動機

 無事逮捕はできたものの、悠佑くんがどうしてあんな事件を起こしたかはわからないし、彼自身も喋ろうとしなかった。犯人が逮捕されても私たちの仕事はまだ終わっていない。動機を知るには彼の家で家宅捜索をする必要があった。

「あんな奴の家だ。侵入者が入ってきたら爆発する爆弾とかがあるんじゃないか」

「本気で嫌いになったみたいですね、悠佑くんのこと」

「当然だろ。女の子を拐ったあげく、あんなに殴った奴を好きになれというほうが無理だ」

「愚問でしたね」

「愚問以下だ。入るぞ」

部屋に入った瞬間、気持ち悪い空気が私との体の中に入ってきた。

「……これは……やばいな」

部屋の中には、壁も床も窓も天井も、サヤカちゃんの写真で埋め尽くされていた。その部屋の隅っこには、写真の山ができていたが、もう一枚一枚確認する気すらわかなかった。何か、体の中でノイズがなっているような耳鳴りを覚える。

「とにかく、重要そうな情報を見つけたら一旦ずらかろうぜ。こんなところに何十分もいたらこっちが参っちまう」

「……ところで、何か聞こえませんか?」

「今日は補聴器を付けてなかったんだが……本当だ、砂嵐の音がザーザー言ってるし、耳鳴りもしてきたな……」

「それって、まさか。盗聴とかじゃないですよね……?」

「俺も言おうとした。おそらく、当たりだ」

「え? でもそれっておかしくないですか」

悠佑くんが盗聴をしていることは既に判明していた。彼のスマートフォンに、サヤカちゃんのスマートフォンのGPS、マイク、カメラを自在に操作するソフトウェアが入っていた。つまり、彼は彼女のスマートフォン越しにサヤカちゃんがどこで誰と何をしているのかを監視していたのだ。そして今日、新たに盗聴器の受信機がもう一個出てきた。盗聴する手段は2個もあったのだ。のちの調査で、盗聴器本体は彼女のバッグに入れられていたことがわかった。ここまで周到な準備をしていたからにはサヤカちゃんを容疑者にしようとしたのは間違いなかった。ただ、部屋全体に写真を貼るくらいに彼女を愛していたなら、なんで彼女を犯人にしようとしたのだろう。

 悠佑くんはサヤカちゃんを誘拐している間にも、何回も「僕のことが好き?」とか聞いていたらしいから、憎さのあまりという風には考えられなかった。遠くから見ていただけだが、彼が保身のためにわざわざサヤカちゃんを庇ったようにも見えなかった。彼女が憎いがゆえに犯人に仕立て上げるならまだしも、彼女を愛するがゆえに犯人に仕立て上げる必要がどこにあった? そうだ、サヤカちゃんと悠佑くんは、悠佑くんが逮捕される前日に付き合っていたとか言っていたな。だったらなおさら憎んでいるなんてことはありえない。憎んでいる相手と付き合うなんてできない。サヤカちゃんからそれを聞いた時は、悠佑くんは彼女を愛していて、彼女の心の支えになろうとしていたから付き合っていたとしか思っていなかった……?

「……嘘でしょ?」

「なんだ? おい?」

閃いてしまった。私の推理を聞いた上司の眉間に皺が寄っていく。だが、反論はしなかった。


 悠佑くんがこの事件を起こした理由は、極めて自己中心的で、身勝手なものだった。

 彼は、サヤカちゃんに愛されようとするために完璧にサヤカちゃんになりきる練習をして、彼女が遅刻した朝には睡眠薬を飲ませて変装した状態で延子さんと話をし、深夜徘徊をして、注意してきた私にわかりやすいくらいに盗んでおいたサヤカちゃんの学生証を落とし、寝ている姿の録画を邪魔したうえで彼女と同じ服を買って深夜の学校に侵入し、最後に延子さんを刺した。これによって、必然的にサヤカちゃんが容疑者第一号になる。

 そこで、悠佑くんは彼女を一生懸命に庇った。まるで、正義のヒーローのように。彼がやけに私を敵対視していたのは、彼から見ても、サヤカちゃんにとっての晴という存在もまたヒーローとして映っていたように感じたからだろう。そこで、変装した彼を散々追い回したあげく彼女に真犯人を見つけると言い切った私も邪魔な存在となり、誘拐犯を利用して間接的に私を殺そうとした。彼の部屋から麻痺ガスを作る材料になり得そうなものと合鍵を作る液体も見つかっている。

 彼が彼女にとってなくてはならない存在として認められたことで、2人は恋人の関係になった。おそらく、サヤカちゃんが夢で聞いたという『私は一人では何もできない』という言葉も、一種の洗脳をしようと試みたのだろうと思う。考え方の次元が違いすぎて考えたところでいい気持ちがするものでもないが。彼がサヤカちゃんを誘拐したのは、映画館が終わった後の私の車で悠佑くんが犯人だという推理を上司に確認した私に責任があった。あの時、私の車にはサヤカちゃんのバッグが入っていた。そう、盗聴器が仕掛けられていたバッグが。捕まることを恐れた悠佑くんは、サヤカちゃんと一緒に逃げようとする。そして、彼のエゴが暴走してしまった結果、逮捕されて今に至る。というわけだ。

 本当に、一高校生が考えたとは思えないほどの計画だ。この推理を考えれば考えるほど、悠佑くんみたいな彼氏が欲しいとか言っていた過去の自分が馬鹿らしくなる。上司にそれを言ったら鼻で笑われた。結局は上司の直感が正しかったというのか。悔しいなあ。


 その推理を悠佑くんに伝えると、事件後では初めて口を開いた。

「正解ですよ」

「もっと別の方法があったんじゃないの?」

「これしか方法はありませんでしたよ。僕の欲求不満をすぐに解決できて、2人が幸せになるには。サヤカと結婚して子供を産んで、幸せな家庭を築く計画もあなたがこの世に存在していたせいで台無しですよ」

「だったら、残念だね? もうサヤカちゃんとは会えなくなったね」

「いえ、そうでもありませんよ」

「……」

「優しかった頃のサヤカの服も感情も全身も、1パーツも残すところなく、目と脳に焼き付けているんで。いつでもサヤカを思い出せますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る