13-11


「――みんな!」


 突然の状況の変化に、見知った仲間の登場に、俺は思わず、驚きと安堵が入り混じった叫び声を上げてしまう。


「総統! こいつはアタシたちに任せて、急いで街へ!」

「マジでヤバいっス! 本当っス! 早くみんなを助けて欲しいっス!」

「……あれを、なんとかできるのは、総統だけ……!」


 空中にいる俺に向けて、地上から声をかけてくれたのは、ローズさんにサブさん、そしてバディさんの怪人三人組だった。


 全員が着の身着のままで……、恐らく、入院先から、そのまま急いで飛び出してきたのだろう。病院着の下の包帯がほどけ、風になびいている。


「――っ! すまない! ここは任せる!」


 彼らが怪我を押してまで、ここに来てくれたのは、俺を助けるためだ。


 だったら、今の俺がするべきことは、一つだけ、本当に一つだけしかない。


 俺は、全力でこの場を離れ、目の前の、燃え盛る街へと向かうため、魔素エーテルを操り、魔方陣で空に道を描き、全力で走るため、この脚に力を、命気プラーナを込める。


「貴様ら! どうしてここに!」

「律儀に電波妨害してたみたいだけど、総統がここまで来てくれれば、アタシたちヴァイスインペリアルの人間なら、すぐに気付けるのよん!」


 俺の動きに意識を割いていたために、完全に不意を突かれたのであろうアランを、ローズさんが地面に抑えつけながら、不敵に笑う。


「俺たちには、監視者サーヴィランスシステムっていう、便利なものがあるっス! 流石に遠すぎると電波も弱まるっスけど、この距離なら、そっちの妨害には負けねっス!」

「……さっきまで、市民の避難誘導してたけど、総統が来たのが分かったから、周囲をざっと探ったら、後は簡単……」


 サブさんとバティさんも、ローズさんと一緒になって、必死にアランの動きを抑えてくれている。元々の地力の差もあるだろうが、怪我をしているというのも大きい。三対一という状況だが、その拘束も、長くは持たないだろう。


 ここで俺が残り、みんなと協力してアランを倒そうとしても、奴の技量なら、その状態から更に時間稼ぎすることは、十分に可能だと考える。


 今は、一分一秒すら惜しい。


「みんな、無茶だけはするなよ!」


 だから俺は、ローズさんを、サブさんを、バディさんをその場に残し、後ろは振り返らずに、全力で走り出す。


 一刻も早く、目的地へ向かいたいという焦燥感もあるが、それと同じくらい、俺がこの場所を離れれば、ローズさんたちだって、アランと無理に戦闘をする必要がなくなり、逃走することができるはずだという目算もある。


 俺の足止めが目的のはずのアランなら、逃げた怪人たちを無理に追うよりも、即座に俺の追撃へと移るはずだ。


 また数秒後には、アランによる妨害工作が始まる可能性はあるが、今度は俺が前で、奴が後ろだ。この位置関係なら、強引に振り切りことだって、可能なはず……、いや、可能にしてみせる!


 なんて、俺の考えは、覚悟は、やはり、どうしようもなく、甘かったのだ。


 彼らの覚悟に、比べれば。


「総統! 後は任せたわよん!」

「総統なら、絶対に大丈夫っス!」

「……みんな、総統を、信じてる……」

 

 頼りになる仲間に見送られ、俺は前を向いて走り出す。



 そう、後ろは振り返らず、前だけを向いて……。



『ガアアアアアアアアアア! いい加減離れろ!』

『きゃああああああ!』

『うわああああっス!』

『……ぐううう……!』


 俺がその場から離れてすぐ、アランは獣のような叫びを上げて、自らの肉体を狼男へと変貌させると共に、あっさりとローズさんたちを吹き飛ばしてしまった。


 俺はその様子を、監視者システムで確認している。


 本当なら、後方の様子になど気を取られていてはいけないのだろうが、どうしても気になってしまう俺の心情を、カイザースーツが敏感に察知して、こうして内部モニターに映し出してくれていた。


『チッ! 逃がすか……!』


 自由の身になったアランが、その狼の相貌そうぼうを凶悪に歪ませ、俺を狙って、まさに獣のように駆けだそうと、その身をかがめる。


 ローズさんたちのおかげで稼げた時間は、決して長くはないが、十分だ。

 後は俺が、全力でアランから逃げ切れば……!


『だから、総統の邪魔はさせないって、言ってるでしょ!』


 だが、そんなアランに向かって、ローズさんは果敢にも飛び掛かり、その動きを妨害しようと、しがみつく。


『あんたはここで、俺たちとイイことするっスよ!』

『……ふふふ、絶対に、行かせない……』


 サブさんとバディさんも、ローズさんに続き、アランの身体にへばりついて、必死で相手に食い下がり、その足を引っ張る。


『邪魔だ! 殺すぞ!』


 目的を妨害されたアランは、当然だが怒り、暴れ狂い、一瞬で怪人三人を吹き飛ばすと同時に、その爪を使って、ズタズタに切り裂く。


 ローズさんたちが怪人にならず、まだ人の姿のままだから……、というのもあるのだろうが、そもそも、元々の実力が、違いすぎるのだ。


 アランは超常者ちょうじょうしゃで、それに引き換えローズさんも、サブさんも、バディさんも、ただの怪人……。言葉にすれば、たったそれだけの違いだが、現実にはそれだけの違いが、絶望的な戦力差を生み出してしまう。


 だが、その身の危険もかえりみず、怪人三人組は時間を稼ぐ。


 その身を切り裂かれても、殴られても、地面に叩きつけられても、踏まれても、蹴られても、投げられても、引きずられても、ズタズタになっても、ボロボロになっても、グチャグチャになっても、誰一人、アランから離れない。


 ただ、俺のために。


『アスホール! とっと離れろ! クズ共が!』

『……あらん? アスホールだったら、お手のものよん!』


 ローズさんは冗談めかして笑ってみせるが、その状態は酷いものだ。もはや、無事な箇所を探す方が難しい。全身が傷だらけで、全身が血塗れだ。


 そして、それは、他の二人も同じだった。


『離さないっス! あんたは全然タイプじゃないっスけど、もう離さないっス!』


 必死になってアランの腰に抱きついているサブさんの様相は、もうすでに、ボロ雑巾と呼ぶのもおこがましい有様だ。


『……ふっ、ふふふふふ……! 痛いのは、大好物……!』


 バディさんは自らの性癖を盾に、アランの足を抑えているが、それだって限界がある。もはや痛みを楽しむなんて、言っていられる状況じゃないのは、誰が見たって明らかだ。


『調子に乗るなよ! カス共が!』


 アランの攻撃は、苛烈の極みだ。もはや、意識を失うなんてレベルの話ではない。本当に、いつ命が断たれても、おかしくない。


 それでも、怪人三人組は、時間を稼ぎ続ける。



 ただ、ただ、俺のために。



 もう十分だと、もうやめてくれと、俺は叫び、止めるべきなのかもしれない。


 だが、それはできない。それだけは、してはいけない。



 俺がこうして、一瞬一秒さえ無駄にせず、一目散に目的地へと近づけているのは、全てローズさんたちのおかげだ。


 アランが後ろから追って来たとしても、俺が振り切れればいい……、なんて言ったところで、確実にそれが可能だという保証など、どこにもない。


 もしかしたら、あっさりと追いつかれ、再び俺の進行を邪魔されるかもしれない。


 よしんば、そのままアランと戦闘になって、打ち倒すことができたとしても、そのために割いた時間は、もう戻ってこない。


 その時間が、その失われた数分か、数秒か、あるいは数瞬が、結果として致命的な遅れとなって、大事な局面に間に合わないような事態に繋がらないとは、誰にも言い切ることはできない。


 未来が分からない以上、最善を尽くすなら、今しかないのだ。


 そんなことは、俺なんかより、あの怪人三人組の方が、余程よく分かっている。分かっているからこそ、彼らは今、ああして、命を懸けて、俺のために時間を稼いでくれているのだ。


 だから俺は、後ろは振り返らず、声を上げるようなこともせず、ただ全力で、前だけを見て、ひたすらに目的地へと向かう。


 それだけが、ただそれだけが、彼らの覚悟に報いるために、彼らの覚悟を無駄にしないために、俺が取れる、唯一の行動だ。


 ……俺は、そうやって自分を納得させて、暴れ出しそうになる心を抑えつけ、脇目もふらず、足を動かす。一瞬でもその歩みを止めてしまえば、思わず自分から、後ろに戻ってしまいそうだった。



『ファック! そんなに死にたいなら、殺してやるよ!』

『あらん? そんなにアタシたちと遊びたいのん? もう、仕方ないわね!』


 苛立ちを隠せないアランの一撃をギリギリで避けながら、ローズさんが地面を蹴り、相手から距離を取る。サブさんとバディさんも、それに続いた。


 狼男と化したアランに正面から向き合いながら、ボロボロになったローズさんが、サブさんが、バディさんが、静かに笑う。


 それはまさに、覚悟を決めた人間が、最後に浮かべる微笑みだった。


『それじゃ、いっちょ派手にやるわよ! あんたたち!』

『うっス! 最後に一花、見事に咲かせてみせるっスよ!』 

『……全てはヴァイスインペリアルの、僕たちの総統のために……!』


 彼らの覚悟は、本物だ。


 俺には、それを止められない。

 止めることなど、できはしない。


 ローズさんも、サブさんも、バディさんも、もうとっくの昔に、自らの命を懸けて戦うと決めた、悪の組織の怪人なのだから。



『ぐうう! 変……、態……!』


 ローズさんが自らのへその下……、どんな服装に着替えようと、どれだけ怪我をしようと、決して外されることのない怪人としての証……、タブレット型液晶のようになっているベルトのバックルを、思い切り叩き、破壊する。


 そして、ベルトのバックルに滅茶苦茶な記号が浮かんだと思った、次の瞬間、その変化は訪れた。


『アアアアアアアアアアア!』


 壊れたベルトから、大量の黒い霧のようなものが溢れ出し、ローズさんを包み込んだと思った瞬間から、肉がぜ、骨がきしみ、混ざり、組み変わり、凄まじい勢いで再構築する、不気味な音が響き渡る。


 ただでさえ巨大な、筋肉の塊だったローズさんの肉体が、更に肥大化し、その自らの重さに耐えられず、二足歩行から四足歩行に切り替わったかと思えば、その全身を一目で分かる獣毛が覆い尽くした。


 ローズさんの頭部が、その雄叫びに相応しい、獰猛どうもうな獅子へと変わり、更にその横からは、不気味なヤギの頭が生えて、尻尾の代わりに伸びた巨大な蛇が、チロチロと長い舌を出しながら、甲高い叫びを上げる。


 巨大な獅子に、ヤギの頭と蛇の尾を無理矢理繋ぎ合わせた、異形の化物……。


『グオオオオオオオオオオオオオ!』


 キメラと化したローズさんが、その三つの口で、大きく吼えた。



『うおおおお! 変態……、っス……!』


 サブさんが、ローズさんと同じ様に、自らのベルトのバックルを破壊すると、やはり大量の黒い霧が溢れ出し、異常な変化が起こり始める。


 全身が筋肉で膨張し、固そうな剛毛が一斉に生え揃ったが、その色合いは滅茶苦茶で、見ただけでは一体なんの動物なのか、判別がつかない。


 恐らく狸と思われる巨体に、虎のような手足、そして猿と思われる頭部を持った、正体不明のもの……。


『グルルルルルルルルルルルル!』


 ぬえと化したサブさんが、低い唸り声を上げながら、大きくねた。



『……っつ! ……変、態!』


 最後にバディさんが、他の二人と同じように、自分でベルトのバックルを破壊して、深く黒い霧に包まれる。


 その身を一瞬で、しなやなで柔軟な体躯を持つ四足の獣……、ジャガーへと変貌させたか思えば、背中にはコウモリの羽を備え、普通の尾の代わりに生えているのは、サソリの尻尾だった。


 獰猛な獣の身体に、不気味な翼と尾を兼ね備えた、奇怪な怪物……。


『……ガアアアアアアアア!』


 マンティコアと化したバディさんが、鋭く息を吐きだし、大きく叫んだ。



 ローズさんも、サブさんも、バディさんも、その姿はもはや、とても人であるとは言えない姿に……、怪人を通り越し、人外の獣と化している。



『クレイジー! 自分で改造手術の制御装置を壊しやがったのか!』


 アランが吐き捨てるように叫んだ通り、怪人三人組の腰に巻かれてるベルトのバックルは、ただの飾りではない。その身にほどこした改造手術の効果を、正常に発揮するための装置なのだが、それを破壊したということは、つまり……。


『ハハッ! 馬鹿共が! 勝手に暴走して、自滅でもするつもりか!』


 その通り。アランが嘲笑するように、制御を失った人体改造は、定められたリミッターを振り切り、制御が効かなくなった遺伝子……、正確には、怪人となるための埋め込まれた外部因子が過剰反応して、人の姿を保てなくなる。


『グ……、グルルルルル……、グガアアアアアアア!』


 いや、姿を保てなくなるだけではない。暴走した遺伝子に押し流されるように、人としての意識は消え失せ、理性は崩壊し、ただの狂った獣と成り果てた上に、肉体そのものも、その負荷に耐えられず、遠からず自壊することを予測させるように、刻一刻と崩壊する組織が、折角大きくなった肉体から、もうすでに、ボロボロと剥がれ落ち始めた。


 その様子は、まさしくだ。


 いつかの海で戦った、強く、大きな、獣の集合体。


 僅かな時間で死に絶える、はかない怪獣、そのものだった。


無様ぶざまだな! まともにやっても勝てないからと、そんな奇策に頼るとは!』


 無秩序に暴れる怪獣と化したローズさんたちを、軽くあしらいながら、狼男になったアランは、的確に反撃を繰り返し、笑いながら吹き飛ばす。


 怪人から怪獣となったローズさんたちの戦闘力は、傍目から見ても劇的に向上していると言って、差し支えない。その身体能力だけで、一般の戦闘員どころか、並大抵の怪人体が相手ならば、一蹴してしまえるくらいの破壊力があるだろう。


 しかし、それでは、それだけでは、人智を超えた超常者であり、歴戦の傭兵であるアランには、届かない。


 猛り狂う猛獣も、熟練のハンターの前では、狩られるのが道理だ。


 そう、それがただの、猛獣ならば……。


『ハッハー! もう少し遊んでやってもいいが、時間が惜しいからな! 雑魚はとっと片付けてや……』

『ガアアアアアアアアアアアアア!』


 吹き飛ばされはしたものの、再び巨体を唸らせて突っ込んだ、キメラと化したローズさんを、アランは余裕を持って上空に避けた……、のだが、それと同時に、その翼で素早く空へと飛んでいたマンティコア……、バディさんに向かって、鵺となったサブさんが跳躍し、その身体を踏み台にして、鋭角にその軌道を変えると、油断していたアランに、思い切り一発喰らわせる。


『ぐあっ!』

『グオオオオオオオ!』

『ガアアアアア!』


 サブさんによって叩き落とされたアランに生まれた隙を逃さず、ローズさんが今度こそ突進をぶちかまし、それと同時に、上空から急降下してきたバディさんは、そのサソリの尾を打ち込んだ。


『――チッ! 獣風情が、調子に乗る……、ガハ!』


 サソリの尾が直撃する前に、ギリギリで回避行動に移ったアランが、怒気と共に殺気を放ち、反撃に転じようとするが、一度掴んだ勝機を逃すまいとするかのように、怪獣たちの猛攻は止まらない。


 ローズさんが巨体を活かして、強引にアランを押し込め、その隙間を縫うように、サブさんが突拍子もない動きで、不規則な打撃を与え、唯一空を飛べるバディさんが縦横無尽に動き回り、敵の動きを封殺する。


 それは、ただの獣には決して不可能な、素晴らしい連携だった。


『こ、こいつら……! まさか、自我が残ってるのか?』


 残念だが、それは違う。アランの推測は、間違っている。


 間違っていると、分かってしまう。知ってしまう。確信してしまう。俺の超感覚が、カイザースーツが、残酷な真実を、俺に告げている。


 今のローズさんに、サブさんに、バディさんには、自我なんて存在しない。それどころか、意識すら怪しい。彼らの体内は、荒れ狂う遺伝子に翻弄され、常にドロドロと流動し続けている。もう、自我や意識の問題ではない。なぜ生物として活動できているのか、不思議なレベルだ。


 だが、そんな状態でも、我らがヴァイスインペリアルの怪人たちは、自らがさだめた、その使命をまっとうするために、命を懸けて、戦い続ける。


 恐らくは、その本能で、自我や意識を捨て去っても、その魂の奥底に刻みつけられた本能だけで、俺のために、組織のために、自らの命を消費する。


 その姿は、雄々しく、勇壮で、壮絶な……。



 まさしく、悪の組織の怪人だった。



「――っ!」


 そんな彼らの献身に支えられ、俺はようやく、燃え盛り、破壊され尽くされた、懐かしき我が故郷へと、足を踏み入れる。


 ようやく……、本当に、ようやくすぎて、吐き気がしそうだ。自分の不甲斐なさに、内臓が干上がり、心臓が鉛にでもなったかのような錯覚に襲われる。


 だが、それでも俺は、足を止めない。


 止めるわけには、いかなかった。


『……ぐ、ぐはっ! な、なん……、だと!』


 文字通り命を燃やし、規格外の力を行使する怪人を相手に……、しかも三体一という状況であっても、ギリギリで渡り合い、拮抗した戦いを演じてきたアランが、突如その膝を崩し、動きが格段に鈍り出す。


 毒が回ったのだ。


 マンティコアが持つサソリの尾は、決して飾りではない。先ほど、アランがギリギリで回避したと思われた一撃が、どうやら僅かにでも、ヒットしていたようだ。多少の時間はかかったが、効果は確実に現われている。


 まさに好機……、いや、これこそ、絶対の勝機だ。


『ゴガアアアアアアアア!』


 その咆哮は、果たして、どの獣のものなのか。


 致命的な隙を見せたアランを仕留めるために、人を捨てたローズさんが、サブさんが、バディさんが、三位一体の獣となって、猛然と襲い掛かる。


 突進し、殴り、蹴り、噛み付き、切り裂き、突き刺し、踏み付け、投げ捨て、掴み、潰し、えぐり、打ち付け、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り……! 


『ぐっ! がはっ! ぶへっ! がっ! がっ! ぎっ! ぐっ……!』


 アランがいくら超常者で、歴戦の傭兵であろうとも、この破壊の渦に一度巻き込まれてしまえば、もはやあらがう術はない。


 嵐のような攻撃にさらされ続け、無残な叫びを上げながら、ボロ切れみたいに宙を舞うのが、関の山だ。


 まるで渦巻く巨大な砲弾のように、破滅的な直進を続ける怪獣の連携攻撃の前に、アランはもはや、されるがままだ。恐ろしい速度で、真っ直ぐ押し込まれるように吹き飛ばされながら、あらゆる障害物を破壊し、突き抜ける。


『――ぎっ、……っぐ、ぐあああああああ!』


 アランが振り絞った、断末魔の叫びを飲み込むように、一塊ひとかたまりの破壊の渦となったローズさんが、サブさんが、バディさんが、街外れに佇んでいた人気の無い雑居ビルに、轟音と共に突っ込み、崩壊させることで、全ては終った。

 

 瓦礫と成り果てたビルの内部からは、なんの反応も、検知できない。


 なにも、本当に、なにも……、どれだけ探っても、どれだけ祈っても、もうそこには、生きている命の反応を、見つけることは、できなかった。


 勝負は決した。そう、決してしまったのだ……。


「――っ!」


 俺は歯を食いしばり、後ろを振り返りそうになる気持ちを噛み殺す。

 俺は拳を握りしめ、その場で叫び出しそうになる弱音を握り潰す。

 俺は両足に力を込めて、崩れ落ちそうになる心を踏み締める。


 俺は走る。ただ走る。


 振り返らず、声も出さず、足を止めず、ただ真っ直ぐに、ただ前だけを見て、ひたすらに、がむしゃらに、命の限り、走り続ける。



 彼らの覚悟に、応えるために。


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