13-12


 痛恨の犠牲を払い、ようやくたどり着いた街は、まさに地獄と化していた。


 こうして空から見ると、よく分かる。この破壊には起点が存在し、そこから放たれた無秩序かつ無慈悲な力の奔流ほんりゅうによって生まれた、無差別に周囲を破壊し尽くした傷痕が、重苦しい夜の闇の中で、生々しい炎の揺らめきによって、まるで血の痕跡こんせきを残すかさぶたのように、ジクジクと浮き出ている。


 建物は倒壊し、あちこちから火の手が上がり、切れた電線からこぼれた火花が、逃げ惑う人々の様子を、不吉に照らし出す。


 疑次元ぎじげんスペースも、強制セーフティスフィアも、どちらも正常に働いていない。今こうして、目の前で起きている破壊は、もう取り返しのつかない、思わず目を背けたくなるような現実のかたまりだった。


「……くそっ! どうしてこんなことに……!」


 どうして、なんて他人事みたいに吐き捨てても、答えは分かっている。


 これは全て、俺のせいだ。


 平和だったはずの街が、いきなり致命的なまでに破壊されたのも。

 穏やかに暮らしてた人々が、苦しみながら逃げ回るような事態が起きたのも。


 全ては俺が失敗したから、見誤ったから、慢心したから、気を抜いたから、浅はかだったから、間抜けだっから、起こるべくして起きてしまった、致命的なミスだ。


 もっと慎重になるべきだった。

 もっと警戒するべきだった。

 もっと強くなるべきだった。


 後悔は無限に湧いて出てくるが、全ては遅い。遅すぎる。


 今の俺がするべきなのは、後悔なんて、自分を慰める行為じゃない。


 一刻でも早く、この悪夢のような状況を、終わらせることだ。


「急がないと……!」


 監視者サーヴィランスシステムを起動し、マイクロカメラを飛ばして、素早く周囲の確認を行った結果、おおよその状況を掴むことには、成功している。


 崩壊した街中では、あらゆる場所で混乱が起きていた。


 年が明けたばかりの夜に、突如これだけの大破壊に巻き込まれてしまえば、当然といえば当然だろうが、それでもまだ、全てが終わり、すでに誰もが生きることを諦めてしまったような、絶望的な空気にまでは、陥ってはいない。


 我らがヴァイスインペリアルの一般戦闘員たちが、各地で救助活動や避難誘導を行い、迅速に市民を助け、導いている。まだ誰も、諦めてなどいない。この苦難から生き残り、立ち直ることを信じて、逆境の中でも、前に進もうとしている。


 彼らを救い、助けることこそが、総統である俺の役目だ。


 そのためには、まずこの惨状の原因を、取り除かなくてはならないのだが……。 


「――間に合ってくれ……!」


 惨状の原因……、この大破壊の起点である場所……、俺たちヴァイスインペリアルの地下本部で繰り広げられている、信じ難い……、絶対に信じたくない光景が、監視者システムを通じて、俺の目に飛び込んできていた。




『ぐうっ!』

『悪いが、何度やろうと、私に魔術は効かない』


 けいさん……、いや、悪魔元帥あくまげんすいデモニカが放った、恐ろしいほどの魔素エーテルを圧縮し尽くした魔弾を、手を振るだけであっさりと分解したゴードンが、お返しとばかりに指を鳴らした瞬間生まれた、凄まじい魔素の閃光によって、デモニカのみならず、周囲の瓦礫が、あっけなく吹き飛ばされた。


 そこは俺たちの地下本部……、ではない。いや、座標的な観点で計測するならば、確かにヴァイスインペリアル地下本部なのだが、あそこは違う。あれでは、もう地下とは呼べない。あれでは、だ。


 俺たちの地下本部は、すでに跡形すらも、残されていなかった。


 ワープル-ムが壊された……、なんてレベルの話ではない。大ホールも、作戦司令室も、トレーニングルームも、プールも、大浴場も、一般戦闘員の待機室も、最高幹部たちのプライベートルームも、その全てが瓦礫に埋まってしまっている。


 そして無残に破壊されたのは、地下本部だけではない。その上層に存在していたインペリアルジャパン本社ビルも嘘みたいに崩れ落ち、その残骸が、地下本部が存在した場所にポッカリと空いた巨大な穴に、流れ込んでいた。


 本社ビルの近くにある、ヴァイスインペリアルの寮として使われていた超高層マンションも同様に、見る影もなく倒壊してしまい、もはや廃墟と呼ぶことさえ、躊躇ためらわれるような有様だ。


 そんな状況で、いつまでも地下にいられるはずもなく、ゴードンとの戦いは、いつしか地表へと、その場を移したのだろう。 


 それはつまり、ゴードン一人を相手にして、この国最大規模を誇る悪の組織……、ヴァイスインペリアルが、その侵攻を押し止めることができず、むしろ押されているということを、意味していた。


『え~い! この~!』

『ふむ……、残念だが、そちらも無意味だ』


 マリーさん……、無限博士むげんはかせジーニアの命を受け、ブスブスと危険な煙を噴き出しながらも、クレイジーブレイン君が必死に放ったレーザーの束を、ギリギリで避けながら、ゴードンが面白くもなさそうに視線を向けただけで、激しい爆発がジーニアの周囲で巻き起こる。


 それは魔術のたぐい……、とは思えない。


 確かに、あの爆発は魔素によるものだが、魔素へと干渉するための、魔方陣や呪文のような、もしくは魔術道具マジックアイテムだとかいった外部要因が、一切確認できなかった。


 まるで、ゴードンがそう望んだだけで、魔素そのものが、奴の思い通りに動いたような印象だ。


 あれでは、まるで……。


『きゃ~!』


 爆発に巻き込まれたジーニアは、クレイジーブレイン君に包まれるようにして防御したために、なんとか無事な様子だが、負ったダメージ自体は、決して軽くない。クレイジーブレイン君には、強力な自己修復機能があるのだが、どうやら修復が追いつかないようだ。


『ジーニア! おのれ! 小癪こしゃくな真似をしおってからに!』


 部下の危機に対して、激昂した様子の祖父ロボの姿は、いつものポンコツロボット丸出しの風貌とは、一味違っていた。


 両腕にはミサイルランチャーらしき物体が装着され、背中には二門のキャノン砲にブースターも装備し、胴体には追加装甲に加えて、ビームでも発射しそうな巨大な砲門まで備えている。


 もしかしたら、あれがいつか言っていた、祖父ロボのフルアーマー形態……、というやつなのかもしれない。


『邪魔だ。私は、出涸でがらしには興味がない』

『ぐぬぬぬ……! ぐわあああああ!』


 持てる武装を一斉に発射して、ゴードンを攻撃した祖父ロボだが、成果はゼロだ。その全ては効果を上げるまえに迎撃され、防御され、避けられ、無駄に終わった。


 それどころか、反撃とばかりに放たれた衝撃波で派手に吹き飛ばされ、フルアーマー祖父ロボは、全ての装備を破壊されてしまう。


統吉郎とうきちろうのじいちゃん!』

『ぬうう……、やられてしもうた……』


 ボロボロになって、派手に吹き飛んだ祖父ロボを優しく受け止め、そっと地面に降ろした千尋ちひろさん……、破壊王獣はかいおうじゅうレオリアが、まったく汚れていない高級スーツ姿で、悠然と佇んでいるゴードンを、キッと睨む。


『――はっ!』

『おっと……、ふむ、やはりもう少し、慣れる必要があるか……』


 恐るべき殺気と共に、人外の速度で肉迫し、必殺の威力を込めて振るわれたレオリアの拳を、驚くことに見事に避けながら、ゴードンは余裕を持って、距離を取る。


『ふっ! ……それでは、試させてもらうぞ!』


 ゴードンが、その身体に力を込めた瞬間、凄まじい命のほとばしりがあふれ出し、眩い輝きとなって奴を包み込む。


 その光景に……、命がみなぎり、力となるその光景に、俺は覚えがある。もうどうしようもないほどに、確かな実感として、俺はあれを、知っている。


 あれは命気プラーナだ。命気の力だ。

 間違いない。間違うはずなど、あるわけがなかった。


『――くっ!』

『――ちっ、なかなか難しいな』


 爆発的な加速を見せながら、今度は自分の方から距離を詰めたゴードンが、鋭い蹴りを放つと同時に、周囲の魔素を無拍子で操り、レオリアの動きを制限するように、禍々しい魔弾を放つ。


 正直、見ているだけでゾッとするような連携だったが、どうやらゴードン本人は、その攻撃に不満があるらしい。


『得意な方に逃げるのは、怠慢と同義か……。いかんいかん、これでは意味がない』


 自嘲するように小さく呟くと、ゴードンは周囲の魔素への干渉を止めて、自らの内に潜む命気を更に引き出し、レオリアに対して肉弾戦を挑んでいく。


『この……! あんまり舐めるなよー!』

 

 最短距離で、最大効果を狙うゴードンのショートパンチを避けながら、レオリアは変幻自在に、大地を切り裂くような蹴りを放つ。


『舐める……? 私がお前を、舐めるはずがないだろう?』


 まともに喰らえば、即座に肉塊と成り果ててしまったであろうレオリアの蹴りを目前にしながらも、ゴードンには一切の恐怖も、躊躇ちゅうちょも、見えてこない。


 ただ淡々と、死神の鎌のような蹴りを、軽くジャンプしてかわすと、そのまま空中で制止してみせた。


 そう、制止だ。

 ゴードンが、宙に浮いている。


 だが奴は、ゴードン・真門は、魔素には干渉してしていない。今まさに、こうして奴が空に浮かんでいるのは、決して魔素による事象の結果などではない。


 それは、見れば分かる。

 魔素を認識できる俺が見れば……、いや、もはや誰が見たって、一目瞭然だ。


『この力を奪うために、私があれほど苦労した男の、実の妹であるお前を、私が軽んじるなんて、まったくありえない話だ』


 翼が……、空に浮かぶゴードンの背中には、一対の翼が生えている。


 それは、一目見て猛禽類を思わせる、巨大で猛々しい、漆黒の翼だった。


『……! その翼は、一兄かずにいの……!』

『そうだ。これは貴様の兄……、獅子ヶ谷ししがや一鷹かずたかから奪った力だ』


 決して見逃せない事実に気が付いた様子のレオリアに対して、ゴードンは余裕の表情を浮かべながら、背中の翼を使い、悠々と空を飛ぶ。


『かなり苦労をした上に、深手も負ったが、なに、命気の力を得るためならば、決して惜しくはない犠牲だった』


 常につまらなそうな表情を浮かべているゴードンにしては珍しく、なにか不吉なことを思い出しながら、うっすらと笑みらしきものを浮かべているその様子は、正直、背筋が凍るほどの不気味さだった。


『あぁ、まったく……、本当に苦労したが、まったく苦労したが、その分だけ、苦労した分だけ、実に素晴らしい満足感を得られたものだった……』


 暗く、深く、不吉に笑っていたゴードンが、一瞬で真顔に戻り、残酷な真実を、あっけなく告げる。


『お前の兄を、殺した時にはな』

『――っ!』


 その瞬間、レオリアの全身から立ち昇った感情は、怒りではなく、警戒だった。


 空中のゴードンからは、決して目を離さず、相手の動向に、細心の注意を払った上で、慎重に身構える。そして次の瞬間、自らの命気を静かに引き出し、レオリアの全身を包む金色の獣毛が、輝くような白銀に染まる。


 激情に駆られたわけでは、断じてない。


 ただ冷静な判断として、破壊王獣レオリアは、その全力をさらけ出す。


『ほう? 私が肉親の仇だと知っても、激昂げきこうするどころか、その感情が揺らぎもしないとは、流石あの男の妹だ。素晴らしいぞ』


 全力を出したレオリアを前にしながらも、ゴードンは一切ひるまない。


 考えてみれば、それも当然か。前に伝え聞いた話では、レオリアの……、千尋さんの兄である一鷹さんは、我らがヴァイスインペリアルの最高幹部を務めている妹と同じか、それ以上の強さを持っていたらしい。


 そんな相手を、すでに倒しているという自信か、もしくは、そんな相手から、すでに力を奪っているという事実のせいか、ゴードンの態度には、余裕すら感じられる。


 感情を別にすれば、レオリアが警戒するのも、当たり前だ。


 この目の前の、肉親の仇は、自分と同等以上の力量を持つ兄を倒したばかりか、その上で、その兄の力まで奪っているというのだ。単純に考えても、現在のゴードンの強さは、獅子ヶ谷一鷹を倒した時よりも、格段に向上しているということになる。


 それは単純に、恐るべき脅威だった。


『ふむ……、これでは調整どころではないな。それでは、こちらも少し、本気を出させてもらおうか!』


 余裕は持っていても、ゴードンに油断は見えない。レオリアの本気を確認してか、命気のみで戦うのはやめ、周囲の魔素への干渉を再開した。


 周囲に一瞬で、チリチリとした殺気が溢れ、刹那の静寂が訪れる。


『それでは……、殺してやろう!』

『――来い!』


 漆黒の翼を器用に操り、風よりも速く急降下してきたゴードンを、レオリアは万全の態勢で迎え撃つ。


 飛び込んで来たゴードンに向けて、レオリアが肉眼では捉えることさえ不可能な速度の拳を振るうが、その一撃は、魔素の壁に阻まれてしまう。


 タイミングがズレてしまったレオリアの拳を避けたゴードンが、横薙ぎに拳を振るいながら、周囲の魔素を鋭い棘のように収縮させ、相手の動きに制限をかける。


 木っ端な威力ならば、あんな細い棘など無視して、強引に攻め込めばいいのだろうが、そんな生温い攻撃をゴードンがするはずもなく、無数に出現した黒い棘の一つ一つが、全力のレオリアに対しても、十分効果を発揮できるだけの貫通力を秘めているのが、こうして見ただけでも感じ取れる。


 本当に、信じられらないくらいの魔素への干渉力だ。


『あー! めんどくさい!』


 詰将棋のように行動を制限されることを嫌ったレオリアが、多少のダメージは覚悟したのか、強引に蹴りを放つが、それをゴードンは、正面から受け止める。


 受け止めてしまう。


 本気のレオリアが放った、全力の蹴りを、正面から。


 それは、到底信じられないような光景だった。本気のレオリアの力を、誰よりもよく分かっている俺からしてみれば、本当に、信じられない。信じたくない。


 あの蹴りの余波で、再び周囲の瓦礫の山が、木の葉のように撒き散らされてしまったというのに、その中心で、その威力をまともに受けたはずのゴードンは、涼しい顔をして、レオリアの足を掴もうとする。


『――ちぃ!』


 掴まれるのは絶対にまずいと、レオリアの超感覚は判断したのか、残った足で必死に地面を踏みしめて、強引に体勢を崩しながらも逃れようとするが、ゴードンが周囲の魔素を操り、閃光のように瞬かせて、その動きを封じる。


 レオリアも、その攻撃に合わせて自らの命気を放出し、迎撃するが、どうしても後手に回ってしまい、ジリジリとゴードンに主導権を奪われてしまう。


 単純な格闘能力だけを比較するなら、レオリアの方が有利……、というのは贔屓目ひいきめかもしれないが、もっと拮抗していてもおかしくない。


 しかし、魔素を自在に操る上に、驚くべき身体能力と、異様なまでの耐久力をあわせ持つゴードンの方が、総合力でレオリアを……、あのレオリアを、完全に上回ってしまっている。


 にわかには信じられないことだが、それが現実だった。


 目を背けても変わらない、どうしようもない現実だ。


『悪いな。貴様の兄から奪った命気は、私の想像以上に、有用なようだ』

『くっ! つっ! ……ううぅ!』


 あのレオリアが、いつだって圧倒的な力で、笑いながら敵を一蹴してきた無敵の最高幹部が、気付けばゴードンの猛攻に押され、防戦一方となっている。


 それは本当に、悪夢のような現実だった。


『……! ……!』

『ほう……、随分と、幼い悪魔だ』


 仲間の窮地に、自らが契約している淫魔……、リリーの力を解放し、全身を青い炎の繭に包み込み、その周囲に黒く巨大な悪魔の手足を生やしたデモニカが、死力を尽くして、可能な限りの魔素を掻き集め、圧縮し。ゴードンに向けて放つ。


 まさに必殺の一撃……、髪の毛一本でも巻き込まれれば、そこを中心に魂ごと捻じ切られてしまうだろう、凄まじい魔素の渦だった。


『だが、残念だが、私とは年期が違う』

『……! ……っ! あぁ!』


 しかし、そんな悪魔の力を借りた渾身の攻撃も、ゴードンが軽く指を鳴らしただけで、あっさりと霧散してしまう。


 いや、それだけではない。パチンと小さな音が鳴った瞬間、デモニカが解放したはずのリリーの力も、一緒に掻き消えてしまっていた。


 瞬間、生身をさらし、無防備となってしまったデモニカに対して、ゴードンの意思が込められた魔素が襲いかかり、炸裂する。


『もう~! これならどう~!』

『ナノマシンによる攻撃か……、当然、それも対策済みだ』


 ジーニアの叫びと共に、ボロボロになったクレイジーブレイン君から、目に見えない極小サイズのメカが切り離され、ゴードンの体内に侵入し、血管や内臓器官を直接攻撃しようとしたようだが、効果は上がらない。


 恐らく、事前に対策を講じていたのだろう。少なくとも、魔素や命気の類で防いだようには見えない。やつの肉体と、その内部そのものに、あらかじめ手が加えられていたと考えるべきだ。


 つまり、何者かの手によって、改造されていると。


『きゃあ~!』

『デモニカ! ジーニア! この!』


 ゴードンが放った魔弾をまともに受けてしまい、悲鳴を上げるジーニアと、いまだにダメージから立ち直れず、そのまま地面に倒れ込むデモニカの様子を見てしまったレオリアが、声を荒げる。


 しかし、それは、それだけで、致命的だった。


『仲間がやられて動揺したか……。隙が生まれたぞ!』

『ぐううう!』


 動揺と言っても、意識を逸らしたわけでも、集中力が途切れたわけでもない。ただ少しだけ、本当に少しだけ、感情が揺れただけだ。


 ただそれだけ……、本当に、僅かに揺らいだだけのレオリアに生まれた、隙とも言えないような隙間に対して、ゴードンは冷静に、的確に、致命的な拳を叩きこんだ。


 その一撃を受けただけで、レオリアは苦悶の声を上げながら吹き飛ばされ、瓦礫に激突すると、そのまま動けなくなってしまう。


 レオリアだけではない。デモニカも、ジーニアも、動けない。

 誰一人、動くことができない。


 全員、まだ意識は残っているようだが、ダメージが深すぎて、その場に倒れ伏しながら、荒い息を吐くのが、精一杯だ。


『……ふむ。まぁ、こんなものか』

『おのれ! よくもワシの可愛い部下たちを……! ぐおっ!』


 身体中から火花を散らした祖父ロボが、それでも気を吐き、一人でも立ち向かおうとしたが、ゴードンの放った魔弾を受けて、その場に崩れ落ちた。


 完敗だ。完膚なきまでの敗北だ。


 地下本部を無残に破壊され、最高幹部たちは、全員打ち倒されてしまった。


 これが敗北を言わず、一体なんだというのだろうか?


『さて、それでは、奴がここに来る前に、食事を済まさせてもらおうか……』


 倒れ込み、動けないみんなを見渡しながら、ゴードンはつまらなそうに、自分のスーツのホコリを払うと、品定めを始める。


 まるで、オードブルをどれにしようか決めるみたいに、無感動な様子で。


 俺はその様子を、ただ見ていることしかできない。


「くそ! くそくそくそくそ! くそ! やめろ! やめろよ!」


 叫んでも、状況は変わらない。変わるはずがない。


 俺があの場に到着するためには、もう少しだけ、時間がかかる。


 それが、現実だ。

 どうしようもない、どうにもならない、どうかしそうなほどの、現実だ。


 間に合わない、間に合わない、間に合わない!

 今の俺では、手も足も出せない!


 俺が幾ら叫んだところで、向こうに声すら届かない。

 俺がどれだけ騒いだところで、ゴードンの気を引くことすらできない。


 絶対的に有利な状況に持ち込んだゴードンが、不気味な沈黙を保ったまま、確実にトドメを刺そうと、静かに魔素への干渉を始める。 


 悲劇的な廃墟と化してしまったヴァイスインペリアル地下本部跡地に、どうしようもなく不吉な、どうしようもなく重苦しい、黒い静寂が訪れる。


 デモニカが、レオリアが、ジーニアが、祖父ロボが、俺の大切な人たちが、全て殺されてしまうまで、もはや数秒もかからないだろう。   


 深く淀み、空気さえ凍てついたような静寂は、不可避の死を予感させる。


 憤怒、殺意、拒絶、否定、後悔、哀願、慟哭、絶望、絶望、絶望……。


 様々なドス黒い感情が荒れ狂い、俺はもう、声を出すことすらできなかった。



 そう、俺ではない。



 その絶望的な静寂を打ち破ったのは……。


『そこまでです!』


 俺のよく知る、正義の味方の声だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る