晴:共通点
一通り喋り終わった。サヤカちゃんは何も言うことなくずっと聞いていてくれた。ごめんなさいと泣きながら謝られて近寄らない宣言をしたあの人は、実は度々遭遇する近所のおばちゃんなのだが、サヤカちゃんとは会った事がないはずなので割愛した。身江子とは気まずい関係だったが、いざ会ってしまえば、そんなこと気にするほどでもないくらい話すことができた。もしかしたら、気まずいと思っていたのは私だけかもしれない。やっぱり、今度からはちょくちょく連絡を取ってみようかな。
サヤカちゃんはそれを聞いて、何か考えている様子だった。それにしても、サヤカちゃん、ちょっと会ってない間に心なしか可愛くなったように見えるな。何かあったのだろうか。
「とりあえず、そんなところかな。私たち2人とも、親がいなくて、無実の罪を着せられかけていたんだよ」
サヤカちゃんは確か、家出をしていると聞いていた。彼女も彼女なりに、親がいるからこその苦労をしていたのだろう。
「まるで、私と延子みたい……」
「そう。延子さんのことも気になるだろうけど、そう気に病む必要はないんだよ。犯人が捕まってしまえば延子さんもわかってくれる。そもそもサヤカちゃんは犯人じゃないんだから。ね?」
「そうですよね……。ありがとうございます。何か、吹っ切れたような気がします」
家に来てから、ずっとよそよそしいような様子ではあったけど、やっぱり、何か悩んでたことがあったんだなあ。十年前の私も、最初は上司のことは全く信用してなくて、無視したりいろいろ悪い事しちゃってたからな……いつか謝ろう。そういえば、上司に頼まれていることがあったんだった。ええと、服の話と、凶器が見つかったゴミ袋の話。あと、サヤカちゃんの部屋の合鍵を持っている、もしくは作った人だったな。これは朝平さんにも聞いてみないと。
「そうだ、サヤカちゃんの持ってる服、見せてもらっていいかな?」
「え、は、はい」
サヤカちゃんはプラスチック製のタンスを開け、服を一枚一枚取り出す。この歳の女子高生にしてはあんまり服を持ってない。働きながら学生もしなければならないし、他の生活費にお金をまわすのでいっぱいいっぱいなのであろう。服を出しているのをしばらく眺めていたら、サヤカちゃんが一着の服を持ったまま固まった。
「サヤカちゃん、どうかしたの?」
「そういえば、この服、学校に侵入した疑惑が出たときに、防犯カメラに映っていた人が着ていた服なんですよ」
「うん。興味深いね。ちょっと、この服を買ったレシートがあったら見せて欲しいな。他にもドッペルゲンガーとかの事件に関係ありそうな服があったら、それもお願い」
「レシートは家計簿をつけた後に捨てちゃいました。この服は、私の夢に出てきたドッペルゲンガーが着ていた服です。私が知ってるのはこの2着だけですね」
なるほど。出てきた服には一部一時期流行っていたような露出多めの服もちらほらあったけど、ドッペルゲンガーが着ていた服は両方とも露出の少ない服だな。学生服も着てみてもらったが、サヤカちゃんはスカートの裾をちょっとだけ折って短くしているのに対し、夜中で見た女子高生の方は長いまま着ていたな。あんまり肌は見せないようにしていたのだろうか。寒すぎるからというだけかもしれないが。
「レシートがないんだったら、どこで買ったとかっていうのはわかるかな?」
「それだったらわかりますよ。場所、教えときますね」
ドッペルゲンガーが着ていた服を買った店と、買ったのがだいたいいつ頃かという情報を得た。上司はこの服を買った人を調べるつもりなのだろうか。とは言っても、同じ服は何個も売れているだろうし、会員制の店とかではない限り特定が困難な気がするのだが、何を考えているのだろう。
「ありがとう。次なんだけど、前に私がサヤカちゃんと話しにここに来た日まで、ゴミとかどうしてたの?」
「ゴミですか?」
サヤカちゃんは、なんでそんな事を聞くんだ? という顔をする。やっぱり、これについては話した方がいいのだろうか。ただ、延子さんの血が付いた凶器が何日間か自分の部屋の中にあったかもしれないと知ったら……と考えていると、なかなか言い出せずにいた。
「私が知らないほうがいいことなんだったら、教えてくれなくてもいいですよ。晴さんが聞いてくるってことは何か理由があるんでしょうし、話しますから」
「ありがとう」
「最初に私が学校に遅刻した日から、外に出るのが億劫でなかなかゴミを捨てに行く気分にならなくて、何日間かゴミ袋が溜まっていってたんですよ」
「それを、私と話す日の朝に捨てたと」
「そうです。あの日は確か……5袋捨てに行きました」
「なるほど。最後にゴミを捨てたのは何日くらい前だった?」
「私が遅刻する日の前日の朝です。その時は一袋だったんですけど、溜めてからまとめて捨てたほうが早いな、とか思ってたら玄関にいたずらされたりでどんどん溜まっていっちゃって」
「生ごみとか、早めに捨てないと変な臭いがしてくるんだよね」
「そうなんです。だから、最近のゴミ処理が大変なんですよ。生ごみとか投げてくるんで」
「……本当になんとかしたほうがいいね、それは」
今日から朝平さんの家に泊まるつもりだし、いたずらする輩を見つけたら怒鳴りにいってやろうか。
「あとは、サヤカちゃんの部屋の合鍵って、どうしてる?」
「合鍵は全部私が持ってますね。誰にも渡したことがないです。出してきましょうか?」
なんか、私がサヤカちゃんの部屋の合鍵を欲しがってるみたいになってしまったが、まあ、念のために見せてもらっておこうか。
「あれ?」
「もしかして……無いの?」
もしこれで合鍵がなければ、相当、怪しい人の数が絞られるぞ。隣人が隣人なだけに、この部屋に大人数で入ることもそうそう無いはずだから、すぐ見つかるかもしれない。ただ、それはサヤカちゃんにとって残酷な事実を知ることになるかもしれないが。
「あ、すいません。ありました」
なんだよ。あぐらをかいていた体が思いっきり、50度くらい傾いた。こういう時って、本当に転びそうになるものなんだ。
「まあ、あったならそれはそれでよかった。あと、変なことを聞くんだけど、サヤカちゃんの家の前で何か怪しそうなことやっている人を見たとかってのはない? ピッキングみたいなこととかさ。今じゃなくて、遅刻する日の前に」
「……私は見たことないですね。基本的に日中は学校だし、夜も外出はあまりしないので。近所に知り合いもいないので、聞いたこともないです」
「そっか……ありがとう。とりあえず、事件に関係あることで私が聞きたかったのはこんな感じかな」
上司に言われていた分は聞いた。唯一情報がなかった合鍵については、あとは朝平さん頼りになるかな。一応朝平さんだけじゃなく、このアパートの住人全員に聞き込みをしてみたほうがいいか。朝平さんの神経質がここまで捜査に重要な役割を持つことになるなんて、誰も思いもしなかっただろう。もうすぐ正午だ。病院食しか食べてないし、お腹も空いてきたな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます