第六話 閑話

 夜も更けた頃、機構内部に点在する女性用宿舎の一室で、ニアとキーリアは差し向かいで酒を嗜んでいた。

 年の近い彼女達は、性格の違いがいい方向に作用した為中が良く、時折こうして夜更けまで二人で過ごす事がある。

「あの子、大丈夫かな?」

 何気ない様子でぽつりと漏らしたキーリアの言葉に、ニアは軽く答えた。

「大丈夫でしょう。食事も食べられたし、体調不良も見受けられなかったから」

 詰め所での班員との顔合わせの後、時間が遅かったのでそのまま班は解散となり、ネスの面倒は同性という事でニアとキーリアが任されたのだ。

 食堂へ案内して食事を摂らせ、まだ学院の寄宿舎から荷物が届いていないので来客用の宿泊施設へ案内しておいた。

 ニアの言葉に、キーリアは軽く眉をしかめる。

「そういう意味じゃない事くらい、わかってるんでしょう?」

 キーリアの問い詰めるような声に、ニアは苦笑を漏らした。

 本当は、彼女が言いたい事はわかっている。今後、ネスがドミナード班でやっていけるかどうかが心配なのだ。

 ただでさえ実行部はハードだと言われているのに、特殊対策課はそれに輪をかけてハードなのだ。学院を卒業したばかりの、しかも資料通りなら実技の授業を殆ど受けてこなかった十五歳の少女に耐えられるとは思えない。

「しばらくは大丈夫だと思うわ。おそらく、局への協力が中心になるはずだから」

「局か……よく研究所が文句言わなかったわね」

 キーリアの言う研究所とは、術式開発研究所の事だ。技術開発局同様独立した部門で、その名の通り新しい術式を開発、研究するのが目的の部門だ。

 この研究所と局は、関係のない部署の人間でも知っている程仲が悪い。その対立の歴史は古く、最初のきっかけを知っている人間はもういないとも言われている程だった。

 基本、魔力量が豊富な人材を欲しがるのは術式開発研究所の方であって技術開発局ではない。

 キーリアのこぼした言葉に、ニアは苦笑を隠せなかった。

「文句を言わなかった訳じゃないのよ。彼女の件に関しては、かなり強引な手を使ったって聞いてるわ」

「強引? 誰が?」

 キーリアからの質問に、ニアは答えられなかった。知らないからではなく、話せないからだ。

 彼女の様子からそれと悟ったらしいキーリアは、それ以上問いたださなかった。こういう時の彼女の察しの良さには救われる。

「とりあえず、明日は一番に総務へ行って制服の採寸と発注をしてこないとね」

 機構では全員制服を着用する。これは所属している部門を一目で判断出来るようにという配慮と共に、機構職員の安全の為でもあった。

 機構の制服には術式付与がなされていて、魔導、物理双方に対する防御力を高めてある。特に荒事が多い特殊対策課の制服には、件の研究所がこれでもかと術式を付与しているのだ。

 本来なら、卒業の二ヶ月前には所属する部門が決まるので、卒業試験を終えた生徒は決められた期間内に学院内で採寸、発注を済ませる。ネスの場合は卒業が決まったのが急過ぎたので、制服やその他の手続きが遅れているのだ。宿舎の手配が整っていないのも、その一つである。

「ああ、そうか……こんな外れた時期に卒業して機構に来たのも、やっぱり訳ありなのかな?」

「学院でも、もてあまし気味だったらしいわ」

「なるほど。測定器壊す程じゃあ、そりゃあ学院程度じゃもてあますわ。でも、ならどうしてあの年までは学院にいたの?」

「一応、理論を修めきるまではって配慮だったそうよ」

「何その無駄な配慮。ってか、配慮になるの? それ」

 キーリアは声を上げて笑い出した。確かに、とニアも思う。学院は最終学年までネスを卒業させるべきではなかったし、よしんば卒業させるにしても、後二年は待つべきだったのだ。現場に出るのに、十五歳は早すぎる。

 実技の授業も、参加させないのではなく、見学だけでもさせるべきだったのだというのがニアの考えだ。

 魔導には見て覚える事も多いし、何より自分で行使しなくとも術式を肌で感じる事はとても大事とされている。それらをしなかったのは、ひとえに学院側の怠慢と言えた。

 だが、今この場でそれをあげつらったところで意味はない。ネスは卒業してしまったし、既にドミナード班に配属されているのだから。

 考え込むニアの向かい側で、キーリアは笑いの発作がようやく治まったらしく、グラスに残った酒を呷る。

「でもまあ、そういう経緯のある子なら、うちの班に来るのは理解出来るわ」

「そう……ね」

 ドミナード班は実行部の掃きだめ。そう陰で言われているのは班員の誰もが知っていた。その陰口を肯定するように、班に回される仕事はきつくて難しい割には評価されづらいものが多い。

 それでも班員から不満の声が上がらないのは、班長であるレージョ・ドミナードの力と、ここ以外に行く場所はないという皆の諦観があるからだろう。

 ヒロム達三人の悪戯が怒られながらも半ば容認されているのも、誰もがそうした閉塞感を少しでも忘れていたいからだ。それは班長も例外ではない。

 もっとも、今回の悪戯はさすがに度を超していたのと、新人に対してのものだったので久しぶりに雷が落ちたのだが。

 なにはともあれ、ネスは学院を卒業し機構に入ってしまった。これからの彼女の前途を考えるととても明るいとはいえないが、前向きに過ごしていってほしい。決して、自分達のような諦めを覚えずに。

 ニアは無謀とも思える願いを胸に秘め、窓の外に広がる空に浮かぶ月を見上げた。

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