第三十話 四日目
探索再開の朝は、霧に覆われていた。
「昨日に比べると気温が低いのね……」
肩の辺りを手でさすりながら呟くキーリアに、ネスも頷いた。これまでは汗ばむ程の気温だったのに、今朝は肌寒い。この霧は気温差のせいだろうか。
「視界が悪いが、行けるか?」
「当たり前だろ。どうせ障害になるのは木しかないんだから、全部ぶっ飛ばすっての」
ドミナード班長に確認されたヒロムは、胸を張って言っている。確かにレガが同行してからは、記録を同時に取っているせいで進行の障害となる植物の排除が可能になっていた。
――今日も全部吹き飛ばすのかな……また枯渇状態にならなきゃいいけど。
一昨日ヒロムが魔力枯渇状態寸前になったのは、景気よく魔の森の木を吹き飛ばしていたせいではないだろう。あれだけ大きなものを動かすのだから、当然魔力もそれなりに使うはずだ。
そんな事を思いつつ、ふとヒロムの手元に目が行ったネスは、そこに見慣れた赤い結晶を着けた腕輪を見た。例のネスが作り出した魔力結晶を使った阻害装置だ。本当に使ったらしい。
あの結晶を使った術式の制御が出来るのかは果てしなく謎だが、レガが何も注意していないところを見ると、出来るのだろう。
――というか、だったら何故私は制御出来ないんだろう……
自分の魔力結晶なのに、と理不尽な恨みがこみ上げてきた。いっそヒロムも制御出来ずに暴走してしまえと思った辺りで、ネスは自分の思考の危うさに気付く。
――だめだめ、三馬鹿の術式が暴走したら、後ろにいる私達まで巻き込まれるっての。
しかも、何が起こるかわからない魔の森での暴走など、よく考えればこの上なく恐ろしい。ネスは思いきり頭を振って、悪い考えを追い出そうとした。
「どうしたの? ネス」
「な、何でもないです、ははは……」
キーリアに見られていたらしい。乾いた笑いで誤魔化したが、果たしてうまくいったのかどうか。
全員のロンダの仕度が調ったちょうどその時、一行の背後から声がかかった。
「やあ、みんな早いね」
テロス班長である。彼の後ろにはナイリもいた。
「朝っぱらから元気なのはいい事……なのかな?」
そう言うテロス班長は大分眠そうだ。背後のナイリはそんな彼を見て溜息を吐いている。
「何だ、本当に来たのか」
「当然じゃないか。こんなに面白そうな事、そうそうないんだから」
顔をしかめて言うジュンゲル班長に、テロス班長は眠そうなまま笑った。だが、続くジュンゲル班長の言葉に、その笑顔が固まる。
「大方寝坊して時間に遅れるから、そのまま置いて行こうと思っていたのに」
「……僕を置いて行ったりしたら、戻った君の耳元で一晩中恨み言を呟く所だったよ」
「地味な嫌がらせはやめんか!」
「じゃあ、僕を置いて行こうなんて思わない事だね」
「だったら時間はきちんと守れ」
「守ってるじゃないか」
そのまま放っておいたらいつまでもいがみ合いそうな二人に、ドミナード班長の冷めた声が響いた。
「おい、二人で遊んでいたいのなら仲良く留守番していろ」
「断る!」
「僕だって冗談じゃないよ!」
お互いに悪態を吐きながら、両班長はロンダに乗り込んだ。仲は悪いのだろうけど、タイミングのあい方が絶妙で、ネスなどは「実は仲がいいのではないか」と思う程だった。
回数をこなす度に人数が増えている探索行だが、一行は森の入り口で問題に出くわしていた。
「これはまた……」
「どうなってんだ? これ……」
興味深そうなレガとは対照的に、ヒロムの方は薄気味悪そうに森を見ている。一昨日の探索でヒロムが作ったはずの道が、綺麗さっぱり消えているのだ。
時間と魔力の節約の為、一昨日木をなぎ倒して作った道を利用しようという話だったのだが、目の前に広がる森は鬱蒼と広がるばかりだった。
「本当にここなのかい? 間違えている可能性は? もしくは、切り開いた事自体が幻だったとか」
「この人数で全員が間違えたとでも? 少なくとも、一昨日はここから戻ってきたのだから、人が入った形跡すらない今の状況は十分おかしいと思うが?」
テロス班長の軽い言葉に、ジュンゲル班長がわかりやすい不愉快さを露わにして答える。テロス班長はそれ以上言い合う気はないらしく、肩をすくめただけだった。
「まさかこんな短時間で、これだけの大木が再生するとは……」
「さすがは魔の森だね!」
リーディの呟きに答えたのは、満面の笑みを浮かべるレガだ。彼にとっては、この異様な状況も研究対象が増えた程度の事なのだろう。
それにしても、いくら魔力が濃い土地では植物がよく育つとはいえ、ここまでの力があるものなのだろうか。
――それとも、実はあれは木に見せかけた別の何か……とか?
つい浮かんだばかげた考えに、ネスは「ないな」と内心で結論づけると、再び森に目を向けた。
結局消えた道はどうしようもないという事で、再びヒロムを先頭に切り開いていく事になったらしい。
「よっしゃー!!」
今日も機嫌良く大木を吹っ飛ばしているヒロムは、心なしか一昨日より調子がよく見えた。今も吹き飛ばされた大木が宙を舞っているが、その高さは一昨日より随分と高い。
「ヒロム、調子が良さそうだね」
隣を行くレガの、嬉しそうな声が聞こえた。ついそちらに目がいくと、彼は目の前に並ぶ計器類を嬉々としていじっている。
「レガ。まさかと思うが、ヒロムを実験台にしていないだろうな?」
ネスの背後に立つドミナード班長もレガを見ていたらしく、苦い声でそう問いただした。
「失礼な! ちゃんと上からの許可はもらっているよ!」
「やってるんですか!?」
思わず出してしまったネスの大声に、周囲の者達は何事かとこちらを見ている。慌てて口を押さえたが、もう遅い。
「大丈夫。ネスの時もそうだけど、人命最優先でやってる実験だから。ちゃんと危なくないよう何度も事前テストは行ってるし」
レガは相変わらずだ。今回の魔の森探索では、最初からレガの実験も同時進行で行う計画になっていたらしい。
「聞いていないぞ」
「あれ? おかしいなあ。まあ、君達の負担にはならない範囲だから平気だって」
ドミナード班長の苦い声とは裏腹に、レガはどこまでも明るい調子だ。それにしても、負担にならないというのは本当なのだろうか。世話になっている相手を疑いたくはないが、普段の行動を見ているとどうしてもそう思ってしまう。
――レガさんって、研究以外の事が大分おろそかな人だもんなあ。いつもアイドーニさんに注意されているし。
研究が関われば、相手の負担を負担とも思わないのではないか。そう思わせるものがレガにはあるとネスは思っている。
とはいえ、既に基地を後にした今となっては、何を言っても無駄だろう。先頭を行くヒロムも、好調のままのようだ。ここでドミナード班長が後退を言い出すとも思えない。
ネスの読み通り、ドミナード班長は特大の溜息を吐いた後、探索続行の判断を下したらしく、止まるよう指示を出す事はなかった。
レガの作った新しい阻害装置はうまく機能しているようで、誰も不調を訴えるものはいない。
先頭を行く三馬鹿を注意深く見ていたジュンゲル班長も、何も言わず探索を続けていた。
そんな中、一行を止めたのはまさかのレガの声である。
「止まって!!」
今日は心なしか森が穏やかだと、探索中だという事を忘れそうになっていたネスは、いきなりの大声に現実に引き戻された。ロンダの列は止まっている。
「何だよ! いきなり」
先頭で振り返ったヒロムが、レガに怒鳴った。全員の視線が集まる中、真剣な表情のレガは計器類を見つめ続けている。
「何があった?」
「生命反応だ……まだ遠いけど」
ドミナード班長の質問に答えたレガの言葉に、全員が息を呑んだ。森に入って初めて遭遇する生物だ。
「マジかよ! 早速狩りに行こうぜ!」
「魔の森にいる生き物って、何だろうな?」
「魔の森にいる生き物だから、魔物じゃね?」
三馬鹿はこんな時でも三馬鹿だった。そんな彼等に構う者はおらず、三馬鹿以外の全員がレガに注目している。
魔の森の成り立ちに関しては、まだ不明な部分が多い。今回の生命反応を足がかりに、その辺りが解明出来れば今回の探索は大成功と言えるのはないだろうか。
とはいえ、まだ反応があったというだけで、実物を見つけた訳でも捕獲した訳でもない。
三馬鹿はすっかり生命反応に夢中の様子だ。だが他の人達は、静かにレガの動向を見守っている。
こういう時に、真っ先に行動を開始するレガが、難しい表情のまま計器類を睨み付けているのだ。まだ知らされない情報があるのかもしれない。
「レガ、他に何かわかるか?」
「……はっきりとは言えない。とりあえず、反応のする方に行きたいんだけど」
ドミナード班長の質問に対するレガの返答は、曖昧なものだった。ここにアイドーニがいない事が悔やまれる。彼女がいれば、強引にでもレガから情報を引き出してくれただろう。
ドミナード班長もレガからこれ以上の話を聞き出すのは無理と判断したのか、レガが指し示す方向へと移動する事を全員に告げた。
「いいのか?」
「この森にいる以上、安全な場所などないだろう」
「そうか……」
ジュンゲル班長は、その短いやり取りだけでドミナード班長に従うと決めたらしい。もっとも、この探索の責任者はドミナード班長なので、彼の判断に従うのが正しいのだが。
「ヒロム、レガの指示通りに進め。ただし、気を抜くな。常に周囲を警戒しておけ」
ドミナード班長の言葉に、ヒロムは振り返りもせずに片手を上げただけで応えた。
「りょーかーい。おら、ひょろいおっさん、次はどの方向だよ」
「ひょろいって……おっさんって……ま、まあいいけど。ここから右に5度、ゆっくり進んで。次の指示はまたその時出すから」
「あいよ」
ひょろいと呼ばれた事にか、はたまたおっさんと呼ばれた事にか、レガは傷ついた様子を見せたが、それも一瞬ですぐにヒロムに指示を出す。ここからはこれまで以上に慎重に進むらしい。
「まだ距離があるけど、反応が何を示すのかがわからないからね」
すぐ側にいるせいで、レガのそんな言葉が聞こえてきた。何となく背筋が寒くなったネスは、気を引き締めるようにロンダの手すりを掴む。そのすぐ脇には、ドミナード班長の手が見えた。
不思議とその手を見ただけで、妙に安心している自分に驚く。これも班長に対する信頼の表れだろうか。
生命反応に近づく為には、なるべく静かに行きたいというレガの意向から、木々の間をすり抜けるように移動していく。
誰が言い出した訳でもないが、皆無言のままだ。三馬鹿ですら、普段とは違って静かなのがかえって不気味に感じる程である。
どれくらいそうして進んでいたか、レガからストップの声がかかった。
「近い。ここから真っ直ぐ進んで約十メートルくらい」
「どうする? 全員で行くのか、少数で見に行かせるか」
これまで何も言わなかったテロス班長が口を出してきた。だが、彼の提案はもっともだ。レガを始め、ドミナード、ジュンゲル両班長も考え込んでいる。
行くか退くか、行くとしたら全員か一部か、一部の場合は誰を行かせるか。やがて、ドミナード班長の口から決定事項が言い渡された。
「全員ここで待機。確認にはテロス、お前が行ってくれ」
「僕でいいの?」
「もしもの時の考えると、お前が適任だ」
「異議ありだ」
ドミナード班長とテロス班長の小声でのやり取りに、三馬鹿が口を挟んだ。口を揃えてテロス班長が行く事に反対している。
「行くなら俺等だろう」
「そうだそうだ」
「こんな面白そうな事、他人に譲れるかよ」
「却下だ」
見に行く気満々の三人だが、ドミナード班長から即却下を食らった。当然だろう。術式研究所で班を任されている人物と、一班員では比べものにならない。
その程度の事は、ネスですらわかるというのに。
もっとも、三馬鹿の場合は面白そうだから行きたいというだけなのだろうが。
「何でダメなんだよ」
「班長、理由理由」
「研究所の連中なんて、ずっと部屋に籠もってるのばっかなんだろ? 現場経験は俺等の方が上じゃね?」
言いたい放題の三馬鹿に、ドミナード班長の雷が落ちるかと思ったが、意外な人物から叱責が飛んだ。
「いい加減にしろ、半人前ども」
ジュンゲル班長である。これまで見た事もない程厳しい表情だ。その様子に三馬鹿も何かを感じたのか、先程までの威勢はどこへやら、一瞬で押し黙ってしまった。
「テロスは性格は最悪だが、術式に関してはここにいる者の中で一番上だ。攻撃用の術式の数も豊富に持っている。万が一を考えれば、この人選以外にはあり得ん」
さすがにジュンゲル班長にここまで言われて反対出来る者はいない。
「……一部引っかかる部分もあるけど、まあそういう事だよ、三人共」
テロス班長はそう言い残すと、レガから四角い機材を受け取り、ロンダをゆっくりと進めて生命反応の方へと進んで行った。その後ろ姿を見送る三馬鹿の背中には、悔しさが滲んでいるように見える。
三馬鹿が叱られた余韻もあるのか、その場には何とも言えない空気が流れていた。生命反応に対する期待と不安、それに伴う緊張感だけではない。
ジュンゲル班長に「半人前」と言われた三馬鹿も、不満顔だが静かにしている。ここで騒げば、さらに評価が下がるとわかっているのだろう。
ならばどうして普段からああも馬鹿な事ばかりするのか。ネスには不思議だった。
いつも今くらい静かにしていればいいのに、と内心で思いつつ、詰め所で静かにしている三人を想像して、すぐにないなと判断を下す。想像の限界だったのだ。
ややして、先の方からテロス班長がゆっくりと戻ってきた。口元に指を当てて、静かにするよう指示している。
一体、何がいたのだろう?
「どうだった?」
レガが小声で聞くと、テロス班長は手元の機材を指さし、次いで一行の後方を指さした。このまま戻れという事らしい。
不服そうなレガを余所に、テロス班長はドミナード班長に小声で提案する。
「今すぐ戻った方がいい。訳は基地でこれを見ればわかる」
いきなり言われた内容に、ネスの背後からはドミナード班長の困惑が伝わってきた。
だが、続くテロス班長の一言に、ドミナード班長の決定が下る。
「ここにいる全員の命がかかっている」
聞き終わるとすぐに、ドミナード班長から基地へ戻る指示がハンドサインで出された。もしもの時を考えて、いくつか決められていたものの一つである。
三馬鹿だけでなくレガも不服そうだったが、ジュンゲル班長がさっさとヒロムの側へ行き、最後尾を預かる姿勢を見せると、全員が元来た道を辿り始めた。
あの場で待ってきた時とは違う緊張感の中、一行は無事基地に到着した。
「一体何だってんだよ!」
「そうだそうだ」
「理由も話さねえってのは納得出来ねえぞ」
真っ先に不満をこぼしたのは三馬鹿だ。だが、今回に限っては班員の内心を代弁したと言っていい。大なり小なり、テロス班長に対する不満が見えた。
ネスとしては、ドミナード班長と同じロンダに乗っていた関係で聞いてしまった一言の方が気になる。
探索に出ていた全員からの説明要求に、テロス班長は軽く肩をすくめて見せた。
「もちろん、見てきた事を全部説明するよ。あれは、きちんと対策を練って当たらないと危ない相手だからね」
さらりと言われた内容に、再び全員が無言になる。相手というのは、無論生命反応の事を言っているのだろう。
テロス班長は無言で固まる者達を残して、一人巨大天幕へと足を向けた。我に返った三馬鹿が「待てよ!」と言いつつその後を追い、ネス達ものろのろとさらにその後に続く。
テロス班長が向かったのは、巨大天幕の中に設置されている天幕の中でも、中央に位置するものだった。
ここは今回の探索に関する重要事項を話し合う場所で、周囲には念入りに遮音障壁が張り巡らされている。これから話されるのは、そこまで気を付けなくてはならない内容という事か。
全員が天幕に入って入り口が閉じられと、テロス班長は手に持っている四角い機材を掲げた。
「レガから渡された映像記録装置だ。これに僕が見たものがおさめられている」
そう言ってテロス班長は中央に置かれた机の上に装置を置き、操作をして映像の投写を行う。映し出されたものを見て、その場の全員が息を呑んだ。
「これがあの場で僕が見たものだよ」
映像には、森の中に開けた場所があって、そこだけ霧が晴れているらしく周囲がよく見える。広場のような場所の中央には岩を組み上げたようなものの上に、オレンジ色に輝く魔力結晶があった。
結晶の下からは、目に見える程濃い魔力が湧き出しているのが見える。魔力は岩からこぼれ落ちて、その下に池のように溜まっていた。
そして、レガが見つけた生命反応はその結晶のすぐ側に寝そべっていたのだ。周囲の木との比較でおおよその大きさがわかるが、巨大なトカゲのような生き物である。
トカゲより大きな頭部と長いしっぽ、大きな胴体のトカゲモドキは、結晶と同じ色をしていた。
「寝ていたから攻撃されなかったけど、起きていたらおそらく襲ってきたと思うよ。人間なんか丸呑み出来そうな口をしているからねえ」
確かに、こんなものを見てしまっては基地に戻る事を進言するのは当然だ。
術式研究所に所属して、ジュンゲル班長曰く持っている攻撃術式の数は子の中で一番だというテロス班長でも、攻撃を躊躇する程の相手である。
これがわかっただけでも、今回の探索は打ち切りでいいのではないか。ネスはそう思ったが、逆にやる気になったのが四人程いたようだ。
「すげえ! 何あれ」
「強そうじゃねえか」
「絶対倒してやる!」
「あ、あれが噂の自然結晶……本当にあったんだ……何て大きさなんだろう……」
三馬鹿とレガである。見ているものがお互いに違っているが、やる気にみなぎっているという点では共通していた。
「……君達、本気?」
「当たり前だろ!」
テロス班長の呆れたような声に返した三馬鹿の返答は、綺麗に揃っている。
「ああ……あの結晶を調べられれば、一体どれだけの事がわかるんだろう……テロス! もちろん君も手伝ってくれるよね!?」
レガの方はテロスを巻き込むつもりでもあるらしい。名指しされたテロス班長は、珍しく顔が引きつって見えた。
「君……僕の話をちゃんと聞いていた? あの結晶を手に入れる為には、あのでかいトカゲを倒すかあの場から引き離す必要があるんだけど」
「大丈夫だよ! そこはあの三人が囮になってくれるから」
「囮じゃねえ!」
レガにいきなり指名された三馬鹿は、間違った方向に怒りを向けている。そこじゃないだろうと突っ込みたくなったが、ネスが口出しする場でもないと思い黙っていた。
三馬鹿とレガを相手にやいのやいのとやり合っていたテロス班長は、結局根負けしたらしい。
「はあ……じゃあ、後はあの二人の判断に任せるよ。僕はもういいや……」
「という事なんだけど、レージョ、ヤアル、いいよね?」
嬉しさ全開といったレガに聞かれたドミナード班長とジュンゲル班長は、無言のままだ。
てっきり速攻却下の判断を下すと思っていたネスは、意外な思いで二人を見ている。何も言わずに考え込んでいるという事は、レガのとんでもない提案を受け入れる余地があるという事か。
――本当にあの三馬鹿を囮に使う気かな……
正直三馬鹿の事はまだ許していない部分があるネスではあるが、だからと言って命の危険がある仕事を嬉々として押しつけたい訳ではない。
「で? どうするのさ」
テロスからも返答を迫られた両班長のうち、ドミナード班長が口を開いた。
「判断は明日に持ち越す。今日はこのまま解散だ。ここで見た事、聞いた事は口外しないように」
そう言い置くと、テロス班長、ジュンゲル班長、レガを連れて天幕を出て行ってしまった。
残された班員は、お互いに顔を見合わせる。
「どうなるだろうね?」
「五分五分ってとこじゃない?」
リーディとキーリアの言葉に、三馬鹿は胸を張って主張した。
「へん! 俺等があのトカゲをとっとと倒して終わりだっての」
「腕がなるぜ!」
「おっと、こうしちゃいられない。ヒロム、ロギーロ、術式の構成考えるぞ!」
そう言うと、三馬鹿もその場を後にする。残されたのはネスとリーディ、キーリアの三人だけとなった。
「僕らも戻ろうか」
「そうね。ネス、ちょっと早いけど、明日もあるんだし天幕に戻ろうか」
「はい」
何とも締まらない最後だが、班長達からの決断が下されない以上、一班員のネス達に出来る事などない。
巨大天幕の外は、朝とは違い霧が晴れていた。遠くまで広がる青空の下、魔の森は相も変わらず静かに佇んでいる。
あの中に、トカゲモドキと自然結晶があるのだ。このまま戻るのか、それとも探索続行でトカゲモドキと対峙するのか、全ては明日決まる。
ふと、森の方から何か聞こえた気がしたが、リーディもキーリアも気にした様子がないので、ネスの気のせいだったようだ。
もう一度森を眺め、ネスはその場を後にする。どのような決定が下されても、自分に出来る事は少ないだろう。ならば、出来る事を精一杯やるまでだ。
――とりあえず、足を引っ張らないように気を付けなきゃ……
それが一番重要な事だった。
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