第二十七話 小休止
二人の魔力中毒患者を出した調査初日は、午前中の一回だけで探索は打ち切られ、午後は対策の為に当てられた。
とはいっても、対策会議に参加しているのは班長クラスの為、平班員であるネス達は暇をもてあましている。
「じゃあ、魔力中毒ってそのまま放っておく以外に治療ってしないんですか?」
「軽い場合はね。少し重いようなら、大きい術式を使わせて体内の魔力を消費させるって手を使う事もあるけど」
食堂兼共同休憩所の天幕で、ネスはアイドーニに話を聞いていた。側にはキーリアもいる。
ニアは救護班として、中毒を起こしたリーディとヒロムの症状緩和に努めているらしい。
それにしても、魔力中毒の治療法がそんな内容だとは。ちなみに、今回二人は軽い症状の為、救護用天幕で転がされているだけなのだとか。
「そういえば、魔力中毒ってどんな症状が出るんですか?」
「乗り物酔いの酷い状態かなあ? もしくは酷い二日酔い?」
どちらも経験のないネスには、あまりよくわからなかった。ぴんと来ていない様子の彼女を見て、アイドーニは苦笑いしている。
「どのみちネスは中毒になる心配はいらないわよ」
「えー? どうしてですか?」
「だって……ねえ?」
「ねえ?」
それまで黙っていたキーリアも、アイドーニの意見に賛成らしい。魔力中毒は、自身の許容量以上の魔力が体内に溜まる状態を言う。溜まった余分な魔力が一定の量以下だと魔力酔い、一定以上だと魔力中毒というのだそうだ。
アイドーニに言わせると、元々体内の魔力量が桁外れなネスは中毒症状を起こしにくい体質なのだとか。
「ネスの場合、外部から取り込む魔力の量が多くても、総量の上限が上がるだけで中毒になるとは思えないのよね」
アイドーニの言葉に、キーリアはうんうんと頷いていた。どうやら、局の方から班員に、ネスの魔力特性に関する情報が伝わっているらしい。
これまで数える程しか出現していない成長型の魔力に関しては、まだ研究が始まったばかりだそうでわからない事の方が多いとレガは言っていた。
現在はネスという研究材料がいるので、あれこれ実験を施している最中なのだとも。
面と向かって人体実験をしていると言われるのもいい気はしないが、これも魔力制御の為と思えば笑って流せる事だった。
――命の危険がある実験はさすがにやらされていないし。
これからもないとは言い切れないが、レガが暴走してもアイドーニが止めてくれるだろう、多分。
結局対策会議は午後一杯かかったようで、後は会議で決まった方針の連絡だけで今日は終わるらしい。場所は食堂兼休憩用の天幕だ。
「魔力中毒に関する対策としては、現状阻害装置の強化で対応する事になった」
「まあ、それくらいしか手はねえよな」
「他にあったら最初から出せって話だしな」
一人欠けているせいか、三馬鹿も勢いがいつもより弱い。
「班長、リーディとヒロムはこのまま探索からは外すんですか?」
「いや、今の様子だと明日の朝には復調しそうだというから、明日の探索には参加させる」
キーリアの質問に答えたドミナード班長の言葉に、ネスは救護用天幕で見た二人の青い顔を思い出した。二人の様子を見舞ってからまだ数時間しか経っていない。そんな短時間で復調するものなのだろうか。
首を傾げるネスを余所に、班長の説明は続く。
「魔力阻害装置の強化は今夜中に局の方で行うそうなので、この後すぐに改修するぞ。ネスの装置はそのままだ」
ネスはそっと制服の首元に触れた。制服の下には、肌に直に触れるように魔力の回復を完全に阻害する装置を装着している。
見た目的に首輪のようで嫌だったのだが、幸い制服はスタンドカラーなのでうまい事隠れてくれた。この制服に関しては三馬鹿を恨んでも恨みきれない事情があるが、初めてこのデザインで良かったと思ったのは皮肉だ。
「明日も朝が早い。全員早めに休むように」
班長の一言で解散となった。
就寝用の天幕は女性三人で共用している為、キーリアと一緒に戻る。
「そういえば、ネスの阻害装置って強力なヤツなんだよね?」
「ええ」
外部から取り込む魔力だけでなく、体内で生成される魔力も阻害しているので、実質魔力を使ったら回復しない状態になっている。
「これも局の実験の一環だそうです。完全に回復を阻害して、魔力の量や濃度にどんな変化が現れるかを調べるんだとレガさんが言ってました」
ここでも一日に二回、魔力量と濃度の測定が行われている。今日の分の測定は既に済ませているが、今の所量にも濃度にも変化は見られないらしい。
「魔力の量や濃さって、上であればある程いいと思ってたけどなー」
「そうですね……」
キーリアの言葉は、学院時代に散々言われたものだ。挙げ句の果てには「あんただけずるい」と言って、階段から突き落とされそうになった事もある。突き落とそうとした相手は、魔力量の少なさと濃度の薄さに悩んでいたそうだ。
そんな事を思いだして俯いてしまったネスの背中を、キーリアがぱしんと叩いた。
「まあ、あんたも苦労してるよね」
「え?」
あの言葉の後に、何を言われるのかと身構えていなかったと言ったら嘘になる。なのに、彼女の口から出てきたのは、ネスを労るような一言だ。
驚いて目を見開く彼女に、キーリアは苦笑交じりに言った。
「うちの班ってさ、大なり小なりはみ出した者が来るんだよね」
その言葉に、いつだったか聞いた「掃きだめ」という一言を思い出した。あれはペンデュミーロ村に行った時の事か。確かジュンゲル班の班員が言い放った言葉だった。
あの場では聞けなかったが、今なら聞けるのではないか。ネスは前を歩くキーリアに小走りで追いついた。
「あの!」
「何?」
振り向いたキーリアを前したら、何をどう聞けばいいのか言葉に詰まる。しばらくネスの言葉を待っていたキーリアは、どう言えばいいのか困っている様子のネスに、ああ、と言って思い当たった節を口にした。
「さっきのはみ出したってやつ?」
「それと……あの……ペンデュミーロ村で、ジュンゲル班の人達が言っていた……」
「ペンデュミーロ? ……もしかして、掃きだめの方か」
ネスは無言で頷く。相手が言いにくいだろう事を聞いてしまったのが心苦しく、俯いてしまった彼女の耳に、キーリアの苦笑交じりの声が聞こえた。
「知らなかったんだ? てっきり局でアイドーニ辺りが教えてるとばかり思ってたけど」
「アイドーニさん? あの人も知ってるんですか?」
「というか、機構で知らない人の方が少ないかもね」
そんなに有名な話なのか。驚くネスに、キーリアは少し考えてから話してくれた。
「うちの班ってさ、さっきも言ったけどはみ出した奴ばっかりいるんだよね。三馬鹿はわかりやすいでしょ? あいつらは三人揃わないとまともな術式にならないんだよね。ニアもああ見えて攻撃関係はからっきしだし、逆に私やリーディは一系統の攻撃術式しか扱えない」
「え?」
「別に術式を知らない訳じゃないし、理解出来ない訳でもないよ。ただ、どういう訳か私は風系統、リーディは精神系統の攻撃術式しかまともに発動させられないんだ」
初めて聞く話である。得意系統が一つというのはよくある話だが、それはあくまで得意だというだけで、他の系統の術式が扱えないという事はない。どれでも扱えるはずなのだ。そうなるよう、学院で学ぶのだから。
だが、ドミナード班の班員は違うという。
「ある意味、だからこそネスはうちの班に来たんだと思うよ」
確かに、今聞いた話からはそう考える以外にない。つまり、あの時ジュンゲル班員が言っていた「掃きだめ」という言葉は、魔導士としての半端者ばかりを集めた班という事か。
知ったばかりの真実のあまりの内容に、ネスは軽い目眩を覚えた。額を手で押さえる彼女に、キーリアは慰めるような声音で続ける。
「ただ、悪い事ばかりじゃないよ。私達は全員得意分野なら他の人には決して負けないから。それもあって、面倒な仕事がよく入ってくるんだけどね……」
それはやっぱり悪い事なのではないのか、と反論する元気は今のネスになかった。
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