13-14


「……予想よりも、随分と早い到着だな。シュバルカイザー」


 こちらの一撃をまともに受けて、思い切り瓦礫に突っ込んだゴードンが、その高そうなスーツのホコリを叩きながら、平然と立ち上がった。


 いくら今のカイザースーツが本調子ではないといっても、そんなに甘い攻撃を放った覚えはない……、いや、正直に言えば、俺の胸の奥に渦巻く殺意に任せて、まさに殺す気で打ち込んだ。


 この場所に至るまでの十分すぎる距離を使って、最大限に加速した上で、ありったけの命気プラーナを込めた蹴りを、最大威力で直撃させた。


 さらにその蹴りの先端には、魔素エーテルを掻き集めて念入りに構成した魔方陣を展開しておき、ゴードンの胸部に触れた瞬間に、相手の体内に潜り込み、確実にその臓腑ぞうふを切り裂くように、確実に発動したはずである。


 にも関わらず、ゴードンは憎たらしいほどに、平然と立ち上がってみせた。


 まぁ、それくらいなら、想定内ではあるのだが。


「そうか? だとすれば、貴様の予想が甘すぎたと、言わざるをえないな」


 ゴードンの動向に気を配りつつ、俺は素早く周囲の様子を確認する。


 状況は……、控えめに言っても、最悪だった。


 俺たちの地下本部は瓦礫の山に沈み、辺りはすっかりズタズタに破壊されて、無残な廃墟と化してしまっている。一般人の退避は、すでに完了したのか、ここらには俺たち以外に人の気配は無いが、街のあちこちでは、不穏な火の手が上がっている。


 この場にいるのは、ヴァイスインペリアルの最高幹部……、デモニカ、レオリア、ジーニアの三人に、祖父ロボを加えた四人、そしてマジカルセイヴァーの五人に、俺とゴードンを加えた十一人だ。上空には、正義の味方の飛行船が浮かんでいるが、中にどれだけの搭乗員がいるのかは、判然としない。今は、それを探っている余裕など微塵もない。


「アランがしくじったか、私が時間をかけすぎたか……」

「その両方さ。なんとも間抜けなことにな」


 俺がなんとか……、本当にギリギリのタイミングで、ゴードンが誰かにトドメを刺す前に、この場に間に合うことができたのは、ローズさんにサブさん、バディさんの怪人三人組が、まさに命を懸けて、アランの相手を引き受けてくれた上に、マジカルセイヴァーのみんなが、その身の危険もかえりみず、危険な相手に自ら仕掛けてくれたからに他ならない。


 そのどちらかが欠けていたら、事態は最悪を通り越し、悲劇という言葉では収まりきらない、絶望の底にまでおちいっていたことだろう。


 だから俺は、心の底から感謝している。


 俺が、まだ正気を保って敵と……、ゴードン・真門まもんと、こうして正面から向き合っていられるのは、全てみんなのおかげなのだから。


「ふむ……、随分と辛辣しんらつだな。なにか気に入らないことでもあったのかな?」

「ああ……、あったね。ありすぎた」


 しかし、だからといって、俺の心理状態が平静だとは、到底言い難い。


 この目の前の不気味な男のせいで、俺たちヴァイスインペリアルの地下本部が壊滅したのかと思えば、はらわたが煮えくり返る。


 この目の前の不遜ふそんな男のせいで、俺たちの街までズタズタに破壊され、一般市民が巻き込まれたことを考えれば、許せるわけがない


 この目の前の悪趣味な男のせいで、俺の大切な人たちが、傷つき、倒れ、苦しむことになった事実に囚われれば、ドス黒い感情があふれ出しそうだ。


 だが、だがしかし……、その怒りに、その殺意に、身を任せてはいけない。怒りに我を忘れ、殺意に翻弄されてはならない。


 そんな乱れた心で戦って勝てるほど、この目の前の、悪魔のような男は、甘い相手ではないのだから。


「それはそれは、それでは微力ながら、その心労を取り除く手助けでも……」

「――させるか!」


 ゴードンの意識が、不穏な空気を伴って、魔素へと伸びる瞬間を、研ぎ澄ませた超感覚で事前に察知することに成功した俺は、敵になにかされる前にと、全速力で肉迫し、先制攻撃とばかりに拳を繰り出す。


「なんだ? 折角貴様の心配の種に、トドメを刺してやろうというのに」  

「だから、それをさせるかって言ってるんだよ!」


 こちらの右拳をギリギリで横に避けたゴードンに向かって、そのまま伸ばした腕を横に薙いでみるが、そちらは素早く沈むようにしてかわされた。


 だが、それは読んでいる!


「喰らえ!」


 俺は姿勢を落とすゴードンに向けて、カウンター気味に突き出した膝蹴りを放つ。


「……むっ?」


 それに素早く反応したゴードンが、命気によって背中に生えた翼を使い、上昇することで逃げようとするが、俺はあらかじめ準備していた魔方陣を速攻で展開し、絡めとるようにして、その動きを封じる。


 いくらゴードンが規格外に強かろうと、相手が俺を倒すことよりも、俺の攻撃を避けながら、俺の大事な仲間の命を奪うことばかりに腐心している限り、相手の思惑を出し抜くことは、そう難しくない。


 こちらを舐めているのか、馬鹿にしているのか知らないが、それが致命傷になるのだと、教えてやる!


「砕け散れ!」


 俺はゴードンに絡みついた魔方陣を起動し、魔素を雷としてスパークさせると同時に、両足でしっかりと地面を踏みしめて、最大限の命気を込めた拳を振り上げ、相手の心臓に思い切り打ち込んだ上で、この右拳の先に展開していた別の魔方陣を、再び敵の体内に捻じ込み、炸裂させる。


 加減もなにもない。これで終わらせるつもりの、必殺の一撃だ。


「……ふむ」 


 冷静に……、激情に流されず、怒りをこらえ、殺意を抑え込み、ひたすら冷静に、客観的に判断しても、今の一撃は、完璧に決まった。


 そう、掛け値なしに、完璧だった。


 それなのに、必殺のはずの攻撃をまともに受けても、ゴードンは小さく一つ、苦しくもなさそうに、ただ声を漏らすだけだった。


 俺の拳の勢いを利用して、空中に舞い上がったゴードンは、自らの周囲の魔素を硬化させて強引にその動きを止め、背中の翼を使って楽々と姿勢を制御し、悠々とこちらを見下ろしている。


 その様子には、微塵もダメージを受けたような様子はない。


 敵だって強敵……、いや、そんな言葉では収まりきらない。俺が知る限り、一人でも無敵だと思っていたヴァイスインペリアルの最高幹部たちを、全員まとめて倒してしまうような奴を相手にするのは、正直、悪夢のような状況だというのは、重々理解しているつもりだ。


 しかし、それにしたって、あの耐久力には、理不尽さを感じる。


 だがしかし、俺は、その理不尽なまでの耐久力に、覚えがあった。


 どうしようもなく苦い思い出と共に、鮮烈に。


「……松戸まつど博士による改造、か」

「ああ、正解だ」


 あまりの苦々しさに、思わず漏れ出た俺のうめきに、特に誇るでも、自負するでもなく、なんてことはないといった風情で、ゴードンが解答を提示する。


「改造超常者ちょうじょうしゃ手術に加えて、松戸には、持てる全ての技術を組み込ませたからな。こうして動けるようになるまで、少し時間がかかってしまった」


 改造超常者手術……、というと以前見た、ブラックライトニングの首領だった雷電らいでん稲光いなみつに施されていた、超常者を強化する技術のはずだが、あの時は、超常能力自体が強化される代わりに、被験体の自我が失われ、また強化された能力に身体の方も長時間は耐えられないという欠陥技術だったはずなのだが……。


 なるほど、どうやらあの後、松戸博士はそれらのリスクをクリアした上で、完成した改造超常者手術を、ゴードンに対して行ったようだ。


 いや、もしかしたら最初から、ゴードンを確実に強化するために、稲光を捨て駒のモルモットとして使用した……、というのが、真相なのかもしれない。


 いずれにしても、松戸博士の執念を感じざるをえないが、それにしても、ただでさえハイリスクだったはずの改造超常者手術に加えて、その他の技術まで全て盛り込んだとなると、流石にそれは、無茶を通り越して、不可能な領域なのではないか……。


「だが、その甲斐あって、成果はなかなかだ」

「――ぐっ!」


 俺の疑念を打ち砕くように、空中のゴードンが軽快な動きで急降下しながら、こちらに攻撃を仕掛けてきた。


 空からの初撃は、なんとか躱したが、着地先にクレーターが生まれるほどの勢いで落下したゴードンは、即座にその足をしならせて、恐ろしい速度で、唸るような蹴りを放ってくる。


 その動きには本当に、欠片ほどもダメージによる乱れは見られない。先ほど喰らわせた俺の一撃など、まるで意味などなかったかのように。


 あぁ、クソ! 確かに、この理不尽な耐久力は、この前の悪夢のようなクリスマスに戦った、松戸博士の最終決戦兵器、全起ぜんきを思い起こさせるよ!


「この!」

「ふっ……、どうした? 攻撃が荒いぞ」


 思い出したくもない思い出を刺激され、心の底の激情が顔を出してしまい、微妙にだが動きが荒くなってしまった俺の隙を逃さず、ゴードンが素早く追撃に入る。


「くっ!」


 ゴードンが突き出した拳には、ゾッとするような命気が込められている。総量や密度もだが、それよりも、まるで統一感のない、バラバラの命気が無理矢理ひとまとめにされたような不気味さを感じ、俺の背筋に怖気おぞけが走った。


 なによりも、複数の命気が混ざっているなんて時点で異常なのに、その中に奴自身の命気を……、命を感じないという事実が、本当にゾッとする!


「ほう、避けたか」


 絶対にまともに受けるなという、俺自身の超感覚による忠告にしたがって、強引に身体をひねることで、その拳から逃れることには成功したが、ゴードンの猛攻は、まだ終わらない。


 ゴードンが自分の攻撃を避けた俺に向かって、ボソリと呟くと同時に、奴の意識が周囲の魔素へと干渉し、こちらに向かって棘のように伸びてくる。


「だから……、それは一体、どうなってんだよ!」


 俺も悪態を吐きながら、あらかじめ頭の中に用意していた構成を元に、魔方陣を展開して対抗しようとするが、どうしたって遅すぎる。


 どれだけ素早く展開しても、こちらは魔方陣でワンクッション、それに比べて、向こうは魔素に対して、直に干渉では、勝負にならない!


「――つうっ!」


 カイザースーツの上に魔方陣を重ねることで、なんとか防御を固めて、迫りくる棘を受け止めようとしたが、それでは足りないという絶望的な直感に突き動かされ、ギリギリで身をよじる。


 僅かに、本当に僅かにかすっただけなのに、魔方陣ごとカイザースーツの表層が、捻じれるように、あっさりと切り裂かれてしまう。確実な死を予感させる破壊力を前に、下手に動くことができず、無様ぶざまなくらい行動を制限されてしまった。


 絶望的なまでに急速に高まる、超感覚からの警告に従い、俺は限られた動きの中でも最速で、両腕を胸の前で重ね合わせ、命気をみなぎらせながら、同時に魔方陣を展開して、防壁を構築する。


 その次の瞬間、凄まじい衝撃と共に、俺の身体は後方に吹き飛んだ。


「――がはっ!」

「ふむ……、今度は防いだか」


 防いだ……、確かにゴードンが言うように、俺は奴の一撃を、超感覚に任せた咄嗟の判断ではあったが、ギリギリで防ぐことには、成功したのだろう。


 その代償として、カイザースーツの前腕部分は砕け散り、俺の両腕も見事に粉砕骨折してしまったわけだが。


「――っ!」


 まったく耐え難い激痛が駆け上り、俺の脳髄はズタズタに焼き切れそうだったが、それを微塵も、おくびにも、表情に出すわけにはいかない。


 見栄を張りたいわけじゃない。この痛みに気を取られることが、悲鳴を上げることが、表情を動かすことが、思考を割くことが、ほんの僅かでも、目の前の敵から意識をらすことが、そのまま即座に致命的な敗北に繋がると、俺の本能が、悲鳴のように訴えているからだ。


 だがしかし、受けてしまったダメージ自体は、決して無視することはできない。


 命気を操ることで、痛覚を遮断し、その場で治癒を始めたはいいが、この手を動かせるようになるまでは、まだ少し時間がかかる。 


 だから俺は、苦し紛れの、苦肉の策を試してみることにした。


「……貴様、ゴードン・真門じゃ……、いや、人間じゃないな?」


 少しでも時間を稼ぐために、俺は会話という手段に打って出る。


 相手がこの会話に乗ってくるかどうかは賭け……、あまりにも不確実な賭けになるが、やらないよりはマシくらいの思惑で、俺は最大限の警戒を続けながら、咄嗟に、これまで奴の様子を観察し、内心考えていたことを、ぶつけてみた。


「ほう、なぜそう思う?」


 余裕の態度のゴードンは、相変わらず面白くもなさそうな表情を浮かべながらも、こちらの会話に興味を示したようで、攻撃の構えを解き、その場にたたずむ。


 俺の両腕が使えないことは、向こうも分かっているだろうに、舐めているのか、それともそれが、正確な戦力差を考えた上での対応なのか、ゴードンは弱ったこちらを攻め立て、決着を付けることよりも、無駄に時間を浪費することを選択した。


 敵の思惑は分からないが、これは好機だ。舐められているというなら、それを利用しない手はない。状況は、どう考えてもこちらが不利なのだから。


 俺は、この機を逃すまいと、矢継ぎ早に自論を展開する。


「単純に、魔素への干渉の仕方がおかしい。ゴードンが悪魔と契約していると仮定したとしても、ハッキリ言って、異常だ。デモニカですら、悪魔の力を借りても、魔方陣という魔術を使う必要があるのに、貴様はまるで、息をするかのように、自在に魔素を操っている」


 そう言いながら、俺は自ら魔素を操り、自分を守るための防壁と、いつでも攻撃に転用できる魔方陣を構成し、可能な限り展開する。


 こちらの動きは、ゴードンにも分かっているはずだが、奴はまだ、動かない。


 俺は更に、話を続ける。


「その命気にしても、そうだ。確かに凄まじい総量を感じるが、それだけだ。命気は自らの内から湧き出るもののはずなのに、まるで外付けのバッテリーでも使ってるようで、貴様自身からは、微塵も命気が生み出されていない。こんなこと、普通の人間なら、ありえない」


 会話をしながらも、俺は全力で命気を巡らせ、強制的に自らの怪我を治療する。粉砕骨折から筋肉の断裂、血管の縫合まで、あっという間に終わらせることには、なんとか成功した。


 急ぎすぎて、後でなにか、強烈な反動でも起こりそうだが、今はそんなことにまで構っている余裕はない。


 俺は多少強引に、会話を続行する。


「それは、松戸による改造手術のせいか? いや違う。そもそも、そんな手術に、超常者として強化されるだけでなく、まるで兵器のような耐久力まで備えるような改造手術になんて、どんな人間だって、耐えられるわけがない」


 時間が無い。俺はカイザースーツの装甲を修復するために、傷を治すために使っていた命気を、無理矢理スーツに流し込み、強制的に自己修復を促進する。


 前に一度、同じようなことをしたときには、このせいでカイザースーツ内部のバランスが崩れ、戦闘後の調整をするのに、時間がかかってしまったが、今は後のことなんて、考えていられるような状況ではない。


 とりあえずこれで、戦闘に耐えうるだけの強度は、俺の腕もカイザースーツも、取り戻せたはずだ。


「だからお前は、人間ではない。人間であるはずがない」


 最後にもう一度、自論を相手にぶつけつつ、俺は自分の状態を確認する。


 これなら大丈夫、これなら、まだ戦えるはずだ。


「ふむ……、正解だ。別に隠すことでもなし、問われたならば、答えてやろう」


 黙って俺の推論を聞いていたゴードンが、特に劇的でもなく、芝居ががった空気を出すでもなく、ただ淡々と、事務的なまでに無感動に、口を開いた。


「お察しの通り、私は悪魔……、ゴードン・真門が、悪魔偽典グリモアールもちいて、自らの意思で契約した、強欲の悪魔だ」


 自らの正体を、自らの真実を口にしながら、なにを誇るでもなく、なにを誇示するでもなく、ゴードンは抑揚のない声で、ただ自分が悪魔だと、俺に告げる。


 悪魔。


 魔素を自在に操り、人間と契約することで、代償を求める代わりに、その力を与える異界の住人。


「もうすでに、奴の魂は欠片も残さずむさぼり喰ってしまったが、私はあの、人並み外れて強欲だった男のことを、存外気に入っていてね」


 あっさりと、本当にあっさりと、人間であるゴードン・真門が、すでに死んでいるということを認めながら、そこで初めて、そう、初めて……。


「だから、どうか私のことは……」


 目の前の悪魔は、満面の笑顔を、浮かべてみせた。


「奴の名から取って……、とでも、呼んでくれ」


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