サヤカ:デジャヴ
「また誘拐かよ!」
上司が愚痴をこぼす。サヤカちゃんの部屋の鍵は開いていたが、そこに誰もいなかった。一方の悠佑くんの家は無人だったようだ。サヤカちゃんの様子からして、彼女と彼に何かあったのは間違いなかった。行き先を残しているわけもないので、彼女を追おうにも私たちには何の情報もなかった。
「聞き込みしかないですかね」
「だな。奴の動機がはっきりしない分、俺らには時間がないと思っておいたほうがいい」
「わかりました」
当たり前の話だが、一刻を争うような事態の時は、誰に聞き込みをするかの選別も重要になってくる。情報を持たない人に話を聞くと、その時間だけタイムリミットは近付く。私はイチかバチか、このアパートに住んでいる方のおばちゃんに話を聞くことにした。なんだかんだ、私の家の近所に住んでいるおばちゃんが良いところで現れるので、それに乗っかってみることにした。刑事の勘では、うまくいきそうな気がしている。
「ええ? 不審なこと? わかんないわね。ちょっと騒がしいなとは思ったけど。それより、これ、見てよ」
おばちゃんは携帯電話の画面を見せてきた。最悪だ。早く話を切り上げなければ。
「前に黒い軽トラのこと聞いてきたでしょ? これ、さっき撮ったんだけど、これ、駐車違反だわよね? カップルなのか知らないけど、イチャイチャしてさ。頭に来たのよ。訴えたりできないの?」
カップル? 軽トラ? 携帯電話を強引に奪い取り、画面を見る。運転席と助手席にはそれぞれ見知った顔が映っていた。……最悪どころか、大当たりだ。
「ありがとうございます! 詳細は後日お話ください!」
「ちょっと!」
私はサヤカちゃんの部屋で電話をしている上司のもとへ駆けつける。ちょうど電話も終わったようで、私の姿を確認するなり携帯電話を閉じた。
「黒い軽トラです!」
「軽トラか」
「何か情報はありましたか?」
「ああ。女子高生から誘拐されたって通報が入ってきたって電話が入ってきてな。隣町だそうだ」
問題の倉庫に到着すると、悠佑くんが黒塗りの軽トラックの助手席側で何かやっているのが見えた。パトカーに気付いた悠佑くんは大急ぎで運転席に乗り込み、トラックを発進させた。
「相手は誘拐までやってるんだ。変に追い詰めて暴走とか事故とか二次被害を出させないようにな」
「わかってますよ!」
今回ばかりは無茶せずにある程度の距離を取って追跡した。しかし、向こうはそんな事お構いなしにスピードを出していくので、結局は私たちも同じ程度のスピードを出す羽目になる。車内の様子は確認できないが、時折トラックが大きく横にそれたり信号無視をしたりしていて危なっかしすぎる。同じようにトラックを追いかけている同僚たちと無線で連絡を取り合っているのだが、トラックが暴走するたびに叫ぶのでかなり騒がしい通信が続く。悠佑くんが運転しているトラックはどうもサヤカちゃんのアパートへ向かっているようだった。
──トラックの中──
激しい騒音と振動で目が覚めた。目を開くと、フロントガラスから見える景色が異常な速さで後方に消えていくのを目の当たりにして反射的に目を閉じた。頭はガンガンするし、体は動かない。悠佑に気付かれないように、薄目で下を向いてみると自分の体がビニールテープで体を縛られているのが見えた。再び、できる限り自然に視線を前方に戻してみると、車は私たちの町まで戻ってきているのがわかった。パトカーのサイレンが聞こえるし、いわゆるカーチェイスをしていたらここまで戻ってきたのだろう。
ミラーをちらちらと見た後、悠佑が思いっきりハンドルを殴り、その手から血が出る。そんなことお構いなしと言わんばかりに車内の色んなものをぶん殴って暴れ始めた。突然の激怒に驚くあまり、叫び声を出してしまった。はあ。悠佑に起きていることがバレてしまった。こいつにとっても、こんなに早く追いかけられるとは思ってもみなかっただろう。私がこの車の助手席に乗っていなかったら、ざまあみろと言っているところだ。
「警察に追いかけられてるみたいだけど、これからどうするの?」
「うるさい! もうすぐ降りるぞ!」
住宅街に入ってカーブが多くなってきたからか私を殴る余裕すらないらしい。そして、トラックが停まってみれば、そこは私のアパートの目の前で、私は私を縛るビニールごと車から降ろされ、私の部屋まで無理やり引きずられていく。悠佑は私の部屋のドアノブをガチャガチャしているが、鍵がかかっているのか、開かないようだった。私は鍵を持ってないし、晴さんがやってくれたのかな。私のアパートの周りに続々とパトカーが集まってくる。晴さんは既に車から降りて私たちの方へ走ってきている。ドアも開かないし、誰もこの部屋の鍵は持ってない。これで悠佑も終わり……かと思った私の背後で、鍵の開く音がした。
「え?」
悠佑は細い針金のようなものを鍵穴に挿していた。私は悠佑に部屋まで連れ込まれ、突き飛ばされる。そして、台所にあった包丁を私の首に突き立てる。晴さんが閉まりかけたドアを勢いよく開いて部屋の仲間で走ってきたその時には、もう遅かった。
「それ以上近付かないでください。近付いたら、あなたのせいでサヤカがひどい目にあいますよ」
未だに頭をぶつけたところがガンガンして、ついぼーっとしてしまう。それにしても、なんだ。非常に危機的な状況なのは明らかだし、それは認識できた。
なにか、デジャヴを感じる。最近もこんな事がなかったか?
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