第三話 技術開発局

 本部を出たネス達一行は、魔導車を使って技術開発局の建物まで向かっていた。

 物珍しそうにきょろきょろと車内を見回すネスの耳に、ネスの軽い笑い声が届く。

「ああ、ごめんなさい。魔導車を見るのは初めて?」

「私、魔導車は見るのも乗るのも初めてです……」

 魔導車とは読んで字のごとく、魔導の術式を使って動く車の事を呼ぶ。特に陸上車で乗用のものを指し、同じ魔導で動く乗り物でも乗り合いの路面魔導車は路面車、魔導列車は列車と区別して呼ぶのが一般的だった。

「魔導車は一般に普及していないからね」

 そう言ったのは、助手席に座るレガだ。運転席にドミナード班長が、ネストニアは後部座席に座っている。

 ネスの緊張は継続中だ。見知らぬ人達に囲まれているというだけでも十分なのに、加えて初めて乗る魔導車にこれから行く先が技術開発局だという事もあった。

 技術開発局は、魔導機構の中でも技術の研究部門として独立しており、魔導学院卒業生の中でも特に技術系に優れた人間が配属される事で有名だ。

 技術開発局で扱う研究は、主に魔導を使った機械や道具の研究だ。術式そのものの研究は、術式研究所が担っている。

 学院で魔導理論の成績が良かったネスは、一時期本気で技術開発局か術式研究所を目指そうと思った程だ。後にどちらを目指すにも実技の成績も優秀でないとならないと知って諦めたが。

 機構のある自治区は大雑把に区分して、中心部に各部署の本部が集中していて、東には技術系、西には術式系の部署が集まっている。北には各部署の詰め所が、南には居住区が広がっていた。

 中央の実行本部がある建物を出た車は、一路東へと向かう大通りを進んでいる。車内はしんと静まりかえって、ネスの胃をきりきりと苛む。

 無意識に胃の辺りを抑えていたネスの手に、柔らかい手が上から触れてきた。

「大丈夫? 具合が悪くなったら、すぐに言ってね」

 優しい笑みを浮かべたニアである。ネスは曖昧な笑みを浮かべたまま、はいとだけ答えた。

 この状況で、本当に具合が悪かったとしても言えるものではない。

 ――何が原因で怒られるか、わかったもんじゃないし……

 学院での経験が、ネスを萎縮させていた。魔力制御が出来ないという事実は、移った先の学院にも周知徹底されていて、教官達から向けられる蔑みの視線に耐え続けなくてはならなかったのだ。

 教官だけではない。同学年の生徒や、飛び級扱いになって一緒に授業を受ける事になった上級生達からも、冷ややかな対応をされていた。

 途中からは気にしないように受け流す事を覚えたが、それでも心には重い物が降り積もっていたらしい。

 魔導車は大通りから外れて幾分細い脇道へと入った。

「もうじき局に到着するよ」

 助手席のレガの言葉に、車窓から外を眺めたネスの目には、似通った外観の建物が並ぶ景観が飛び込んでくる。

 ――一人で来たら、絶対に迷うわ。

 来る事はないと思いたいが、今朝から想像もしなかった出来事に巻き込まれ続けているネスにとって、絶対にないなどという言葉は既に言えなかった。


 明るい内装の部屋にある重厚なソファに腰を下ろし、ネスは出されたお茶を飲んでいた。右にドミナード班長、左にニアの二人に挟まれて、身動きすら気を遣うような状況である。正直、お茶の味もよくわからない。

 技術開発局について早々、レガは局員に呼び出しを食らってどこかへ行ってしまい、代わりに別の局員にこの部屋に案内してもらったのだ。

 ――どうしよう……何か話した方がいいのかな? でも話すって、何を?

 これまでの学院生活でも、ろくに周囲と交流してこなかったネスにとって、年上の二人との共通話題など見つかる訳もない。

 気まずい時間が流れる中、沈黙を破ったのはニアだった。

「少し、話を聞いてもいいかしら?」

「は、はい!」

 優しく耳に響く彼女の声に、ネスは裏返った声で返答した自分を恥じる。真っ赤に染まったネスに気付いているだろうに、班長もニアもそれについては何も言わなかったのは彼等なりの気遣いか。

「通常の時期とは少しずれてしまっているけど、学院は卒業したのよね?」

「はい。今日、機構に向かう前に学院長から卒業証書を渡されました」

 機構本部に行ってナージ部長に会えという指示と共に、いくつかの書類を渡されたのだが、その中に紛れるようにして入っていたのだ。まるでついでといわんばかりのその扱いに、寄宿舎の自室で乾いた笑いがこみ上げたのは記憶に新しい。

「じゃあ、後で証書の方を預からせてもらうわね。事務手続きに必要なの」

「わかりました」

「それと、荷物の方はもうまとめてあるのかしら?」

「はい。寄宿舎の管理人さんが送ってくれると言ってくれたので、お任せしてあるんですけど……」

 機構に行った後、自分がどこで生活するのかまったく見当がつかなったので、ダメ元で管理人に問い合わせてみたのだ。荷物自体はまだ学院の寄宿舎にあるはずである。

「そう、ならその連絡をしてこなきゃ。班長、少し席を外します」

「わかった」

「え!?」

 ニアの言った内容に、思わずネスは大声を上げてしまい、当然のように二人の視線を浴びることになった。

「どうかした?」

「あ……いえ、何でもない……です」

 まさかこの部屋に怖い人と置いて行かないでくれ、とは言えない。人を見た目で判断してはいけないと散々教えられてきたが、ドミナード班長という人物は全身から威圧的な空気を醸し出している人物だ。

 ――どうしたって怖いよ……

 ネスは小柄な体をさらに縮こまらせて、ニアの帰りをひたすら待つ事にした。

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