第三十八話 待機

 機構本部に戻ったネス達には、三日間の休暇が与えられる事になった。解散時に伝えられた内容に、三馬鹿が狂喜乱舞する。

「やったー!!」

「張り切った甲斐があったぜ!」

「なーなー、特別手当とかはねえの?」

 お互いにあれこれ言い合いながら立ち去る三馬鹿達、その後ろ姿を眺めるキーリアがぽつりともらした。

「張り切ったって、あいつらあんまり貢献してないよね?」

 リーディが頷いて同意している。班長達は何やら集まって話し込んでおり、ネスはこっそりニアに耳打ちした。

「でも、森では頑張ってましたよね? あの三人」

 先頭のヒロムが何度も道を切り開いてくれたからこそ、楽に進めたのだ。そこは素直に感謝している。口には出さないけれど。

 ネスの言葉に、ニアは微笑を浮かべた。

「やればそこそこ出来る子達なんだけどね」

「何でやらないんですかね?」

「さあ……」

 ニアの苦笑に、ネスは首を傾げる。普段から頑張れば、彼等に対する周囲の評価も変わるだろうに。だからといって、ネスが制服の一件を忘れる事はない。あれは一生根に持ってやると、心に決めているのだ。

 何となくニア達と一緒に宿舎に戻る雰囲気になっていたので、四人まとめて移動しようとすると、ドミナード班長から声がかかった。

「ネスは残れ、伝える事がある」

「はい」

 一体何を言われるのか。心配そうにしているキーリア達三人に笑顔で挨拶をして、ネスは班長達が固まっているところへ向かった。

 何だか班長達の雰囲気が変だ。レガは哀れみの表情でこちらを見ているし、ジュンゲル班長は眉間に皺を寄せている。テロス班長は何やら含みのある笑みを浮かべていた。ドミナード班長が難しい表情をしているのはいつもの事なので、ネスにとっては変でもなんでもない。

 一体何を言われるのだろうかと不安になっていると、ドミナード班長が口を開いた。

「お前はしばらく自宅待機だ。待機開けの時期はこちらから連絡する」

「はい?」

 間の抜けた声を出したネスは、言われた内容を理解するのにしばらくかける事になる。「お前は」という事は、他の班員は待機扱いになっていないという事だ。

 わかった途端に、血の下がる音が聞こえた気がした。無期限の自宅待機とは、まるで処罰を待つ罪人のようではないか。

「あ……あの……私、悪い事をしたんでしょうか?」

 絞り出した声は震えている。似たような状況は、学院をいきなり卒業させられた時に経験していた。今度は、機構から放り出されるのだろうか。

 そんな不安を察したのか、ドミナード班長の雰囲気が少しだけ和らいだ。

「大丈夫だ。お前は何も悪くない」

「ただ、君がやった事に文句を言おうとしている悪いおじさん達がいてね。彼等への対応の時間がほしいから、君には自宅待機していてほしいんだよ」

 ドミナード班長の言葉に続けて言ったのは、テロス班長だ。自分がやった事という一言に、森で起動した新型術式を思い出した。あれ以外にやった事など、たかが知れている。

「あの……私、やっぱりあそこであの術式を使ったのは――」

「悪くはないよ。あの時は、あの判断が最善だった。だからこそ、僕らは今生きてここにいるんだから」

 不安から自分の判断に自身が持てなかったネスに、テロス班長はこちらが意外に思う程強い言葉で言ってくれた。ドミナード班長も無言で頷いている。

 レガも困った様子で笑いながら教えてくれた。

「本当にね、ネスが悪いんじゃないんだ。ただ、現場の人間に文句を言いたい人っていうのは、どこにでもいるものなんだよ。それに、今回の件で本当に問題視されるべきは、術式を作ったこのテロスだから」

「まあ、それだけ僕の作った新型術式の性能が素晴らしいって事だよね」

 レガの言葉に得意満面といった様子で言ったテロス班長に、ジュンゲル班長は真面目な顔で頷く。

「確かにな。テロスの才能は天災に振られているが、使う相手によってこうも結果が変わるとは思ってもみなかった事だ」

「……その『てんさい』っていうのは、災害って意味の方なのかい?」

「当たり前だろう?」

 何を今更言っているのか、と言わんばかりのジュンゲル班長に、テロス班長は苦い顔だ。そのやり取りに、ようやくネスの顔に笑顔が戻った。

「とにかく、三日間は休暇だが、それ以降はこちらから連絡するまで外出は控えるようにしてくれ」

「わかりました」

 ここでごねたところで得るものは何もない。下っ端の自分に出来る事は、全て班長達に預けておとなしくしておく事くらいだ。

 ――あ、だから自宅待機なのか。

 ようやく自分の中が落ち着いた気分である。ネスは班長達に挨拶をすると、その場を後にして自宅に戻った。


 翌朝の機構本部は薄曇りの天気だった。洗濯には微妙な空模様だが、ここでは基本的に外に干す事がないので問題はない。

「さて、今日は何しよう?」

 魔の森に持っていった荷物で洗浄が必要なものは、夕べのうちにセットしておいたので全て終わっている。ネスは部屋の窓を開けて、そろそろ肌寒さも抜けてくる頃あいなのを感じた。

「まずは、服でも買いにいこうかな」

 学院にいる間に私服が激減していたのだ。学生でいる間は、制服と部屋着程度で済んでいたので、新しい服を買う機会が殆どなかった。

 周囲の人達は友達同士で出かけて買ってきたりしていたようだが、周囲から浮いていたネスにはそんな相手もおらず、結果外に着ていけるものは制服のみとなっていたのだ。

 ひとりぼっちだった学生時代を思い出すと黒い何かが内側からにじみ出てきそうなので、慌てて頭を振って思考を切り替える。まずは目の前の必需品の買い出しだ。

 機構の中は一つの街となっている。大きく四つに区分けされていて、路面車を使えばどの区画にも簡単にたどり着けるように配慮されていた。

 ネスが住んでいる宿舎は南西の区画にあり、そこから目指す服飾関連の店へは路面車を乗り継いでいく必要がある。

 一昨年の帰省の際に買った服を着て、小さなバッグの中には財布とハンカチ、簡単な化粧道具だけを入れていた。

 車窓から見える景色を眺めつつ、これからの事を考える。班長達は大丈夫だと言ってくれたけど、魔の森で起動させた術式の件で何か処罰があるかもしれない。

 最悪機構にいられなくなる事も覚悟しなくてはならないだろうか。とはいえ、機構以外で魔導士が職に就ける場所はない。

 ――そういえば、機構にいられなくなった魔導士って、どこに行けばいいんだろう?

 実家に帰るのは当然として、その後は普通の学院を卒業した人と同じように過ごせるのだろうか。

 ネスの場合はもとから魔力制御が出来ないし、魔力を封じる装置をレガが開発しているからいいとして、他に何らかの理由で機構から出る事になった魔導士達は、どこへ行くのだろう。

 考えてみれば、学院でも機構でも、誰も教えてくれなかった。今頃こんな簡単な事に気付くなんて。

 それにしても、普通なら機構に入る際に説明があってもいいのではないだろうか。

 ――そういえば、就業規則なんかも書類で渡されただけで、口頭での説明はなかったなあ……

 実はまだ全部読んでいないネスだった。


 三日間の休暇など、あっという間に終わってしまった。ネスの場合はその後も自宅待機を命じられているので、そうそう外出も出来なかったが。

「何かねえ、班の中も雰囲気微妙よ」

 ネスのいる宿舎はまかない付きなので、待機中は三食宿舎の食堂で食べている。今日は夕飯の時間を示し合わせて、ニアとキーリアと一緒に取っていた。

 キーリアの言によれば、班の空気がぴりぴりしているのだという。しかも班長は不在がちで、副班長であるリーディが何とか班をまとめているのだとか。

「魔の森での報告書作成が主だからまだいいけど、こんな時に外出る仕事が来たらどうなるんだろう? 班長なんてさ、戻ってくる度に眉間の皺が深くなってんのよ」

「キーリア、班長は大変なのよ」

「そりゃわかってるけどさ。何をやっていて大変なのかがわからなきゃ、こっちも動きようがないじゃない」

 キーリアとニアのやり取りを見ながら、班長が忙しい原因はおそらく自分にあるのだろうとネスは推測する。あの時、班長達は大丈夫だと言っていたけど、やっぱり大事になっているのではないだろうか。

 再び心配が首をもたげてきたネスの様子を見て、キーリアがとってつけたような事を口にした。

「まあ、班長が忙しいのも眉間の皺が深いのも、いつもの事だから」

「そうね。しかも、魔の森の案件は大きな仕事だったから、後処理も大変なのよ、きっと」

 その後処理のうち、自分に関わる事がどれくらいの割合であるのか、知りたいような知りたくないような気がする。ネスは二人に隠れて、こっそり溜息を付いた。


 その後、十日間もの自宅待機期間を経て、ネスはようやく詰め所に行けるようになった。

 しばらくぶりの詰め所である。いつもより少しだけ早く出て、いつもより念入りに掃除をする。こんな雑用でさえ、出来る事が嬉しい。自覚はなかったが、自宅待機はネスに多大なストレスをかけていたようだ。

 鼻歌交じりに机を拭いていると、背後で扉が開いた音がした。振り返ると、ドミナード班長が立っている。

「班長、おはようございます」

「ああ」

 班長の様子がおかしい。キーリアが言っていたように、深い皺を眉間に刻みつけたまま、ドミナード班長は重苦しい様子で口を開く。

「ネス、お前に査問委員会からの出頭命令が来ている」

 班長の口から出てきた言葉は、予想だにしない内容だった。

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