晴:アリバイ

「晴さんって、幽霊とか信じるタイプの人ですか?」

「いや、全然。いてほしくないなーって思ってる。いたら驚くけど。どうしたの?」

「ドッペルゲンガーが実在してるかもしれないって言ったら、どう思いますか?」

ドッペルゲンガーという単語が何を指しているのかわかった。いつかの夜中に見た不気味な顔を思い出す。

「……つまり、あなたの顔をした人がもう一人いると?」

「いるかはわからないですけど、ここ最近の出来事を考えると、そうとしか思えなくなってきました」

「そのー、なんか、悪さをしているのがドッペルゲンガーだっていう発想は何から出てきたの?」

「夢です」

「……なんか、どんどんオカルトな話になってきたね」

「そうですよね。自分でもわかってるんですけど……。夢の中で、私以外にもう一人、同じ顔をした人が出てくるんです」

「いつ頃から?」

「4日前からです」

「あの日か……」

私には心当たりがある。サヤカちゃんの担任が私を学校に呼んだ日だ。それのお陰で誘拐犯の車を入手できたのだ。

「それより前は見てないの?」

「覚えてないです。たぶん見てないと思います」

「うーん。ちょっと、心理学専門の人も呼んでこないといけないかな」

また俺が上にどやされる羽目になりそうだな、と上司がツッコむだろうな。部屋についている鏡を見る。この場からは自分たちの顔しか見えないが、その向こうには上司がいる。上司が私たちの様子を見ているかはわからなかったが、気にせず一方的なアイコンタクトを送る。

「で、その夢のこともあって、私が夜中に動いているか確認するために録画してたんです。あわよくばドッペルゲンガーがいるなら映ればいいなと思ったんですけど」

「なるほど」

聴取が終わり、サヤカちゃんをアパートに帰したところで、この警察庁では緊急会議が始まった。未だに捕まらない誘拐犯が町をうろついている上、今度は女子高生が同級生の女子を刺す(刺したとは決まったわけではないが、そういう風に報道されてしまっていた)という事件まで起きて、この周辺が物騒なムードになってきているから、その早期解決を図って、このような会議が始まった。

「誘拐犯に関しては、車の中の情報から、今までのアジトの在りかまでは掴めましたが、新たな住処についての情報は出てきませんでした。今は、晴が目撃したという車が止めてあった場所の周辺と、昨夜の公園付近で彼の目撃証言を探っています」

「女子高生刺殺未遂。凶器は市販でも売られているナイフでした。今のところ、凶器のようなものは発見されていません。晴が最後に見た方向の山で探索している最中です。被害者の証言は昨日から一向に変わっていません。また、容疑者が録っていたという夜中の映像も、鑑識の結果、特に撮影時刻、日付の改ざんの記録は残っていなく、映像にも不審な点は見当たらないとのことでした」

時間も時間なので、事件は起きた後からしか見ていないという人しかいなかったらしい。サヤカちゃんとされる女子高生の姿に関しても現場付近での目撃証言はなかったようだ。となると、昨日は、家をフラフラ見歩くことなく、ピンポイントで延子さんを刺すために外に出ていたのだろうか。となると、犯人は延子さんの居場所を知っていた可能性があるという事か?

「難しい問題だな。被害者はサヤカって子が刺したって言ってるのに、当の容疑者にはアリバイがあると」

「そうなります」

同僚たちも、まさにお手上げという顔になっていた。肝心の誘拐犯の近況については何の追加情報もなし、そして、女子高生刺殺未遂は被害者と加害者の証言が食い違っていて、しかも、アリバイもある。しかも、その解決を並行して行わなければならず、片方だけに人員を集められず、分散するしかないと。昨夜、私はやっぱり、誘拐犯を無視して加害者と見られる女子を捕まえるべきだったのだろうか。

「つまり、どっちかが嘘をついていると」

「常識で考えたらな」

「常識で、って、それ以外にあると?」

「どちらも本当のことを言っている可能性も、なくはないってことだ」

「まさか」

「……だな。考え過ぎか」

この世の終わりのようなムードで会議が終わった後、上司はおそらく難しい顔をしていただろう私の肩をポンと叩いた。

「今回は起こしてしまったんじゃなく、起きてしまったんだ。指示した俺に非があるだけで、それを実行したお前に非はない。自分のせいで、とかナヨナヨした事考えてるんだったら早く解決することだけに集中しろ」

「ありがとうございます」

この時の上司は、立ち振る舞いも何もかも全てが格好良く見えた。

「やっぱり、尊敬しちゃうな……」

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