サヤカ:戸締り
私は悠佑と晴さんに付き添われて部屋まで帰った。玄関にはまたゴミが散らかされていた。それを片付けたら、晴さんが隣人がいるかどうか確認していたが、姿を現さなかった。晴さんは一度会ったらしいが、私は結局最初に遅刻した日以降に彼の怒鳴り声は聞いていない。毎晩、私の部屋の周辺が騒がしいので、どこか別のところに泊まっているのかもしれないと思った。
一方の悠佑も、恐い表情をして何か考え事をしているようだったが、私が悠佑を見ていることに気付くと、ギクリとした。
「あ、サヤカ。だいぶ落ち着いてきた?」
「うん。まだショックは残ってるけど、さっきよりは」
「よかった」
「で、悠佑は何考えてたの? 結構怖い顔してたけど」
私の問いに、悠佑の顔が引きつった。演技ではなく、本当に危ないことを考えていたのを指摘されたような顔をする。
「い、いや。何も考えてないよ。見間違いじゃないの」
「もう。危ない事をしようとしてるんだったらやめてよ。晴さんもただでさえ大変な中、病室まで来てもらって喧嘩を止めてくれたのに。これ以上負担増やしちゃ駄目だからね」
「そうだね」
そんな話をしていると、確認したいことを確認できた晴さんとは別れ、私と悠佑の二人きりになった。晴さんはやけに戸締りをしておくことに念を押してきた。このあたり、特に私の周辺もやたらと物騒になってきているから当然なのは当然だが。
「警察も、サヤカが犯人っていう証拠を見つける暇があったらとっとと真犯人を見つけてくださいよ」
「ちょっと悠佑」
「アハハ、仰る通りだから仕方ないよね」
病院にいた時は褒められていたようだったのに、帰ってくるとまた悠佑が晴さんに文句を言っていた。その悠佑を気に入っている晴さんは特に気にしていないようなのが救いだ。
「はあ……それにしても、延子があんなことを言うなんて、僕も想像してなかったよ」
「……」
私を心配してくれた延子の消失による心の傷は癒えていない。とは言っても、延子の罵声も悠佑の擁護も、途中からは行き場のない怒りを泣くことで発散させていたせいであまり聞いていなかった。でも、その間にも延子は私を罵倒し続け、悠佑は私の無実の主張を繰り返していたことはわかる。そう考えると、私一人で行かずに悠佑も連れて行って良かったと思えたし、晴さんがあえて私に延子の居場所について教えてくれなかったことも私がこうなることをわかった上で言わなかったんだとわかって、感謝と後悔の気持ちになっている。
「正直、今はあんまり延子の話はしたくないかな……」
「ごめん。でも、しばらくは延子とは連絡しないほうがいいのは間違いないよ。本当に聞く耳を持ってくれなかった」
「そうだね」
数日前までは普通に一緒にいて、私を信じてくれさえいた延子がまさか私にあそこまで暴言を浴びせるとは思っていなくて、さっきの光景を思いだそうとしただけで頭がフラフラしてくる。延子の態度がここまで逆転したのには何か原因がありそうだが、今はそんなことを考える気力すらわかなかった。寂しさを、今私を助けようとしてくれている晴さんへの感謝と、この瞬間傍にいてくれる悠佑の温かさを感じることで紛らわすことしかできなかった。
「だったら話を変えるけど、あの……晴さん、だっけ? あの人のことはどうなの? 今日、サヤカと一緒に話をしてたみたいだけど」
「晴さんは私の味方だよ。絶対に。今日話してみて思ったんだけど、やっぱり、私と晴さんはどこか似ている気がするんだ。晴さんは共通点があるって言ってくれたけど、そこまでは教えてくれなかったんだ」
「共通点……。でも、サヤカの味方になってくれるかどうかも大事だけど、サヤカの無実を証明できないと信用するもなにもないんだよ?」
「でも、今日、ちゃんと『絶対に真犯人を見つけてみせる』って言ってたし」
「さあね。口約束かもしれないよ。仲が良いって言ったって、まだ会って数日でしょ? 今までの人生全体で言ってみたらまだ数千分の一くらいだよ。そんな人に簡単に任せるのは……」
「悠佑、ちょっと前から思ってたんだけど、晴さんのこと、あんまり好きじゃないの?」
「……好きか嫌いかで言うと、普通。サヤカが会って何日も経ってない人を簡単に信用しすぎてるのが危ないって言ってるだけ。延子のこともあるし」
悠佑の言葉を聞いていくたびに心臓が縮んでいく。確かに、言われてみれば、悠佑の言っていることももっともなのかもしれない。会って数日の関係だし、私と晴さんが似ているって言っているのも、もしかしたらビジネスのお世辞のような感じで話を合わせているだけかもしれない。そう思ってくるとだんだん怖くなっていった。晴さんを信用するか、晴さんを信用しないか。その葛藤が心の中で激突し始めていた。この時は、晴さんを信じる気持ちが上回った。
「晴さんはそんな人じゃないって……信じてる」
「そっか。まあ、あの人がサヤカをどう思ってるかは、事件の捜査が進んでいけばいずれにせよわかるんじゃないかな。きっと」
悠佑はそう言ったあと、また何か考え事を始めたようだ。私も晴さんについて考えたかったところだからちょうどいい。しばらく無言の時間が続いた。
「よし、いい時間になってきたし、僕も帰ろうかな」
「あ、帰るの?」
今までは私が眠たくなった頃に、強制的に帰らせていたので、悠佑の方から帰るという話をされて微妙に戸惑った。延子のこともあるし、少し寂しい。
「うん。僕もちょっと疲れたしね」
「そう? このあたりも物騒らしいし、気を付けて帰ってね」
悠佑は適当に返事をして部屋を後にした。残された私は、特にやることも思いつかないし心の隙間を埋めないといけないので、冷蔵庫に溜めておいた弁当を適当に食べて、早めのふて寝に入ることにした。
──晴の家──
私は体の不自由を感じて目が覚める。というか、目が覚めてから体の不自由を感じたのだろうか。だが、そんなことはどっちでもいい。頭から足まで、手の指と足の先は辛うじて動くが、それ以外の部分に力が入らなかった。私は金縛りにあっていることだけははっきりした。そして、暗闇に慣れた視界の隅に、ある男の体が見えるのを確認した。もちろん、この部屋は私の寝室だ。ドアを閉めた彼はニヤついた顔をしながら私の方に近付いてくる。
(誘拐犯……!)
深夜未明。私は、金縛りにあった状態で、いつの間にか私の部屋に侵入していた誘拐犯と対峙していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます