第三十四話 増殖
魔の森の中は今日も変わらない。以前ヒロムが拓いた場所を再び拓き、ロンダで奥まで入っていく。
ヒロムを先頭に、ロギーロとディスパスィの二人が後ろに並び、レガを挟んでキーリアとジュンゲル班長、ネスとドミナード班長、最後尾はリーディとテロス班長が並んでいた。
ネスの制服のポケットには、これまで溜めておいた自分の魔力結晶が入っている。レガに頼まれて持ち込んだものだ。
これも実験の一つだそうで、結晶化した魔力にどんな影響が出るかを見るのだという。ちなみに、魔力の元の持ち主であるネス以外にも、レガのロンダにも魔力結晶が積まれていた。持ち主の側にある時とない時でどのような差が出るかを見る為らしい。
ちなみに、ポケットの結晶はむき身のままだ。現在ネスが付けている魔力阻害装置はかなり強力なものなので、自分の魔力の結晶に触れても吸収出来ないのだという。
どれだけ強いんだと思わなくもないが、これを付けていないと最悪ネスでも魔力中毒になりかねないというレガの判断があるので、付けないという選択肢はなかった。
ロンダの前方には、綱で繋がれた探索機がふよふよと浮きながら進んでいく。探索機の制御はまとめてレガのロンダで行っているらしい。
今回はトカゲモドキの生態も調べるらしい。その結果、討伐可能となったら改めて部隊を編成して討伐という事になるのだそうだ。
これに文句を言ったのが三馬鹿である。
「何だよー、俺等にやらせろっての」
「だよなあ。うちの班の攻撃力は実行部随一なのに」
「ていうか、トカゲモドキが出たら攻撃すればいいんじゃね?」
三人がそれぞれ言い終わるのを待っていたようなタイミングで、キーリアから突っ込みが入った。
「馬鹿共が馬鹿な事言ってんじゃないわよ、バーカ」
「バカバカ言うな!」
概ね平和な探索である。
それが終わったのは、以前トカゲモドキを見つけた付近に差し掛かった辺りからだ。
「……そろそろだよ」
レガの言葉に、全員無言だが緊張した雰囲気が伝わってきた。ここからが本番である。
レガはその場で班員全員を止め、探索機を一斉に前方へ向かわせた。探索機から太いロープ状のものがそれぞれのロンダに繋がっている。それが移動に合わせて伸びているようだ。
「その線って、長さの調節が出来るんですか?」
ふと疑問に思ったネスが質問すると、レガは苦笑を返してくる。
「ある程度はね。ただ、やっぱり限界があるから、それまでに何か見つけてくれるといいんだけど……」
各ロンダに繋がれた探索機が送ってくる情報は、全てレガのロンダに集められるそうだ。解析はこれでしか出来ないらしい。基地まで戻れば機材はあるものの、そこまで往復する時間が惜しいから簡易の解析はこの場で行うそうだ。
探索と解析が終わるまでは、全員ここで待機になるという。
「くそう……あのトカゲモドキ、倒してえ」
「倒す前に倒される危険の方が大きいんだから、おとなしくしてなさい。危険なのはあんた達だけじゃなく、この場にいる全員もなのよ」
「ちぇー」
先頭のヒロムの愚痴に、キーリアが淡々と諭していた。さすがに三馬鹿も班員を巻き込んでまで危ない事をする気はないようだ。
探索機を出してからものの十五分程度だろうか、レガのロンダの計器類が耳障りな音を発した。
「ヤバい! 全員、今すぐ退避!」
レガの掛け声に合わせて、探索班全員が瞬時に行動を起こす。レガは高価と言っていた探索機の線を全てロンダから切り離す操作を行い、最後尾にいたリーディが素早く方向転換をして先頭になる。そのまま来た時とは真逆の順番で森の外を目指して発進した。
彼等の背後から、木が倒される音と同時に、重い足音のようなものが聞こえてくる。しかもそれは明らかにこちらに向かっていた。
「おおい! トカゲモドキが追っかけてくるぞー!!」
今は最後尾にいるヒロムが、大声で言ってきた。
「レガ!」
「あのトカゲモドキ、こっちが来るのを待ち構えていたんだ。探索機の事もきちんと認識していたみたいなんだよ。これは大発見だ!」
ドミナード班長の声に、レガは興奮しながら説明する。何が大発見なのかネスには理解出来なかったが、この状況でも嬉しそうに出来るレガは、やはり普通とは感性が違うのだと思った。
「それはいいとして、追っかけてくるトカゲモドキを振り切れるのか?」
「それはなんとも……。高価な探索機を犠牲にしたんだから、振り切りたいなあ」
ジュンゲル班長に問われて、レガは緊張感のない返答をしている。彼の頭の中は、あのトカゲモドキの生態調査で一杯なのだろう。今もぶつぶつと何やら呟いている程だ。
今はとにかく、安全に森を抜ける事が最優先事項である。それも、背後から迫る気配に大分難しくなっているが。
「レガ、相手との距離はわかるか?」
「それが、さっきから距離を縮められているんだ。多分、僕らが作った道に入ったんだと思う。それでも向こうの方が幅を取る分、そこまで速くはないみたいだけど、このままだと基地までついてくるかも」
レガの言葉を聞いたネスは、背中に冷たい汗を感じた。あんなものを人の多い基地に連れて行っては大惨事ではないか。
かといって、ここで自分達で食い止められるのかと聞かれれば、彼女には判断出来ない。それが出来るのは、背後にいるドミナード班長だけだろう。
こんな時に何も出来ない自分が歯がゆい。一番の新人で自分の魔力すら制御出来ない半人前には、そんな事を思う事すらおこがましいのかもしれないが。
ネスが自分の考えに落ち込んでいると、リーディの声が辺りに響いた。
「班長! こちらからも来ます!」
その声と同時に、ロンダが急停止する。勢い余って前方の手すりで腹部を圧迫したネスはうめき声を上げる羽目になった。
涙目になりながら前を見ると、リーディの言うように、行く手を阻むように周囲の木をなぎ倒しながらトカゲモドキがやってくる。しかも、左右の二方向からだ。これで背後を合わせるとトカゲモドキは三匹に増えてしまった。
「さすがにこれはまずいねえ」
「呑気に言ってる場合か!」
テロス班長の言葉に、ジュンゲル班長の怒号が飛ぶ。トカゲモドキ三匹に挟まれる形で、探索班は立ち往生する羽目になった。
その窮状を打破したのは、ドミナード班長の一言だ。
「全員散開! トカゲモドキとの交戦は禁じる! 全員生きて基地まで戻れ!!」
ドミナード班長の言葉に、班員は訓練でもしたかのように、全員別々の方向
へと散っていった。ロンダ一台ならば木々の間を縫っていけるので、トカゲモドキよりは速く移動出来るのだろう。
固まって移動しているのは、レガ、ジュンゲル班長、テロス班長、それにネスと同乗しているドミナード班長だ。見事に班員以外が集まっている形である。
縦一列でリーディ達が向かったのとは違う方へ向かおうとしたドミナード班長に、レガが大きく叫ぶ。
「レージョ! 森の中央へ向かって!」
ドミナード班長は何も聞かずに、ロンダを森の中央へ向かわせた。その後ろを、レガ、ジュンゲル班長、テロス班長の順でついてきている。
周囲にトカゲモドキの気配がないのを確認してから、ジュンゲル班長が口を開いた。
「レガ、何故中央に向かうのだ?」
「トカゲモドキが出払ってる今なら、自然結晶を回収出来るかもしれない」
レガの言葉に、ネスは呆れた視線を向けるばかりだ。こんな命の危険がある状況でも、研究対象を忘れないとは。
確かにこちらの集団にトカゲモドキが向かってきている様子はないから、彼の言葉は正しいのかもしれないが、その分別れた仲間達が危険なのではないだろうか。
とはいえ、トカゲモドキとの交戦はドミナード班長により禁じられたので、全員逃げるのに全力を注いでいるはずだ。危険は少ないと思いたい。
レガの発言に呆れたのは、ジュンゲル班長やテロス班長も同様だったらしく、特にテロス班長はからからと笑いながら毒を口にした。
「ははは、なるほど。彼等を囮に使ってその隙に結晶を手に入れるって訳か」
「べ、別に囮にした訳じゃ――」
「囮だろう? といっても、散開するよう指示を出したのはレージョだけど」
二人のやり取りを聞くとはなしに聞いてる間にも、森の中央部へ入ったようだ。
映像で見た通り、丸く開けた広場の中央に台座のような岩場がある。そこから湧き出すオレンジ色の魔力の中に、さらに濃いオレンジ色の結晶が浮かんでいた。
あれが、この魔の森の自然結晶化した魔力なのだ。映像では見ていたが、こうして肉眼で見る方がずっと美しい。色々な意味で希少価値が高いのだろうが、ネスは素直に結晶の美しさに見入っていた。
「それにしても、これは凄いな……」
「一応、阻害装置は僕らも付けてるんだけどね……」
唸るような声のした方向に視線を向けると、ジュンゲル班長とテロス班長が苦しそうにのど元を抑えている。
「これだけ濃い魔力が大量に湧き出ている場所だからね。ここは、この森の中でも一番魔力が濃い場所なんだと思う」
良く見れば、レガの顔色も良くない。一人ぽかんと周囲を見回すネスだけが元気なようだ。それもそのはず、彼女がつけている阻害装置は局の肝いりで作られた特別制である。
周囲のどんな魔力も吸収させず、しかも体内で製造されるはずの魔力も完全に抑え込むという、魔導士にしてみれば拷問器具を通り越して殺人兵器になりかねない代物なのだ。
一人平気な様子を見せるネスに、青い顔のレガが頼み事をしてきた。
「ネス、悪いんだけど、ロンダを下りてあの結晶を取ってきてくれないかな?」
「え? 私がですか?」
「うん、僕らはご覧の通りこの場所の魔力にあたった状態だから。あ、結晶はこの袋に入れてね」
確かに、背後のドミナード班長の様子だけはよくわからないが、他二人の班長とレガの顔色は大分悪い。大量の濃い魔力は、時として毒になるのだ。
さすがにこの状況で嫌ですとは言えない。ネスはレガから袋を受け取ると、ロンダから静かに下りた。
中央の岩場に近づくと、ほんのりと温かく感じる。これも火山の力の影響だろうか。
結晶に手を伸ばすと、湧き出す魔力がお湯のように感じられて、一瞬手を引っ込めてしまった。これまで、魔力に触ったのは自分の魔力を結晶化させたものだけであり、こんな風に触れられるとは思ってもみなかった事だ。
――魔力に感触ってあったんだ……それを言ったら、これだけはっきり目に見える魔力もそうないか。
それだけ濃く特殊な魔力という事だろうか。触れた魔力は、水よりも粘度の高い液体という印象だ。魔力そのものが温かく、かといって火傷する程の温度ではない。ずっと触れていたいと思う温かさだ。
手に残っていた魔力はすぐに消え、跡も何も残っていない。何とも不思議な感じである。
つい湧出魔力の感触を楽しんでしまったが、まだ結晶を取っていない。ネスは結晶を掴もうとして、一瞬躊躇した。
阻害装置を付けてはいるが、これを素手で掴んでいいものだろうか。吸収する事はないとは思うが、結晶が損傷したりしたら困る。
わからない事なら、聞いて確認すればいい。おあつらえ向きに、ここにはそういった事に詳しい人物がいるのだ。
「レガさん! 結晶って、手で直(じか)に持って大丈夫ですか?」
レガ達を振り返ったネスは、はっきり聞こえるように大きめの声で尋ねた。
青い顔のレガは一瞬考えた様子を見せた後、返答する。
「念の為、上から袋を被せて持ち上げて。そのまま袋の中に入れちゃえばいいから」
確かに、レガから受け取った袋はそれなりの大きさがあるので、今彼が言ったような使い方が出来そうだ。
ネスは改めて結晶に近づくと、上から袋をすっぽり被せて、そのまま岩場から持ち上げてすぐに口を締めた。結晶は手にずしりとくる重さがある。これだけの大きさなら、当然の重さかもしれない。
そのままゆっくりと岩場から離れると、噴き出す魔力量が一挙に増えた。まるで間欠泉のように吹き上がる魔力を見上げて、ネスは綺麗だと場違いな感想を持つ。
その魔力は先程の手に付いた魔力のようにすぐに消える事はなく、ネスは頭から粘度のある魔力を被ってしまった。
「ネス! 大丈夫?」
「早く戻れ!」
離れた場所に固まっているレガやドミナード班長にも見えていたようで、こちらを心配して声をかけてくる。髪や顔に付きはしたが、それもすぐに跡形もなく消えてなくなっていた。阻害装置のせいか気分が悪くなる事もなく、何ならもう少し浴びていたいと思う程だ。
だが、続くレガの声にネスは慌ててその場を離れる事になる。
「ネス! それ以上その魔力を浴びるのは駄目だよ。下手すると君の阻害装置でも壊れかねないんだ」
まさか今付けている装置が壊れる事があるとは。自分の多すぎる魔力を押さえ込めるのだから、ここの湧出魔力程度問題ないと思っていたのだが、考えが甘かったようだ。
ネスは結晶を胸元に大事に抱えて、足下を確認しながら岩場から離れた。ちょうどその時、大きな咆哮が辺りに響く。
「まさか!」
誰の声だったか、ネスには判別出来なかった。それどころではなかったのだ。
彼女の目には、周囲の木々をなぎ倒すようにしてこちらに向かってくる六匹のトカゲモドキが映っていた。
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