま、背中に生えた黒い翼をひるがえし、凄まじい勢いで、回し蹴りを強行してくる。


 咄嗟に姿勢を低くすることで、その攻撃は避けられたが、このままでは、まずい。本当に全起ぜんきの時と同じだ。ノーマルのカイザースーツでは、火力が足りない!


「くそ!」

「ほう、そう動くか」


 このまま近接戦闘を続けても、ジリ貧になるのは、目に見えていた。


 俺は咄嗟に、足元の地面に魔方陣を展開し、爆発させる。


 それと同時に、蹴りを放ち終えたマモンの身体を踏み台にして、大きく後ろに飛び退くことで、距離を稼ぐことにする。


 仕切り直しではないが、少しでも時間を作って、この状況を打破できるだけの策を練る必要があるからだ。


 ……というのは、こっちの都合で、悪魔がそれに付き合う義理は無い。次の瞬間、なにが起きてもいいように、決してマモンからは目を離さず、俺は警戒を強める。


「ふむ……。確かに改造によって、身体能力は向上しているし、この耐久力も大したものだが、それだけで貴様を倒しきるのは難しそうだ。やはり及第点だな」


 松戸まつど博士が最高傑作と言い残した改造を、あっさりと、バッサリと切り捨てると、マモンはつまらなそうに、ため息を吐いた。


 そして次の瞬間、その身体からは、恐ろしい量の命気が溢れ、同時に悪魔の意識がゾワゾワと、周囲の魔素へと伸びていくのを感じる。


 あぁ……、クソ! 分かってる! ここからが本番だ!


 だから、ひるむな! 脅えるな! すくむな! 震えるな!


 この現実から……、逃れられない死の予感から、目をらすな!


「さて、新しい玩具の動作テストに付き合わせて、申し訳なかったな。結果はご覧の通りイマイチで、退屈させてしまったが、どうか安心して欲しい……」


 必死に自分を鼓舞することしかできない俺を、面白くもなさそうに眺めながら、悪魔はゆらりと、小さく揺れた。


 それだけで、俺の心臓は無様ぶざまにも縮み上がり、全身の血液が、冷たくにぶる。


「これからしっかり、殺してやろう」


 ――来る!


 なんて、心の中で考えている暇すら、無かった。


 認識が追いついた時には、すでに悪魔は肉迫し、こちらに向けて、凄まじい命気が込められた拳を振るっている。


「――ふざ、けんな!」


 あらかじめ用意していた魔方陣で迎撃しようにも、マモンがチラリと視線を向けただけで、その全てがバラバラに分解されてしまった。俺の魔術構成が、悪魔の介入に抵抗できなかっただけ……、ということなのだろうが、こんなの出鱈目だ!


 俺は悪態と共に、腹に溜まった恐怖を吐き出しながら、なんとか回避行動に移ろうとするのだが、すでに状況は、極限まで悪化している。


「くっ……、そっ、がっ!」


 途方もない命気が込められた拳が繰り出されるのと同時に、悪魔の意識が周囲の魔素に干渉し、奴の敵意が、そのまま複数の刃となって、変幻自在にこちらを襲う。予備動作もタイムラグも無い上に、一撃一撃が致命傷になりかねない威力を秘めていると、俺の超感覚が、最大限の警告を発していた。


 そして、その全てをかわすのは、どうやっても不可能だということも。


「つっ! くっ、うぅ……!」


 最悪の取捨選択。


 今この瞬間に死ぬことだけを避けるため、ただ少しでも受けるダメージの少ない方に逃げるという、先の無い動きを取ることしかできない。


 ギリギリでマモンの拳を避けることには成功したが、その代わりに、見極め辛い軌道を描く魔素の刃が、カイザースーツをかすめ、引き裂く。複数で不規則な動きをしている刃の群れを避けきることは難しく、あっという間に切り刻まれる。


 そう、カイザースーツの装甲をもってしても、敵の攻撃を受けきれない!


「さて……、どうする? シュバルカイザー」

「くっ!」


 無数の刃を、目にも止まらぬ超高速で自在に操り、それと同時に、命気が凝縮された四肢を使って、激しい格闘を行いながらも、マモンには、ゆったりと口を開く余裕があるらしい。


 こっちはもう、うめき声を上げるので、精一杯なんだよ!


「ふむ、それは悪手だ」

「がっ!」


 まともに受ければ、そのまま俺の身体を両断しそうな蹴りを強引に避けた結果、待ち受けていた刃に、太ももを半分ほど切り裂かれる。しかし、切断されたわけではない。即座に命気を巡らせ、動けるようにするが、遅すぎる。


 悪手? ふざけるな。俺の超感覚は、常に最善を選択し、俺は忠実にそれに従い、寸分の狂いすらなく、その選択を実行している。


 これが悪手というのなら、俺はとっくに、死んでるんだよ!


「――っ!」

「憐れだが、それは効かない」


 足を治癒するために、動きが鈍ったことをカバーしようと、魔方陣から雷を放つが、マモンに触れる前に、奴が再び展開した障壁に阻まれ、霧散してしまう。


 だが、それは想定内だ。せめて雷と同時に放った閃光が、目くらましになれば、少しでも時間が稼げる……、はずだった。


「当然だが、その目潰しも、意味がない」


 儚い望みは、あっさりと断たれ、マモンの猛攻は、一瞬たりとも途切れない。


 気を抜けば死……、なんて状況は、とっくの昔に過ぎ去った。もはや俺の行動は、少しでも生き長らえることだけに終始する、ただの悪足掻わるあがきと成り果てた。


 悪魔に対して、俺の魔術では歯が立たない。まるで死神の鎌を、首元に突き付けられたのと同じだ。死を避けるためには、こちらの動きは強烈に制限されてしまう。


 その上で、無数の人間から奪った命気を使い、自らの身体能力を強化し、例えその指の一本が触れただけでも、俺の肉体がカイザースーツごと弾け飛ぶだけの破壊力が込められた奴の攻撃を、例え万全でも、俺はまともに受けることができない。


 そもそも、魔素や命気を抜きにしても、松戸博士によって改造された奴の肉体を、このままでは全力で攻撃しても砕けないという問題は、なにも解決していないのだ。


 確かに、気を抜けば、俺は死ぬだろう。

 だが、気を抜かなくても、俺は遠からず、死ぬことになる。


 事態はジリ貧を通り越して、すでに袋小路に陥っていた。


 判断を間違ったわけではない。

 選択を誤ったわけではない。


 それでも、今の俺では、この状況を、結末を、くつがえすことができない!


「終わりだ。死ね」

「――っ!」


 躱せない。

 避けられない。

 逃げられない。


 声も上げられない。

 後悔なんて、する暇もない。 


 俺に死を告げる一撃が、まるでスローモーションのように、ゆっくりと、ゆっくりと見えるのは、極限まで追い込まれた脳ミソが、この刹那にも満たない時間を引き延ばし、僅かな時間でも、生きていることにしがみついているからだ。


 これこそ、まさに悪足掻き。極限まで処理速度を上げてしまった脳ミソは、空回りするばかりで、現実として俺の身体は、一ミリだって動けない。


 どうしようもない。

 どうしようもない。

 どうしようもない。


 カラカラと空回りするだけの脳ミソでは、逆転の一手など、どうしたって思い付くはずもなく、ただただ虚しく、無意味な思考を繰り返す。


 ああ……、俺の死が、もはや目前に迫った……。


 ……その時だった。


「――むっ」


 爆発、轟音、衝撃、粉塵。


 当然巻き起こった予想外の出来事に、悪魔ですら声を上げ、その動きを鈍らせる。


「――くっ!」


 この機会を、逃すわけにはいかない!


 どんなに格好悪くても、どれだけ無様でも構わない。俺は全力で、全速力で、俺の死が確定していたはずの土壇場から、慌てて逃げ出すことに、辛くも成功した。


 しかし、今の爆発は、一体誰が……。


「ふむ、油断した……、いや、忘れていたな」


 逃げた俺を追うでもなく、妙にカラフルな煙の中央に突っ立ちながら、悪魔はぼんやりと、空を眺めている。


 その視線の先に、答えは有った。


「小さな羽虫と、見逃していたのが失敗だったか。折角の食事を邪魔されるとは、無精はやはり、よくないな」

「――ま、待て!」


 不穏な空気を周囲に伸ばすマモンに、思わず声を上げてしまったが、そんなことで悪魔が止まるわけがない。


 死地から生還したといっても、俺とカイザースーツの状態は、ボロボロだ。必死に悪魔が操る魔素を止めようとしたが、間に合わない。


 今の俺では、俺を助けてくれた相手を、空に浮かんでいた、正義の味方が使用していた飛行船を、助けることが、できない……!


「ふむ、すっきりしたな」


 悪魔が向けた敵意に応え、周囲の魔素が、一瞬で破滅的な光へと変わり、瞬きする間もなく、巨大な飛行船を破壊した。爆発と炎に包まれた船体が、コントロールを失い、呆気なく空から墜ち始める。


 轟音と共に、空気を唸らせながら落下する巨大な物体から、小さな影が二つ飛び出したのは、なんとか目視できた。カイザースーツのセンサーで確認したが、どうやら先ほどまで飛行船を操っていた乗組員は、その二人だけのようだ。


 操縦者を失った船は、重力に引かれるままに、地面に激突、炎上し、瓦礫に埋もれた夜の闇を、赤く照らし出す。


 そして、そして……、残骸と成り果てた飛行船のすぐそばに、遅れて着地した二つの影に、俺は見覚えがあった。


 見覚えなんてものじゃない。

 俺は、あの人たちを知っている。

 もうどうしようもないほどに、知っているのだ。


 ああ……、どうして……。


「さて、念には念を入れるか」

「――っ! やめろ!」


 俺の叫びを、心からの叫びを、完全に無視して、悪魔は魔素を操ると、飛行船から飛び下りた二人に向けて、黒い稲妻のような閃光を飛ばす。


「ぐううううう!」

「きゃああああ!」


 悪魔の攻撃に晒されて、悲鳴を上げる二人を、俺は見ていることしかできない。


 正義の味方の司令官……、十文字じゅうもんじ隼斗はやと……、俺の父親が、悲鳴を上げている。

 正義の味方の教官……、十文字安奈あんな……、俺の母親が、悲鳴を上げている。


 俺を助けてくれた、俺の両親が、悪魔の攻撃を受けて、悲鳴を上げている。


 それはまさに、悪夢のような光景だった。


「やめろって……、言ってるだろうが!」

「むっ」


 目の前で起きていることに耐えられず、感情が爆発するまま、滅茶苦茶に構成した魔方陣から飛び出した、真っ白い炎の渦に飲み込まれ、悪魔は小さく息を漏らすと、俺の両親への攻撃を中断した。


 次の瞬間、その場に崩れ落ちてしまった二人に、俺は近づくことすらできず、祈るような気持ちで、カイザースーツのセンサーを確認する。


 決して軽くはないダメージを受けてしまったようだが、無事だ。生きている。今すぐに動くことは難しそうだが、命に別状はないだろう。


 それだけ確認して、幾分か心が落ち着くのを感じたが、だからといって安堵し、倒れ込んでいる両親に駆け寄るようなことは、できない。


「今の攻撃は、なかなかだったな」


 悪魔はまだ、生きているのだから。


「私の魔素と、そして命気の壁を突き抜けて、外装にまで届くとは、少々驚いたよ」


 ボロボロと……、悪魔を人間に見せていた皮膚を焼け落しながらも、マモンの口調は変わらない。驚いたなどと言いながら、そんな気配は微塵も見せない。


 高級なスーツも、質の良いネクタイも、豪華な腕時計も、ブランド物の革靴も、奴を人間らしく装飾していた全てが燃え尽きたというのに、強欲の悪魔は、微塵も執着を見せず、ただ淡々と、その場で直立している。


 俺の放った白い炎が収まると、そこにいたのは、黒い悪魔だった。


 マモンが外装と呼んだ、人間らしい肌として機能していた部分は、全て焼失し、奴の中身が、悪魔の中身が、剥き出しになっている。


 その姿は……、なるほど、確かに松戸博士の手によるものだろう。黒い外骨格に包まれた様子は、どことなく博士の開発した巨大兵器……、全起を思い起こさせた。


 人間と同サイズにまで小型化されているが、サイズダウンというよりは、まるで凝縮されたかのような異様さを漂わせ、黒い外骨格上を血管のように走っている赤いラインが、不気味さを加速させている。


 無機質な外見に似つかわしくない、猛禽類を思わせる黒い翼が、アンバランスな空気を漂わせ、非現実的な印象を強くしていた。


 機械の身体に、獣の翼を備えた悪魔が、赤く染まった瞳を、こちらに向ける。


「こうなると、やはり貴様をあなどるのは、危険ということなのかもしれんな。ここは当初の予定通り、先に幾らか食事を済ませて、力を蓄えることを優先するか……」


 顔面で肌の役割をしていた部分が焼け落ち、まるで髑髏のような頭部となった悪魔の表情は、これまで以上に読み辛かったが、これから奴がなにをしようとしているのかは、嫌というほどに分かる。


 本当に、ムカついて、吐き気がするほど、分かりやすい!


「だから……、それをやめろってんだよ!」


 淡々と、無感情に、事務的にすら思える作業感を隠そうともせず、燃え盛る飛行船に照らされて、地面に倒れ伏している俺の両親に、祖父ロボに、マジカルセイヴァーのみんなに、ヴァイスインペリアルの最高幹部三人組に……、俺の大切な人たちに、悪意の刃を伸ばすマモンに向けて、ありったけの魔素を、怒りに任せて叩きつける。


 そう、怒りだ。

 もはや俺の心の中には、怒りしかない。


 死への恐怖など、まばたきする間に燃え尽きた。ふざけるな。腹が立つ。むかつく。苛々する。胸糞が悪い。反吐が出る。不愉快だ。しゃくさわる。納得できない。納得できない。納得できない。納得できない!


 どうして俺が、俺たちが……。


 こんな悪魔一匹なんかに、好き放題やられなきゃいけないんだ!


「ぬっ……」


 俺の中に渦巻く激情に任せた、白い炎の一撃に、再び悪魔が包まれ、たじろいだ。


 新たに生まれた激しい炎に、煌々こうこうと燃え盛る感情に、俺の大切な人たちが、一人一人と照らされ、映し出されていく。



「ぐぐぐ……、統斗すみと……! 今行くぞい……!」


 スクラップ寸前にまで追い込まれた祖父ロボが、それでも立ち上がろうとしながら、俺の名を呼んでいる。


「統斗……! つっ、無事か?」

「大丈夫なの……? 統斗……」


 倒れ込んだ父と母が、自分たちが受けた傷にも構わず、ただ俺のことを、不肖ふしょうの息子のことを、心配し、地面を掻きむしっている。


 自分の家族が……、傷つき、倒れ、苦しんでいる。


 そんな悪夢のような光景は、俺の心をかき乱し、ざわめかせ、煮えたぎるような怒りで満たすには、十分だった。本当に十分すぎて、眩暈めまいすら覚える。



「す、統斗くん……、わたしも……!」


 マジカルピンク……、桜田さくらだ桃花ももかが、ボロボロの身体を引きずりながら、なんとか俺のために、立ち上がろうとしている。


 その姿に、脳髄のうずいの奥がチリチリと焦げ付く。


「あたしだって……、統斗と、一緒に……!」


 マジカルレッド……、赤峰あかみね火凜かりんが、少しでも俺に近づくために、必死の形相で、ジリジリと地面を這いずっている。


 その様子に、脊髄が燃え盛る。


「統斗さん……、待ってて下さい……、今、私が……!」


 マジカルブルー……、水月みつきあおいは起き上がろうと、なけなしの力を振り絞り、両手を支えにして、上半身を持ち上げるが、その腕は震えている。


 その有様に、腹の底が焼け焦げる。


「統斗君……! 統斗君、統斗君統斗君統斗君……、統斗君……!」


 マジカルグリーン……、緑山みどりやま樹里じゅりは、力無く倒れ伏し、地面に爪を立てながら、俺の名前を叫び続けている。


 その様相に、血液が沸騰する。


「絶対に……、負けないんだから……! 統斗……!」


 マジカルイエロー……、黄村きむらひかりが、か細い声で自らを鼓舞しながら、一生懸命に、その小さな体を奮い立たせようとしている。


 そのたたずまいに、心臓が爆発しそうだ。


 俺の大切な正義の味方が……、打ち倒され、叩きのめされ、捻じ伏せられている。


 そんな地獄のような光景を前にして、冷静でいろなんて、土台無理な話だった。

 大切なものを傷付けられて、頭を冷やせなんて、俺には到底、不可能だった。


 俺はそれほど、人間ができていない。

 俺はそれほど、大人になんてなれない。

 俺はそれほど、寛容な心は、持てそうにない。


 怒りに我を忘れて、勝てるような相手じゃない?

 それがどうした!


 悪魔と俺の実力差は明白だ。このまま戦えば、どちらにせよ、死ぬだけだろう。

 だからなんだ!


 このまま背を向けて、逃げられるような相手ではない。

 このまま戦って、勝てるような相手ではない。


 逃げても、戦っても、俺に、俺たちに待っているのは、死という運命だけだ。


 そんなことは、分かっている。



 分かってるが……、認めてたまるか!



「す、統斗様……」


 ずっと俺の隣で、俺を支え続けてくれた悪魔元帥あくまげんすいデモニカが……、大門だいもんけいが、今は弱々しく、瓦礫にその身を預けながら、それでも真っ直ぐに、ただ俺を、俺だけを見つめている。


 その瞳に込められているのは……、絶対の信頼。


 愚かなほどに真っ直ぐに、震えるほどに盲目に、全身全霊で俺を信じる、俺が背負うべき、俺が叶えるべき、俺が守るべき、愛する者の信頼だった。


「負けないで……、あなたなら、必ず勝てます……」

「――任せろ!」


 あの瞳から、逃げてはいけない!

 あの瞳から、光を奪ってはならない!


 そのためなら、俺は、なんだってしてみせる!


「魔素充填じゅうてん!」


 俺の命令に、すでにボロボロなカイザースーツが応え、周囲の魔素に対して、強引な集積を開始し、設定されている許容量を遥かにオーバーしても、無理矢理に掻き集め続ける。


 調整不足だ。損傷は甚大だ。休息が必要だ。敗北は必定ひつじょうだ。


 そんなことは、分かっている。

 俺も、そしてこのカイザースーツも、嫌というほど分かっている。


 だけど、そんなことは関係ない。関係ないんだ!


「やっちまえ……、統斗! お前の強さ、見せてやれ……!」


 いつだって、太陽みたいに俺を照らしてくれた破壊王獣はかいおうじゅうレオリアが……、獅子ヶ谷ししがや千尋ちひろが、深い傷を負いながらも、それでも笑って、俺の背中を押してくれる。


 あの笑顔を、守りたい!

 あの笑顔を、曇らせるものか!


「命気充填!」


 怒りに燃える身体の芯から、激情が渦巻く魂の奥底から、自分の限界を超えた命気を引き出し、そのありったけを、カイザースーツへと注ぎ込む。


 オーバーフローしている魔素に加えて、極限まで命気を受け入れたカイザースーツは、もはや後戻りできない領域へと突入している。


 しかし、それでも足りない。まだ足りない!


「統斗ちゃんなら~、絶対大丈夫~! ……自信を持って~!」


 無残に破壊されてしまった、クレイジーブレイン君の残骸に埋もれながら、傷だらけの無限博士むげんはかせジーニアが、才円さいえんマリーが、自らの痛みを隠し、俺に向かって、優しい声をかけてくれる。


 あの声が、俺に力を与えてくれる!

 あの声が、俺の心を強くする!


 カイザースーツの強化パーツを呼び寄せるための、ワープ装置の大本は、すでに悪魔によって、無残に破壊されてしまった。これでは、空間を超えて、パーツを転移させることはできない。


 だか、だからどうしたというのか。


 確かに、俺たちのワープ装置は破壊されてしまったが、それは決して、この世界において、ワープそのものが使えなくなったということと同義ではない。ワープとは、ただの事象であって、問題は、それを行う方法だ。アプローチだ。


 俺は、そう思い込む。そう信じる。


 それさえクリアできれば、俺にだって……!


英知えいち充填!」


 果たして、俺の思い込みに、絶対に可能だという思い込みに応えて、俺が考えるよりも早く、俺が望む事象を引き起こすべく、魔素は魔方陣へと組み上がり、その効果を遺憾なく発揮した。


 周囲の空間が歪み、足元の地下本部に存在する、瓦礫に埋まった武器貯蔵庫へと繋がると同時に、まだ使用可能な、あらゆる兵器を呼び寄せ、溢れる力に暴発しそうなカイザースーツに、強制的に装着し、抑え込み、制御する。



 俺が可能だと思えば、どんなことでも現実となる。


 世界のことわりが、それを許さないというのなら、それは世界が間違っているのだ。


 間違いならば、それは正せる。

 俺が望むままに、世界はその姿を変えるべきだ。


 俺は、そう信じる。そうでなくてはならない!


 なぜなら……!


超過ちょうか充填!」


 俺が、俺こそが……!


「――シュバルカイザー・ラーゼン!」


 この世界を制する、悪の総統なのだから!


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