晴:黒幕

「はあー、疲れた」

行儀悪く車の席にドシンと座る。映画に集中しすぎると、町内を数十分間走り回った後のような疲労が全身にのしかかってくる。途中までは退屈だったが、最後のラアクションシーンで体力の全てを持っていかれた。それにしても、上司め。真犯人がどうたら言っていたのに全く関係ないし、そもそも殺人犯の顔も名前も最初からバラされてたじゃないか。姑息な引っかけをかましてきたな。確かに最後のシーンは上司の言った通り圧巻の一言に尽きたが。私も京成くんみたいなスタイリッシュなアクションを決めてみたいものだ。心の中からふつふつと湧き上がってくる興奮が収まろうししないし、いい感じに息抜きもできたところで現実の事件について考えてみることにしよう。というか、上司が何を考えているかをメインに思い起こしていた。

 上司は、私の家で待ち伏せをしていた通称合鍵男に心当たりがあるようだった。それを私に言わなかったということは、私が知っている人ということだろうか? それで、彼は私にサヤカちゃんが持っている服について聞いてくるようお願いされた。でも、合鍵男は暫定的には男のはずだろう? 誘拐犯は嘘をついて女と言ったと考えている風にも見えなかった。なら、なんでそこに深夜徘徊の女子高生が出てくるんだ。同一犯とでもいうつもりか? 

 それは一旦置いておくとして、服屋に聞き込みするのが大変なことくらいは上司も承知しているはずだろう。上司が独断で調べているということなので、人海戦術を使うということでもなさそうだ。サヤカちゃんと同じ服を買った人を調べようとしたところで、一人で調べるには限界がある。何か怪しい人物を絞り込むことができるのだろうか。そういえば、私が誘拐犯から合鍵男は男、と言ったのを上司に教えたあたりから何か考えていたな。

「……男?」

思いだしてみれば、深夜徘徊の女子高生、女子とは思えないほど足が速かった。一端の警官である私ですら最初は追い付けなかった。上司が私に服について調べさせたのは、一人でも犯人の絞り込みができるかもしれなかったからなのは間違いない。とすると、もし仮に。

「女物の服を買う男がいたら、特定できる可能性が増える……!」

頭に電流がほとばしり始めた。そうだ。深夜徘徊の女子高生が、女子高生の格好をした男だったとしたら……!

「女子高生と、合鍵男が同一人物だった……!?」

この2つの事件に関わっている人の中で、私と知り合っていて、サヤカちゃんの服をどこで買ったか知ることができ、足が速くて、誘拐犯よりも背が小さく、上司が私に言おうとしなかった理由があって、サヤカちゃんを困らせる、もしくは延子さんを刺す理由があるかもしれない男の子は一人しかいなかった。

「まさか……悠佑くん!」

思わず口に出してしまった自分に驚いて後部座席を見渡す。サヤカちゃんはまだ映画館にいるようだ。とりあえず、これが聞こえなかったのにほっとして、自分を落ち着かせる。

 先生は、サヤカちゃん・悠佑くん・延子さんの身長は3人とも同じくらいだと言っていた。合鍵男が誘拐犯より背が小さかったのは間違いないし、あの3人が誘拐犯よりも小さいのも間違いない。そして、誘拐犯は合鍵男については『知らない男』だと言っていた。ただの男子高校生と誘拐犯が知り合うことなど滅多にないんだから知らなくても無理はない。

 私は悠佑くんみたいなタイプが好みだとちょくちょく上司に話していた。私が暴走するのを防ぐために、上司が悠佑くんを疑ってることを言わなかったのか。

 携帯電話のバイブレーションが鳴った。朝平さんからだろうか。連絡するのを忘れないように、そば屋で昼食をとる前に、『朝平さんが帰省する以前に、サヤカちゃんの家の前あたりで、不審な人を見たことがなかったですか』とメールを送っておいたのだ。携帯を開いてみると、朝平さんから返ってきた反応はメールでではなく電話でだった。

「もしもし。今、お時間、大丈夫ですか?」

「はい大丈夫です。ありがとうございます。先ほどのメールの件ですか?」

「そうです。帰省以前の不審者でしたら、サヤカさんが遅刻する前日の昼に、男の子が部屋の前で座り込んでいたのは見ました。服装は……たしか、黒のコートに、水色のボトムでした。正午を過ぎる前なので当然、学校が終わっているような時間でもなかったし、不良だとしたら絡まれたら厄介だなと思ったので外で時間をつぶしていたら夕方帰ったころにはいなくなっていました」

「なるほど、詳しいことで、もっと思い出せることはないですか? 具体的な時間とかでも。誰か他の住民が見てそうだった、とか」

「時間まではさすがにわからないですね。……そういえば、アパートの前に黒色の軽トラックが停まっていました。その男の子のものかはわからないですが」

「軽トラックですか……?」

軽トラック。どこかでその名前を聞いたぞ。

「わかりました。わざわざ電話までしていただいて、ありがとうございました」

「事件解決のお役に立てたら幸いです」

「役に立ちそうです。ありがとうございます」

「どういたしまして。では、失礼します」

学校の時間にサヤカちゃんの部屋の前で座っていた男の子……自分で導き出した答えだからかもしれないが、悠佑くんがかなり怪しく見えてきた。ただ、悠佑くんが怪しいと言っても、その動機はさっぱりわからない。サヤカちゃんの話からして、あの3人に大きなトラブルはなかったみたいだし、それに、もし仮に彼が一連の事件の犯人だとしたらサヤカちゃんをあれだけ庇う意味もわからない。残酷な言い方をすれば、サヤカちゃんが犯人だと言っている延子さんの証言を信じるフリをして、精神的に追い詰めて自首を勧めるなり、色々な逃げ方があったはずだろう。

 ついでに言えば、ドッペルゲンガーはサヤカちゃんの顔をしていた。いくら化粧で似せたとしても、男子の顔をサヤカちゃんの顔と見間違えるほどにするにも限界がある。上司はどう考えているのだろうか。サヤカちゃんはまだ帰ってくる様子がない。まあ、私と同じように映画に集中していたみたいだし、疲れてしばらく動けなくなるのも無理はない。サヤカちゃんが帰ってくるまでだが、上司に状況の報告をすることにした。

「もしもし」

「サヤカちゃんとの話は終わったのか?」

「ええ。蕎麦を食べてきたんで、これからサヤカちゃんをアパートまで送って、聞き込みをやってからそっちへ向かいます」

映画については黙っておいた。

「そうか。お願いした分はちゃんと聞けてるんだろうな?」

「はい。ドッペルゲンガーが学校に侵入した日、監視カメラに映っている時に着ていた服と、彼女の見た夢に出てきたドッペルゲンガーが着ていた服の2着が事件に関係ありそうで、そのレシートはないみたいですが、ちゃんと買った店と時期は聞いておきました。ゴミは彼女が遅刻した日以降のものをずっと溜め込んでいたみたいです」

「でかした。となると、部屋に侵入されたときに凶器をゴミ袋に捨てられたってのも考えられるようになったな。で、どこの店で買ったって?」

店の名前やら住所やらを教えながらサヤカちゃんが映画館から出て来てないか確認する。それにしても、思ったより遅いな。コインロッカーから荷物を取っていくとは伝えておいたはずだよな……? 脳内で不安がよぎったが、上司が話し始めたので私の意識も電話に戻った。

「オーケイ。じゃあ、俺は先に服屋に聞き込みに行ってみるから、お前も興味があったらアパートの聞き込みが終わったら署じゃなくてこっちに来てもいいぞ」

「じゃあ、こっちが終わり次第そちらに向かいます」

「聞き込みが終わったら連絡してくれ。サヤカちゃんの部屋の合鍵は盗まれたりとかはしてなかったんだよな?」

「はい。今日確認した限りでは盗まれてませんでした。一度持ち出されてまた返ってきたかどうかはわからないですが。当のサヤカちゃんも合鍵を探すのに手間取っていたので」

「まあ、最初に侵入されたっぽい日から今日までにチャンスはいくらでもあっただろうしな。とりあえず、話すことは以上か?」

「……疑ってる人、たぶんわかりました」

「そうか……サヤカちゃんは近くにいないのか?」

「はい。もうちょっとだけ大丈夫そうです。私の予想が合ってるのか早く知りたくて」

「わかった。じゃあ聞こう。この一連の事件で、誰が怪しい」

「怪しい人っていうのは……悠佑くんですよね? サヤカちゃんのドッペルゲンガー、合鍵男、どちらとも」

「正解だ。俺は元々疑ってた、というか気に食わなかったから男と言われてピンと来たんだが。お前まで思い至るとは。少々予想外だったな」

かなり予想外、ではなく、少々予想外、か。

「とは言え、私が見たドッペルゲンガーの顔は悠佑くんじゃなくてサヤカちゃんそのもの、という感じでしたし、動機も全くわからなくて納得はできてないんですけどね」

「そうなんだよなあ。こっちもサヤカちゃんとか延子さんだけじゃなくてアイツの周りでのトラブルも探り始めてはいるんだが、事件の手がかりになりそうなことはないし、動機に至ってはチンプンカンプンだ」

「そうですか……」

「ただ、延子さんを刺して、お前やサヤカちゃんの家の合鍵を作った証明ができれば、あとは話を聞けば済む話ではあるだろ」

「そうなんですけどね……」

「そんなに気になるんだったら動機についても調べてみればいい。もちろん、本人以外にも、サヤカちゃんとか、誰にもバレない程度でな」

「では、ちょっとだけ探ってみます。サヤカちゃんが来たのでこのへんで」

「ああ。また後でな」

サヤカちゃんは、私が電話を切るのを確認してから車のドアを開けた。どうも気を遣わせてしまったようだ。サヤカちゃんが車に乗ってシートベルトを付けるのを確認して、車をサヤカちゃんのアパートのほうまで走らせた。

「ごめんね。こんな寒い中、外で待たせちゃって」

「いえいえ。事件の解決に奔走してもらってるのに、こうしてご飯、映画まで連れて行ってもらって。なので少しくらいは我慢できます」

「こっちこそありがとうね。そんなに気を遣ってくれて。映画館で何をしてたの?」

「内緒です」

「まさか、突然映画館のスクリーンから京成くんが現れてたりとかしてないでしょうね……!」

「ああ、大丈夫ですよ? 別に、誰か有名人がいたとかじゃあないんで」

「うわ。怪しい。もし誰か来てたんだったらサヤカちゃんを逮捕しよう」

「そんな法律があるんですか」

「公務執行妨害」

「逆にメーヨキソンで訴えたら勝てそうですね」

何かあるたびに秘密にされたり、公務執行妨害にしようとしたりしてるな、私。

「そういえば、サヤカちゃん、最近、黒色の軽トラとか見たりした?」

「悠佑の車がそんな色だったと思います」

「そっか」

「? どうかしたんですか?」

「いや、色々とね。……そういえば、悠佑くんが部屋に来た時って、どんな話してるの? 言いたくない話とかだったら言わなくていいんだけどね。純粋な興味だから」

「なんか言ってましたね。『悠佑くんが個人的に好き』みたいなこと。基本的には学校の話とかたわいのない話を延々と。最近は私への嫌がらせを止めるとかいじめを止めるとか、変な話ばっかりになってるんですけどね」

「ああ。もうそれ忘れていいよ。悠佑くんはモテてそうだし、変な怒りを買いそう」

「モテてるのかな。だとしたら、恋敵になっちゃうな」

「……もしかして、好きなの? 悠佑くんのこと」

「好きというか、昨日から付き合い始めました。両想いで、悠佑の方から言ってきて」

「……そうか……はは、悔しいなあ」

元々付き合えるとは全く思っていなかったので、悔しさはちょっとしかなかったが、悠佑くんが犯人だとしたら、という想定で考えていたので、動機がわからなくなって余計に頭の中が混乱してきた。延子さんを刺した理由に恋愛関係のもつれという可能性が出てきたが、サヤカちゃんが好きなんだったら、なおさらサヤカちゃんを犯人に仕立て上げる理由がなくなる。これ以降はサヤカちゃんも空気を読んだのか、会話のないままアパートに到着した。

「それじゃあ、戸締りとか忘れないようにね。あとコンビニ行く時とかも気を付けて。誘拐犯の愉快犯が出てくるかもしれないし」

「誘拐犯の愉快犯ってダジャレみたいですね。わかりました。今日はお昼ご飯、ありがとうございました」

「いやいや。この借りは出世払いで返してくれたらいいから」

「返さないといけないんですね。言われなくても返すつもりでしたけど」

「はは。冗談だって。その感謝の気持ちだけで十分だよ」

カッコいいことを言えたので満足してサヤカちゃんと別れた。平日の昼間だからアパート内での聞き込みもあまり期待できそうにないが、とりあえずやるだけやってみよう。

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