晴:10時44分

 10時43分50秒。あと10秒だ。状況から考えて、上司が発砲して、私が京成くんのようなスタイリッシュなアクションを決める、という展望だろう。下手をしたら全員がピンチに陥ることになる。ここがターニングポイントだ。

 時計の秒針が12の文字に近づき、銃声とガラスの割れる音とともに分針が動いた。サヤカちゃんは包丁を持った悠佑くんの右手に噛みついた。私は歯形がついてぶるぶると震えているその右手を捻って包丁を放させる。床に落ちた包丁を縛られたサヤカちゃんがどうにか拾って、上司の元へ駆け抜けたようだ。サヤカちゃんは保護した。あとは悠佑くんを確保すれば終わりだ。包丁を失った彼は怒りのままに私を殴ろうとしたが、上司に押し出された同期の強引なガードに阻まれる。ナイスだ、というか、お疲れ様でした!

「おらああああ!」

思いっきり、渾身の背負い投げを決めた。悠佑くんの、高校生男子の平均身長よりもちょっと小さい体がフローリングに叩きつけられ、その態勢のまま力が抜けるようにぐったりする。

「確保! 確保ぉ!」

「ウオオオオオ!」

外で待機していた同僚たちが一気にサヤカちゃんの部屋になだれ込む。勝利を確信した私は達成感を味わうよりも先に、

(あーあ。またサヤカちゃんの部屋、キレイにしないといけないじゃん……)

と、上の空の世界で全く関係のない事を考えていた。

「おい、サヤカちゃん!」

私が振り向くと、サヤカちゃんも力を失ったようにぐったりしていた。現実に戻ってきた私が駆け寄ると、彼女はゆっくりと私のほうに首を向けた。

「こりゃ、相当衰弱してるぞ。……頭に大きいタンコブまでできてやがる……!とりあえず、救急車!」

「はい! 念のため手配しておいたので、すぐ来ると思います!」

「晴……さん。今まで、ありがとうございました……」

「倒れそうなくらい疲れてるんだったら、あんな無茶しないでよ……!」

「私の”合図”……気づいてくれて、よかったです……」

そう言うと、サヤカちゃんの瞼がゆっくりと閉じて行く。

「ちょっと? サヤカちゃん? サヤカちゃん!」

「バカ、揺さぶるな! もうすぐ救急車が来るから待て!」

上司に静止された私の遠くで、救急車のサイレンの音が聞こえた。

こうして、連続誘拐事件、女子高生殺害未遂事件。一連の犯人は全て逮捕された。

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