12-1


「それで、俺に黙って行われた、俺が一切なにも知らない、わざわざ敵を本拠地に招き入れるなんて危険な作戦の結果は、結局どうなってるんだ?」

「ほっほっほっ、なかなか辛辣じゃのう」


 俺の恨みがましい睨みもどこ吹く風、祖父ロボはまったく余裕の態度を崩さず、飄々と笑ってみせた。


 まぁ、いつまでもネチネチと文句を言っていても仕方ない。


 そもそも祖父ロボが独自に動くだろうことは分かっていたのに、それを放置してしまったのは、俺自身なのだ。


 そういう意味では、今回の件の責任は、俺にあると言える。いつまでも責任転嫁していないで、ここは冷静に、状況を把握した方がいいのかもしれない。


 起きてしまったことは、もうくつがえせないのだから。


「本当に……、申し訳ありませんでした、統斗すみと様……」

「ごめんね~、統斗ちゃ~ん! お願いだから許して~!」


 短期の出張から戻ってきたけいさんとマリーさんが、俺に謝りに謝り倒す様子を見てしまえば、何時までもそれを責め続けるなんて、俺には無理なわけだし。


「いくら統吉郎とうきちろう様に口止めされていたとはいえ。結果として統斗様を騙すよなことになってしまって……。こうなったら……、死んでお詫びを!」

「いやいや! 大丈夫ですから! 別に俺は怒ってませんから! だからその、不穏な魔方陣は引っ込めて! 契さん!」


 本当に、やめてください、契さん。

 あなたに死なれたら、俺は悲しいです。


「でも~、出張は本当だったのよ~! 向こうでちゃんと仕事はしてたの~! カラ出張なんかじゃないのよ~! だから~! 許して~!」

「マ、マリーさん、ゆ、許す、許します……、許すから、だから、俺に引っ付いて、色んなところ撫でたり擦ったりするのは、やめてください!」


 本当に、やめてください、マリーさん。

 そんなことされたら、色々抑えられません。


「あー! ずるいぞ、マリー! オレもオレも!」

千尋ちひろさんは、ちょっと待って! っていうか、我慢して!」


 しっちゃかめっちゃな状況に、更に千尋さんまで加わってしまい、もはや色んな意味で、滅茶苦茶である。


 まぁ、それも俺たちらしいと言えば、らしいのだろうけど。



 俺が黄村きむらひかりと並んで、正義の味方の皆さんから非難轟々……、いや、真面目に説教していただいたのは、つい昨日の出来事である。


 本日は平日のため、俺は色々な意味で、疲れ切ってはいたけども、ちゃんと学校に通い、真面目に授業を受けてから、律儀に悪の総本部へと足を運んでいた。


 ここはいつもと同じ、悪の組織ヴァイスインペリアル地下本部にある大ホール。


 本日は、これもいつもと同じように、ここで会議を行うことになっていた。


「はぁ……、それじゃ話を戻すけど、この前の一件で、一体なにが分かったんだ?」

「はい。それでは、まずは私から報告させていただきます」


 ようやく満足して、俺から離れたマリーさんと千尋さんは後ろに下がり、代わりに落ち着いた様子の契さんが、キリッと引き締まった表情を見せてくれる。


 なかなか俺から離れようとしなかったマリーさんと千尋さんに、割と過激な魔方陣を展開していたことを考えると、見た目ほど落ち着いてはいないのかもしれいけど、まぁ、あの様子なら、とりあえず大丈夫だろう。


「まずは、先日この地下本部に侵入してきた人物ですが、その正体は、事前にローズたちが調べてくれた要注意人物……、フリーランスの傭兵、アラン・スミシーであると、確認が取れました」

「あれが……」


 アラン・スミシーの名前自体は、かなり前から上がっていたが、こうして姿を確認したのは、実は初めてだったりする。


 それだけ相手のガードが固かった……、という話なのだが、そういう意味では、今回の祖父ロボによる独断専行も、完全に意味がなかったとは、言い切れないのかもしれない。


「今回、確認した限りでは、アランは某国の特殊部隊にのみ与えられる、特別なコスチュームを着用していましたが、アラン自身が、その部隊に配属していたという過去は確認できません。おそらく、カモフラージュでしょう」

「正体隠しが、念入りすぎる……」


 確かに、誰にも尻尾を掴ませない凄腕の傭兵と言う割りには、あの恰好は目立ちすぎるとは思っていたのだが……、どうやら目を引く特徴そのものが、フェイクだったようだ。


 この調子だと、今回折角、相手の素顔を捉えたというのに、それすらもダミーの可能性があるな……。


「今回は敵の動向を探るため、デコイの発信器を七つ、超小型の本命を三つ、使用しましたが、敵が本拠地に帰還するまでに残ったものは、もっとも小さいものが一つだけ、それもどうやら、すぐに発見されたようで、この侵入者が、アラン本人であることと、現在はワールドイーターと契約していることしか、分かりませんでした」


 ……どうやらアラン・スミシーという男は、本当に面倒な相手のようだ。


 デコイと言っても、当然ちゃんと使える、小型の盗聴器も兼ねた発信機ではあるのだが、わざと相手に見つけさせることで、油断を誘うための罠にも引っかからず、ミリ単位という極小サイズの本命発信機にも、即座に対処したことを考えると、色々な意味で、かなりやり辛い相手だと言える。


 強い弱いの話以前に、敵に回すのは非常に厄介、という感じか。


「ですが、朗報もあります」


 結局、これまでの推論の裏が取れたくらいの成果しか上がらなかったのかと、少し落胆した俺だったが、どうやら契さんの報告には、続きがあるようだ。


「対象が戦闘を行ったことで、大まかですが、相手の能力を知ることができました」


 相手……、アランの能力というと、あの、狼のような姿に変身したことだろうか?


「やっぱり、あれって怪人になったわけじゃなくて、なんらかの超常能力なのか?」

「そうよ~、あれは~、絶対に怪人じゃないわ~」


 契さんの後を引き継いで、ひょこひょこと前に出てきたマリーさんが、自信満々に頷いている。


「狼みたいになった瞬間が~、本部内に設置された超性能防犯カメラに映ってて~、それをうちの開発部が~、総力を挙げて~、バッチリ検証した結果だから~、間違いないわ~」


 悪の組織ヴァイスインペリアルが保有している、とんでも技術の大元締めであるマリーさんが、そこまで言い切るのだから、それは間違いない事実なのだろう。


「あれは~、なんらかの外的な改造による変化じゃなくて~、確実に~、生来持っていた能力による~、変貌へんぼうよ~」


 マリーさんは、うんうんと頷きながら、あくまでアランは怪人ではなく、超常者であると説明を続ける。


「たまにいるのよ~。ああいう怪人っぽい超常者ちょうじょうしゃって~。むしろ~、あんな感じの変身型超常者に着想を得て~、人工的な怪人への改造手術が~、考えられたって面もあるし~」


 つまり、怪人が先か、あんな風に姿を変化させる超常者が先かと聞かれたら、確実に超常者の方が先であると断言できる、ということか。


「人工的な怪人と比較すると~、オリジナルとも言えるあのタイプの超常者は~、基本的なスペックからして~、怪人を凌駕してるのよね~。それは~、今回の戦闘結果を見ても分かると思うけど~」


 それは、分かる。


 三対一という有利な状況だったはずなのに、あれだけ傷つき、結果的に敗北してしまったローズさんを、サブさんを、バディさんを見れば、分からざるをえない。


 うちの怪人たちは、ああ見えて、普通の悪の組織の怪人と比べれば、頭一つ抜けた強さを持っている……、にも拘らず、あれだけの惨敗だったのだから。


「……そういえば、ローズさんたちの怪我の具合って、どうなんですか?」

「あいつら、今回はギリギリまで粘って頑張ったからなぁ。命に別状はないけど、全治三カ月くらいで、しばらくは入院が必要、って感じだ」


 千尋さんが言うように、命に別状がないのなら一安心だが、それでもかなりの重傷であることには変わりない。


 怪人が全員長期離脱してしまったのは、悪の組織としては、かなり痛い……、というのもあるが、単純に心配なので、そのうちお見舞いにでも行った方が、いいかもしれない。


「とにかく~、敵の能力の大体のスペックが分かったのは~、大きな収穫よ~。今回はそれに加えて~、これまで何度か確認されていた~、ワールドイーターの空間移動についても~、ある程度の推測が可能なくらいの情報も~、ゲットしたし~」


 少し落ち込んでしまった俺を励ますように、マリーさんが努めて明るく報告を続けてくれた。俺はその気遣いに応えるためにも、気持ちを切り替える。


「ワールドイーターの空間移動って……、あれってワープじゃないんですか?」

「まぁ、奴らのあれもワープと言えばワープじゃが、ワシらの普段使っとるワープとは別物と言ってええじゃろうな」


 俺の疑問にさらりと答えたのは、祖父ロボだった。


「ワープに関しては、安全かつ恒常的に使用可能なテクノロジーとして確立しとるのは、世界広しといえどもワシらだけじゃからな。必然的にうち以外のワープは、なんらかの超常能力によるものということになるわけじゃが」


 ……なんだか今、さらりと凄いことを言われた気がする。


「ワープって、そんなに貴重な技術だったんだ……」

「そうじゃよ? 世界で唯一、マリーだけが開発に成功した超技術じゃ」

「えっへ~ん! 凄いでしょ~?」


 堂々と可愛らしい胸を張っているマリーさんから、なにやら神々しいオーラを感じる気がするくらいには、俺はこの事実に衝撃を受けていた。


 俺が悪の組織と関わるようになってから、ワープは散々お手軽に使い倒してきたために、もう俺の中では、あって当然みたいな感覚だったので、一般社会に流通はしていないにしても、悪の組織とか、正義の味方界隈だったら、もう少しベーシックな移動方法だと思ってた……。 


「まっ、そういうわけで、ワールドイーターの空間移動についても、誰かの超常能力だろうということは、推測しておったんじゃが」

「あの狼男、言動にかなり気をつけてたみたいだけど、最後の最後に焦りが出たみたいだな! あいつが最後に口に出した帰還要請は、完全に素だったぜ!」


 おそらく、その超感覚でなにかを掴んだらしい、自信満々な千尋さんに言われて、俺もアランが消える直前に吐いた台詞を、思い出してみることにする。


 確か……、ボスがどうこう言ってた気がするが……。


「傭兵であるアラン・スミシーが、ワールドイーターに雇われているという事実を考えれば、ボスというのは雇用主……、即ち、組織のトップである海良かいら伊人いひと、もしくはゴードン・真門まもんまでが、その範囲内であると考えられます」


 契さんが言うように、アランがボスと呼ぶのは精々その二人……、ワールドイーターの創始者である海良と、その直近の補佐であるゴードンくらいだと考えるのが、自然に思える。


「でも、ワープする直前にボスって言ったからって、そのボス本人が、ワープ系の能力者だとは限らないんじゃ……」

「平時ならともかく、緊急時の避難を要請するのに、わざわざ組織のトップにお伺いを立ててから、そのトップが更に超常者に命令する……、なんて面倒な手順、踏むとは思えんがの」


 ……まぁ、それもそうか。確かにそれでは、組織としての命令系統に問題があると言えるかもしれない。わざわざそんな手間を挟んでいては、逃亡が失敗する可能性もあるだろうし、だったらワープが使える人間に、直接呼びかけた方が、どう考えてもスムーズだ。


「ワールドイーターの空間移動を詳しく解析した結果、魔素エーテルの動きは、まったく見られませんでした。ゴードン・真門が悪魔と契約しているならば、私が魔素の行使を認識できないレベルの、なんらかの悪魔由来の能力であるという可能性もありますが、おそらくは、海良伊人こそが、空間移動に関する超常者である可能性の方が、高いと思われます」


 悪魔が魔素を操る存在である以上、その力が発揮されれば、どんな形であれ、必然的に魔素が使われることになる。


 例え相手が、悪魔と契約しているレベルの危険な相手だと仮定しても、こちらも悪魔と契約し、かつ魔素に関するエキスパートである契さんが、それを見逃してしまうとは、思えない。


 契さんが言うように、ワールドイーターのワープを担当しているのは、そのトップである海良伊人であると考えた方が、現実的だろう。


 この国最大級の悪の組織を束ねている者の能力がワープというのは、なんだか地味なような気もしたが、しかし、どんな能力だって、本人の使い様だろうし、そもそも相手のワープ能力については、使用条件や効果範囲、どこまで応用可能なのかといった詳細は、まだ分かっていないのだ。


 あまり相手を見くびって、油断するのも、愚の骨頂か。


「まぁ、敵の能力に目星がついた、っていうのは。朗報かもしれないけどさ……」

「うん? なんじゃい統斗? 浮かない顔して」


 これまで不明だった敵の能力が、少なくとも、その概要が分かったということは、今後の対策を考える上で、非常に有用なことだとは思うのだが、祖父ロボの言うように、俺はどうしても、手放しで喜ぶような気分にはなれなかった。


「いや、結局うちの地下本部に侵入して、ワールドイーターは、一体なにがしたかったんだろうなって思ってさ……」


 そう、それが不気味なのだ。


 侵入者が敵対組織の本拠地で画策することなんて、大体想像は付くが、しかし、なにをするにしても、いくら凄腕の傭兵だろうと、それがアラン一人だけでは、どうしたって限度があるはずだ。


 それでも、今回侵入を強行した理由が、なにかあるのだろうか?


「一応~、ワタシたち開発部が総出そうでで~、この地下本部のシステムやネットワークを点検してるけど~、今のところウィルスや不具合なんかは~、確認されてないわ~」

「オレたち警備部も全員で、くまなく地下本部内に不審物がないか調べてるけど、まだなにも、発見されてないぜ!」


 マリーさんと千尋さんが、それぞれ全力で調べているというのなら、その結果に間違いはないと思うのだが、それだけに、俺の不安は、むしろ大きなってしまう。


 敵が目的を達成する前に撃退できた……、と思いたいのだが、俺の超感覚は、どこか嫌な予感を、感じ続けていた。


「作戦通りとはいえ、敵を本拠地に入れてしまったのは事実じゃからな。これからしばらく、時間をかけて、慎重に後始末はするぞい」

「あぁ、頼むよ、じいちゃん。いや、マジで」


 今回の一件は、そもそも祖父ロボの発案なのだか、是非きちんと最後まで、責任を取ってもらいたいものだ……。


 っと、いけない、いけない。また少し、恨みがましくなってしまった。

 ここは気を取り直して、ちゃんと気持ちを立て直さないと。


「というわけで、しばらく忙しいでの。折角お前のマジカルセイヴァー籠絡ろうらく作戦も、大詰めじゃというのに、そっちにあまりかまってやれず、すまんの」

「ぐはっ」


 立て直そうと思った気持ちが、早速くじけそうだった。


「おっ、そっちの作戦が大詰めってことは、もう全員とキスくらいはしたのか?」


 千尋さん。

 そんな興味津々な顔をしながら、俺のほっぺたを突かないでください。


「統斗ちゃんのことだから~、もう二、三人は~、手籠めにしてるんでしょ~?」


 マリーさん。

 悪戯っぽく笑いながら、俺の下半身に手を伸ばすのは、やめてくさい。


「そうですか……。作戦の順調な進展、おめでとうございます。統斗様……」


 契さん。

 最高の笑顔を見せながら、ドス黒いオーラを出さないでください。


「いや、まだ全然そんな……、だから、大詰めなんかじゃないって! ああもう! みんな、落ち着け!」


 そして俺は、作戦会議中だというのに、いつものように姦しく騒ぎ出してしまった最高幹部たちの輪の中に、自ら飛び込む。


 いつもの俺であるように、気持ちを切り替えて、心を落ち着かせ、大切なみんなと笑い合い、これから頑張ろうと、心に誓う。



 この胸の奥底に、小さな不安の種が生まれたことを、自覚しながら。



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