13-10


 失敗した。


 過ちだ。間違いだ。失態だ。ミスだ。落ち度だ。誤りだ。失策だ。仕損じだ。過誤かごだ。不手際だ。過失だ。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した!



 胸焼けを起こすほどの後悔が、俺の中で渦巻くが、全ては遅い。遅すぎた。



「くそ!」


 ゴードンが凶悪な爆発を起こすと同時に、ノートパソコンに映し出されていた映像は、完全に途切れてしまった。


 俺は咄嗟に、地下本部への連絡を試みたが、通常通信も監視者サーヴィランスシステムも、まったく繋がる様子を見せない。


 いくら不調とはいえ、カイザースーツの機能が故障しているわけではない。恐らく向こうで、俺たちの本部で、なにかがあったのだ。まともに通信さえ行えなくなるような、緊急事態が……。


「――ちくしょう!」


 無様ぶざまにも、慌ててワープ機能を起動し、地下本部へと戻ろうとしたが、こちらも機能してくれない。先ほど目の前で、致命的なまでに、ワープルームが破壊されたのを見ていたのだから、こうなることは分かりきっていたはずなのに、俺はどこかで、それを認めたくなかったのかもしれない。


 甘かった。見誤った。しくじった!


 これが慢心でなくて、一体なんだというのか。

 俺の見通しは、吐き気が込み上がるほどに、甘すぎるほどに、甘かった。


 事ここに至って、俺はようやく、アラン・スミシーが、なぜ無謀とも思える危険をおかしてまで、単独でヴァイスインペリアルの地下本部に侵入したのか、その理由に、目的に、気が付いた。



 奴は、地下本部に侵入して、なにかの工作を行う気なぞ、最初から無かったのだ。


 が、奴の目的だったのだから。



「馬鹿か、俺は!」


 なにが、相手の目的は分からないけど、万全の警戒はするだ! 


 恐らくアランは、海良かいらの超常能力によって、マーキングされていたのだろう。


 つまり、奴が潜入に成功し、その身体で、どこでもいいから触れさえすれば、ワールドイーターは、いつ、どこからでも、俺たちの本部へと直接攻め込むための手段を手にすることになっていた、ということだ。


 状況はとっくに、警戒なんて話では収まらないレベルにまで、陥っていたのだ。


 それでも、それでも、最高幹部のみんなが揃っていれば、どうにでもなると、どれだけ危険な状況だろうと、問題にはならないと考えてしまったのは、やはり、俺の慢心でしかない。俺は失念していた。忘れていたのだ。


 俺たちだけが、強者ではないと。

 敵にだって、怪物は存在するのだと。


「――ハッ!」


 まるで鈍器で思い切り殴られたように、グラグラときしむ脳ミソと、腹の奥底に重たく貯まり続けるコールタールのような感情を抱えながら、俺はこの高層ビルの最上階に位置する社長室の窓をぶち破り、外へと飛び出す。


 いつまでも、こんな場所で足を止めているわけには、いかない。


英知えいち充填じゅうてん!」


 今のカイザースーツでは、マキアモードとベスティエモードは使用不可能だ。


 しかし、マシーネモードだけは、マリーさんが頑張って整備してくれたおかげで、唯一使える……、はずだったのだが……。


「……ダメか!」


 マシーネモードは、他の二つの切り札と違い、カイザースーツそのものを変化させるのではなく、地下本部から強化パーツを転送し、装着する必要がある。


 そのため、マキアやベスティエとは違い、調整が容易だったために、いち早く使えるようになった……、という事情があるのだろうが、肝心の強化パーツを転送するのには、ワープ技術を使用していたために、地下本部のワープルームが破壊された余波として、どうやらマシーネモードも、使えなくなってしまったようだ。


 しかし、そうなると、ヴァイスインペリアル地下本部が被った被害は、やはり相当大きいということになってしまう。


「クソッ!」


 マシーネの音速飛行さえ使えれば、ワープが使えなくても、ここから地下本部に帰るまで、さほど時間はかからない。


 だが、それが使えないとなると、すでにあらゆる交通機関が、全ての運行を止めてしまっているこの時刻では、取れる手段は、絶望的に限られている。


「――間に合えよ!」


 即ち、自らの肉体を使い、駆け抜けるしかない。


 ここから俺たちの街まで、直線距離にして、およそ四百キロ。


 ただひたすらに。 




「……だあ! 流石に遠すぎる!」


 ワールドイーターの本拠地から飛び出して、すでに数時間。俺の中で、煮凝りのように固まる不安を吐き出すように、思い切り叫んでみたが、気分は晴れない。


 新たな年と告げる太陽が昇るまで、もう少しだけ時間がある。まだ深い夜の闇を切り裂くように、空中に展開した魔方陣の道を駆け抜けながら、俺の中の焦燥は、気が狂いそうなほどに高まってしまっていた。


 最短で直線距離を走り抜けるために、常に脳ミソを動かし、魔方陣を展開し続けることで、少しは気が紛れるかと思ったが、全然だ。刻一刻と、一瞬一秒が過ぎるごとに、俺の中で生まれた不安という名の化物は、大きく、醜くなっていく。


 どれだけ急いでみても、どれだけ焦っても、どれだけ足掻いても、どれだけ切望しても、どれだけ必死になっても、残酷な現実として、あるいは単純な事実として、俺はいまだに、地下本部への帰還を、果たせずにいる。


 一秒一秒が、まるで拷問のように、俺の焦燥を掻き立て、心臓を直接殴られているような動悸が、つま先から頭のてっぺんまで響き続け、身体の内側からグズグズと崩れるような錯覚に、吐き気がしそうだ。


 最悪の想像が、脳髄の奥にこびりつき、俺の思考を地獄の淵にまで追い込む。気ばかりいて、気が狂いそうだったが、気落ちしている暇はない。


 向こうの状況について、俺が正確に分かっていることは、俺たちの地下本部に敵が入り込み、ワープルームを破壊されてしまったということだけだ。


 それ以外は、なにも分からない。


 まだ、なにも分からないということが、今にも膝を折ってしまいそうな弱い心に、希望と決意を与えてくれる。間に合うかもしれない、いや、間に合わせなければならないと、無理矢理にでも、鞭を打つ。


 今の地下本部には、悪魔元帥あくまげんすいデモニカが、破壊王獣はかいおうじゅうレオリアが、無限博士むげんはかせジーニアが、そして一応、祖父ロボが、悪の組織ヴァイスインペリアルが保持する、最高戦力のみんなが揃っていたはずなのに、ゴードンの手によって、最も重要な防衛対象の一つであったはずのワープルームが、無残に破壊された事実からは目を背けながら、俺は走り続ける。


「――でも、あと少し!」


 時間がかかるということは、時間さえ消費すれば、いつか必ず、目的の場所に、たどり着けるということだ。


 長い……、本当に、永遠にも感じた道程どうていだったが、俺はなんとか、駆け抜けた。


 後はもう、この小さな山を越えれば、俺たちの街が、ようやく見えて……。


「って、なんだよ、あれ……!」


 小高い山を飛び越えた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、地獄絵図だった。



 燃えている。

 俺たちの街が。


 漆黒の夜の闇を、轟々と、不気味な赤が染めている。


 崩れている。

 俺たちの街が。


 嘘みたいに、悪夢みたいに、その全てが、ガラガラと。


 俺の目の前で、俺の育った、俺の街が、ただの瓦礫の山と化していた。


 疑次元ぎじげんフィールドは、展開していない。

 強制セーフティスフィアも、起動していない。


 この目の前の破壊は、もう取り戻せない、取り返しのつかない、覆せない、後戻りできない……、どうしようもない、現実だった。



「なんで……!」


 などと、思わず口を吐いて出てしまったが、なぜこうなったかんて、分かってる。

 理由なんて、一つしかない。


 ゴードン・真門まもんが、やったのだ。


 甘かった。


 想像力が足りなかった。危機感が足りなかった。注意力が足りなかった。


 あれだけ焦り、慌て、絶望し、後悔していたにも関わらず、俺は心のどこかで、まだ大丈夫だと、それほど大変なことにはならないはずだと、そのはずだと、そうに決まっていると、思い込んでいたのだ。期待していたのだ。楽観していたのだ。


 現実は、それほど甘くなど、ないというのに。


「なんでなんだよ!」


 それでも、それでも俺は、目の前の光景を、咄嗟には受け入れられず、その場で無様な叫び声を上げてしまう。



 そう、やはり俺は、どうしようもなく、甘かったのだ。



「――ぐあ!」


 その一瞬、隙だらけになった俺に、突然の銃弾が直撃した。



 完全に、意識の外だった。



 目の前の光景に動揺した超感覚は、まともに働いてはくれず、俺は無防備に、その一撃を脳天に喰らってしまう。


 幸いにして、頼りになるカイザースーツのおかげで、その場で脳ミソをぶちまけてしまうような失態は避けられたが、弾丸の威力で俺の身体はぐらつき、折角の加速を台無しにしながら、そのまま空中で制止してしまった。


「くっ!」


 動きを止めてしまった俺を狙って、鋭い銃撃は更に続く。


 流石に目が覚めた俺は、それをかわしながら、狙撃の発射地点へと向けて、カイザースーツからマイクロカメラを散布し、監視者システムで相手の姿を確認する。


「そこだ!」


 俺が魔方陣を使って放った魔弾の斉射により、炙り出されるようにして、狙撃手が今まさに俺が飛び越した小山から飛び出し、空中へとその身を躍らせた。


「アラン・スミシー!」

「はっ! 随分と遅かったな! グズでノロマな総統め!」


 露骨にこちらを挑発しながらも、決して自分からは近づかず、安全な距離を保ち続ける傭兵は、用心深く俺の動向を探っている。


 この前と同じ、どこかの国の特殊部隊みたいな恰好をしているが、まだ人の姿をしている。奴の超常能力である変身……、狼男みたいになる力は、まだ使っていない。どうやら、温存しているようだ。


 俺を、少しでも長く、妨害するために。


「邪魔を……、するな!」

「ハッ! そう言うなよ! 邪魔をするのが、こっちの仕事だ!」


 俺が放った魔弾と、それを相手が避けることを想定して設置した、触れれば感電する魔方陣まで回避しながら、アランがそう叫んだ瞬間、俺の背後……、先ほどまで、奴が潜んでいた山の壁面から、一斉に砲撃が始まった。


 あらかじめ、仕込んでおいたのだろう。今この辺りに、俺たち以外の気配は存在しない。どうやら、自動制御されている対空砲のようだ。


「――鬱陶しい!」


 迫りくる砲弾と、センサーで補足した砲弾の発射地点へ向けて、大量展開した魔方陣から容赦なく魔弾をバラ撒き、その全てを破壊する。


 ……破壊するのだが、当然そうされることは、相手にだって分かってる。


 俺が迎撃した瞬間に、撃ち落とした砲弾からは大量の煙幕が広がり、それに隠れるようにして、周囲の山肌や地面から、大量のワイヤーが飛び出した。


 幸い、先ほどマイクロカメラを放ったおかげで、監視者システムが、正常に稼働している。今の俺に煙幕は効かない上に、こんなチャチなワイヤーに絡めとられてしまうほど、弱っているわけではない。


 俺は、この煙幕を逆に利用して、死角からアランを攻撃しつつ、こちらに飛んでくるワイヤーを避けながら、少しでも街へと近づこうとしたのだが……。


「サノバビッチ! 逃がさねぇよ!」


 敵は絶対に自分の安全を確保できる距離を保ちながら、その狼ゆえの勘の良さなのか、見えないはずの魔方陣による攻撃を地を駆けて避けながら、的確な銃撃を繰り返し、こちらの動きを阻害してくる。


 そう、阻害だ。その動きは、相手を倒そうとすることなんて微塵も考えてない、ただひたすらに、こちらの妨害だけを狙う、厄介な行動原理にもとづいている。


「ハッハー! 悪いが、クライアントから時間を稼げと言われてるんでね! 残念だが、お前はここで、自分の大切なものが全部奪われるのを、黙って見てるんだな!」

「黙れ!」


 安い挑発だと分かっていても、どうしても苛立ちを隠しきれず、動きが荒くなってしまった俺の隙を突くように、アランの的確な射撃は続き、それを援護するように、自動制御された兵器によるミサイルやワイヤーによる露骨な進路妨害は、止む気配を見せない。


 強引に突破しようにも、それらの攻撃は、最初から俺のことを倒すのではなく、捕縛して、こちらの動きを拘束するために入念に計算し、展開されている。下手に突っ込めば、相手の思う壺だ。


「……チッ! 汚い真似を!」

「どうした! 思い通りにいかないと泣き言か! 情けない総統様だな!」


 アランの罠にはまらないためにも、丁寧に相手の攻撃を避けていたら、結局は奴の思い通りに、足止めされてしまっているというジレンマ。


 まともに戦いさえすれば、必ず俺が勝てると分かっているのだが、それはアランの方も同じだ。まともに勝負はしてこない。徹底的に自分が安全に動ける距離を保ちながら、確実に俺の動きを妨害してくる。


 目の前の街が、近くて遠い。


 ジリジリと削られる時間の中で、ジワジワと焦りが生まれ、その隙を突かれて、更に時間が削られるという悪循環。


退け! 退けよ!」


 焦燥感が、苛立ちが、いきどおりが、怒りが、俺から悪の総統としての仮面を剥ぎ取り、ただの高校生の、未熟な男の、無様な醜態をさらけ出す。


 闇雲に放った魔弾が、敵に当たることも、この状況を打ち砕くこともない。


 それでも俺は、叫ぶしかなかった。


「俺はあそこに……! みんなのところに、行くんだよ!」


 それが、願い。

 今の俺が、心底から望む、叶えたい願い事だ。


 だが、そんな願いを、幾ら叫んでみたところで、いきなり叶うわけもない。


 都合よく神様が現われて、全てを解決してくれるような、そんな都合の良い展開なんて、起きてくれるはずもない。


 そう、神様は、助けてくれない。


「その通りよん!」

「――ッ! シット! 離せ! 雑魚共が!」


 だがしかし、俺の叫び声に応えるように、突如、三つの影が飛び出してきたかと思えば、アランの身体に絡みつき、組み伏せた。



 俺の願いを聞き届けてくれたのは、神様なんかじゃない。



「聞いたでしょ? アタシたちの総統は、これからとっても、忙しいの!」

「そうっス! その通りっス! だから……!」

「……総統の邪魔は、絶対にさせない……!」



 俺の大切な、大切な、仲間たちだった。



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