晴:若者

 学校に行ってみると、集会をやっているのか他の生徒の姿は見られなかった。先生らしき人に案内されて階段を上ると、そこには男女がいた。上司が話を聞こうとしたが男の子に阻まれ、若干、口論になってきている。

「とりあえずは話を聞くだけだ」

「そう言いながら逮捕する気だろ! サヤカは何もやってない!」

おお、カッコいい。歳をとってきたのか、最近の若者は……と思う事も増えてきたのだが、やっぱり、こういういい人はまだ存在しているのはちょっと嬉しい。

「犯人を見つけるためには、彼女からも話を聞かないとだめなんです」

「そんなだから誘拐犯にも逃げられるんだ!」

「悪いが、こっちも仕事なんだ。どいてもらうぞ」

上司は男の子が精一杯庇っているのを無理やり引っぺがして、サヤカさんを連れて行く。彼女の顔を見ると、死んだような顔をしていた。だが、いつか見たあの不気味な無表情とは違う。ちゃんと生きている。

「えっと、とりあえず、ちょっと警察庁で話を聞くね? 気が動転してると思うけど、怖い目に合わないようにお姉さんが言っておくから」

反応がない。茫然自失といった感じだ。それは捕まることからなのか延子さんが刺されたからなのかはまだわからない。

パトカーに乗っても、誰も喋ることもなく、重い空気が続いていた。

「それにしても、こんっな若い子がねえ……」

これは上司からのパスだ。間違いない。上司は彼女を信じない悪い人を演じるから、私が彼女を信じていることをアピールしろということだと、そう思った。一応、演技ではなくまだ信じてはいるのだが。

「いや、まだ犯人とは決まってないんですし……」

「……そうか。やっぱりその子の肩を持つかい。そう思っていたよ」

「そりゃあ、まあ……」

読みは的中したようだ。バックミラーに映った上司は私にウインクをしていた。年齢に合ってた行動ではないが、ナイスです、とこちらもウインクを返す。そうこうしていると、サヤカさんはボソリと呟いた。

「延子は……延子は無事なんですか」

呟いた……というよりは質問してきたのだが、震えていて、声も震えていた。少なくともこれが演技だとは思えない。これが演技だったら更生した後に役者の勉強をして欲しいくらい、儚い声だった。……更生した演技されたらどうしようもない。前に目をやると、上司が後部座席にいる私を見ていた。上司は首を横に振った。

(俺は言わないから、お前が言えってことですね!)

全力の笑顔を返すと、上司は眉間にしわを寄せた。違っているんだろうな。言ってはいけないというサインなのはわかっているが体が理解してくれないみたいだ。上司もそれに気づいているので、早々と返事をする。

「うーん。すまないが、それはまだ言えな……」

「生きていますよ」

「おい!」

上司は怒ったが、こわばった顔をしたサヤカさんは心底安心した顔になっていく。そういう顔されると、ついつい余計な情報を喋りたくなってしまう。

「記憶が混乱している……みたいですが、生きています。傷は深めでしたが、手術も無事成功して、命には別状はないそうで」

私も上司も、あっ、という顔をする。これは完全に失言だった。せっかく安心したところに、その延子さんがあなたを憎んでいますよ、なんて言ったら心を閉ざしてしまうのは明白だった。上司もこれには私を睨みつけた。こういう時の威圧感は年季が違うだけ、相当のものだった。

「……お前、後で覚えとけよ」

片目は運転席に座っている警官、もう片方の目は私を向いていた。今の発言は軽率すぎた。反省しなければならない。

「すいません」

車が警察庁に着いた。隣ではサヤカさんが目を丸くして窓から警察庁を覗いていた。こういう子は、普段お世話になることも少ないぶん、警察庁も遠くからしか見たことがないことが多い。私も初めて見た時はこんな顔をしていたんだろうなと思った。視界の隅っこで上司がそんな私を見ているのが見えた。彼もどこか懐かしそうな顔をしていた。

「まあ、とりあえず話を聞いてみないことにはな」

上司はその顔をすぐに引き締め、車を降りた。そうだ。私ももう少女ではない。私のやるべきことをやらなければ。

「ささ、あなたも降りて」

女の子の顔が私に向く。

「私は晴。そのまま、晴、とでも晴さん、とでも呼んでいいよ」

「……サヤカです」

「え?」

「サヤカって呼んで……いいですよ」

学生証で見ているから知っているが、黙っておいた。

「そっか……じゃ、サヤカちゃん、降りて。とりあえずこれから話を聞くから、心の準備はしておいてね」

サヤカちゃんも、今の間にだいぶ落ち着いたらしい。その小さな笑顔が学生証に付いていた写真に近付いてきた。やっぱり、この子が夜歩きや殺人未遂をやったとは思えないという気持ちが強くなった。

「じゃあね。またあとで来るから」

サヤカちゃんを別室に連れて行って、私と上司は聴取の準備に取り掛かった。

「それにしても、お前、さっきのは本当に気を付けろよ。爆発物載ってるかもしれない誘拐犯の車を許可なく勝手に開けるのも全部止めて欲しいんだがな。お前が女の子を傷つけるのは一番やっちゃ駄目だろうが」

「すいませんでした」

「まあ、反省してるのもわかってる。起きてから後悔してもどうしようもないことは沢山ある。だがな、起きてしまうのはしょうがないが、自分で起こしてしまうのは論外だ。これに関しては本気で怒ってるからな」

「はい」

「よし、じゃあ行って来い。とりあえずはアリバイの確認だけでいい。残った時間で信用を稼ぐんだぞ。気持ち切り替えていこう」


 聴取に行くと、サヤカちゃんもだいぶ落ち着いてきているようだ。何故かはわからないが、彼女とは波長が合うのか、彼女の気持ちは手玉を取るようにわかってしまう。と思う。

 冷静になって、事態も呑み込めてきたようだが、動揺はしても取り乱すことはなかった。ここ何日かずっと連続でこんな目に合っていることは聞いているが。

 事件の起きた時間、彼女は寝ていたという。その証拠に寝ている間の風景を録画しているという。何でそんなビデオを? とも思ったが、とりあえずアリバイの確認が先だ。撮影日時を偽装している可能性も否定はできなかったので映像はスマートフォンごと鑑識に回して貰った。

「……そういえば、なんで私が容疑者ってことになったんですか?」

彼女がこんなことを言うものだから、車内での事もあって内心慌てふためいたものの、うまく躱せたと思う。夜中の自分を撮影していたこと、延子さんがあなたを犯人だと言っていること。お互いに気になることと言わないようにしていることがある。早く君と腹を割って話したいね。


 お昼どきだし、お腹も減っているようなので、サヤカちゃんにお昼ご飯を用意した。

「そば屋へ連れて行くのはさすがに無理だな。うな重の出前? 論外。食堂に行けば何かしら良い料理くらいあるだろ」

私の説得も空しく、彼女の昼ごはんはカレーライスになった。これで彼女からの信用が減ったら上司のせいにしてやる。おいしそうに食べていたので一安心だが。そんな姿を私と上司の二人で見ていた。娘がご飯を食べている親の気分になって微笑ましいがなにか空しい。隣にいるのが京成くんみたいなイケメン刑事ならなおよかったのに。

「サヤカちゃん、本当にもうちょっと良いご飯食べさせなくてよかったんですか?」

「いや、贔屓するのはお前が文句言われるだけだからどうでもいいが、うな重は贔屓すぎるぞ。駄目なもんは駄目だ。コンビニ弁当よりは健康的だろ」

暴走した時は私を庇ってくれるのに、うな重の出前は庇ってくれないのか。

「……そういえば、あの子も親がいない生活を送ってるんだったな。」

「……そうですね」

親がいない生活。上司と初めて会ったのもその頃だ。あの頃のことはあまり思いだしたくない。

「親友の子があんな状態だからな。しばらくはお前が支えてやれよ。もし本当に無関係だったら精神が病んでもおかしくない」

私とサヤカちゃんは親近感というか、似ているとは思っていたが、もしかしたら、そういうところに共通点を感じてるのかもしれないな、と心の中で考えていた。

「で、あの子は犯人じゃないと思うか?」

「やっぱり、人を刺せるようには見えなかったですね」

「俺も若干そんな気がしてきた。家出してきたってのが不安材料ではあるんだけどな。あの子やっぱり……」

「? 何ですか?」

私の顔をじっと見る。

「まあいいや。出るぞ。彼女を信じるにしろ信じないにしろ証拠は探さないといけないからな」

「何ですか、気になる」

私の興味を別のところへ逸らしたかったからなのか、上司はすぐさま話題を変えた。

「どうでもいいが、俺は、さっきのああいうガキは嫌いだ」

さっきのガキ? サヤカちゃんではないだろうし、たぶん彼女をかばっていた少年の話だろう。

「そうですか? サヤカちゃんの事を信じてる、良い子じゃないですか」

私は遠くから見ている時間の方が多かったが、サヤカちゃんを庇っていたあの少年は私の理想としている男性に近かった。校内でも結構モテているだろう。もしかして、このオジサン、彼に嫉妬しているのか。喉まで出かかったところで上司が追撃を食らわせてくる。

「お前にもそんな男ができればいいな」

「……その話は今関係ないですよね!」

昼も食べ終わったところで、午後の聴取の準備を始めた。サヤカちゃんに合わせろという命令で私もカレーライスを食べた。カレーライスは好きなほうだし、おいしかったから良いんだけれども。

「お前が見たって映像は本当に昨日のだったのか?」

そばを食べて満足気な顔をしている上司が聞いてくる。無視してやりたかった。

「日付は合ってましたよ。そのへんの分野はあんまり詳しくなくて絶対とは言えないんで鑑識の人たちにパスして調べてもらってます」

「つまり、今のところはアリバイがあると」

「そうなりますね」

「そもそも、なんで自分の寝ている姿なんか録ってるんだ。疑り深い奴だったら逆に怪しまれるぞ」

「そうなんですよね。それは後々彼女に聞いてみます」

「よし、じゃあ、俺は昨日の現場付近で事件の顛末を見た人がいないか調べてみるか。あと、サヤカちゃんの姿を見た人がいるかどうかもな」

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