第三十三話 探索機

 研究所の天幕から戻ったネスを待ち構えていたのは、キーリアとニア、それにリーディの三人だった。女性用の天幕に男のリーディがいる違和感といったらない。

「あれ? なんでリーディさんがこの天幕に……」

「いいからいいから」

「本当は良くないんだけど、まだ日も高いから」

「それで! 新型術式ってのはどうなったの!?」

「ああ……新型術式……ですか……」

 にこやかなリーディと苦笑気味のニアを押しのけるように、キーリアが聞いてきた。やはりそこが気になるのだろうとは思うが、たった今その事で苦い思いをしてきたばかりのネスは、げんなりするのを止められない。

 その様子を見て、三人が顔を合わせて首を傾げている。

「何があったの?」

 三人を代表して聞いてきたニアに、ネスはがっくりとうなだれながら答えた。

「新型術式の発動実験は中止になりました。ドミナード班長とレガさんが危険だからって」

 ぽつぽつと話し始めたネスに、リーディ達三人は何も言わずにいる。

「これ、私も悪いんですけど、今って魔の森対策で魔力阻害装置を付けてるじゃないですか。私のって特別製で、完全に魔力を抑え込むタイプのを付けてるですよね」

 そこまで言った時点で、三人共が小さく「あ」と漏らした。

「当然、術式に魔力を流す事が出来ないので、テロス班長がレガさんに直談判するって言って……」

「行っちゃったんだ? あの人」

 キーリアの確認の言葉に、ネスは無言のままこっくりと頷いた。魔力阻害装置の事を忘れていたネスも間抜けだが、テロス班長はそれに輪をかけて間抜けなんじゃないだろうか。

「レガさん、確か班長と一緒に対策を考えるって……」

「いたのね、班長も」

「当然、止められるし、怒られるよねー」

 リーディ達の推測に、ネスは再び無言で頷いた。ドミナード班長もレガも、実験など許すはずがなく、結果としてしばらくドミナード班長に近づくのが怖いくらいに怒られたのだ。

 落ち込むネスに、三人は労りの言葉を投げてくる。

「ま、まあ、班長もレガさんも、ネスに危ない事をさせたくないんだよ」

「そうよ。今回の事は、どう考えてもテロス班長が悪いわ」

「気にする事ないって」

 元気づけようと思ってくれているのはわかるのだが、先程落とされたドミナード班長の雷の影響は、簡単には消えてくれない。

「でも、私ももの凄く怒られました。テロスの甘言に乗るとは何事だって……」

 俯きながら言った言葉は、涙混じりだった。泣きたい訳ではないのだが、抑えようとしても出てくるので困る。

 テロス班長に魔力の多さを見込まれたと思って、自分にしか出来ない事だと心のどこかで驕り高ぶってはいなかったか。ドミナード班長には、自分の思い上がりが見えていたのだ。

 きっと、あのまま発動実験をしても失敗して大惨事を引き起こしていただろう。そう考えると、ドミナード班長とレガは正しかったのだ。

「実験を出来なかったのは残念だったけど、今はそんなに惜しいとは思ってません。班長に怒られたのも、当然の事だし……」

 ずずっと鼻をすすると、ふわりと温かい何かに包まれた。

「元気だして、ネス。あなたくらいの新人は、失敗して当然なのよ。さすがにそれを当たり前のように思うのはどうかと思うけど、必要以上に自分を追い込む事もないわ」

 ニアの優しい言葉が、体と心の奥にしみこんでいくようだ。特に最後の言葉は今のネスに響いた。

「追い込まなくていい……」

「そう。失敗をしたら、そこから学べばいいのよ。ここにいる皆も、何かしらの失敗から学ぶべき事を学んできたの」

「僕らだけでなく、あの三人もね」

「三馬鹿は現在進行形で失敗続きじゃない」

 ニアの言葉に続いたリーディとキーリアの掛け合いに、ネスは笑いを誘われる。落ち込んでいたけど、三人のおかげで笑うだけの元気は戻ってきたようだ。

「ありがとございました。元気が出ました」

「良かった良かった。それで? テロス班長の言っていた新型術式って、どんなの?」

 聞いてきたキーリアだけでなく、リーディやニアも興味があるらしい。彼等の目がぎらりと光っている。

 それに戦きながらも、果たして話していい内容なのかどうか判断出来なかったネスは、概要だけ話して三人に判断してもらう事にした。

「その、ナイリさん曰く、発表即管理術式行きの内容だそうです」

 さすがに管理術式の言葉に、三人の顔が青ざめる。その危険度は、ネスよりも機構に長くいる彼等の方がよく知っているからだろう。

「そんなに?」

「テロス班長、何作ったんだ?」

 キーリアとリーディが顔を見合わせて言い合っている。

「ネス、傾向だけでも教えてくれないかしら?」

 最後のニアの言葉に、ネスは物質変換に分類される内容だとだけ話した。三人は顎に手を当てて考え込んでいる。

「物質変換かー。確かにあれならやりようによってはトカゲモドキも倒せるかも?」

「だが、あれは制御が難しい術式だし、何より必要魔力が多い……って、だからネスなのか」

 リーディはそう言ってネスの顔を見た。物質変換系は、現在発表されているどの術式もかなりの魔力を使うものばかりだ。なので複数人で起動するよう調整されている。

 それをテロス班長はネス一人に起動させようとした訳だ。ニアが頬に手を当てて心配そうに聞いてきた。

「班長とレガさんが止めるのもわかるわ。ネス、班長達はその術式の内容を知っていたのよね?」

「多分、テロス班長から聞いていたんじゃないかと。二人で許可をもらいに行った時、知っているっぽい事を言っていましたから」

 怒りの度合いは、実はレガの方が上だった。テロス班長が圧倒されそうになっていた程、レガは実験の危険性を説いていたのだ。その後にドミナード班長からの説教を食らったのだから、ネスの精神疲労の度合いを察して欲しい。

 思い出してまた落ち込むネスに、ニア達の声がかかる。

「何にしても、危ない事にならなくて良かったわ」

「そうだね。やっぱりテロス班長は要注意人物だな」

 リーディの言葉を受けて、キーリアがぼそりと呟いた。

「もしかして、わざとネスに新型術式を使わせて問題にする……なんて事はないわよね?」

 リーディとキーリアが一瞬で無言になる。ネスは思いも寄らなかった内容に、ただ驚くばかりだ。

 しばらく考え込んだリーディは、首を横に振る。

「いや、それはないだろう。そうならドミナード班長達に術式の内容を知らせる事はないはずだ。ネスの装置も、別の理由をでっち上げて外させていたと思うよ」

「そっかー。ならいいのかな」

 何がいいのかはわからないが、とりあえずおかしな陰謀がなかった事に、ネスはほっとした。


 その日の夕食後、緊急ミーティングでドミナード班長からこれからの説明があった。

「森の探索の方法を変える。局から提供される小型探査機を使っての探索だ。ロンダに探索用の機材を取り付けるので、探索自体は明日の正午からとなる」

 本当に機械での探索に切り替えるらしい。例のトカゲモドキが危険と判断されたからだろうが、そんな機械があるのなら、どうして最初から使わなかったのか。

 ネスが持った疑問は他の人も当然持ったようで、リーディが質問した。

「何故機械で探索出来るのなら、今回実行部である僕らがここに来る事になったんですか?」

「機械の問題だそうだ」

 ドミナード班長の言葉にその場の全員が首を傾げたが、続くレガの説明に皆も一応納得は出来たようだ。

「この機械は有線で魔力を送り込む必要があるんだ。こうした湧出魔力の多い土地用に開発したんだけど、線がなかなか延ばせなくてね……それで今回、ロンダを経由して各人が魔力を送れば問題ないという事がわかったんだ」

 つまり、機械の使用範囲が線の長さで決まっているという事らしい。その分、完全に機械任せには出来ず、線が届く範囲に探索班がロンダで入る必要があるのだ。

「線を延ばせばいいだけなんじゃねーの?」

 線が届かないのなら線自体を伸ばせばいい、という単純な考えを披露したのはロギーロだ。だが、続くレガの言葉で簡単にやり返されていた。

「君、学院できちんと座学を学ばなかったね? こうした有線で魔力を送る場合、その長さに比例して魔力量が減るんだよ。今回機械に繋いでる線の長さは、魔力量の限界まで既に延ばしてあるんだ」

 レガが言った内容は、確かに学院で習うものであり、卒業している以上知っていなくてはならない事だ。恥をかいた格好のロギーロは、ヒロム、ディスパスィからも笑われて「うるせえ!」と言い返している。

「とはいえ、魔力の損失なく遠い場所まで送る技術は局でも開発中だ。いつか一切の損失なく、どこへでも魔力を送れる日が来ると僕は信じているよ」

 そんなレガの言葉で、その夜のミーティングは終了した。


 いつも通りの時間に起きたネスは、探索が始まる正午まで基地内を散策して回り、あちこちで局の人と立ち話をして過ごした。

 毎日のように局へ行っているせいか、実行部の他の班よりも顔見知りが多い。特にここに来ている人達はレガと繋がりがあるせいで、局の中でもネスとの関わりが深い人ばかりなのだ。

「いやあ、ロンダの改修で徹夜だよ」

「ええ? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないから、これから寝る」

 そう言って自分達の天幕に戻る局員が多い。彼等と別れた後に訪れたロンダ置き場には、確かにこれまでなかった機材が取り付けられている。単純にロンダに付けるだけでなく、動作確認もしていたようで、徹夜組と交代した局員が最後の調整をしていた。

 近くで見ると、太い綱のようなものが台座部分に取り付けられている。その先にあるのは、丸い形をした物体だった。

 良く見ようと近寄ろうとしたら、背後から声がかかる。

「探索機ってこれか?」

「ボールみたいだな」

「蹴りたくならねえ?」

 三馬鹿だった。ディスパスィは実際に蹴ろうとして側にいた局員に注意されている。

 何をやっているのかと彼等の方を見ると、その背後からドミナード班長とレガ、リーディ達が見えた。

 レガは局員と言い争っている三馬鹿の側まで来ると、局員から彼等が探索機を蹴ろうとしていたと報告を受け、三馬鹿に向き直る。

「それ、一個で君達三人の年収を合わせた以上の値段だから、扱いは気を付けてね」

 とてもいい笑顔でそう言うと、引きつる三馬鹿をそのままにレガはネス達に説明し始めた。

「昨日レージョから説明があったように、今日からはこの探索機を使います。線の分だけトカゲモドキに近づかなくていいので、少しは安全になると思うよ」

 レガの声は緊迫感がないので、とても安全云々の実感がわかないが、続く説明でネスは気が引き締まるのを感じる。

「いざとなったらこの線を切り離して、ロンダの最速で現場を離れるように。皆の生命が最優先だから」

 改めて、あのトカゲモドキは危険なのだと、教え込まれたような気がした。

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