サヤカ:親
悠佑は京成くんのことを知らないようなので、早速撮っておいて全然見てなかった京成くん主演の映画を見ることにした。感動モノらしいという話だけは聞いているが、内容は全く知らないので、いつ見ようかと楽しみにしていた。
「……で、誰がその京成くんって人なわけ?」
「あ、この人! この、ご飯食べてる人!」
「ふーん……」
悠佑はどうも映画を見ることに乗り気ではない。「そんなことやってる暇があったら、俺たちでも犯人を捜そうよ」とも言われた。でも、こういう時だからこそ息抜きも必要かもしれないじゃない。事件も晴さんたちが頑張ってなんとかしてくれるから心配はいらない。悠佑の言っていることも正論には違いないし、延子だったり晴さんだったりを信じるか信じないかでウダウダ悩んでいる現実から逃避したい気分だったのかもしれない。
「私から見たら京成くんは格好いいと思うんだけど、悠佑からしたらどう思う? 男代表として」
「うーん。まあ、格好いいかな?」
なんだかんだ言っておきながら、悠佑も食い入るように画面を見つめている。心の中では京成くんを気に入っているのか、やけに京成くんの姿を追っているように見える。布教は成功だ。私の同士が増えるのはいいことだ。……一瞬、延子の姿が脳裏に浮かんだが、今は忘れようと首を振った。延子のことを忘れるために映画を見てるのに、それで延子のことを思いだしてしまったら意味がない。
「いつか仲直りできるって」
「え?」
晴さんの言葉を、画面に集中している悠佑に聞こえないように唱えたつもりだが、私が何かを言ったのが聞こえたみたいだ。
「ううん、何でもないよ」
そうだ。私も京成くんの姿を追ってみよう。画面を凝視する私の顔を、悠佑は複雑な気持ちになっていそうな表情で見ていた。
……この映画、家族愛とか、そういう話だった。実を言うと、私はそういった関連の話はあまり、というか、かなり好きじゃない。私が微妙な気分になってきているのを察したのか、悠佑はビデオを止めた。
「やっぱり、まだ駄目なのか?」
「そりゃあね」
私には母親も父親もいる。ただ、私が頼っていい両親はいない。私があの事件に巻き込まれるまでバイトをしていた理由、私が苦しい思いをしていた時に助けてくれたのが両親ではなく延子と悠佑と晴さんだけだった理由。
「まだ、家出を止めようとも思わない?」
「うん」
そうだ。私は家出をして、今この場所に住んでいるのだ。実家はそこまで遠くないが、私が無視を決め込んだことで諦めたのか、もうずっと私に会おうとはしてこなかった。
「そっか……」
私の両親は、とても厳しい人だった。一人でなんでもできるようになりなさい。テストでクラス1位を取れなかったら明日からご飯抜きです。日本語を話せるのと同じくらい英語を話せるようになりなさい。ピアノのコンクールで優秀賞を取りなさい。なんであそこでミスしたの、私たちは旅行に行くけどあなたはどこにも行かないで反省してなさい。テレビは大人のものだから駄目。ゲームは幼稚だから駄目。漫画は文字に弱くなるから駄目。そんなよくわからない無名作者の本じゃなくて、この有名な本を読みなさい。そんな生活に限界が来て、ここまで逃げ出してきた。皮肉なことに、ここまで躾られたせいで、一人暮らしするには十分な家事もできたし、奨学金制度を使える程度には勉強もできて、バイトもすぐに決まった。だが、あの人達には感謝したくなかった。両親にとっての私はきっとかわいいペットか何かだったに違いない。そんなこともあって、家族に愛なんて、馬鹿馬鹿しく感じてしまうようになった。
「ちょっと、気分が悪くなってきたかも」
「ごめん、変なこと聞いて。大丈夫?」
「いいよ。そばにいてくれるだけで、嬉しいから」
悠佑の表情が驚きに変わる。なんか恥ずかしくなって、そっぽを向いて顔を隠した。その時、悠佑がどんな顔をしていたかは見えなかった。意識的に見ないようにした。
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