誘拐犯:晴

 俺の次のターゲットが決まった。

 晴という警官だ。玲穂玖の話では、そこそこの美人だったらしい。当の玲穂玖は俺に誘拐されたフリをしたせいで警察に保護され、監視を警戒して無用心に出歩くことができなくなった。ただ、保護された際に晴という警官に発信器をつけていたおかげで、既に住所は割れている。あとは日常の行動を観察して、スキができた時に襲えば完璧だ。

「俺の車をパクりやがって」

「あのまま逃げてたら私が捕まってたわよ」

俺の車には生活資金や道具を全部置いていたが、警察に奪われたせいでほぼ素寒貧になった。玲穂玖に金を借りに行こうにも、警察の見張りがうろついてるせいで近づけない。幸いにも携帯電話は持っていたので電話はできる。

「だいたい、あんたが女子高生をチンタラ追っかけてるのが悪いんでしょ」

「あんな時間に学校へ行く奴はレアだったからな。かなりの上玉だったし」

結局は取りのがして車まで没収されてしまったが。


 夜中の町中。人気のない公園で身を潜めていると、女子の叫び声が聞こえた。なんだってこんな夜中に出歩いているんだ。そんなの襲われて当たり前だ。発声元はそこそこ遠そうだったので気にしないことにした。が、1つの影が俺の目の前を通ってからは事情が変わった。

「あいつは……!」

今日の朝、俺が追いかけていた女子高生とそっくりだった。あんなに可愛い女の子が襲われているのを黙って見ているわけにはいかない。

 思わず立ち上がったところで、別の女性が現れた。警察の制服は着ていないが、おそらく警察官だろう。その証拠に、誘拐犯である俺の顔をじっと見て、あっ、と声を漏らしたからだ。彼女は止まらずに去って行ったが、たぶん、俺も追いかけられることになるだろう。後方の塀をよじ登り、逃げることにした。それにしても、あの警官。女子高生に負けず、中々の美人だった。俺の予想じゃ、あいつが晴とかいう警官だろうな。

 塀の向こうから足音が聞こえ、別の男たちの声も近付いてきた。まあ、これくらい余裕があれば楽々と逃げられるだろう。


 警察の追跡を振り切った後も、何日間かずっと晴の家の周辺で監視を続けていると、なんとなく生活パターンが読めてきた。午前はずっと外出していて、夜は不定期にパトロールかなにかをやっているようだ。

 監視を続けるにも、何度か危ない瞬間があった。例えば、よくわからないオバサンが夜な夜な外をうろついて見つかりそうになったり、夜道を歩く晴を襲おうとしたところに上司らしき男が現れたり、挙げ句の果てには晴の家の周辺をウロウロしていた高校生くらいの男に見つかったり、会社員風の男に見つかったりという体たらくだ。今まではほぼ完全犯罪と言っていいほどうまくいっていたのに、あの女子高生を見かけた日からずっとこんな調子だ。あの女子もどうにかしてやりたいが、うかつに触れないほうが吉だろう。


 ある昼。晴はいつも通り出掛けて、暇になった頃。晴の家の前に、黒い軽トラが停まった。それだけなら趣味の悪い知り合いがいるんだろうなという事で特に気にすることもなかったが、いくら待っても全く帰る様子もない。危険を承知で近づくまでもなく、少年が玄関の鍵に悪さをしているのが見えた。いつか見つかった高校生の男という事はわかったが、まさかアイツまで晴を尾行しているのだろうか。見た限りだと合鍵を作っているみたいだ。同業者ながら恐ろしい奴だ。


 その夜中、晴が帰ってきた後、少年はコソコソ歩いてやってきた。無謀にも晴の家へ乗り込もうとしていた。しかも、夜中のパトロールが行われるくらいの時間にだ。

(アホめ。アイツが出てきたらどうするつもりだ)

同業者として助けないわけにもいかない。少年に当たらないように石を投げてやった。すると、少年は一跳ねして驚き、こちらを向いた。手招きしようと手を伸ばした瞬間、晴の家の玄関のドアが開く音がした。少年は一目散に逃げ、俺も一時的に距離を取ったが、眠そうな顔をしていた晴は外出せずに家へ逆戻りしたようだ。

 周囲を確認してみたが、少年が帰ってくる様子はなかった。しかし、別のものが見つかった。足元でチャリチャリと軽い音が鳴った。それを拾ってみると鍵だった。落としたのだろうが、ありがたく使わせてもらおう。これで彼女の家の窓を割る手間が省けた。


 俺たち以外の人間がこのあたりで事件を起こしたらしく、彼女はマトモに睡眠が取れていないようだった。彼女が不規則な生活を送ると、こっちの計画にも支障が出る。これ以上、余計な事件が発生する前に、できるならば明日に勝負を決めるべきだろう。俺の車を奪った分の復讐をした後は、晴の服に入っているらしいGPSを回収して、また一からやり直すしかないか。



——病室の前——

 彼を逮捕した女がこの部屋で眠っている。GPSで追跡して思わず来てしまったが、今の私にはどうすることもできない。後ろから、看護師の女性に話しかけられた。

「何か御用でしょうか?」

「い、いえ……」

そそくさと病院を後にする。彼が捕まった今、私も彼を見捨てて逃げるべきかもしれない。ただ、どうにか一矢報いて彼の敵を討ってやりたい。そう思った。

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