13-9
「本物……、だよな?」
目の前の現実は受け入れ難いが、いくら自問してみても、答えは変わらない。
俺の超感覚が、カイザースーツのセンサーが、しっかりと教えてくれている。
目の前の現実を、どうしようもない真実を。
あの死体は、間違いなく
まずは冷静に、努めて冷静に、この状況を確認するべきだろう。
俺は今、ワールドイーターの本拠地である超高層ビルに、単独で乗り込んでいる。
ここは、そのビルの最上階に位置する、社長室と思わしき部屋の中だ。
成金趣味ギリギリといった感じで、様々な調度品が派手に飾られているが、紙一重で悪趣味とまでは言い切れない……、という微妙な部屋だが、広さは十分だ。
その広い部屋の大きな窓辺に用意された、見るからに社長が使うための豪華な机の向こう側、無駄に高そうな黒革の椅子に、海良の死体がもたれかかっている。
だが、死体と言っても、そこまで生々しいものではない。
むしろ、カラカラに干からびている。
そう、干からびているという表現が当てはまるくらい、海良の死体は、まるでミイラのように、乾燥していまっている。
まるで、
「どうなってるんだよ……」
再羅とは、松戸博士が開発した、人間の死体を原料とした兵士であり、その姿は、一見して男女の区別すら付けられないほどに、変わり果ててしまっている。
目の前の遺体は、それと殆ど同じような姿に成り果てているにも関わらず、俺がこのミイラを、海良伊人本人であると断定したのは、遺体が高そうなスーツを着ているのを確認したからではなく、優秀なカイザースーツのセンサーが、この干からびた死体の骨格を測定し、以前、海良と直接出会った時に計測していたデータと照合した結果、それが完全に一致したためだ。
本当に、まったく理解し難い事実ではあるのだが、ワールドイーターのトップが、自らの
「意味が分からない……」
そもそも俺は、海良に呼び出されて、ここに来たのだ。
もしかしたら、その時にはもうすでに、海良本人は死んでいたのだろうか?
宣戦布告されたといっても、その内容が文書で伝えられたというのも、怪しい。
だが、だとすれば、一体誰が、なんのために、そんなことを……?
確かにタイミング的には、
さらに、宣戦布告したからと言って、俺を直接自分たちの本拠地へと呼びつけるというのも、おかしな話だった。
てっきり俺は、八咫竜に敗れたという事態を
ワールドイーターが八咫竜との戦いで消費したのは、再羅と
一体、ワールドイーターの内部で、なにがあったというんだ……?
状況をいくら確認しても、肝心の答えは出てこない。
脳ミソの中を、大量の疑問符で埋め尽くしながら、俺はしばし、その場で呆然と立ち尽くしてしまう。
ミイラのような死体になってしまった海良と、マヌケにも、敵の本拠地で立ち尽くしてしまう俺……。
真っ暗な部屋の中で、二人の悪の総統が、揃いも揃って、不気味な沈黙に飲み込まれてしまい、まるで時が止まったような錯覚に襲われてしまう……。
本当に、どうすりゃいいんだ? この状況……。
『……ふむ、これでいい』
「――っ!」
突然、あまりにも突然聞こえてきた声に、俺の身体は瞬時に反応し、戦闘態勢を取ってしまったが、これは過剰反応だった。誰かが、ここに来たわけではない。
ただ、海良の遺体の前に……、社長室に置かれた豪華な机の上に、無造作に置かれたノートパソコンが、いきなり起動し、どうやら事前に録画していたらしい映像を、垂れ流し始めただけだ。
パソコンの画面は、ご丁寧に社長室の扉の方向……、つまり、しっかりと俺の方を向いている。どうやら、これは最初から、俺に見せるために、事前に用意されていたもののようだ。
『さてと……、それでは、ゆっくりと、話でもしようか……』
パソコンの中の人物に、俺は見覚えがあった。直接会ったのは一度だけだが、絶対に、間違いない。
その目立つ金髪よりも、目鼻立ちのハッキリとした顔よりも、痩せこけた長身の、不気味なシルエットよりも、なによりも、高そうなビジネススーツを着込み、高級そうなネクタイをぶら下げて、高価な腕時計まで手首に巻きながらも、その裕福さに微塵も満足していない、そのギラギラを暗く輝く、ゾッとするような、その眼に、俺は見覚えがあった。
ワールドイーターの顧問で、海良の右腕であるはずの男……。
ゴードン・
『そうだな……。では、まずは、恐らく、今の貴様が、一番気になっているであろうことから、始めるとするか』
カメラのセットを終わらせたらしいゴードンが、その身体を引いたことで、今まで奴の身体で隠れていた、その後ろに隠されていた光景が、明らかになる。
そう、まさに、一目瞭然、驚くほどに、明らかで、明白だった。
『海良伊人を殺害したのは、この私だ』
まったく表情の変わらないゴードンの後ろに存在したのは、今まさに俺の目の前に存在するミイラと、まったく同じ姿勢で、豪華な椅子に力無く身体を預けた、一目でそれと分かる、海良伊人の死体だった。
そう、それが海良伊人であると、彼の姿を知る者ならば、一目で分かる。
なぜなら、パソコンの中に映し出されていたのものは、乾ききったミイラなどではなく、生々しい存在感を放つ、人間の遺体だったからだ。
『さて、それでは、次の疑問にも、お答えしよう』
唖然とする俺を置き去りにするように、すでに録画された、過ぎ去った過去であるゴードンが、淡々と説明を重ねる。
『まずは、海良をそのような姿にしたのは、私の能力だ』
ビデオの中で淡々と、あくまで淡々と、ゴードンが海良の死体に手を置いた次の瞬間、あっという間に変化は起きた。
死んだとはいえ、まだ張りが残っていた肌が、一瞬で骨までへばりつき、目はくぼみ、髪は無残に抜け落ちて、海良の死体は一瞬で、ミイラのような姿に成り果てる。
その姿は正に、今俺の目の前に存在する遺体と、寸分違わず同じモノだ。
『この能力の詳細については、後で教えることにするが、まずは、私がこんなことをした動機から、話すことにしよう』
人を殺したというのに……、しかも、少なからず自分が知っているはずの相手を、惨殺したというのに、ゴードン・真門の態度には、焦りだとか興奮といった、激しい感情の動きが、読み取れない。
まったくのフラット……、特別な事など、なにもないとでも言いたげな、平坦な声で、ゴードンは自らの犯行を自白する。まるで、つまらない世話話のように。
『単純に言ってしまえば、私の準備が整ったからだ。海良と奴の組織は、確かに色々と便利だったが、もう用済みになったからな。処分させてもらった』
まるで、鼻紙を丸めて捨てたような無感動さで、ゴードンは続けた。
『とはいえ、要らなくなったからと、ただ捨てるのも勿体ない。最後の血の一滴に至るまで、私のために絞り尽くしてもらわねば、微塵も足りない』
そう呟いたゴードンの瞳が、ギラリを凶悪に瞬いた瞬間、俺の背筋に怖気が走る。その目には一切の
そこには、底の見えない真っ暗な落とし穴のような、身の毛もよだつ飢餓だけが、ただただ
『そういうわけで、彼らには餌になってもらった。お前を倒すためにな』
ゴードンが、なぜペラペラと自分の事情を明かし、俺に伝えようとしているのか、それは分からない。分からないが、俺はそれから、この目の前の、小さなノートパソコンに映る不気味な男の告白から、目が離せない。
それは、目の前の男が、淡々と、あくまで淡々と、だが確かに真実を告げているのだと、俺の超感覚が察知しているからなのか。
それとも、その真実を知ることで、敵の思惑が分かるかもしれないと、期待しているからなのか。
もしくは、ただ単純に、この男の目に、恐怖を感じているから、動けないのか。
自分でも、よく分からない感情に縛られて、とにかく俺は、動けなかった。
『八咫竜には、残りカスを処分してもらうだけのつもりだったのだがな。お前が釣れたのは、予想外の収穫だった』
ゴードンの独白は続く。
淡々と、あるいは、
『おかげで、予定が繰り上がってしまい、海良には、予定よりも早く死んでもらうことになったが……、なに、嬉しい誤算というやつだ。私も、話が早くて助かる』
嬉しい誤算……、などと言いながら、微塵も嬉しそうな表情は浮かべずに、しかしゴードンは、小さく喉を鳴らす。
まるで、ご馳走を前にした獣のように、唾を飲み込んだのだ。
『なんにせよ、お前が単独で、外に出てくれたのは幸いだった。おかげで、私はゆっくりと前菜を楽しんだ後で、メインディッシュにありつけるのだからな』
言っている意味が分からない。
前菜とはなんだ? メインディッシュとはなんだ?
こいつは一体、なにが目的なんだ?
『ここで話は戻るが。私の能力を説明しよう。なに、それほど複雑ではない。私はただ、殺した相手の全てを
ポツリと、まるで当たり前のことのように、そうゴードンが呟いた瞬間、俺の全身に、抑えきれない震えが走る。
俺の超感覚が、最大限の警告と共に、俺に知らせてくれている。
この男の言っていることは、真実だと。
嘘偽りのない、悪夢のような、真実であると。
ゴードン・真門は、殺害した相手の命を、魂を、生気を喰らう、怪物であると。
『ついでに、今しがた私が殺し、全てを吸い尽くした海良の能力も教えよう。これの能力は、自らが触れた物体を、自分が、もしくは自分がマーキングした物体が接触した場所へと転移させる、というものだ』
全身が総毛立ち、完全に動きを止めてしまった俺を置き去りにするように、ゴードンは再び、淡々と説明を始めながら、その腕につけていた高そうな腕時計を、おもむろに外した。
『この能力の便利なところは、転移先として指定するために、必ずしも自分自身で触れる必要がないということだ。事前にマーキングした相手が触れてくれれば、問題なく、その場所まで転移できる』
その瞬間、ゴードンが空中に放り投げた腕時計が、そのまま空気の中に溶けるようにして、消え去った。
その光景を見た瞬間、俺は悟る。
先ほどゴードンの言っていたことは、まったく正しかったのだ。
奴は、殺した相手の。全てを奪える。
そう、それは超常能力であっても、例外ではない。
理屈や理論など、関係無い。
奴は、ゴードン・真門は、そういうことが、できるのだ。
それはまさに、悪魔の所業だった。
『さて、長々と私の話を聞いてくれたお礼に、最後に一つだけ、お前に忠告をするとしよう、シュバルカイザー』
愕然とする俺を殴りつけるように、最後にゴードンは、ポツリと告げた。
『幾ら情報が欲しいとはいえ、敵の言葉を、ただ黙って聞き続けるなんて、愚の骨頂だ。お前も組織の頂点に立つ者ならば、もっと広い視野で、深い部分まで、そして、その裏の裏にまで、思考を巡らせた方が良い』
そして、ため息と共に、俺に向かって、爆弾を投げつける。
『すまんが、これは、ただの時間稼ぎだ』
その刹那、ノートパソコンにあらかじめ録画された映像であるゴードンの姿が、先ほどの腕時計と同じように、消え去った。
そして、一瞬パソコンの画面にノイズが走ったと思った、次の瞬間、映像が切り替わり、そこには再び、ゴードンの姿が映し出される。
今度は、録画ではない。過去の映像ではない。
今の映像だ。現在の映像だ。生の映像だ。ライブ映像だ。リアルタイムの映像だ。
俺には、一瞬で分かった。
なぜなら、そこは、生々しい戦闘の傷跡から、煙が、炎が、火花が散っている、その場所は、その部屋は、俺にとっては非常に馴染み深い、そして、つい先ほどまで、微塵もそんな事態に陥る気配すらなかった、俺にとって、大切な場所だからだ。
あぁ、見間違えるはずがない……!
そこは、そこは確かに、俺の、俺たちの、大切な場所。
我らがヴァイスインペリアルの、地下本部だ。
『さて、それでは、始めよう』
ゴードンが、ゴードン・真門が、俺たちの地下本部に、ヴァイスインペリアルが世界で唯一保有する、空間を飛び越えた移動を可能とする、貴重なるワープルームに、悠々と
『これが私からの、
閃光、轟音、爆発、衝撃、崩壊。
絶望の瞬間は、いつだって突然、訪れる。
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