13-17


 自らの意思で、命を燃やす。

 自らの決意で、退路を絶つ。


 全てを捨てて、限界を踏み越える。


 もう、後戻りはできない。


「ガアアアアアアアアアア!」


 極限まで魔素エーテルを取り込み、無尽蔵に命気プラーナを詰め込み、数多の強化パーツを強引に装着し、半ば人の姿を捨て去った、荒ぶる怪物……、シュバルカイザー・ラーゼンと化した俺は、空に向かって、ただ吼える。


 そうして、無理矢理にでも気を吐かなければ、今にも全身が、バラバラになって、消し飛んでしまいそうだったからだ。



 調整不足だったカイザースーツは、ここまでの長期稼働に加え、悪魔マモンとの戦闘で受けたダメージによって、ただでさえ満身創痍だったところに、その許容量を遥かにオーバーした魔素と命気を注がれることになり、もはや動いていること自体が、奇跡のような状態だ。


 これでは、例えこの戦いを乗り切ることができても、その後、また元のように戻れるかどうかは、分からない。


 だが、それでもまだ、このカイザースーツが、俺の相棒が、自らの役目を諦めず、限界を超えてまで、あらゆるリミッターを解除しながらも、最大限のサポートを与えてくれるのは、それはこのスーツ自身が、俺と同じ様に、分かっているからだ。


 ここで負ければ、その後などないと。

 ここで勝たねば、全ては終わると。


 本当に、ここまで俺を守ってくれた、この頼りになるカイザースーツには、どれだけ感謝しても、しきれない。


 だけど、まだ終わりじゃない。終わるわけには、いかない。


 だから、どうかお願いだ。もう少しだけ……。


 俺の命を懸けた我儘わがままに、最後まで、付き合ってくれ!


「――さあ、行くぞ!」


 荒れ狂う力の渦が、濁流のように身体中を駆け巡り、今にも脳が焼き切れ、心臓は破裂し、四肢は爆ぜ、魂は砕け散りそうだが、そんなことは関係ない。


 我が身の内に巻き起こる、あらゆる不調に無視を決め込み、強引に肉体を駆動させながら、俺はただひたすらに、敵へと向かう。


 シュバルカイザー・ラーゼンとなったことで、肥大化し、化物じみた姿へと変質したカイザースーツの装甲には、無数の魔術文字が浮かび、あらゆる箇所に魔素を凝縮した宝玉が埋め込まれている。


 その全てを解放し、規格外の加速と、人外の挙動を兼ね揃え、俺は悪魔に迫る。


「……チッ」


 悪魔マモンが、小さく舌打ちをしながら、その場から一歩引き、こちらを迎撃するための構えを取った。


 どうやら俺のことを、注意して戦うべき敵であると、認識したようだ。


「――はっ!」


 少しでも悪魔の気を逸らそうと、最大速度で無軌道に動き回り、その僅かな隙を付いて、敵の背後を取ることに成功した。


 この好機を逃すまいと、俺は残存した強化パーツの中から、ラーゼンの両腕に装着したありったけの近接武器を一斉起動し、躊躇ちゅうちょなく襲い掛かる。


「切り裂け!」


 まるで獣の爪のように配置されたレーザーブレードには、光学兵器の上から魔素と命気を上乗せし、可能な限り威力を底上げしてある。


 それは他の兵器……、超電導チェーンソーやら、高分子マチェット、素粒子ナイフも同様だ。無秩序に組み合わされた武器の群れは、一見醜悪ですらあるが、この際見た目にこだわっても意味はない。


 俺はただ全力で、悪魔に向けて拳を振るう。


「ほう……、なかなかの威力だ」


 死角から放たれた必殺の一撃を、マモンは冷静に批評しながら、ギリギリで避け、素早くこちらに振り向いた。


 会心の一撃は、悪魔に呆気なく避けられてしまったが、俺はまったく、気落ちしていない。 


 マモンは俺の攻撃を、その身で受けるのではなく、回避することを選択した。それはつまり、こちらの一撃が、悪魔に対して有効であるという、なによりの証明だ。


 そう、悪魔だって、無敵ではない。

 決して、無敵なんかじゃないはずだ!


「――むっ」

「悪いな! そいつはもう、効かないんだよ!」


 マモンが周囲の魔素に干渉し、ノータイムで放ってきた無数の刃が、こちらの装甲に触れる直前、俺はあらかじめ展開し、可能な限り圧縮し尽くした、十円玉サイズの魔方陣を、ピンポイントで盾にして、なんとか弾き返すことに成功した。



 不満気な声を漏らした悪魔に向かって、俺は努めて余裕の態度を見せてみるが、実際は、必死もいいところだ。


 悪魔という存在は、魔素に対して、反則ともいえる適性を持っている。それこそ、呼吸をするように魔素を操り、と思うだけで自在に、かつ強烈に、まさに手足のように、魔素を扱ってしまう。


 人間と悪魔とでは、単純な話として、魔素を使用する速度に、決して覆せない差というものが、確実に存在してしまっているのだ。


 そもそも魔素を行使した攻撃の威力自体にも、目も当てられない開きがあるわけだが、それよりもなによりも、この時間差というのが、絶望的に厄介だった。


 人間が魔素を使うには、どうしても、魔術を使う必要がある。


 魔術の種類自体は、俺やデモニカのように、空間に魔方陣を描くようなものから、ベーシックに呪文を唱えるもの、魔術道具マジックアイテムを使うものなど、その種類は、本当に千差万別だが、そのどれもに共通するのは、魔素を直接操るのではなく、魔素へと干渉するために、ワンクッション置かなければならないということだ。


 確かに、魔術だって極まれば、殆ど時間を使うことなく、それこそ一瞬で、その効果を発揮させることだって、可能になるだろう。


 しかし悪魔は、その一瞬すらも、必要としていない。


 この刹那が、コンマ何秒の世界では、致命的となってしまう。



「無駄だ!」

「……ほう」


 そんな致命的なはずの一撃を、俺は再び防ぐことに成功する。防がれた側の悪魔が、今度は感心したような声を上げたが、そんなことに構っている余裕はない。


 原理としては、非常にシンプルだ。


 今の俺では、どう逆立ちしても、魔素への干渉速度で、悪魔マモンには敵わない。だったら一体、どうするべきか?


 答えは簡単。そもそも悪魔が魔素への干渉を始めるよりも前に、こちらが事前に魔術を開始すればいい。


 なんて、言ってしまうのは、確かに簡単だが、それを実行するために、非常に神経を使うことになっていることも、また確かだった。


 いくら悪魔より先にといえど、それが露骨なくらい前になりすぎれば、こちらの構成した魔方陣は、マモンが視線を向けただけで、呆気なく分解されてしまうのは、つい先ほど実証済みだ。


 この問題を解決するためには、こちらが悪魔の先手を打つタイミングを、ギリギリまで遅らせる必要がある。


 確実に相手より先に行動する必要があるが、それは相手が、実際に行動を起こす直前も直前……、それこそ、コンマ何秒の世界でなければならない。


 そんなことは、普通は不可能だろう。それこそ確実な未来予知でもできなければ、そんな芸当は、不可能であると言ってもいい。


 だが、俺にはその不可能を可能にする、奥の手ってやつがある!



「それでは……、これはどうかな?」

「――っ!」

 

 悪魔の意識が、魔素へと伸びる直前に、俺は、自らの超感覚を使って、その気配を鋭敏に察知すると同時に、それがどういう攻撃なのか、どの程度の威力なのか、どういった軌道を描くのかを推察し、その当て水量に全てを賭けて、なんとかギリギリ対抗できるだけの魔方陣を、一瞬で組み上げる。


 そう、こんなものは、ただの博打だ。


 確かに、俺は自分の超感覚に、全幅の信頼を寄せているが、だからといって、それは確証のある行為というわけではない。


 あくまでも超感覚とは、研ぎ澄まされた自分自身の内なる声であって、確実な未来が見えるような超常能力ではない。言ってしまえば、相手の実力が高ければ高いほどに、行動予測は外れることも多くなる。


 そのために、敵わないと判断した相手と向き合った時には、超感覚は容赦なく撤退を進言してくるのだが、今は、今だけは、その警告を聞くわけにはいかない。


 信じろ!

 思い込め!

 現実を捻じ伏せろ!


 俺の超感覚は……、絶対に外れない!


「だから、見えてるん……、だよ!」


 悪魔が放った、まるで鞭のようにしなる刃の束を、最小限の防壁で弾きながら、俺は強引な接近を試みる。


「チッ」


 舌打ちをした悪魔が、こちらの行動を阻害しようと、俺の進行方向に、恐ろしく先鋭化された無数の黒い棘を配置したが、致命傷さえ避けられれば、構わない。


 魔術の過剰使用により、焼き切れた脳細胞を、命気を使って即効で回復させつつ、今にもバラバラに千切れ飛びそうなシナプスの輝きを、無理矢理に繋ぎ止め、俺は更に魔術を重ねて、悪魔の棘を突破する。


 脳ミソの奥底が焼け焦げ、今にもドロドロに溶けそうな熱を感じるが、幸いにして思考の方は、一向にクリアなままだ。


 悪魔の攻撃を防ぐには、限界以上の負担を脳に強いる必要があるが、命気の供給さえ怠らなければ、いきなり意識を失うような事態だけは、避けられるだろう。


 これなら、いける!


「仕方がないな……」


 俺の接近を止められないと判断したらしいマモンが、その場に腰をえると、数多あまたの他者から奪い取った、膨大な命気を解放し、迎撃の構えを取った。 


 接近は一瞬……、そして、攻防も一瞬だ。


 俺と悪魔は、互いの命を奪おうと、拳を繰り出し、蹴りを打ち、魔素を操り、致命の攻撃を刹那に込めて、閃光のように放ち合う。


 一秒にも満たない時間が、まるで永遠にも感じる中で、規格外の命気が込められたマモンの手刀を躱すため、俺は必死に、身体をねじる。



 あの一撃を……、いや、悪魔が命気を使っている以上、奴のあらゆる攻撃を、まともに受けるわけには、いかない。


 単純に、命気の総量が違うのだ。


 確かに今の俺は、限界を遥かに超えて、自らの命気を引き出してこそいるが、それでもまだ、マモンの保有している命気の量には敵わない。


 言ってしまえば、こちらは一人、それに引き換えマモンの方は、奴が悪魔として保有している固有の能力によって、数千……、もしかしたら数万の単位で、殺した人間から命気を奪い取っている。


 その差を埋めようと、先ほどから急ピッチで魂を削り、今後のことは度外視で、無尽蔵に命気を補充しているのだが、ハッキリ言って、間に合わない。


 スタート地点が違いすぎる。時間をかければ、いつか追いつける時が来るのかもしれないが、残念なことに、今すぐには不可能だということを、認めざるをえない。



「くっ!」


 マモンの手刀が、こちらの左腕をかすめた瞬間、不吉な破壊音と共に、無視できない激痛が沸き上がる。


 直撃は避けたが、悪魔が使う命気の余波によって、俺の左腕がぐちゃぐちゃにひしゃげたのは、見ないでも分かった。


 助かった。これなら問題ない。


 俺は即座に、自前の命気を巡らせ、千切れ落ちそうになっている左腕を即座に回復させると同時に、カイザースーツまで修復してしまう。


 俺自身と完全に同調しているカイザースーツはともかく、後付けしている強化パーツまでは、命気では直せないので、左腕の装備は激減してしまったが、大丈夫。まだ手はある。


 寂しくなった左腕には、幾重いくえにも破壊を目的とした魔方陣をまとわせて、俺は再び、間髪入れずに、一秒すら無駄にせず、悪魔に挑む。


 超感覚を使って、相手の動きを先読みし、マモンの攻撃を避け、かわし、弾き、迫り、殴り、蹴り、撃ち、薙ぎ、払う。


 こちらの攻撃を回避され、防がれ、反撃されても、またそれに対応し、即座に次の攻撃を、また次の攻撃を、ひたすらに次の攻撃を……!


 まるで目隠しをしながら、綱渡りでもしている気分だが、なんとかギリギリ……、本当に危ないところで踏ん張りながら、俺は悪魔と渡り合えている。


 だが、それだけ。

 ただ、それだけだ。


「まだまだ!」


 俺は死地の真っ只中で、必死に自らを鼓舞しながらも、灼熱に包まれた脳ミソの片隅で、努めて冷静に、状況を分析する。



 確かに、シュバルカイザー・ラーゼンとなった俺は、悪魔と渡り合えている。少し前のことを考えれば、これは快挙とすら言っていい進歩だ。


 問題は、これが渡り合えている……、なんとか戦えているというだけで、その後の勝ち筋の方は、現状ではまったく見えないという点だろう。


 命を削り、魂を燃やして、こうして限界を突破しても、このままでは悪魔と小競り合いを演じるのが精一杯……。正面切って戦って、即死をまぬがれているだけ御の字というのが、客観的な戦況分析だ。


 勝ち筋どころか、一秒先の生死すら分からない。


 正直、これは不味い。

 早急に、なにか次の手を講じなければ……。


 俺は悪魔と死闘を繰り広げながら、必死になって起死回生の妙案を探る。


 そう、必死だ。

 どうせこのままでは、俺は遠からず、必ず死ぬことになってしまう。


 そして、それだけは絶対に避けなければならない。


 なぜなら、今この状況で、俺が悪魔に殺されるということは、俺以外の全員も、悪魔の餌食となるということと、同義なのだ。


 それは、嫌だ。絶対に嫌だ。

 認められない。認めたくない。認めるわけにはいかない。認めてたまるか!


 俺は必死で、まさしく必死で、すぐそこに迫る死を、死ぬ気で捻じ伏せながら、目の前の悪魔に喰らいつく。


 そう、たとえ死んでも、こいつだけには、負けるわけには、いかない!



「……チッ」


 こちらの執念を嫌ったのか、悪魔が再び舌打ちすると、その姿が掻き消える。


 それは、マモンがワールドイーターのトップだった海良かいら伊人いひとから奪った、空間転移能力を使用したからだということは、即座に理解した。


 そして、奴がどこに転移するのかも、俺には超感覚のおかげで、分かっている!


「――甘い!」


 この好機を逃すまいと、俺は悪魔が、この世界から消えた一瞬の隙を逃さず、自らも魔方陣を使ってワープすると同時に、大きすぎてラーゼンの背部に無理矢理装着していた強化パーツ……、広範囲こうはんい殲滅せんめつ戦略用せんりゃくようレーザーキャノン砲を起動し、近くの空中へと転移した悪魔の真下に、自らも瞬間移動することに成功した。


「ぬっ……」


 どうやら、自分が下手へたを打ったことに気が付いたらしいマモンの口から、不満気な声が漏れる前に、すでに引き金を引いていた巨大なレーザー砲から放たれた一撃に、あっさりと悪魔が飲み込まれた。


 広範囲、高密度のレーザー光線に、カイザースーツを通して、使える魔素と命気もありったけ上乗せし、その上でリミッターも解除して、砲身が焼け付くまで、ひたすらに照射し続ける。


 連続で空間転移を使われ、避けられる可能性も有ったが、マモンはこれまでの戦闘で、圧倒的なアドバンテージを得られるはずの、その力を、なぜか殆ど使わなかったことから、あの超常能力を使用するには、なんらかの制限があるのではと予想していたのだが、どうやら正解だったようだ。


 悪魔は逃げようともせず、空中でレーザーの中心にその身を置きながら、魔素と命気を使って、防御し続けている。


 そう、この小さな山なら一瞬で蒸発させることも可能である極大レーザーを、悪魔は完全に防ぎ切り、致命傷どころか、ダメージを与えることすら、無理そうだ。


 だが、それは想定内。


 重要なのは、このレーザーを撃ち続けている限り、さしもの悪魔も、その場で防御を続けるしかないという点だ。


 よし、時間は稼げた。


 俺はこの機を逃すまいと、すでに煙を吹き始めている脳ミソを更に死ぬ気でフル回転させて、光の速さで、新たな魔方陣の構成を練り上げる。



 これが、俺に残された、最後の手段だ。



「ふむ、なかなかの攻撃だったが、惜しかったな……、むっ?」


 無茶苦茶な使い方をしてしまった広範囲殲滅戦略用レーザーキャノン砲に、遂に限界が訪れ、完全に砲身が溶けてしまったことで、こちらの攻撃は止まり、悪魔はその防御を解いて自由になってしまったが、構わない。


こちらの下準備は、すでに完了している。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は最後の気力を振り絞り、あらかじめ用意していた構成を一瞬で展開し、周囲の魔素を操ると同時に、自らの内から、ありったけの命気を絞り尽くして、その全てを、空に描き出した巨大な……、へと、放出する。


 明日の見えない漆黒の夜空に、俺の生み出した巨大すぎる魔方陣が淡く輝き、眼前の悪魔によって破壊され尽くされた俺たちの街を、優しく照らし始めた。


「シュバルカイザー……、貴様一体、なにをするつもりだ?」

「決まってるだろ? お前を倒すんだよ」


 さあ、仕掛けは終わった。



 本番は、ここからだ。


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