第二十九話 三日目(休養日)

 休養日の朝は、のんびりと始まった。探索の為の仕度がいらないので、早朝から起きる必要がなかったのだ。

 普段より少し遅めに起きたネスは、同じ天幕で眠る二人を起こさないように着替えて外に出た。朝の空気が心地よい。

「やっぱり場所が違うからかなー」

 機構の宿舎では味わえない朝だ。軽く伸びをしたネスは、そのまま基地内の散歩に出かけた。

 この時間から起きて動いている人も少なくない。彼等と軽い挨拶を交わしながら歩き、基地の森側に到着した。

 この距離から見る森は、何も変わらない。相変わらず何の音も聞こえず、生命の気配もなかった。

「あれ? 早いね」

 背後からの声にネスが振り向くと、そこにはリーディが立っている。彼が寝泊まりしている天幕はここから反対側にあるから、ネス同様散歩で来たのだろう。

「おはようございます、リーディさん」

「おはよう。森を見ていたの?」

「ええ」

 正直、この基地では他に見るものは何もない。森の反対側にはどこまでもつづくなだらかな草原が続くばかりで、景色としては単調だった。

「リーディさんも散歩ですか?」

「まあ、そんな所かな。そういえば、今日は休養日でしょ? 何かやる事はある?」

「いえ、特には……」

 軽い質問をしたら、逆に質問で返されてしまった。急に決まった休養日に、予定も何もある訳がない。正直にそう言うと、リーディの目がきらりと光った気がした。

「よし! じゃあ今日はニア達と一緒に付き合って」

「はい?」

 満面の笑みのリーディにそう言われ、ネスは間の抜けた返答しか出来ない。付き合うって何にだろう、とかニア達もって事は班員全員で何かやるのか、とか疑問は尽きないが、それを問う前にリーディは踵を返してその場からいなくなってしまった。


 集まった場所は、食堂の天幕だ。

「やー、いきなり休みになると暇でさあ」

 そう言いながら、リーディはカードを切っている。これから集まったメンバーでカードゲームをやるらしい。

「まあ、こっちも暇だからいいんだけどさあ……」

「こっちも病人も怪我人も出ていないからいいんだけど……」

 キーリアとニアはあまり乗り気ではないらしい。二人の様子から、何となくリーディはカードゲームが強いのではないかとネスは推測した。

「そういえば、三馬鹿は誘わなかったの?」

「誘ったよ? でも三人で何かやるらしくて断ってきたんだ」

「三人で?」

 リーディの返答に、キーリアとニアは声と表情を揃える。眉根を寄せたその顔には、はっきり不審だと書いてあった。

「……大丈夫なの? あいつら野放しにしておいて」

「とはいっても、僕の言葉なんて聞かないしねえ」

「班長には報告したの?」

「さすがに班長だって、休養日の使い方まで口出しは出来ないよ」

 楽天的なリーディの返答に、キーリアとニアは顔を見合わせている。ネスはキーリア達の心配が、何となく察せられた。

 森の中の探索で、確実にヒロムは不満を持っている。それはロギーロ、ディスパスィにも伝わって、三人の中でどんどんふくれあがっていっているのが見えた。

 ネスにでもわかるのだから、キーリア達にわからないはずがない。なのにリーディのこの放置っぷりはどうなんだろう。

「……あの馬鹿共が何かやらかさなきゃいいけど」

「もしやらかすようなら、残念ながらあの三人に先はないよ」

「え?」

 キーリアの呟きに返したリーディの冷たい一言に、ネスは思わず声を出していた。

「彼等も機構に入って二年が経とうとしている。このまま自分達の立ち位置を計れないなら、周囲が何をやっても無駄だよ。早晩つぶれる。ネスも、よく覚えておくといい。機構はそこまで甘い場所じゃない」

 リーディの言葉に、ネスは背中に冷や水を浴びせられたような気になる。

 確かに、自分はどこか甘く考えていなかったか。人より三年も早く学院から放り出されるように卒業し、右も左もわからない状態でドミナード班に入った。そんな自分だから、多少の失敗をしても多めに見てもらえると思ってはいなかっただろうか。

 必死に思い返すも、どれが失敗なのかすらわからない。俯いて自分の思考にはまったネスの耳に、キーリアとニアの叱責が入る。

「ちょっとリーディ! もう少し言い方ってものを考えなさいよ」

「そうよ。それに、ネスは頑張ってるじゃないの」

「まったく、これだから魅了持ちは。あんた、人に好かれる努力とかした事ないでしょ? 無意識に相手の好意を得られるものねえ」

「もっとも、あなたより魔力量が少ない人限定だけど」

「だから私達はあんたの魅了に引っかからないのよねえ」

「ネスもそうよね」

「ああ、もしかして、それが気に入らないとか?」

 正直、言いたい放題だ。途中でネスも顔を上げ、ぽかんとした顔で三人を見回してしまった程である。

 言われているリーディは、「その」だの「いや」だの言って二人に割って入ろうとするのだが、どれも成功していない。途中で抵抗を諦めたのか、おとなしく二人の言葉を聞いているだけになっていた。

 その様子に満足したのか、キーリア達はやっと言葉で攻めるのを止めたようだ。

「言い方を考えない相手に言われる気持ち、少しは理解出来た?」

 キーリアに睨まれながら問われたリーディは、降参の意を示す。

「わかった、わかりましたよ。ただ、別に悪意があって言った訳では――」

「あら、私達も別にあなたに悪意があった訳じゃないのよ? 放っておいてもいいのだけど、それだとあなたの為にならないかと思って、わざと耳に痛い言葉を選んでみたのだけど」

 リーディの言い訳を遮り、ニアが穏やか笑顔でそう言った。何故だが攻撃的な姿勢のキーリアより、笑顔のニアの言葉の方が恐ろしく感じる。実際、リーディも顔が青くなっていた。

「あの三人にしても、そこまで馬鹿ではないでしょう。だからこそ、悪戯もあの程度で済んでいるんだし」

「あの程度?」

 ニアの一言に反応したのはネスで、その目は据わっている。

「あ……まあ、命には別状はないという意味であの程度って……ねえ?」

「そ、そうね。それに、着られない程ではないでしょう? ね?」

「う、うん。可愛いと思うよ」

 三馬鹿の悪戯によって出来上がった、極端なミニ丈ワンピースタイプの制服を見ながらの言葉に、ネスは再び俯いてしまった。

「……機構内でも悪目立ちするんですよねえ。通り過ぎた後に背後から何か言っているのが聞こえてきたり」

「えーと、それは気のせいでは――」

「あの制服って、って言葉が必ず聞こえるんですが、それでも気のせいなんですかリーディさん」

「……ごめんなさい」

 下からぎろりと睨むと、リーディは尻すぼみな声で謝罪してくる。ネスとしては、謝るくらいなら言ってくるなと言いたいが、逆の立場なら自分も言いそうだと思うと言うに言えない。

 そんなリーディを横目に、キーリアが何かを思い出しながら口にした。

「そういえば、最近見慣れたと思ったけど、あの三人のズボンの短さは一時期笑い話になっていたもんねえ」

 この笑い話というのは、彼女の同期や同じ宿舎にいる別部署の女性から聞いた話らしい。かなり離れた部署にまで話が出回っていて、わざわざドミナード班の詰め所近辺まで見に来た野次馬もいたそうだ。

「あのくらいはしてもらわないと」

「まあ、少しは三馬鹿にもいい薬……になっているといいね」

 怒り口調で言い捨てるネスに返したキーリアの言葉は、最後は願望になっている。三馬鹿が制服の悪戯以降も各所であれこれやらかしている事を思いだしたのだろう。

 四人が四人ともあれこれと思い出し唸っていると、ニアがぽつりとこぼした。

「一応、三人には忠告くらいはした方がいいかもしれないわね。評議会の目もあるんだし」

 評議会? と首を傾げるネスを余所に、リーディとキーリアは即座に反応している。

「何か聞いているのか?」

「ニア、まさかまた……」

 三人の態度に、ネスの疑問は深まるばかりだ。

「あのう……評議会がどうこうって、何かあるんですか?」

 おずおずと質問してみれば、リーディ達三人の視線がネスに集まる。思わずのけぞってしまったが、もう一度疑問を口にしてみた。

「さっきからの話の内容が、今一つわからなくて……どうして評議会の目がどうこうって話になるのかさっぱり」

 リーディ達は互いに顔を見合っている。これは誰が説明役をするか、押しつけあっているからか。

 結局女性二人に敗北したらしいリーディが説明役になったようだ。

「今回の魔の森調査の仕事、評議会からナージ部長に直接話が来たって噂があるんだ。しかも、うちの班を名指しで依頼してきたらしい」

 リーディの説明によれば、評議会から特定の班を指定して仕事が来る事は希だという。では、何故今回そんな希な事が起こったのか。

「これは僕の個人的な考えだけど、評議会はうちの班が今回の仕事を失敗すると踏んでいるんだと思う」

「ど、どうしてですか?」

「魔の森は、今まで誰も踏破したことがない場所なんだ。人が踏み入れた記録も、百年以上遡らないとないし」

 これまでほぼ人が入った事がない森。その探索は困難を極め、高確率で失敗に終わると思われても不思議はない、というのがリーディの考えだった。

 いくら局が魔力阻害の装置を作っても、何がいるかわからない森だ。それこそ人命が損なわれるような事故が起こる可能性もある。

 実際、リーディとヒロムが魔力中毒症になりかけたし、ヒロムにいたっては魔力枯渇にもなりかけているのだ。班員の命に関わる事故が起これば、探索続行は不可能だし、するべきではない。

「だから、評議会は今回の探索も失敗すると思っているし、そう望んでいると思うよ。もっともらしく自然結晶の調査、回収を前面に出しているけど、本音はそこだと思うね」

 どうもリーディの話を聞いていると、評議会はダメで元々と思って依頼したのではなく、積極的に失敗させるたがっているようだ。

 ここでネスに一つの疑問が湧いた。

「どうして、評議会はうちの班に失敗させたいんですか?」

 ネスの疑問に、再び三人は顔を見合わせている。何か、余程言いたくない内容なのだろうか。

 今回も押し付け合いに負けたらしいリーディが、苦笑を浮かべながら口を開いた。

「こんな事を言うと不安になるかもしれないけど、うちの班は評議会から目を付けられてるんだよね」

「え!?」

 不安になるなと言われても無理だ。青ざめるネスに、リーディの苦笑は深まる。

「まあ、不安になるなと言われても無理だよね。でも、すぐにどうこうという事はないし、いきなり懲罰審査をされる事もないから」

「懲罰審査!?」

 さらに不安を煽る言葉に、ネスはパニック手前だった。しまったという表情のリーディの後頭部をキーリアがはたいているが、それすらも遠い出来事のように思える。

 機構の懲罰審査といえば、機構の規則に違反した者、及び各国の法に触れた者を機構内部で独自に裁く為の審査だ。一番重くて離島にある更正施設行きだというのは、学院でもならう事である。

「ネス、心配しないで。目を付けられていると言っても、評議会議員の一部からだし、味方の議員もちゃんといるから」

 ニアの優しい声に、ネスは段々と落ち着いてきた。何より味方がいるという一言が大きい。

 それにしても、評議会は魔導機構の最高意思決定機関であり、そこから目を付けられているという事は機構の中でも非常にまずい立ち位置にいるという事ではないのか。

 だが、これで納得がいった事もある。学院から厄介払いされたネスが、何故ドミナード班に入る事になったのか。厄介者を厄介者の所へ押しつけたという事だ。

 説明役を押しつけたリーディを横目で睨むキーリアも、ネスを安心させようというのか補足の説明をしてくれた。

「大体、評議会に目を付けられているって言っても、議員連中のとばっちりだしね。本当、迷惑な話だわ」

「とばっちり……」

「そうよ。うちの班をかってくれてる議員がいてね、その人と議長の席を争ってる議員がうちの班をつぶしたがっているのよ。それによって争っている議員の足を引っ張りたいのね」

 キーリアの説明を聞く限り、確かにとばっちりのようだ。

 ドミナード班は、その構成班員の力が極端な事もあり、かなり癖のある班と上には目されているそうだ。その分うまく使えば大きな効果が期待出来るのだが、使い方を誤れば被害が甚大になる。その被害の方ばかりに目がいっているのが、例のドミナード班に目を付けている議員達なのだそうだ。

「今回の探索を失敗させたいのも、そこら辺が原因って訳だね。もっとも、彼等の望み通りにする気はないけど」

「だからこそ、三馬鹿には身を慎んでもらわないとね。じゃあリーディ、あの馬鹿三人に釘刺しに行くわよ」

 そう言うが早いか、キーリアはリーディの腕を掴んで立たせると、そのまま引きずるように天幕を後にした。

 その姿を見送って、ニアはぽつりとこぼす。

「ネス、テロス班長には気を付けて」

「え?」

「あの人は、評議会の『目』かもしれないから」

 それだけ言うと、ニアも立ち上がって天幕を後にした。残されたネスは、途方に暮れるばかりだ。

 評議会の真意、ドミナード班の行く末、自分のこれから、三馬鹿はどうでもいいとして、一度にあれこれ聞いてしまって整理が追いつかない。

 とはいえ、ここでネスがあれこれ考えたところで意味はないのではないか。自分は一班員、しかもまだ駆け出しにもなっていないような新人に過ぎないのだ。班に対しても機構に対しても、影響力などこれっぽっちもない。

 しばらくそのまま考え込んでいたネスは、最終的に考える事を放棄して、自分も食堂用天幕を後にした。

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