12-3


「つまり、今年のクリスマスは、正義の味方と過ごすことになったわけですね?」

「はい……、そういうことで、間違いありません……」


 パリッとした漆黒のレディーススーツを着込んだけいさんに詰問され、まるで過激な拷問を受けた捕虜のように、弱弱しく自白してしまう俺であった。


 いや、別に契さんになにかされたってわけじゃ、ないんだけどね?


 ただ俺が、軽い雑談として、完全に気を抜いて、ポロっとクリスマスの話をしてしまっただけであって。



 ここは悪の組織ヴァイスインペリアル地下本部……、ではなく、その地上にある巨大複合企業、インペリアルジャパン本社内に数多ある、研修室の内の一室である。


 地下本部は現在、アラン・スミシーが侵入した件の後始末のために、調査や修理、整備などが行われているので、安全が確認されるまでは、基本的な悪の組織業務も、この隠れ蓑のはずの企業ビルの方で、行うことになっていた。


 本日は、その件についての連絡と、報告を受けることになっている……、のだが、どうやらその前に、色々と解決すべき問題が生まれてしまったようである。



「頭をお上げください。私はなにも、統斗すみと様を責めているわけではないのです……」

「そ、そうですよね……。なんだか、むしろすみません……」


 目の前の契さんから漂う、重苦しい空気を受けて、思わず平伏へいふくしてしまった俺だが、これでは確かに、むしろ契さんに対して、失礼になってしまうかもしれない。


 俺は下げた頭を上げて、優しい目をした契さんと向かい合う。


「私はただ、統斗様と一緒にクリスマスを過ごせなくなって、悲しんでいるだけなのです……」

「……いや、本当にすみません」


 上げた頭を、即座に下げる俺であった。



 騒がしいランチの中で、クリスマスの予定を決めた後、午後の授業も無事終わり、放課後になってから俺は、すっかり慣れた様子で今日もまた、契さんと一緒に黒塗りのリムジンに乗って、この悪の組織へやって来た……、までは良かったのだが、俺は一体、そこからなにを間違えたのだろうか?


 契さんと二人きりのリムジンで、色々と盛り上がってしまい、そのままの流れで、こうして俺と契さんだけの報告会に突入したために、なんだか無駄にテンションが上がってしまった結果、この研修室で、つい口を滑らせて……。


 いや、滑らせたというのも、おかしな話か。

 俺はなにも、悪いことは、隠していない。


 ただ少し、饒舌になってしまっただけである。


 そう、饒舌になった俺が、ついポロリと、今日の昼起きた出来事を話した瞬間から、この場の空気が、ガラリと変わってしまった、というだけの話だ。


 ……少し前までは、かなり甘い空気だったんだけどなぁ。


「い、いやさ。ヴァイスインペリアルのみんなは、クリスマスといっても、色々と忙しいかと思ってさ! ちょっと、仕事をサボって、一緒に楽しもうとか、軽々しく誘えなかったというか……」


 なんとも無様な言い訳だが、これは別に嘘というわけでもない。今年のクリスマスイブは平日なので、悪の組織としてもそうだが、普通の企業としての側面から考えてみても、みんな色々と忙しいだろうと思っていたのは、本当である。


 そんな中、総統である俺だけが、可愛い女の子たちと楽しいクリスマスパーティに興じると考えると、確かに心苦しい面はあるが、一応、マジカルセイヴァー籠絡ろうらく作戦が継続中である以上、彼女たちの誘いは極力断るなと、祖父ロボからも言われているので仕方ない。


 なんて、俺はいつの間にか、自分自身に言い訳をしていた。


「今年のクリスマスは、折角、統斗様が我が組織に正式に加わられたということで、組織の総力を挙げて、盛大にお祝いをする予定でしたのに……」


 なんだか壮大な計画が、俺の選択によってポシャってしまったようで、そのこと自体には自責の念というか、悪いことしたな、という後悔を感じてしまう。


 しかし、うちの組織の総力を挙げて盛大にって……、なんだか、無駄に凄まじそうだな……。


「ちなみに、一体どんなことをする予定だったんです……?」

「まず、この本社ビルでは、昼夜を問わず統斗様を祝うパーティが行われ、各支部では、夜になったら盛大に花火を打ち上げる予定でした。そして地上ではパレードが行われ、空では航空機がビラをまき……」

「あっ、すいません。もういいです。もう、十分です」


 あ、危ないところだった……。


 どうやら正義の味方とクリスマスを過ごす予定がなければ、俺は、今世紀最大級に肩身の狭いクリスマスを味わうことになっていたようだ。


 俺一人のために、一体なにをしようとしてるんだ、悪の組織……。

 分不相応すぎて、この世から消えたくなってしまうじゃないか……。


 ありがとう、マジカルセイヴァー! みんなのおかげで、助かったぜ……!


 俺は心の中で、俺を救ってくれた正義の味方に、最大級の感謝を送るのだった。


「はぁ……。本当に残念です……。最後には私と千尋、それにマリーの三人で、統斗様を究極に気持ち良くするために、最高の催しを用意してましたのに……」


 くうう! やはり正義の味方は、悪の総統の敵なのか!


 なんて冗談はさておき、少し頬を赤らめた契さんから、そんなことを言われてしまえば、惜しいことをしたと思ってしまうのが男の性であると、どうか、ご理解いただきたい。


「そ、それについては、後で詳しく話をするとして……、とりあえず、この前の件の報告をお願いできますか……」

「かしこまりました」


 色々な意味で、後ろ髪を引かれる話題ではあったが、ここは断腸の思いで、仕事モードに気持ちを切り替えることにしよう。


 最高の催しについては、後で、そこだけどうにかできないのか、知恵を絞ることにして、俺はこの前の会議で行われた、アランの件の続報を聞くことにする。


「それでは、ご報告致します。アラン・スミシーの侵入経路と。地下本部内を、どのように移動したかのトレースが、完了しました」


 研修室の椅子に座った俺の眼前で、ホワイトボードの前に立った契さんが、キリッと冷静に報告をしてくれるのだが、いつ見ても見事というか、惚れ惚れするような立ち姿である。


「侵入経路の方は、こちらがあらかじめ用意した抜け道を、そのまま使ったようなので、特定は容易でした。地下駐車場のダクトを使い、エレベーターシャフトに潜り込み、そのまま地下まで降りてきたのを、確認できました」


 これは、まぁ、分かっていたことではある。


 今回、我々の本拠地に敵の侵入を許したのは、あくまでも作戦、自分たちでその門を開けたからにすぎない。当然、そこ以外の入り口は、固く閉じられたままだ。


 だが、アラン・スミシーが評判通りの、そして実際に見た印象から感じた通りの人物だとしたら、本当に奴が、祖父ロボの描いた筋道通りに動いたのか、疑問が残る。


 あの男なら、それが本当に生まれた隙なのか、意図的に準備された罠なのかくらいは、侵入する前に分かりそうなものだ。


 それにも関わらず、アランはこうして、地下本部へとやってきた。


 そこにどうしても、拭い難い不安というか、不気味さを感じてしまう。


「続いて、地下本部内におけるアランの足取りですが、このようになっています」


 契さんがポンとホワイトボードを叩くと、その表面に地下本部の詳細なマップと、赤い線で描かれた経路が表示された。


 流石、ヴァイスインペリアル。ホワイトボード一つとっても、ハイテクなのだ。


「作戦指令室や兵器保管庫、そして、地下本部の動力部やワープルームなどの機密性が高い施設には、あらかじめ侵入者を接近させないために、そこに至るためのあらゆる場所に対して、万全の防備を固めておりましたので、敵の接近は、一切確認できませんでした」


 契さんが言う通り、ホワイトボードに赤く表示されたアランの経路は、我々の地下本部に存在する重要な場所からはほど遠く、精々がトレーニングルームや、戦闘員待機室をかすめる程度の動きしか、みせていない。


「侵入者は、しばらく地下本部の様子を探るに移動していましたが、このままでは埒が明かないと悟ったのか、防犯セキュリティの比較的低い場所に強行突破を敢行。その結果、ローズたち怪人部隊と接敵。しばらく本部内で戦闘を行いながら移動し、私たち最高幹部のプライベートルーム前に到着。その後、総統とレオリアが、戦闘に参加したことで劣勢となった敵は、空間移動を使用して、地下本部から撤退しました」


 こうして見ると、やはりアランの動きは、不可解に思える。


 いきなり訪れた、不自然にも思えるチャンスに飛びつき、侵入したはいいが、そこで上手く身動きが取れず、防犯セキュリティに自ら飛び込み、その結果、敵を呼び込んで戦闘、そして最後には、そのまま敗走してしまう。


 これではまるで、訓練もまともに受けたことのない新兵が、いきなり潜入任務に挑んだかのような無様さだ。少なくとも、凄腕の傭兵と呼ばれる男が、するような動きではない。


「この経路の近辺はもちろん、我々が把握していない敵の超常能力を想定し、地下本部全体をくまなく調査、探索しましたが、やはり不審物の類や、なんらかの妨害工作が行われた痕跡などは、発見できませんでした」


 結果として、アランはこの地下本部に潜入することには成功したが、それ以上のことはできていない。


 ローズさんたちが奴との戦闘により、重傷を負うことになってしまったが、それが今回の目的だとも思えない。うちの怪人を倒したいならば、あの戦闘力があれば、別に敵の本部に潜入なんて危険をおかすまでもなく、普通に戦えばいいだけの話だ。


「……敵の狙いは、なにか分かったんですか?」

「いえ。それはまだ」


 俺の疑念に、契さんは小さく首を振って答える。


 敵が具体的な行動を起こす前に、撃退してしまった結果、その目的を知ることが非常に困難になってしまったのは、少なからず問題だった。


 本来ならそれでも、敵を捕らえて、強引にでも吐かせればよかったのだろうが、最後に対象を逃がしてしまったのは、やはり失敗だったと言えるだろう。


「うーん……、最後にみんなのプライベートルーム前に来たってことは、やっぱり、そこにある物を手に入れるのが目的だった、とかかな?」

「残念ながら、その可能性は低いと思われます」


 俺が捻り出した、適当かつ強引な理由付けは、契さんによって、あっさりと否定されてしまった。


「そもそも、侵入者の動きから考えて、敵がこの地下本部の詳しい構造について、事前に知っていた可能性は、限りなくゼロに近いと思われます。また、例え知っていたとしても、だとすれば、もっと致命的な打撃が与えられる場所……、それこそ、地下本部の心臓である動力部や、我々の機動力の要であるワープルームの破壊などを、多少強引にでも、狙うでしょう」


 確かに契さんの言う通り、敵は最終的に、セキュリティを強行突破しようとまでしているのだから、そんなリスクを負うくらいなら、可能な限り確実で、かつ効果の高いリターンが得られる場所を狙うのが、定石だろう。


 そう考えると、破壊されると地下本部の機能が全て止まってしまう動力部か、使用不可能になると、俺たちの足が完全に止まってしまうワープルームの破壊を優先するだろうと、言えるかもしれない。


 当然、それらの破壊されると致命傷になりかねない施設については、万全の防備がされているので、アランでは手が出せなかっただけ、と考えることもできるが、そうなると、ますますアランの、そしてワールドイーターの目的が、分からない。


 あいつらは、俺たちの本拠地に侵入して、結局なにがしたかったのだろうか?


「まぁ、現状ではこんなもんかな……」

「はい。ご報告は、以上になります」


 結局、今のところは、まだなにも分からないということだけが分かって、今回の報告は終わってしまった。


 どうやら、これからの調査の進展に、期待するしかないようだ。


 俺はため息をついて、身体を伸ばしながら、頭上を眺める。

 そこにはただ、研修室の白い天井と、目に優しい照明があるだけだった。


「うーん……、それじゃ、今日はこれからどうしましょうか、契、さ……ん?」


 そして、無機質な天井から視線を戻した俺が見たものは、非常になまめかしく、肉感的な光景だった。


「……? どうしましたか? 統斗様」

「……いや、どうかしたのは、あなたの方ですよ? 契さん」


 俺のことを不思議そうに見ている契さんは、もうすでにビジネススーツのジャケットを脱いで、スカートを降ろし、ワイシャツさえも脱ぎ去って、自らの下着……、正確に言うならば、その黒いブラジャーのホックに手をかけていた。


「なぜ突然、いきなり、突拍子もなく、裸になろうとするんです?」

「それはもちろん、統斗様に気持ち良くなっていただこうかと思いまして」


 あっさりと自らの真意を告げた契さんは、これまたあっさりとブラジャーを外し終えると、そのままスルリと、最後の砦も脱ぎ捨ててしまった。


「えーっと……、それは正直嬉しいのですが、こんな場所でそんなことをしてしまうと、もし誰か来たりしたら、とっても困っちゃうかなーって……」

「それならご安心ください。もうすでに魔方陣を展開し、この研修室には、これから誰も来られないようにしましたし、ここで立てたどんな大きな音も、外に漏れないようにしましたから」


 生まれたままの姿になってしまった契さんが、しゃなりしゃなりと、こちらに近づいてきたので、俺は慌てて、椅子から立ち上がる。

 

 契さんが魔方陣を展開したことには、当然、言われる前から気づいていたが、俺は会話を続けることで、少しでも時間を稼ごうとしたのだ。


 椅子から立ち上がった俺は、そのままジリジリと、契さんから距離を取る。


「わー、本当だー。……うーんと、それで、どうしていきなり、俺を気持ち良くしてくれようなんて、思ってくれちゃったり、したんですか?」


 別に契さんと、こういうことをするのが、初めてというわけでもない。


 だがしかし、まだ日も高いうちから、しかもこんな場所でとなると、流石に少し躊躇するというか、これまでは結構ノーマルだったはずなのに、突然アブノーマルな世界に足を踏み込むような状況に、勇気が出ないというか……。


「先程、私達がクリスマスに予定していた、最高の催しのお話をした瞬間、統斗様の情欲が盛り上がるのを察知しましたので、少しでもそれをお鎮めできれば、と」


 契さんの指先から青い炎が立ち上り、彼女が契約している悪魔、リリーが恥ずかしそうに出てきて、こちらに一礼してきた。


 ……なるほど、リリーは淫魔なのだから、他人の情欲を感じ取るなんて、お手の物というわけか。こいつは一本、取られたなぁ。


「それでは統斗様。たっぷりと、お楽しみください……」


 ここは社内の研修室なのだから、当然、逃げ道が無限にあるというわけではない。


 その上、契さんが魔方陣で道を塞いでいるのだから、カイザースーツを着用しないと魔術を使えない俺に、逃げることなど不可能だと言えるだろう。


 即ち、今の俺には、この淫らに開かれた、契さんの色っぽい唇から逃れる術など、ありはしないのだ。


「あむ……、むじゅ、むっ……、べる、ぐちゅ……」


 契さんは、俺と熱烈な唾液交換を行いながら、その手を巧みに操り、俺の着ている制服をスルスルと脱がせていく。


 俺はもう、されるがままだ。抵抗する気など、微塵も起きない。

 愛する女性から求められれば、それもある意味、当然か。


「……んちゅ。あぁん……、あぁ、統斗様……、これから私と、少し早いクリスマスを、一緒に楽しみませんか?」

「もちろん、喜んで……」


 俺から唇を離して、まさに淫魔のように微笑む契さんを、俺は抱きしめる。


「あっ、あぁん! 統斗様ー!」


 生まれたままの姿で抱き合った俺たちの、一足早い淫らなパーティは、辺りが夜のとばりに包まれるまで、特別な夜に変わるまで、たっぷりと続いたのだった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る