12-2
「クリスマスパーティ?」
「うん。今年は、みんなでやろうかなって」
よく晴れた冬の日、俺とマジカルセイヴァーは、学校の食堂に集まって、みんなで昼食を食べながら、世話話に花を咲かせていた。流石に、もう外で食べるには寒すぎるので、最近は、いつもここだ。
そんないつもの昼食で、
「イブの夜に、
なるほど、それは楽しそうな催しだ。すでに十二月も中旬、学校も、もう少しで終業式を迎えるので、冬休みの始まりとしては、これ以上ないイベントだろう。
「でも、大丈夫なんですか、樹里先輩? クリスマスに家を借りても」
確かに、広さを考えたら樹里先輩の家は十分……、というか、過剰なくらいだったが、だからといって、クリスマスみたいな特別な日に家を使わせてもらうのは、なんだか気が引けてしまう気がする。樹里先輩の家族にも、予定があるだろうし。
「父と母は、会社のパーティに出席しなくちゃいけなくて、本当は私も一緒にって言われたんだけど、折角だから、今年はみんなで楽しみたいなって」
そんな俺の懸念を払拭するように、樹里先輩が柔らかい笑顔を浮かべながら、このイベントに太鼓判を押してくれる。
「どうせなら私は、
サンドイッチをパクつきながら、
「えー! 葵先輩、こんな奴と二人きりなんて、危険ですよ、危険!」
俺の弁当箱から、執拗におかずを奪おうと頑張っているひかりが、なにやら失礼なことをほざいている。
まるで俺のことを、理性のない獣のように言うのは、やめていただきたい。
いや、もう、本当に、自分がしてることの下衆さくらいは分かっているので、勘弁してください……。
あぁ、食堂にいる他の生徒の視線が痛い……。
女子五人の中に男一人というだけでも目立つのに、その女子が全員、人目を引く人気者なのだから、まったく目も当てられない。
「……そういや、ひかり。意外に、お前も結構人気あるのな、意外に」
「むきー! 意外ってなによ! 二回も言うな!」
うちのクラスの三人は言わずもがな、優しく美人で、お嬢様な樹里先輩は当然としても、この口が悪く、騒がしい後輩も、こう見えて同学年はもとより、上級生からも注目を集めているらしい。
まぁ、黙っていれば可愛いし。こうしてプリプリ怒っている様子は、小動物的な魅力があると言えなくもないとは思うけど、それを帳消しにするくらい、色々と残念な部分もあると思うんだけどなぁ。
「なんだか、めっちゃ失礼な視線を感じる!」
「そう言いながら、俺の弁当箱に無理矢理箸を突っ込むな、ひかり」
荒ぶるひかりの攻撃を
「でも、そんなクリスマスパーティに、俺も参加していいのか? やっぱり女子だけの方が楽しいんじゃ?」
友達だけで色々と準備して、自分たちだけのパーティを楽しむ……、というシチュエーションには憧れるけど、それに参加する男が俺だけというのは、色々と問題があるような気がする。それに、みんなの親御さんからしたら、心配の種になってしまうような……。
「そんなことないよ! 統斗くんがいたほうが、絶対楽しい!」
「お、おう……。なんだかありがとう?」
消極的になってしまった俺を、桃花が熱く励ましてくれた。
……励ましてくれたんだよな?
なんだか妙に強引というか、お前は絶対に強制参加だ! みたいな熱い空気を感じるけど。
「そうですよ、統斗さん。むしろ統斗さんが参加してくれなければ、意味がありません。今回のパーティは、クリスマスを祝うのではなく、統斗さんがこの世に生まれてきてくれたことを祝うのです」
「……幾らなんでも、それは言い過ぎでしょう、葵さん」
非常に大それたことを、そんな真顔で言われても、正直困ってしまう。
こう見えて葵さん、実は結構、滅茶苦茶なこと言うタイプなんだよなぁ。
「統斗ったらー! なーに照れてんのよ! かーわーいーいー!」
「いや、火凜。お前、そんなキャラじゃないだろ」
明らかに悪乗りした表情で、俺の肩をバシバシと叩く火凜から目を逸らしたところで、じっとこちらを見詰めている樹里先輩と、目が合った。
「……それとも、統斗君、もうクリスマスの予定は決まってるの? ……女の人?」
「いえ、そんな予定はありません。今年も寂しいクリスマスの予定でしたので、お誘い頂いて、非常にありがたく、光栄に思っています」
だから、そんな真剣な顔しながら、食堂に備え付けられているフォークを握りしめないでください、先輩……。
いや、本当に、今の時点でクリスマスの予定は皆無なのだから、みんなが良いというのなら、むしろ最高にハッピーな感じなんだけどね。
母親以外の女性とクリスマスを過ごすなんて、初めてなわけだし。
「じゃあ、統斗くんも参加ってことで、決定ね!」
「あぁ、もちろん、喜んで」
桃花にしては珍しく、結論を急ぐような意気込みだったが、もちろん俺の方に、断る理由なんてない。
俺は、正義の味方からの嬉しいお誘いを、快諾することにした。
「えー? 統斗はそんなに、ひかりと一緒のクリスマスを過ごしたいのー? しょうがいないから、特別に許してあげるわ! でも、お触りはナシだからね!」
「いやもう、お前はちょっと黙ってろ」
ワーキャーとうるさいひかりに、俺は自分の弁当箱からミニハンバーグを箸で掴むと、そのまま彼女の口に突っ込んだ。
ようやく目的のものを手に……、いや、口にしたひかりは、そのまま幸せそうな顔で、ハンバーグを
よし、これで少しは静かになるだろう。
「それじゃ、参加すると決めた以上、俺もパーティの準備に参加しないとな。とりあえず、なにをすればいいのか、アドバイス、プリィーズ」
「いや、なんで助言を求めてるのに、ちょっと偉そうなのよ、しかも、なんでちょっとネイティブな発音を心がけてるのよ。全然できてないけど」
冷たい目をした火凜が、呆れたようにこちらを睨んでいるが、そんなことでへこたれる俺ではない。むしろウェルカムだ!
「まぁ、冗談はさておいて、そうだな……、俺は一応男なわけだし、買い出しとか飾り付けの時に、重いモノでも運ぶよ。力仕事は任せてくれ」
「そんな、統斗君にそんなこと、させちゃ悪いわよ」
樹里先輩が俺に気を使ってくれるが、それは少し、気を回しすぎかもしれない。
その気遣い自体は、ありがたいのだけど。
「いやいや、俺はパーティの招待客じゃなくて、参加者なんだから、ここは一緒に、準備から参加させてくださいよ。その方が、俺も嬉しいし」
「流石です、統斗さん。私たちに気を使わせないために、やんわりとフォローをしてから、その上で手伝ってくれようとする。私、統斗さんのそういう優しいところ、好きですよ」
いや、俺はただ、一人だけなにもしないのが寂しかっただけなので、そんな過大評価した上に、真顔で恥ずかしいこと、言わないでくださいよ、葵さん。
樹里先輩が、こっちを凄い目で見てるので、恐いです。
「それじゃ、統斗君には、みんなのお手伝いをしてもらおうかな」
「よし、頼まれた! 俺は、全力で、みんなのサポートをしてみせる!」
それこそ気を使わせる結果になってしまったのかもしれないが、桃花が俺に仕事を割り当ててくれた。みんなのお手伝いとは、かなり漠然としたオーダーだが、細かいことは、後で決めればいいだろう。
今はただ、俺もこの楽しいパーティの輪に加われたことを喜ぼう。
「要するに、あんたは雑用係! つまり! ひかりの奴隷ってわけよ!」
「いいから、お前は黙ってろ」
折角のウキウキ気分を台無しにするようなことを言い出しそうなひかりの口に、再び俺の貴重なおかずを放り込んだ。まったく、油断も隙もありはしない。
「もう、ひかりったら……。でも、そうね。やっぱり、みんなで一緒に頑張った方が、良い思い出になるわよね」
まるで地母神のような微笑みを浮かべた樹里先輩が、優しく俺のパーティ準備への参加を認めてくれる。いやぁ、癒されるなぁ。
辺りに、まるで花畑に包まれたかのような、柔らかい空気が流れた気がする。
「そうですね。今年のクリスマスは、一時休戦ということにしましょう」
そんな空気を凍てつかせるようなことを、ぽんぽん言わないでください、葵さん。
うーん、一時休戦って、一体なんの話だろう?
誰と誰が、なにを求めて争ってるのかなんて、全然分からないなー。
……いや、ごめんなさい。本当は全部分かってます……。
俺が桃花に、火凜に、葵さんに、樹里先輩に、そしてひかりに、どれだけ酷いことをしているのかなんて、もう嫌というほど分かっている。
分かっているが、俺はその酷いことを、続けるしかないのだ。
俺が、悪の総統である限り。
俺が、その事実をみんなに隠している限り。
卑怯な俺は、そんな言い訳を並び立て、自分を正当化しているにすぎない。
それも分かっている、分かっているが、俺はただ、この幸せな時間を壊したくないというエゴで、みんなを傷つけ続けている。
俺はやはり、どうしようもないほどに、
「ちょっと、統斗! なにいきなりで暗くなってのよ! ノリが悪いわよ! ヘイヘーイ!」
一応、顔には出さないように気をつけていたのだが、突然黙り込んでしまった俺を心配してくれたらしいひかりが、おそらく励ますつもりなのか、彼女の可愛らしい弁当箱から、フォークで肉団子を突き刺し、俺の口元に押し付けてきた。
……その心遣いだけは、嬉しいぞ、ひかり。
「もぐ……。いや、これだけ楽しみなクリスマス、久しぶりだなって思って、ちょっと昔を思い出していただけだよ」
「統斗さん……、随分お寂しいクリスマスを過ごしてきたんですね……。今年は私たちが一緒ですから、存分に楽しみましょうね……」
やめてください葵さん。そんな同情した眼で、俺を見ないでください。
そして、静かに俺の横にきて、そっと俺の手を取るのも、やめてください。
ドキドキしてしまいます。
「よーし! それじゃ今年は、寂しん坊な統斗のためにも、盛り上がっていこー!」
「やめろ火凜。誰が寂しん坊だ。本当のことを言うんじゃない」
強引に俺と肩を組んだ火凜が、超至近距離で素晴らしいスマイルを見せてくれるが、微妙に的を射ている発言の方は、控えて欲しかったりする。
それと、本当に距離が近すぎて、火凜の良い匂いが俺の脳ミソを刺激してしまうので、ちょっと離れてくれると嬉しいです。
「そうよ、統斗君! 今回はみんなで、最高のクリスマスにしましょう!」
「先輩……。そのお気持ちは非常に嬉しいのですが、ちょっと恥ずかしいです……」
いや、別に樹里先輩の発言が恥ずかしいわけではない。そんなわけはない。
ただ、先輩が突然、俺の背中にぴったりと寄り添うもんだから、俺の顔が赤くなってしまっただけである。
多分、物理的な接近を俺に仕掛けてきた火凜と葵さん、あとついでにひかりに対抗心を燃やして、こういった大胆な行動に出てしまったのだろうけど、それはちょっと可愛いなと思うんだけども……。
背中のぬくもりと同時に感じる、樹里先輩からチリチリと放たれる黒い空気が、俺の肝を冷やしてしまうのだった。
「もー、みんな! 統斗くんが困ってるでしょ! 早く離れなさーい!」
結果的に、俺の周りに集まることになってしまったみんなを引き剥がすために、桃花までが俺に駆け寄り、執拗に俺の口に食べ物を詰め込もうとするひかりを、俺の手をずっと両手で擦っている葵さんを、自分の顔と俺の顔を近づけようと力を込めている火凜を、俺の背中に貼り付いて離れない樹里先輩を引き剥がすために、俺と彼女たちの間に、その身を滑り込ませようとやっきになっている。
穏やかなはずのランチは、もう、あっという間に大騒ぎだった。
あぁ……、周囲からの視線が痛い……。
なんだか嫉妬とか、怨嗟とか、殺意とかが渦巻く視線を感じる気がする……。
まぁ、それもこれも、全ては俺が、悪いのだけど。
「み、みんな……、周りに人がいるんだから、もう少し静かに……」
「あー! ダメです桃花先輩! ひかりは今、こいつを餌付けしてる最中で……」
「ちょっと葵、いつまで統斗の手、握ってるの?」
「そういう火凜こそ、いつまで統斗さんと肩を組んでるんですか? なんですか? 体育会系ですか?」
「私の邪魔をしないで、桃花ちゃん……。これ以上、私の幸せを邪魔するなら、例え桃花ちゃんでも……!」
「樹里先輩! そんな脅しに、わたしは屈しません!」
俺の虚しい懇願は、正義の味方たちの喧騒に、あっけなくかき消されてしまう。
「ううぅ……、みなさん、騒がしくしてすいません……」
俺は、食堂でお昼を食べている他の生徒に謝りながら、とりあえず、クリスマスの予定が埋まってよかったな……、なんて考えながら、自分を無理矢理、納得させて、この現実から目を背けるのだった。
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