第五話 ドミナード班

 技術開発局を出て、再び車に乗って移動する先は、班の詰め所の入っている建物だという。

「これからは、一日おきに局に行くことになる。局へ行く日も、朝は詰め所へ顔を出してから行くように。詰め所から局までは路面車が走っているから、後で路線を確認しておくように」

「はい」

 後部座席に一人で座るネスは、運転席にいるドミナード班長に言われた内容を頭に入れながら返事をした。

 局を出た車は、本部から辿ってきた大通りを逆戻りしつつ進んでいる。助手席に座るニアによると、もうじき脇道に入るらしい。

 そこからはいくつかの角を曲がり、もうネスが道順を覚えていられない頃になってようやく到着した。

 班の詰め所が入っている建物は、外観は古い時代の様式だ。よく見てみると、機構の建物は本部が入る中央の建物以外、古いものが多い。

 車を降りたネスは、辺りをきょろきょろと見回していた。これまで学院からほとんど出た事がなかったので、何もかもが目新しい。

「ネス、こっちよ」

 ニアに声を掛けられ、慌てて駆け出した。


 入り口の大きな扉を潜ると、薄暗い廊下が続いている。廊下の天井も高く、三人の靴音がいやに響いた。

「窓が少ないから、暗く感じるでしょう? でも建物全体に防犯の術式が疲れているから、危なくはないのよ」

 そう説明してくれるニアの言葉に、ネスは無言で頷いて返す。さすがは魔導機構内部の建物と呼ぶべきか。

 正直、まだネスの緊張は解けていない。つい昨日まで、大人と言えば学院の教官や用務員、食堂のおばちゃん程度しか周囲にいなかったのに、いきなり大人の中に混じって働けと言われたのだから緊張して当然だろう。

 長く伸びる廊下を歩き続け、階段を上りさらに廊下を曲がって一つの扉の前に辿り着いた。

「ここがうちの詰め所だ」

 ドミナード班長が振り返ってそう教えてくれた。扉は普通の木製で、金色のプレートに「ドミナード班」と入っている。

 取っ手に手をかけた班長が、一瞬動きを止めてから軽く振り返り、口元に人差し指を当てた。静かに、という事らしい。

 そのまま片手で後方に下がるように指示されたので、ネスはニアと共に二、三歩下がる。一体、何があるのだろう。

 妙な緊張感を感じる中、班長はタイミングを見計らって、勢いよく扉を開けた。それと同時に、扉の付近で何かの破裂音が連続で響く。

「よく来た新人!」

「我らが奴隷よ!」

「俺たちがしっかりしごいてやるから覚悟して――って、あれ? 班長?」

 扉の向こうには、ネスより三、四歳年上の青年……というよりは少年が三人横並びに満面の笑みで立っていたが、扉を開けたのがドミナード班長だとわかると、揃って顔色を青くした。

「お前達……」

 低く響いた班長の一言の後、文字通りの雷が三人に落ちるのをネスは目撃する事になる。


 轟音とあまりの出来事の連続に、ネスの頭は限界を超えていた。

 彼女の目の前では、怒れる班長の背中とその向こうに床に直接座らされた三人組の姿がある。班長による雷撃を受けたせいか、着ている衣服には所々焦げが見えた。

 詰め所は広い部屋だったが、物が多く置いてあるせいであまり広く感じない。壁には隙間がない程棚が置かれているし、四つずつ向かい合わせで置かれた机の塊が三つ、それに一番奥にはガラスで仕切られた個室のような場所があり、大きな机が見えた。三人組が座らされている床は、机の塊と塊の間にある空間だ。

 しばらく無言で三人を見下ろしていた班長は、やっと口を開いたかと思ったら低い声を発した。

「さて、言い訳があるなら聞いてやろう」

「新人がー入るって聞いたからー、先輩である俺たちがーしっかり仕込んでやろうとー思ってー」

「やっぱりー新人はー最初が肝心だと思ったからー、自分のー立場をーしっかりわからせてやろうと思ってー」

 二人はふてくされた態度で答えている。間延びした語尾がまた余計に班長の怒りを煽っている事に、気付いていないのだろうか。

「っていうかさ、俺等そんなに悪くなくね? 班長ひでーよ」

 最後の一人の言葉により、班長の怒りが再び臨界点を超えたらしい。背中しか見えないネスにさえ、その怒りの波動が伝わってきた。

 ――ここここ怖いよおおおお

 いきなり新人に「奴隷」などという言葉を言う三人組も、室内で雷撃などという攻撃術式を平気で使う班長も、ネスには等しく恐ろしい存在でしかない。

 隣でニアが何やら慰める言葉を言ってくれているが、残念ながらネスの耳には入っていなかった。

「そうか、自分達は悪くないと言うのか」

 班長の低い声には、三人組に対する怒りが多分に含まれている。それがわかるのか、三人組は口を噤んだまま下を向いた。

「お前達には一ヶ月間の掃除当番を言いつける。ただし、掃除範囲はこの建物全体だ」

「「「えええー!!」」」

 先程まで俯いていた三人組は、班長の言葉に揃って不満げな声を上げる。状況がまったく見えないネスは、ぽかんとしたまま成り行きを見ている以外になかった。

「本来お掃除は専門の人がいるんだけど、今回みたいに班員の罰にも使われるのよ」

 その場合の掃除担当者の給与はそのまま支払われるので、担当者の方からも罰当番は歓迎されているのだとニアは続けた。

「ちなみに、今の所罰当番が一番多いのはあの三人なの」

 その言葉には、ネスも何となく納得出来るものがあった。

「ただいま戻りまし……って、何の騒ぎですか? これ」

「まーた三馬鹿が何かやらかしたんでしょ? あ、あなたが新人の子?」

 背後の扉が開いて、男女の二人組が入ってきた。赤毛の女性がずいっとネスに近づいてきたので、思わず後ずさってしまう。

「キーリア、そんなに迫っちゃだめよ」

 苦笑交じりのニアの言葉に、キーリアと呼ばれた女性はすぐに元の位置に戻った。

「ごめんごめん。で? 三馬鹿は何をやったの?」

「「「三馬鹿ってゆーな!」」」

「やかましい、三馬鹿。そう呼ばれたくなければ、罰当番の割合、少なくしてみせな」

 キーリアの言葉に、三人組は言い返せないようで悔しそうに唸るばかりだ。どうやら彼等は班の中でも一番下の存在らしい。もっとも、新人としてネスが入ったので、彼女の方が更に下になるのだが。

 入ってきた男女二人組を見た班長は、ごくろうと一言労いの言葉をかけた。

「これでうちの班員が全員揃ったな。では紹介しておこう。ネス、こちらへ」

 班長に促され、ネスは班員の前に立たされる。三人組も、ようやく床から立ち上がることが許されたようだ。

「彼女が新しくうちに入ったネス・レギール。通常より三年早く学院を卒業しているので、まだ十五歳だそうだ」

「ネ、ネス・レギールです。よろしくお願いします……」

 やっとそれだけ言うと、ネスは再び身を縮こまらせた。班員の視線が集まって辛い。先程の班長による三人組への仕置きも、悪い方向で影響していた。

「一人ずつ自己紹介していってくれ。リーディ、お前からだ」

 班長の言葉に、先程入ってきた男性が一歩前に進み出る。高身長に甘いマスク、輝くような金髪が目に眩しい。服の上からもわかるスタイルの良さもあり、女性に騒がれそうな存在だ。

 そんな美形がこれまた美しい笑顔で微笑みかけてくる。

「リーディ・オンブロです、よろしくね。副班長でもあるから、わからない事があったら何でも聞いてほしいな」

 気のせいか、彼の周囲にキラキラと輝くものが散っているように見えて、ネスは二、三度目をこすった。

 その彼女の様子に、リーディは少し首を傾げている。何かおかしな事でもしただろうか。

「もしかして……この子、魔力値が高いんですか?」

「学院にある測定器を軒並み破壊したらしい」

 リーディからの問いかけに、班長がそう答えると班員から感嘆の声が上がった。

 ――それここで言うなんて……班長、ひどいよ。

 測定器を壊した過去は、ネスにとっては消してしまいたいものなのに、ここで班員に知られてしまうとは。これでまたここでも、化け物を見るような目で見られるのだろうか。

 俯いてしまったネスの耳に、口笛が響いた。一体誰が、と見てみると、どうやらリーディだったらしい。

「そりゃすごい。どうりで僕の魅了が利かなかった訳だ」

 魅了? と首を傾げるネスを余所に、班長は苦い表情だ。

「誰彼構わずその能力を使うんじゃない」

「大丈夫ですよ、ちゃんと使い所は考えていますから」

 リーディは軽くそう言うと、ネスに向かってウインクを投げてきた。思っていたのとは違う反応に、これまたネスは混乱しきりだ。そんな彼女には構わず、先程リーディと一緒に入ってきた女性、キーリアが一歩前に出る。

「私はキーリア・トゥリス。同じ女同士、よろしくね。困った事があったら何でも言って。大抵の事はどうにか出来るからさ」

 そう言うと、キーリアはきつめの目元を緩めて笑った。ニアと並ぶと対照的な彼女は、どうやら姉御肌のようだ。ただ、彼女の威勢にネスがついて行けるかどうかは謎である。

「よし、次は俺達だな」

 そう言うと、先程の厄介な三人組が胸を張った。

「俺はヒロム・ヘムシュミラー」

「俺はロギーロ・アツェレー」

「ディスパスィ・プロスボリィ、間違えんなよ」

「以上、我が班の三馬鹿でした」

 三人が言い終えたと同時にキーリアがチャチャを入れ、三人がまた「三馬鹿ってゆーな!」と声を揃えて抗議している。

「騒がしいが、これがうちの班だ。追々に慣れていってくれ」

 果たして、自分がこの班に慣れる日が来るのかどうか、これからの日々を思うと憂鬱になるネスであった。

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