第四話 助力と可能性
気まずい時間がどれだけ流れたか、やっと部屋の扉が開いてニアが戻ってきた。彼女の後ろにはレガもいる。
「そこで一緒になってね」
そう言って笑うレガは、さっさと部屋に入ると手に持っている大きなファイルをテーブルの上に置いた。
「さて、どうせろくな説明も受けていないだろうから、ここで説明しておくね。一応確認しておくけど、聞くかい?」
「はい」
ネスに否やはない。正直、学院長室でいきなり卒業を言い渡されてからこっち、よくわからないままの状態なのだ、説明してくれるというのなら拒否する手はない。
そんなネスを見て、レガは一つ頷いてからファイルを手に取った。
「まず、今回の時期外れの卒業は学院側の事情もあるんだけど、それ以上に機構本体の意向が強いんだ。だから学院側をあまり恨まないようにね」
レガの言葉に、ネスは首を傾げた。学院側を恨むなという事はわかるが、自分の卒業に機構の意向が絡むというのはどういう事なのだろうか。
レガは静かに続けた。
「君は自分の魔力が珍しい型だっていう事を知ってるかい?」
「……知ってます」
今更言われなくても、そのおかげで今まで散々な目にあっているのだから、知らないはずがない。
憮然とした対応のネスに、レガが苦笑をした。
「別にそれが悪い事だって言ってる訳じゃないよ。ただ、僕ら技術開発局は君の力になれると思うから、うちの研究に力を貸して欲しいんだ。これは機構の意向にも沿う事になるから、上層部からも文句は出ないよ」
「力を、貸す?」
目の前の彼は、一体何を言っているのだろうか。今の状況を説明してくれるはずだったのに、余計にわからなくなっている。
満面の笑みを浮かべたレガに、ネスの隣から不機嫌そうな声がかかった。
「レガ、説明するんじゃなかったのか?」
ドミナード班長だ。彼の言い分に、レガはきょとんとしている。
「え? だからしてるじゃない。何か問題でも?」
「大ありだ」
ネスは内心でドミナード班長に賛同したが、表だっては何も言えずにいた。
――どう考えても、この場で一番立場が下なのは私だもん……
なので怖くて何も言えないのだ。萎縮するネスのすぐ側で、ドミナード班長とレガの言い合いは続いている。
「もう少し一般人にもわかるように説明しないか」
「えー? わかるよねえ、ニア」
「いえ、わかりづらいかと……」
いきなり話を振られた形のニアが苦笑しながら否定するのを聞いて、レガは驚いた表情をしている。彼にとって、あれはわかりやすい説明のつもりだったようだ。
「話がいきなり飛びすぎる。もう少し順を追って話せ」
「うーん……じゃあ、まずは僕の研究内容を軽く話しておこうか」
またもや話が飛んでいるのだが、レガ自身は自覚がないようだ。ドミナード班長とニアは沈痛な面持ちでいる。
だが、続くレガの言葉はネスに違う意味で衝撃を与えた。
「僕の研究はね、簡単に言ってしまうと道具を使って魔力制御を行おうってものなんだ」
「え!?」
今、彼は何と言ったのだろうか。
「この研究が完成すれば、君の魔力制御も出来るって訳。どう? 手伝ってみない?」
「やります!! ええ、ぜひ!」
「待て! きちんと話の内容を確かめてから答えないか」
レガの申し出に飛びつこうとしたネスを止めたのは、隣にいるドミナード班長だ。何故彼が止めるのか、理解出来ないネスは焦って立ち上がった。
「でも! 制御が出来るようになるって――」
「だから、その事についてきちんと説明を聞いてからにしろと言っている。レガ、ちゃんと順を追って話せと言っただろうが」
班長の言葉の意味がよくわからないが、班長はネスが話を聞かない限りレガへの協力を許可しないつもりらしい。彼にその権限があるのかどうかネスには判断出来ないが、ここでは従わざるを得ない。
――班長が私の直属の上司……になるんだよね? だから権限を持ってるのかもしれないし。
レガは面倒くさそうにドミナード班長の言葉を聞いていたが、こちらも相手が引かないと見たらしく、大げさな溜息を吐いて両手を挙げる。
「わかったよ。とりあえず、さっきの話は頭に置いておいてね」
そう言って説明しだしたレガの話は、驚きに満ちたものだった。
技術開発局でレガが研究開発を進めているものは、人の体内から魔力を抽出して一旦固形化し、その後に道具を使って術式の制御を行うというものだ。
元々は自動で術式を発動させる為の研究だったそうだが、魔力制御を苦手とする者が局の中にも一定数いる事に着想を得て、研究を開始したのだという。
「これが完成すれば、魔力制御が苦手で現場に出られないでいる魔導士の数が減らせるし、当然君の問題も解決出来るって訳。まあ、その為には君の協力が不可欠なんだけどさ」
道具で魔力制御を行うという事自体は既に出来上がっているのだが、制御出来る術式が固定されてしまうらしい。
レガの研究はその制限を取り払う事が最終目的なのだそうだ。
「僕の研究に付随して、魔力の総量や濃度に関する研究も行われているからさ、そういう方面への協力も頼みたいんだ。ああ、もちろん研究結果は君の役に立つ事は保証するよ」
レガの話は聞けば聞く程いいこと尽くしなのだが、何故班長はネスがすぐに決めようとした事を止めたのかネスには理解出来ない。
その班長は、不機嫌な様子のままレガにさらに注文をつけた。
「具体的に、ネスに何をさせるのかの説明がまだだぞ」
「これからするよ。まったく、レージョはせっかちなんだから」
「お前がのんびりしすぎているんだ」
どうやら二人の性質は大分違うらしい。
――班長がきっちりした性格で、レガさんが大雑把……かな?
ネスが大雑把と判断したレガは、手元の書類に目を落としながら説明を続けた。
「えーとね、具体的にネスにやって欲しい事は、魔力の定期的な計測と提供だね」
「計測と提供?」
具体的と言われても、やはりよくわからない。首を傾げるネスに、レガは頭をかきながら更に説明を付け加えた。
「計測はそのまんま、魔力の総量と濃度を定期的にこちらで計測させてもらう事だよ。別に痛い事も苦しい事もないから平気。提供の方は……ちょっとやってみないとわからないなあ」
そう言って首を傾げるレガを見て、ネスの不安はいや増した。彼女の不信感が表に出たのか、レガは慌てたようだ。
「いや、大丈夫だから! 他の連中も魔力を抜くなんて事、結構やってるし。そりゃまあ、ちょーっと普通よりは多めに取る事になるかもしれないけど、元が多いんだから平気だよ」
おそらく、ネスを安心させようとして言っているのだろうが、見事に逆効果だ。普通より多く魔力を抜くという事がどういう事か、経験のないネスにとっては恐怖以外の何者でもない。
隣で聞いていたドミナード班長は、額に手を当てて深いため息を吐いた。
「ばかかお前は。余計に怖がらせてどうする」
「え!? レージョならまだしも、俺は怖くないよ」
「何気に失礼な事を言うな。とはいえ、確かに魔力を抜く事自体は誰もがよくやっている事だから、安心していい。この男は信用しづらいかもしれないが、他の局員がきちんと監視しているので危ない事はないだろう」
それはレガだけだと危険だという事なのだろうか。不安だらけではあるが、学院を追い出されるように卒業したネスにとって、機構以外に行く場所はない。実家に帰ったところで、魔力を持っている以上一生機構とは縁が切れないのだ。
「あの、本当に魔力の制御が出来るようになるんですよね?」
ネスが一番知りたいのはそこだ。多少の負担があったとしても、制御が出来るようになるのなら手伝わないという選択肢は彼女にはない。
ネスの問いに、レガは先程とは打って変わって真面目な表情で頷く。
「出来る、保証するよ」
その一言が、最後の一押しとなり、ネスの心は決まった。
「協力、します」
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