13-13


『……何者だ』


 突然の乱入者を警戒したのか、ゴードンは、今まさにトドメとして放とうとしていた魔素エーテルへの干渉を中止し、声が聞こえた方向……、上空へと目を向ける。


 そこには、一隻の飛行船が、悠然と空に浮かんでいた。


『むっ……』


 その飛行船から放たれた砲弾が、ゴードンの周囲に着弾し、五色の煙幕を撒き散らしたかと思えば、その一瞬の隙を付いて、五つの影が、上空から瓦礫の山へと、颯爽と飛び下りた。



 そうして、ズラリと揃った正義の味方が、大音声だいおんじょうを張り上げる。



『この世に愛がある限り!』


 堂々と仲間たちの中央に立つ正義のリーダー、マジカルピンク……、桜田さくらだ桃花ももかが、眼下のゴードンを鋭く睨む。


『勇気の炎は途絶えない!』


 そんなピンクのすぐ隣で、彼女を支えるように、素晴らしい気迫をみなぎらせ、マジカルレッド……、赤峰あかみね火凜かりんが拳を振るう。


『澄み渡る水の静けさに!』


 涼やかな声を凜と上げ、冷静に、確実に、敵を射抜くため、マジカルブルー……、水月みつきあおいが、静かに敵の隙を探る。


『慈愛の緑が芽吹くとき!』


 みんなを、大事な仲間を守るため、周囲に細かく注意を向けながら、マジカルグリーン……、緑山みどりやま樹里じゅりが、素早く防壁を展開した。


『正義の光が悪を討つ!』


 そして最後に、マジカルイエロー……、黄村きむらひかりが、真っ直ぐな勇気を持って、強大な敵と向かい合う。


『許せぬ悪を倒すため! マジカルセイヴァー。ここに参上!』


 俺の良く知る、俺の大切な、俺が愛する正義の味方が、今まさに、まるで俺の絶望を切り裂くように、勢揃いしてくれていた。




『マジカルセイヴァー……、あぁ、国家こっか守護庁しゅごちょうか。ふむ……、想定よりも随分と早く出てきたな。ヴァイスインペリアルが潰れるまで、お得意の様子見かと思ったが』


 正義の味方から発せられる敵意を、素知らぬ顔で受け流しながら、ゴードンは面白くもなさそうに、上空の飛行船へと視線を向ける。


『わたしたちの街をこんなにされて、これ以上黙ってられません!』


 ゴードンの強さは……、自分たちが太刀打ちできないヴァイスインペリアルの最高幹部を、三人まとめて倒してしまった強さは、こうして相対することで、それこそ骨身に染みて実感しているだろうが、それでもマジカルピンクは、気丈に振る舞う。


 悪に対して、決して背を向けない。彼女は確かに、正義の味方なのだから。


『自分たちの街を壊されたから、か。理由としては、確かに十分だと思うが、本当にそれだけが理由なら、もっと早く出てくるべきではないかな?』


 特に興味も無さそうな口調で、ゴードンは自論を展開する。


 どうやら、マジカルセイヴァーの他に、国家守護庁に所属している正義の味方が来ていないのか、探っているようだ。


『うるさいな! こっちにも色々、事情があるんだ……、よっ!』

『敵に話すような事情では、ありませんけどね。マジカル! ウォーターアロー!』


 ゴードンの疑問には、当然だが答えず、マジカルレッドが飛び出すと同時に、それを援護するように、マジカルブルーが圧縮された水の矢を連射する。 


 あっという間に接近に成功したレッドが、鋭い蹴りを放ち、ブルーが放った唸りを上げる水の矢も、狙いたがわずゴードンへと襲い掛かる。


 だが……。


『どうにも、タイミングがせんな。やはり、他に理由があるのではないか?』

『くっ!』


 ゴードンが展開した障壁に阻まれ、レッドの蹴りは弾かれてしまう。ブルーの矢も同様だ。敵にダメージを与えるどころか、ゴードンは微動だにせず棒立ちで、戦闘態勢にすら入ろうとしない。


『理由を知って、どうしようというの! マジカル! グリーンアイヴィ!』

『そうよ! 問答無用なんだから! マジカル! サンフラッシュ!』


 隙だらけに見えるゴードンに向けて、マジカルグリーンが緑のエネルギーを束ねたツタを伸ばし、マジカルイエローは敵の動きを止めるために、スタン効果のある光を放つが、どちらも有効な攻撃にはなれなかった。


 強固すぎるゴードンの障壁は、マジカルセイヴァーの攻撃をまともに受けても、かすかに揺らぎすらしない。


『貴様らの理由に、興味はない。不合理な選択に、納得がいかないだけだ。……いや、これが興味がある、ということになるのかな? 人間は、なかなか難しい』


 よく分からないことを自問しながら、ゴードンは薄く笑っている。その姿は、思わず背筋に冷たいものが走るたぐいの、不気味さだった。


『――っ! みんな、行くよ! マジカル! ピンクバレット!』


 もはや不気味を通り越し、不穏な空気を漂わせているゴードンの言動は無視し、マジカルピンクが仲間に対して、総攻撃を命じながら、自らも輝く銃身から無数の魔弾を放ちつつ、敵に向かって接近する。


 棒立ちのゴードンに対して、レッドが連続で見事な打撃を放ち、ブルーは援護射撃を雨のように射続け、グリーンがいつでもシールドを張れるように気を配りつつも、緑のツタで相手を絡めとろうと奮闘し、イエローがレッドに続いて、積極的に接近戦を仕掛けた。


 それぞれ全力で攻撃を行う仲間たちを繋ぐように、マジカルピンクの細かい指示により調和した、マジカルセイヴァーが一丸となった攻撃は、お互いの持ち味を最大限に生かし、見事な連携プレーとなって、ゴードンに襲い掛かる。


『自分たちの住処を守りたいというのは、生物としての本能にも近い、必然的な感情だろうが、それにしては遅すぎる。恐らく、なんらかの理性的な事情があって、実際の行動に移れなかったと推察するが……』 


 互いに互いを高め合うような、マジカルセイヴァーによる素晴らしい連携攻撃の嵐にさらされながらも、ゴードンの障壁はビクともしない。


 やはり隙だらけの棒立ちのままで、ゴードンは余裕の表情だ。


『理性的に動いていたというのなら、尚更このタイミングで出てきた意味が分からんな。事此処ことここいたってしまえば、ヴァイスインペリアルが完全に潰れるのを待つ方が、効率的だろうに、なぜだ? 本当に、もう数秒待てばいいだけだったろうに』


 激しい攻撃の真っ只中で、鉄壁の障壁に守られながら、ゴードンはいぶかし気な表情を浮かべ、何気ない仕草で右手を上げ、倒れ込んでるデモニカへと、向けた。


『まさか正義の味方が、悪の組織を守ろうとしたわけでもあるまいに』

『……っ! グリーン! イエロー!』


 周囲の不穏な魔素の動きを、的確に察知したらしいピンクが、素早い決断を下し、自らも駆け出すのと同時に、その声を聞いた他の二人も、素早く行動を開始する。


『分かったわ! ふっ!』


 グリーンが展開したシールドを貫通するために、ゴードンの放った小さな魔弾が、一瞬だけだが、その勢いを弱める。


『イエロー!』

『了解ですー!』


 その一瞬のタイムラグを見事について、素早くデモニカに向かって走り寄ったピンクとイエローが、力尽き動けない悪魔元帥あくまげんすいの身体を抱え上げ、なんとかギリギリで、魔弾の回避に成功した。


『ふむ? まさかと思ったが、そのまさかとは、これはまったく、意味不明だ』


 残ったレッドとブルーによる攻撃を障壁で防ぐだけで、ゴードンは追撃もせず、鉄仮面のような無表情で、自力で立つことすらできない悪の女幹部を支える、正義の味方に目を向ける。


 確かにそれは、不可思議な光景だった。


 正義が悪を、自らの危険もかえりみず、ただ助けてしまっているのだから。


『うっ……、つっ、あなたたち……、どうして……?』


 力無く正義の味方の肩を借り、なんとか立っていられるような状態のデモニカが、か細い声で、それでも疑問を口にする。


 だがしかし、それは当然の疑問だろう。


 悪の組織ヴァイスインペリアルが、正義の味方マジカルセイヴァーに助けてもらえるわれなど、ないのだから。


『……あなたたちには、どうしても聞きたいことが、ありますから……』


 その疑問に答えるように、デモニカを支えているマジカルピンクが、口を開いた。


『……聞きたいこと?』

『シュバルカイザー……、ううん、統斗すみとくんのことです』


 正義の味方が提示した回答に、弱々しい声を上げたデモニカの方には顔を向けず、ただ真っ直ぐに、敵であるゴードンを見据えたマジカルピンクが、静かに続ける。


『統斗くんが、どうして悪の総統なんてやってるのか、それを聞くまでは……、その答えを聞かないと、わたしたちは、一歩も前に進めない!』


 その声は、確固たる決意と揺るぎない覚悟が混ざり合い、激情でも落胆でもない、まるで澄んだ水面のように穏やかな、美しさすら感じる落ち着きに満ちていた。


『それは難儀なことだが、だとしても、おかしな話だ……』


 正義の味方の鋭い視線を、縦横無尽な攻撃を、さらりと余裕で受け止めながら、ゴードンは表情も変えず、独り言のように呟く。


『理由なぞ、本人に直接聞けばいいだろう。シュバルカイザーは、まだ生きている。答えを知りたいと言うのなら、お前たちが向かうべきは、ここではなく、それこそ直接、張本人のところだろう』


 呆れた……、というよりは、ただ単に自分の思い付きをブツブツと漏らしているだけのゴードンに対して、マジカルセイヴァーは攻勢を強めていく。


 まずはピンクと共に、デモニカを支えていたイエローが、その手を離して、閃光のように飛び出した。


『うるさいわね! バーカ! そんなこと、あんたに関係ないでしょ! バーカ! なんとなくに決まってるじゃない! バーカ!』


 実に彼女らしい、子供っぽい罵倒を浴びせながら、マジカルイエローは障壁に守られたゴードンを、やたらめったらに蹴り殴りまくるが、残念ながら、目に見えた効果は上げられない。


 打撃も、悪口も、まともに受けてるはずのゴードンは、どこ吹く風だ。


『なんとなくで、命を懸けるのか? 正義の味方とは、随分と無責任なのだな』

『無責任なんかじゃない! あたしたちは、自分が守ると決めたものを、全力で守るために戦ってるんだ!』


 まったく微動だにしないゴードンに向かって、マジカルレッドが全力で拳を繰り出し、打ち込むが、届かない。敵にダメージを与えるどころか、その口を閉じさせることすら、困難だった。


『守ると決めた? 正義の味方が、悪の組織をか?』

『少し違います。ただの悪の組織ではありません。統斗さんが率いているという、統斗さんの悪の組織、です』


 マジカルブルーが放つ水の矢も、ゴードンの障壁を貫くことができない。黙々を射撃を続けるが、その全ては弾かれてしまう。


『……貴様らにとって、シュバルカイザーが特別だということは分かったが、それならば、尚更に解せんな。守るなら、その特別らしいシュバルカイザー本人を守ればいいだろう。なぜ命を懸けてまで、その部下なんぞを助けようとする』


 ゴードンが、その冷たい視線を向けた先では、デモニカが、レオリアが、ジーニアが、いつもの絶対的な強者の雰囲気を微塵も感じさせない……、本当に、無残とも言える有様で、自ら立ち上がることすら、できずにいた。


 その姿は、強く美しい悪の女幹部というよりも、はかなもろい、憐れな被害者と呼ぶに相応しい……、彼女たちを知る者からすれば、信じ難い光景だ。


『黙りなさい! あなたには分からないわ! 人が人を守るなら、それはただ、その人だけを守ればいいわけじゃない! その人が大切にしているものも守らないと、本当の意味で守れたことには、ならないのよ!』


 そんな弱り、衰弱し、今にも気を失いそうな悪の女幹部を、正義の味方の仇敵を、マジカルグリーンがバリアを展開し、守ると同時に、この惨状の原因であるゴードンに向けて、緑の木の葉のようなエネルギー体を飛ばし、攻撃するが、やはり相手の障壁は破れない。


『……つまり、シュバルカイザーが大切にしている自分の組織が、奴の不在時に壊滅の危機に陥ったから、こうしてわざわざ、正義の味方がやってきて、ご丁寧にも悪の組織を守ってやろうとしている、というのか? それはまた……、随分と利己的な理由ではないかね? それが正義と呼べるのか?』


 まるで暴風雨のような猛攻を、まったくの無表情でやり過ごしながら、ゴードンはマジカルセイヴァーに、正義の味方に、その正義を問う。


 自分の考え一つだけで、悪の組織すら助けてしまう。


 それが果たして、正義なのかと。

 それを正義と、名乗っていいのかと。


『呼べます! ……いいえ、呼べなくたって構わない! 誰になにを言われたって、関係ない! わたしたちの正義は、わたしたちの中にある!』


 だがしかし、誰に自らの正しさを問われたところで、マジカルピンクは……、正義の味方は揺るがない。


 なぜならば、正義とは、それを掲げた者の正しさを証明するものではなく……。


『好きな人の……、愛する人の全てを守る! それが、わたしたちの正義です!』


 正義とは、ただ自らの心の奥で、激しく燃やすものなのだから。


『なるほど、愛が正義か。……ふっ、やはり私には、理解できんな』

『あなたに理解される必要は、ありません!』


 いまだに力が戻らないデモニカを、優しくその場に降ろしながら、マジカルピンクが勇ましく啖呵を切って、目の前の敵……、ゴードンと向かい合う。


『レッド、イエロー、離れて! ――マジカル! コーラルガトリング!』


 リーダーの声を聞き、ゴードンに接近戦を仕掛けていた二人が、一瞬でその意図を汲み取ると、素早く飛び退くと同時に、マジカルピンクの手元に、巨大な重火器が出現した。


『ブレイク!』


 そして次の瞬間、ピンクの体格には不釣り合いな、大きすぎるガトリング砲が、空気を切り裂くような轟音と共に火を噴いて、ゴードンの障壁に向けて、魔弾を雨あられと撃ち込み続ける。


『……っ! グリーン!』

『任せて! マジカル! クロム・グリーンフォレスト!』


 ガトリングによる銃撃に、切れ目が生まれそうになった、その刹那、ピンクの号令に合わせて、マジカルグリーンが持てる力の全てを解放し、暗い森を思わせるエネルギーの集まりがうねりを上げ、ゴードンを引き千切ろうと、そのツタを伸ばす。


『マジカル! サンライトスパーク!』


 暗い森による蹂躙が終わった瞬間、マジカルイエローの姿が掻き消えるのと殆ど同時に、光速と見紛みまごう速度で、周囲の瓦礫から適度な大きさのつぶてが、ゴードンへと向けて、無数に飛来する。


 自らを光速としたイエローが、あらかじめ拾っておいた瓦礫を、その光の速度の状態で投げまくっているのだと気付くのに、少し時間がかかってしまった。


『マジカル! ネイビーコンパウンド!』


 ピンク、グリーン、イエローによる全方位攻撃による効果を冷静に見極め、ゴードンの障壁の中で、最もダメージが蓄積されているであろう箇所に向けて、マジカルブルーが渾身の一矢を放ち、的確に命中させる。


『マジカル! クリムゾンレッグ!』


 ブルーの放った必殺の矢が、障壁にヒットする直前、両足を激しい炎で包み込んだマジカルレッドが、爆発的な加速と共に飛び出し、驚異的な破壊力を秘めた蹴りを、見事なタイミングで、その矢の着弾と重ね合わせた。


『ふむ……』

『――チッ!』


 しかし、それだけしても、ゴードンの障壁は、まだ破れない。


 大きく舌打ちをしたレッドは、その頑丈すぎる敵の防壁を蹴り飛ばし、跳躍すると、大きく後方に向けて距離を取る。


 その先では、すでに他の四人が一か所に集まり、その手の平をしっかりと、互いの想いを集めるように、かさね合わせていた。


『レッド!』

『分かってるって!』


 マジカルピンクに言われる前に、見事に着地を決めたマジカルレッドが、瞬時にその輪に加わり、自らの手も重ねる。


 この瞬間、マジカルセイヴァー全員が揃うと同時に、正義の味方は一斉に、必殺の合図を口にした。


『マジカル! グランバズーカ!』


 眩い輝きと共に、凄まじい威力を秘めた、五色の力の奔流ほんりゅうが、唸りを上げて突き進み、ゴードンに襲い掛かる。


 周囲の魔素を巻き込みながら、一瞬一瞬で劇的に高まる威力の、その直撃をもってして、夜の闇を刹那に照らす閃光と、静寂を吹き飛ばす爆音が巻き起こり、辺りの瓦礫が舞い上がると共に、モクモクと粉塵が立ち上る。


 正義の味方による完璧な一撃が決まり、絶望的な戦場に、一瞬の静寂が訪れた。


『これなら……!』 

『やはり、理解はできないな』


 しかし……、だがしかし、希望を込めたピンクの呟きを打ち砕くように、まったくダメージを受けていない……、どころか、これまでの正義の味方の攻勢など、全て無意味だったかのように、平然としたゴードンの、抑揚のない声が、舞い散る砂煙の奥から不気味に響く。


『理解はできないが……、トッピングとしては、悪くない』

『――っ! きゃあああああああ!』


 まったくの無傷……、障壁すら破れていないゴードンが、小さく指を鳴らすと、奴の意思が魔素へと伝わり、まるで紫電のような瞬きとなって、一瞬で拡散し、正義の味方を打ちのめす。


 たったそれだけで、マジカルセイヴァーは全員、抗えない悲鳴と共に、地面へと崩れ落ちてしまった。


『だが、あくまで個人的な好みを言われてもらえば、私は甘ったるい愛などよりも、苦み走った絶望の方が、美味いと感じる性分だ』

『ううっ、くっ、あああああああああああああああ!』


 傷つき、倒れ、動けない正義の味方に……、そしてヴァイスインペリアルの、俺の組織の大事な仲間に、ゴードンは無表情に、無感動に、魔素そのものに破壊力を走らせながら、面白くもなさそうに、淡々と攻撃を続ける。


『貴様らが幾ら正義をこうと、愛にじゅんじようと、全ては無駄だ。結局は貴様ら全員、私の腹の足しになるだけの、儚い運命なのだからな』


 正義の味方の、その信念を駆けた、命懸けの行動を、無駄だと、意味の無い行為だったと断じながら、ゴードンは冷たい視線を、周囲に向けた。


 その様子には、吐き気すら覚える。


『貴様らには、誰も救えない。自分すら救えない。無駄に生きて、無駄に死ぬ……。勢い込んで乗り込んできたはいいが、無駄に命を散らすのが、精一杯……』


 相手の絶望を煽るように、朗々と敵を侮蔑するゴードンの表情は、なにも変わらない。その声色すら、なにも変わらない。ただただギラつく飢えた目で、獲物を狙う捕食者としての優位性を誇示している。


 その様子には、怒りを抑えられない。



 ――あぁ、本当に、抑えられそうにない……!


 この俺の胸の奥に渦巻く、激情は!



『まったく、正義の味方ともあろう者が、無駄なことをしたものだ』


 無駄ではない。

 絶対に、無駄なんかなじゃない!


「さて……、それでは食事とさせてもらおうか。精々絶望にまみれて死……」

「――死ぬのは、貴様だ!」


 なぜなら、俺がこうして、間に合ったのだから!


「――ぐうう!」


 無表情だったゴードンが、無感情だった怨敵が、最大加速と共に放った俺の飛び蹴りを受けて、無様ぶざまな叫びと共に、盛大に吹き飛んだ。


 そう、正義の味方の行動は、決して無駄だったわけじゃない。


 彼女たちの決死の攻撃が、ゴードンの展開していた障壁に、小さいながらも穴を穿うがち、そのほころびに対して、これまでウンザリするほど持て余していた時間を使って構築した、対障壁用の魔術を捻じ込むことで、なんとかギリギリで、あの強固すぎる守りを突破することに成功したのだ。


 だから、この一撃は、俺だけの一撃じゃない。


 俺と、俺の愛する正義の味方からの、全身全霊の一撃だ!


「俺がいない間に、随分と好き勝手してくれようだな……!」


 ゴードンを蹴り飛ばし、その場に自らの足で降り立ったことで、俺はようやく、本当にようやく、実感する。


 俺は、自分の帰るべき場所に、ようやく帰ってきたのだと。


「この落とし前は、貴様の命でつけてもらうぞ! ゴードン・真門まもん!」


 俺はようやく、間に合ったのだと。



 さあ、最後の戦いを、始めよう……!


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